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サイキック・スター

 野島家へ向かう途中、一行はほとんど無言だった。

 紗綾もあまり自分から話すタイプではないし、十夜は普段から無口であまり会話が成立しない。問えば一応の返答はあるという程度だ。

 一年一緒にいる紗綾がその状態だ。もう三年目になる将也でさえそんな調子らしい。

 親戚のお兄ちゃん的な存在である嵐にもそうだ。付き合いが長いこそ、容赦がないようにも感じられる。

 つまり誰に対してもそうなのだが、野島はそんな十夜に完全に恐怖心を抱いているらしかった。


「あ、あの野島君……?」


 非常に気まずい。

 聞くべきこともあるだろうに野島は自分から切り出せない様子で、十夜も自分からは聞かない。

 だから、紗綾は自分が間に入らなければならないという使命感を感じていた。


「うん、合ってるよ、何?」

「その、ご家族は、お兄さんのこと、どう思ってるのかな、って……」


 明確な変化があるなら、家族も気付くはずだ。サイキックに相談するというのは彼の独断なのだろうか。


「あー、大学で何かあって、引きこもりになったと思ってる」


 普通にはそう考えるのが妥当なのだろうか。

 紗綾はもう霊障というものの、存在を信じざるを得ない。だが、野島達は違うだろう。


「母さんは『年頃の男の子なんだから家族が支えてあげなきゃ』って」

「そう、なんだ……」


 それではきっと救われない。

 だが、不可解な現象を前にしては、心の病と思うしかないのかもしれない。

 認めたがらない人間は多い。


「俺だってこうなるまで……いや、オカ研がなければそう思ってたんじゃないかな」


 そう言われると紗綾もオカ研の存在は無駄ではなかったのだと感じることができる。



「あら、慎ちゃん。おかえりなさい。あらあら、そちらはお友達? 珍しいわね」


 野島家で紗綾達を迎えたのは彼の母だった。

 おそらく家にいるだろうと野島が言っていた通りだった。


「クラスメイトの……」

「月舘です」

「それと、先輩」


 少し困ったようにしながら、野島は二人を紹介する。決して遊びにきたわけではないのだ。

 すると、野島の母は十夜を見て、あら、と声を上げてそのまま彼に釘付けになってしまった。


「凄いイケメンさん。どうしましょ、握手とかしてもらった方がいいのかしら? 色紙あったかしら? それとも、写真? ねぇ、慎ちゃん、どうしたらいいと思う?」


 まるでスターでも来たかのようだ。

 紗綾は野島のこともよくわからないのだが、もしかしたら彼の母親はかなりマイペースなのかもしれない。

 これには野島も困り顔だ。


「か、母さん!」

「拝んでおかないと」


 はしゃぐ野島の母に、十夜は無表情のままだが、内心どうするべきか困っているようだった。

 完全に固まっていると紗綾は思った。どうにも彼はこういうことに対応できないらしいのだ。そして、紗綾もフォローしてやることはできない。


「二人には、兄貴のことで来てもらったんだよ。うちの学校に霊能者がいるらしい、って言っただろ?」

「慎ちゃん、あなた、まだそんなこと言ってるの? お化けなんてね、いないのよ。浩ちゃんはきっと大学で嫌なことでもあったのよ。少しそっとしておいてあげましょう?」


 野島に聞いた通りだった。

 そこで紗綾はポケットからあるものを取り出す。

 ドクロが描かれた名刺ケースは以前必要になるかもしれないと嵐から託されていたものだった。

 十夜が持ち歩いてくれないから紗綾が持ち歩き、ここぞというところで出さなければならなかった。


「えっと、先輩の名刺です」

「あらあら、ご丁寧にありがとう」


 そうして、野島の母はじっと名刺を見る。


「オカルト研究部の……クロバネジュウヤさん?」


 ローマ字で読みが書かれているのだが、野島の母の目には入らなかったらしい。


「クロハトオヤです」

「黒羽オフィス公認サイキック?」

「信じられないかもしれませんが、本物の霊能者です。私は助手みたいなものです」


 マイノリティーであること、それが十夜を苦しめている。わかっていても、否定されることが前提であるのは決して覆らない。


「そんなこと言われても……」


 野島の母も困惑している様子だった。


「何も変わらなければ、今まで通りに思っていればいい」


 十夜は言う。彼は信じられないならそれでいいと思うのだろう。彼は説得という苦手分野に労力を費やさない。

 それが霊障であっても、そうでなくても、やってみなければ何も変わらない。

 そして、たとえ、変わっても、無理に信じなくていいのだ。

 自分にできることをする。十夜にとってはそれだけのことだろう。


「部屋は?」

「こっちです」


 慌てて、野島が案内する。その後ろを十夜が黙ってついていき、紗綾も野島の母に一礼してから追った。



「兄貴? 入るよ?」


 ノックをして、野島は扉の向こうに声をかける。

 返事はないが、野島はその扉を開ける。

 室内はシャッターが下ろされ、電気もついておらず、暗い。

 野島が電気をつけると、ベッドの上で丸まった物体が目に入る。野島の兄は頭から布団を被っているようだ。


「兄貴!!」


 野島はズカズカと部屋に踏み込んで、シャッターを開け、光を室内に取り込む。

 そして、容赦なく布団を引き剥がした。

 何かシャカシャカと音が聞こえるのは野島が取り上げたヘッドホンだろうか。

 音漏れするほど大音量で音楽を流し、何を遮断しようとしていたのか。


「やめろ! あいつが来るんだ! やめろぉぉぉっ!」


 その様子は誰が見ても異常だと言えただろう。

 幻覚が見えているのか。何も知らなければ、薬物の使用を疑っただろうか。

 だが、十夜には確実に何かが見えているようだった。その眼差しが鋭さを増している。


「来る? 違うな、貴様の後ろにいるだろう」


 十夜が淡々と告げる。野島の兄浩一はゆっくりと振り返り、後退った。


「うわあぁぁぁぁぁっ! 来るな!来るんじゃねぇ!」

「貴様が連れてきた。だから、ずっとそこにいる」

「俺は、俺はっ!」


 何があるのかはよくわからないが、とんでもない荒療治だと紗綾は思う。十夜はいつもそうだ。

 彼の説得放棄は相手が霊でも同じだ。


「連絡しろ」


 不意に十夜が懐から取り出した携帯電話を開き、何か操作をするとそのまま紗綾に投げた。

 画面には『司馬将仁』の文字と彼の番号が表示されている。


「はい」


 言われた通り紗綾は通話ボタンを押す。何か事件性があることなのだろう。


「場所はどこだ?」

「お化けトンネル、だよな?」


 十夜の問いには野島が答えた。兄の方は答えられる状態ではない。


「長い黒髪の女だ。白い服を着ている」

「そいつが俺を殺そうとしてんだよ!!」


 十夜と野島の兄は同じものを見ているようだった。ただどう見えているかが違うと紗綾は思う。

 違う。きっと違うのだ。紗綾は根拠もなく思う。


「違う、貴様に助けを求めているんだ」


 紗綾の心の声と十夜の言葉が重なる。


「嘘だっ! 俺を殺そうとして……! 助けてくれ! 助けてくれよ!!」


 それは彼の恐怖が見せているのではないかと紗綾は思う。

 霊が彼を死へ導こうとしているのなら、十夜はこれほど落ち着いてはいないだろう。

 その時、電話が繋がった。



『もしもし? 十夜君?』

「将仁さん、今、大丈夫ですか?」

『紗綾ちゃん? あ、うん、何かあった?』

「黒羽部長が……」


 そこで紗綾は十夜を見た。しかし、彼は代わる様子がない。


「お化けトンネル、黒髪で白い服の女だ」

「お化けトンネル、黒髪で白い服の女だそうです」


 十夜の言葉を紗綾はそのまま告げる。これだけで通じることはわかっていた。

 何度も十夜は将仁を助け、時にその協力を仰いできた。だから、互いのことはわかっている。


『……わかった。調べてみるよ』

「お願いします」


 そうして、通話が終わり、紗綾は十夜に携帯電話を返した。


「貴様の姿が見える男のところへ行け」


 それはこの場にいる人間には向けられていなかった。黒髪で白い服を着ているという女の霊への言葉だったのだろう。

 彼は言葉が足りないところがあるが、紗綾は過去一年の経験から推測していた。女は自分の死体を見付けてほしくて、近くに遊びにきた彼に取り憑いたのではないかと。

 だとすれば、あとは将仁の仕事だ。

 女の霊がいなくなったのか、野島の兄は落ち着いたようにも見えた。


「えっと……月舘、解説してくれると助かるんだけど」


 何が何だかわからない、と野島は紗綾を見るが、紗綾にもはっきりしたことはわからない。


「もう大丈夫……、ですよね?」


 十夜を見る。彼は答えない。


「帰るぞ」


 その一言で背を向けられてしまった。


「待って下さい!」


 紗綾は慌てて、鞄から手紙を取り出して野島に渡すと、十夜の後を追った。


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