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平穏と不穏の狭間

 時は流れるように、あっという間に過ぎ去っていった。

 それでも、サイキックに休みはなく、オカ研の夏休みは実に忙しいものだった。

 学校に集まったり、今度は騙し討ちなしの合宿に行かされ、休みを満喫しようかと思えば突然の依頼に現地に呼び出されもする。

 アルバイトと称して黒羽オフィスで心霊写真の鑑定を手伝わされたりもする。

 そのことに関して十夜は快く思っていないようだったが、彼は全く逆らえない立場である。


 オカ研以外では夏祭りに行ったりもした。

 それは将也の提案だった。

 彼は十夜に楽しい思い出を作ってあげたいと思っていたのだ。

 オカ研メンバーと香澄を巻き込んでの計画はどうやら成功したようだった。


 だが、思い出作りには、これ以上ないほど適していると思われるイベントが近付いてもいた。



*****



「さて、今日は文化祭の打ち合わせだよ」


 ある日の放課後、嵐は言った。

 また、この季節が来てしまったのだと紗綾は思う。


「何かやるんスか?」


 今年初めて参加となる圭斗は不思議そうに首を傾げた。


「一応、榊の担任にも話しておくけど、こっちに出てもらうからクラスの出し物は不参加ね」


 オカ研も文化祭には力を入れて参加する。

 それもまた義務というものなのである。

 一年にたった一度、オカ研が総力を挙げる日とも言えるのかもしれない。


「まあ、クラスには全然興味ないんでいいっスけど、何やるんスか?」


 圭斗の問いかけは見事に無視された。


「それで、準備期間だけど、月舘はわかってるよね?」


 問われて紗綾は気分が重くなるのを感じた。わかってしまうからこそ憂鬱になる。今年は違っていればいいのに、と。


「また、内職なんですか……?」

「うん、内職だね」


 笑顔で言われても全く嬉しくなかった。

 紗綾にとって去年の文化祭はあまりいい思い出ではない。


「榊ってさ、器用?」

「自分ではそう思ってるっスけど、何スか」

「じゃあ、月舘と一緒に内職ね」

「内職って何なんスか?」


 圭斗がまた首を傾げる。

 何か良からぬものを感じているのかもしれない。


「文化祭までにありがたいグッズの数々を生産して当日売り飛ばすんだよ」

「違法レベルの値段で?」


 圭斗は疑うような眼差しを嵐に向けた。

 確かに疑わしいのだ。

 本当にありがたいグッズであるのかは紗綾も未だに疑問視している。効力などあるとは思えない。


「まさか、かなりお手軽な値段だよ。ね、月舘?」


 嵐は肩を竦め、紗綾を見てくる。

 それに関しては事実なのだから紗綾も頷くしかない。値段自体は確かにかなりリーズナブルであると言えただろう。


「売れるんスか?」

「そりゃあもう、じゃんじゃん、飛ぶように。ね、月舘?」


 何度も、同意を求められて、紗綾は自分が証人にさせられているのだと察した。


「去年は完売しちゃったんだよ」

「悪徳商法じゃないんスよね?」


 圭斗はまだ疑っているようだ。


「多分、悪徳じゃない……かも」

「うん、全然悪くない。ただ本当のことも嘘も言ってないだけだよ」

「本当のこと、っスか」


 悪いことはしていない、はずだ。しかしながら、本当のことを言っていないのは確かである。

 そして、それが詐欺になるのかはわからない。嘘偽りを言っていたわけでもないのだから。


「あれはね、いかにも自分が作ったかのように売る方が悪いわけだよ。あるいは、勝手に思い込んで買う方がね」


 嵐は去年と同じことを言っていた。紗綾も聞いたのだ。そんなグレーな発言を。


「って言うか、そんなに人来るんスか? 校内の嫌われ者なのに」

「うん、当日は全てを忘れさせてくれるようなパンダが来るからね」

「パンダ?」

「黒羽オフィスから黒羽兄と黒羽母が」


 なるほど、と圭斗が納得する。

 紗綾もあれほど客寄せにふさわしい人間はいないと思っている。

 二人は十夜とは全く似ていない。否、顔立ちこそよく見れば似ているが、タイプが違うのだ。


「去年は黒羽兄と魔女だったんだけど、今年は黒羽母がどうしても来たいって言うから」

「親子三人集結っスか」


 ちらりと圭斗が見れば、十夜が睨む。

 彼は誰よりも二人の参加を嫌がっている。親子三人で揃いたくないのだ。仲は悪くないはずだが、いいというわけでもない。学校にまで来るなと思っているらしい。


「久遠には、またグッズを売ってもらえばいいし、永遠子さんは出張相談所をやってくれるらしいし。今年も繁盛繁盛、ってね」


 普段利用されている仕返しか。嵐は妙に生き生きしている。金儲けという面があるからだろうか。尤も、私腹を肥やすためではなく、活動資金をそこで調達するわけだが。


「嬉しそうっすね、センセー」

「最近、将仁が静かになったしさ、平和っていいよ」


 確かに最近、将仁は賄賂を持ってくることがない。

 平和なら、それで良いのだが、嵐には気になることがあるようだった。


「って言うか、月舘さ、本人か弟の方から何か聞いてない?」

「何も……」


 将也は何も言っていなかったし、将仁からの連絡もない。


「彼女の方は?」

「マリエちゃんも何も……そもそも連絡先知りませんし」


 霊が見えるだけの将仁に対して、声を聞くだけの存在がいる。

 ある事件がきっかけで出会った二人は時に協力するが、危険が伴うことはオカ研を頼ることになっている。

 彼女――マリエもまだ高校生で、紗綾と同い年だ。事件が起きるまではサイキックとしての力も自覚していなかった。

 厳密には将仁が刑事として気にかけているのであって、恋人でもないのだが、嵐はいつも面白がってそう言う。


「黒羽は?」

「なぜ、俺に聞く?」


 問われた十夜が顔を顰めた。

 将仁はいつも十夜に直接連絡することはない。


「だって、弟の方と最近仲良いでしょ? 一緒にオープンキャンパスに行ったって噂聞いたけど」

「偶然だ」


 夏祭りの頃から、二人の仲が良くなっていることは紗綾も気付いていた。

 将也の日頃の努力が報われ、十夜が少し心を開いたようだった。


「まあ、いいか。悪魔の話をして本当に悪魔が来ちゃったら困るからね」


 悪魔なら、ここに三人もいるのだが、紗綾は黙っておくことにした。

 否、言えるはずがなかった。



 帰りはいつも通り十夜と圭斗が一緒だった。

 大体、十夜はほとんど言葉を発さず、圭斗が喋っている。

 けれど、校門に差しかかったところで、圭斗の足がぴたりと止まった。


 そこには若い女性が立っていた。

 可愛らしい花柄のワンピースを着ていて、雑誌に載っていそうだと紗綾は思う。

 通り過ぎる生徒たちがちらちらと彼女を盗み見る中、彼女がこちらを見た。否、紗綾を見たわけではない。


「圭斗!」


 彼女が彼に駆け寄る。

 だが、圭斗の表情はあまりにも険しいものだった。


「何、しにきたの?」


 圭斗の声音に歓迎する様子は一切ない。不機嫌を露わにして強張っている。


「あの人はどこ?」

「……知らない」

「嘘よ! 帰ってきてるんでしょ!?」


 ヒステリー気味に女が叫ぶ。


「行くぞ」


 十夜が小さな声で言う。

 部外者が立ち入ってはいけないような気がして、紗綾もそうするべきなのだと思った。

 そうして、離れようとしたが、圭斗に腕を掴まれてしまった。

 行くな、とその目が訴えている。まるで、縋るように。


「本当に知らない」

「隠さないでよ! 私は知ってるのよ!?」

「俺は知らない」


 はっきりと圭斗は言う。白を切っているという様子ではない。


「そんなはずがないわ!」

「俺には関係ないことだから」


 圭斗が辛そうな表情になっていくのは、なぜだろうか。

 腕を掴まれたまま、紗綾はどうしていいかわからない。十夜を見ても無駄だった。彼こそこういう場面を苦手としているだろう。


「どうして!? 私にはあの人しかいないのよ? わかってるでしょ?」

「俺がわかってるのは、あいつは自分だけよければそれでいいってことだけ」


 それは、前に嵐が言っていた共通の知り合いのことなのだろうか。

 紗綾は二人の会話からどうにか探ろうと思っていた。結局わからないままであり、詮索は好きではないのだが、避けられない問題であると感じていた。

 彼の言葉には憎悪が込められているようにさえ思う。


「……また、来るから」


 女性は言う。

 今日のところは諦めるということなのか。


「来られても困る。本当に知らねぇし」


 圭斗はうんざりした様子だった。そして、くるりと紗綾と十夜を見た。


「お待たせしてすみませんっス」


 彼女はまだ何か言いたそうにしていたが、圭斗は決して目を合わそうとせずに、紗綾の腕を引いた。

 今すぐにこの場から離れたいと言うかのように。

 冷たいようにも感じられるが、圭斗もまた辛いのだろう。これは彼にとって歓迎すべき対面ではないようだった。

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