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意外な黒幕

「まあ、行こうか、榊」


 嵐が圭斗を促す。

 確かにこのまま十夜を待っていても無駄だろう。

 圭斗だけでも連れて行くべきなのかもしれない。


「部長はどうするんスか?」

「月舘、引きずっていいから、って言うか、むしろ引きずって黒羽連れてきて」

「む、無理です! 私にはできません!」


 なんてことを言い出すのだろうか。

 紗綾は何度も首を横に振る。


「顧問命令ね」

「は、はい……」


 にっこり笑む嵐と命令という言葉につい返事をしてしまったものの、十夜を引きずるなど紗綾には恐ろしくてできるはずもない。


「ネクタイ引っ張ってくればいいんじゃないっスか?」


 圭斗は軽く言うが、去年の仕返しだとしても、呪われてしまうと紗綾は思う。

 しかし、二人は無情にも先に行ってしまった。

 そうなると紗綾は追い詰められた気持ちになる。



「ぶ、部長、立ってください」


 十夜の前に立てば不機嫌なオーラに気圧されそうになる。

 更に具合も本当に悪そうでそっとしておきたい気持ちが強くなる。

 むしろ、彼は今すぐに帰って寝るべきなのではないだろうか。

 そこまでして彼はあの人物に会うべきなのだろうか。紗綾には決して理解できないことだった。

 わざわざ十夜を苦しめる意味があるのだろうか。


「俺が行く意味はない」

「具合が悪いのはわかりますけど……部長なんですからお願いします。すぐに終わるのはよく知ってるじゃないですか」

「理由があるとすれば、爺の俺への嫌がらせだ」


 十夜の言う通りなのかもしれない。

 だが、彼はいなければならない。

 だから、紗綾は彼を連れて行かなければならない。ほんの数分のためだけに。


「う、動かないと首が絞まりますよ」


 こうなれば圭斗が言ったようにネクタイを引っ張って連れて行くしかないのかもしれない。


「ほ、本気ですからね。本当に引っ張っちゃいますからね」


 そろりそろりと紗綾は十夜のネクタイへと手を伸ばす。

 魔王黒羽十夜を脅すのは恐ろしいことだが、効果はあったようだった。

 小さく溜息を吐いた十夜は渋々といった様子で立ち上がる。

 そして、二人は重い足取りで認定式会場を目指すのだった。



*****



「あーっ、もうっ!」


 認定式が終わって、部室に着くなり、圭斗はソファーに座って些か乱暴にネクタイを緩めた。

 その全身から十夜以上の不機嫌なオーラが発せられ、声をかけるどころか、決して目を合わせてはいけないような気にさえなる。

 圭斗が悪い人間でないとは思っていても、オレンジ色の髪を際立たせる迫力のようなものが彼には備わっているのだ。

 はっきり言ってしまえば、今の彼はどう見ても決してお近付きになりたくない類の不良だ。

 十夜もぐったりした様子で定位置に戻ってしまい、紗綾もその隣で星のクッションを意味もなく抱えるしかなかった。


「なんで、ラスボスが校長なんスか! 笑えないっスよ」


 圭斗は思いも寄らない黒幕の正体に困惑しているようだったが、無理もないと紗綾は思う。

 認定式の会場は、まず足を踏み入れることはないだろう校長室だった。オカ研のバックにいる存在が校長だからである。

 紗綾も初めは驚いたが、同時に納得もできた。


 その理念は校内外で起こる霊的な問題を解決するところにあり、オカ研の存在を公認している。

 だから、部員数が規定を満たしていなかろうと権力によって成立する完全に反則な存在である。

 つまり、校長は生贄となった生徒がどんな目に遭うかも何もかもわかっているということだ。

 そして、認定式は、その黒幕である校長から実にありがたいお言葉を頂戴するだけという、あまりありがたくないものなのである。


「え、榊、知らなかったの?」


 意外そうな表情をしたのは嵐だった。当然知っているものだと思っていたとばかりだ。


「俺が知るわけないじゃないっスか。あんなの完璧に反則技っスよ。誰が予測できるって言うんスか。ありえない、マジでありえない。どうかしてるっス」


 圭斗は否定するが、嵐は疑いの眼差しを向けている。


「本当に?」

「本当っスけど」

「色々と疑わしいんだよ」


 はっきりと言われて圭斗は肩を竦めた。

 彼は自らオカ研に飛び込んできたが、その裏側にある思いは未だ明かされていない。


「じゃあ、白状するっスけど、俺が知ってたのは、ここのオカ研には本物がいるってだけっスよ。正直、俺はそっちの世界の事はよくわからないっスからね」


 圭斗は普段力を抑えていると言っていた。

 今までサイキックとも関わらないようにしていたのかもしれない。


「本物、ねぇ……」


 嵐はまだ納得できないと言った様子だ。

 確かにこのオカルト研究部は決して遊びではない。

 嵐も十夜もサイキックを騙っているわけではない。

 そして、圭斗もまた本物のサイキックということになる。


「大体、知ってるのはセンセー達の方じゃないっスか。俺を試してたんじゃないんスか」

「まあ、そこまであからさまな名前されちゃあね……何かあると思う方が普通だよ。力を感じないって言っても、自分から飛び込んできたんだし」


 彼の名前に何かあるのだろうか。

 否、そうだとすれば彼らは始めから、圭斗の名前を聞いていた瞬間から気付いていたことになる。

 それは魔女が確信したことと同じなのか。

 鈴子の場合、顔で判別していたようだが、名前を聞き漏らしていても何ら不思議ではない。あの時点で彼女は圭斗に何の感心も抱いていなかった。

 彼女はまず他人の名前に興味がないと言って間違いないのだから。


「わかっちゃうよね? 黒羽」


 嵐は当然だと十夜を見る。

 だが、彼は面倒臭そうに顔を上げただけで、何も言わなかった。


「黒羽? まさか、気付いてないとか……? いやいや、そんなことはないよね? いくらお前でもそんなわけないよな?」

「何のことだ……?」

「榊のことだよ!」

「俺はそいつのことなんか知るわけないだろう」


 圭斗を一瞥して、十夜はまた頭を重たそうに下を向いてしまった。


「もういい、もう十夜君には聞かないよ!」


 子供っぽく嵐が声を上げても、もう十夜は反応しなかった。

 鈍い鈍いと言われる十夜だ。紗綾には何のことだかさっぱりわからないが、彼にもきっと本気でわかっていないに違いない。

 基本的に他人に興味を持たないのは十夜も同じことだ。

 けれど、それは校長も知っていることなのだろうと紗綾は思う。


『榊……君、もしかして……いや、止めておこう』


 認定式で、圭斗の名前を聞いた校長が見せた反応も不可解だった。

 彼も、明らかに何かに気付いていたように見えた。紗綾がわからない世界の何かに。


「でも、ある意味黒幕は黒羽だよね」


 嵐は十夜を放っておこうとはしなかった。いつも彼はそうだった。


「俺には関係ない」


 今度は十夜は顔を上げずに声を発した。

 自分の名前を出されることが迷惑のようだった。

 その話ならば紗綾もわかる。彼は自分の名前に、家に向き合いたくないのだ。


「まあ、それはその内に話してあげるよ。いや、話す前にあちらさんが来ちゃうかもしれないけどね」


 去年もそうだった。

 思い出して、紗綾はすぐにそれ以上考えるのをやめることにした。


「榊にはきっつい状況になるかもよ? あちらさんは俺みたいに気遣ってくれないと思うし」

「ああ、センセー気遣ってくれてたんスか」

「だって、俺先生だし?」

「まあ、考えなしに突っ込んだ状況なんで、その辺はスリルを楽しんでおこうかと」


 スリルねぇ、と嵐は呟き、溜息を吐いた。


「だから、君は何をしたいのさ」

「とりあえず、逃げないって感じで」


 圭斗の姿勢を、逃げているのか、立ち向かおうとしてるのかわからないと嵐は言った。立ち向かっているようで、ポジティヴではない。けれど、ネガティヴでもない。


「それなら、俺、月舘に全部話しちゃうけど」

「時が来たらわかるっスよ。今、話して理解できるようなまともな奴じゃないし――あいつは」


 どこか忌々しげに圭斗の声が低くなる。

 俯くその表情は紗綾にはよく見えず、彼の心に何があるのかはわからない。


「でも、人捜しって感じでもないんだよね」

「俺がしてやる必要ないでしょ」

「まあ、プロが相手だからね」


 明らかに嵐は何かを知っているのに、紗綾には窺い知ることはできない。

 圭斗に近しい人間がオカ研の関係者なのだろうか。名前でわかるということを考えれば親族なのか。


「追えば逃げて、待っても来なくて、でも、一番来てほしくない時にやってくる」


 それは圭斗にとって好ましい人物ではないようだ。嫌悪というよりは、憎悪を抱いていると言ったほうがしっくり来るのかも知れなかった。


「確かにそういう感じなのかもしれないね、あの人は」


 嵐はよく知っているのかもしれない。けれど、やはり話す気はないようだった。

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