サイキック・カウンセラー
あれから、あの女性が現れることはなかったし、圭斗も何も言わなかった。
何事もなかったことにするのが、彼の望みなのだろう。
だから、紗綾は触れることなく、このまま文化祭まで順調にいくと思っていた。
少なくとも紗綾はそう思っていたのだ。否、そう思いたいだけなのかもしれない。
何事もなく、できることならば楽しい思い出だけが残って欲しいとは思っていた。
だが、何か嫌なことが起こるような気もしていた。杞憂であってほしいと願いながら。
霊感などないのだし、ただの心配性だと打ち消し続けてきた。
オカ研にいる限り、オカ研がある限り、本当の平和などないかもしれないのに。
文化祭が近付いてきた放課後、紗綾は日直の仕事があった。
そうしてモタモタと日誌を書いている間に少し遅くなってしまった。
早足で部室に向かっている。嵐は事情を知っているし、慌てなくていいと言っているのだが、そういうわけにもいかない。
早く部活に行きたいと言えば語弊があるが、急いでしまうのだ。他に居場所もない。
途中で、紗綾は見慣れない人物の存在に気付いた。
来校者のバッジを付けたスーツ姿の男は若く、卒業生なのだろうか。
キョロキョロとして何かを探しているようにも見えるが、紗綾は通りすぎようとした。自分から声をかける勇気など持ち合わせていない。
香澄にお人好しと言われようと見ず知らずの人間にまでではない。積極性はゼロである。
しかし、その瞬間に目が合ってしまった。
「あの、すみません、人を探しているのですが……」
控え目に声がかけられた。
やはり何かを探していたらしい。
香澄ならば迷わずイケメンと言うだろうと紗綾は思う。
その顔に見覚えがあるような気もするが、じっと見るわけにもいかない。
人の顔と名前を覚えるのは全く得意ではない。気のせいだろう。
「えっと、誰をお探しですか?」
自分にわかるだろうか。教師だろうか。
そう思うものの、急いでいるからと逃げるわけにもいかない。
正直、案内などは得意ではないのだが、よくそういったものに捕まるような気がしていた。
話しかけやすいのだろうか。否、たまたま運悪く通りかかってしまっただけだろう。
「あなたがこれから行くところに彼がいると思うので、ついていっても構いませんか?」
「あ、はい、大丈夫です……」
もしかしたら、嵐に用があるのかもしれないと紗綾は思った。卒業生と恩師の関係であっても何ら不思議ではない。
なぜ、自分が行くところにいると思うのかはわからない。生贄のことを知っているのだろうか。
考えを巡らせるものの、聞くことはできなかった。
「では、行きましょう」
そうして促されるままに、ただ部室へと向かうだけだ。
自分には主導権などないのだと感じながら。
「ねぇ、あたしの腕時計見なかった?」
ふと近付く教室からそんな声が聞こえてきた。かなり大きな声だ。
その辺りには家庭科室があり、家庭科部のメンバーが文化祭の準備をしているはずだったと思い出す。
紗綾にとっては苦手な種の人間が多い部だ。生贄についてよく思っていない女子が多いのだ。それこそ、影でコソコソどころか、聞こえるような声で言われることも多い。
いつもはそこを通り過ぎる時だけ何となく早足になるのだが、今日は男の存在で忘れていた。彼もまた緊張感をもたらす存在だった。
「あー。あのカレシからもらったってやつ?」
「さっき外して、鞄の中に入れたと思ったんだけど……」
「ちゃんと探したの?」
「探したよ! でも、見つからないの、どうしよう……」
人探しになくし物、今日はそういう日なのかと思ってしまうが、紗綾には関係ない。
いつも通りさっさと部室に行こうと階段を上ろうとしたところで、彼がぴたりと足を止めた。
「すみません、ちょっと待っててください」
そう言って、彼は迷うことなく家庭科室に入って行ってしまう。
紗綾も慌ててドアの近くで様子を窺ってみることにした。
男について入っていく勇気はない。彼女達は紗綾の存在を決して歓迎しないだろう。
「とても大切なものだったんですよね?」
「え……?」
突然入ってきた男に女子生徒達は戸惑いを覚えた様子だった。
生徒ではない。だが、身なりは清潔感があってきちんとしているし、顔立ちもすっきりとしている。来校者バッジを付けているのだから不審者扱いされることは、おそらくないだろう。
だが、もしもの時は自分が入っていくしかないのだろうかと紗綾は考える。
敢えて言うならば、彼を助ける理由もここで待っている理由もない気がするのだ。
だが、初対面だろうと何だろうとそうやって切り捨てることができないから、立ち去らずにここにいるのだ。
「なくしたくないんですよね?」
「あ、はい……」
警戒はすぐに解けたようだった。
物腰は穏やかで、丁寧な言葉遣いをしているのだから、敵意がないことはすぐにわかるはずだ。
「お節介かとは思いましたが、見付ける手伝いをしましょう」
「でも……」
知らない人に手伝ってもらうようなことではないだろう。紗綾でも断る。
けれど、彼はすっと両手を出した。
「手を出してください、両手を」
誘導されるように女子生徒が両手を出す。そこに彼の手がそっと重なる。
「さあ、目を閉じて、強く思い浮かべてください。あなたの大事なものを、見付けたい者を」
まるで、圭斗に眷属を見せてもらった時のようだと紗綾は思った。
彼はどこか初めて会った時の圭斗に似ているのかもしれない。
今でこそオレンジの髪をしているが、あの時はわざとらしいほど黒く染めていた。
「もう一度、よく鞄の中を探してごらんなさい。」
彼が手を離して微笑む。
女子生徒はまだその手を繋いでいたかったかのように呆けていた。
「ひっくり返したらきっと出てくると思いますよ」
女子生徒は、言われるがまま自分の鞄を掴んで、テーブルの上に全ての荷物を出した。
「あ、あった! 何回探しても見つからなかったのに!」
女子生徒は嬉しそうに腕時計を握り締め、それから腕にはめる。
そして、彼は踵を返していた。
「あ……ありがとうございます!」
背中にかけられる声に、どういたしまして、と軽く振り返って彼は紗綾のところに戻ってきた。
何事もなかったかのようにしているが、紗綾は見なかったことにはできない。
彼はまさかサイキックなのだろうか。そんな思いがあった。
だから、自分の行く先にいるなどと言うのか。
「昔から、少しばかり捜すのが得意なんです。物でも人でも」
紗綾の心の中を察したように彼は微笑む。
勘が良いというのは違うと紗綾は感じる。彼の捜し方は極めてサイキック的に思える。
「目当ての人物も見つけられないのに、滑稽だと思われてしまいそうですが……不思議なことに、彼だけはどうしても見付けることができないんですよ。でも、あなたは彼と繋がっている。そんな気がするんですよ」
彼は肩を竦める。
紗綾は彼に聞いてしまいたかったが、何と言えばいいのかわからなかった。
「怪しい人だと思われてしまいましたかね……?」
眉根を寄せ、困り顔で彼はポケットに手を入れる。
そう思っているわけでもないのだが、言葉が出てこないのだ。最適な言葉を何度も何度も選ぼうとしている。
そんな紗綾の前に、すっと名刺が差し出された。
「サイキック・カウンセラー……」
受け取ったシンプルな名刺に書かれたそれが彼の肩書きらしかった。
やはり、本物のサイキックだったらしい。
「かいと、さん……?」
そこに書かれていたのは二文字、本名ではないようだった。
しかしながら、その響きは偶然にしてはできすぎている気がした。
他の読み方などないだろう。カイトとケイト、これは何を意味しているのだろうか。
紗綾の行く先にいる人物と言えば、十夜と嵐と圭斗だ。最初こそ、嵐の客だと思ったが、今は違うのかもしれないと考えている。
「ええ、戒斗です。ホストみたいだと言われるのですが……」
確かに、と紗綾は思ってしまうが、口にはしない。
「電話でリーディングも行っているので、何か困ったことがありましたら、いつでもお聞きしますよ」
自分は霊に悩むこともない。人生に悩むのも早いだろう。運が悪いことを嘆いても仕方がないのだ。
「あなたはこちら側を知っているようですし」
紗綾はドキリとした。
この男には一体どこまで視えているのだろうか。何が視えないと言うのか。
「さあ、行きましょうか。あまり、あなたを引き留めてしまっては悪いですからね」
彼が紗綾を促す。
だが、本当はどこに行けばいいのかわかっているのではないかと紗綾は思っていた。




