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悪魔と友達

 目を開ければ圭斗が微笑み、手が離れる。

 それを少しばかり名残惜しくも思うのだ。


「ね、先輩にも視えたでしょ?」


 紗綾は頷く。

 何か普通では視えないものを確かに視てしまった。

 何も感じないが、今もすぐ側にいるのだろうか。


「あれが、圭斗君の眷属……?」

「そうっス」


 眷属というものの存在は知っていた。

 実際、十夜が動物ではないものの、連れているらしいからだ。

 今まで視たことなどなかったからこそ、すぐには信じられないが、あの姿はやはりそうなのだろう。


「善美ちゃんが見た犬、なんだよね?」


 大きな犬と彼女は言っていた。


「一応、犬じゃなくて、狼なんス」

「おおかみ……」


 言われてみれば、確かにそんな感じだったかもしれない。


「俺の眷属の頼斗(らいと)。まあ、そうやって呼ぶと嫌がるんスけど」

「嫌がるの?」


 彼の眷属であるはずなのに、妙なものだ。

 どんなものか知っているつもりでも、未知の部分が多い。


「主の俺が付けたのより、他の奴が付けた名前を気に入ってて……反抗期ってヤツっスよ。俺に懐かないんス」


 眷属と言っても、少なくとも圭斗にとっては自分にしか見えないペットのようなものなのかもしれないと紗綾は思う。

 十夜についているのは人、それも女性だと言っていたのだから事情が違うだろう。彼は自らの眷属については決して語りたがらない。


「狼だから大神(おおかみ)(だい)さん、なんてひでーセンスだと思いません?」


 圭斗は笑い飛ばすが、それはどこか寂しげで、何かがあるようだった。

 けれども、彼はそこに触れさせる気などないようだった。



「そういうわけで、俺を釣った責任、とってくれるっスよね?」


 眩しいほどの笑みを圭斗は見せてくる。

 それでいて、逸らすことを許さない。彼の目は妙な力を持っている。


「釣ったって……」


 否、確かにそうなのかもしれないと紗綾は思いもする。

 自分が嵐によって垂らされた釣り糸の先に付いた餌だったのかもしれない。

 紗綾が糸を垂らしていたのではない。そのつもりで、垂らされていた。そして、確かに彼は食い付いてきた。


「だって、紗綾先輩、俺を選ぶしかないじゃないっスか。除霊はできないっスけど、幽霊相手に暴力ふるって事態を悪化させたりもしないんで」


 今日、紗綾は圭斗かリアムかを決めなければいけない。

 もう決まってはいるのだが、やはり気は進まない。


「先輩にも俺の眷属視えたってことで気兼ねなくどうぞ」


 多分、圭斗は見透かしていたのだろう。

 選択肢は一つしかないようなものだが、それでも迷っていることを。


「うん、ごめんね……」


 気兼ねなくと言われても、やはり紗綾は謝ってしまう。


「謝らなくていいんスよ。餌に食い付いたのは俺だし、最初からわかってたっスから」


 彼はオカ研について何かを知っているようだった。

 紗綾も知らない何かを知っている。

 嵐が言った復讐という言葉も気になるが、それも聞けなかった。



「あ、それと紗綾先輩の幸せの問題は別っスからね?」


 言われて、紗綾はギクリとした。

 自分への言葉も全てオカ研に入るためではないかと思わなかったわけではない。むしろ、そうだと思っている。


「俺が軽い男だってのは否定しないっスよ。見た目こんなんだし、実際、中学時代は結構遊んでたし。別に改心したつもりもないし、紗綾先輩がやめろって言わなきゃこのスタイルを変えるつもりもないっスけど」


 圭斗は自分の髪をいじる。

 煌めくオレンジの髪は綺麗で、紗綾にはやめろとは言えない。


「でも、俺は気が長い方じゃないんで、ただの遊び相手に時間かけたりしないし、相手を落とす過程を楽しんで落とした途端に奈落まで落とすようなまねは絶対にしない」


 圭斗の表情は真剣そのもので、目を逸らすことなどできるはずもない。


「遊んで、虚しくなって、また紛らわすのに遊んで、エンドレス。そういう暗黒の時期が俺にもあったんスよ。でも、最近は遊びもやめた。先輩と会ってから」


 心から圭斗が荒んでいるようには見えなかった。

 彼にもサイキックとしての苦しみがあるのだろう。他人には理解されない自分だけの苦痛が。


「俺、ちゃんと言ってなかったっスよね」


 一体、何をだろうか。紗綾は首を傾げる。


「紗綾先輩のことが好きだって」


 さらりと圭斗は言うが、はっきりと言われると紗綾はどうしたらいいのかわからなくなる。

 顔が熱くなって逃げ場を求めている。けれど、そんなことできないのだ。


「俺、惚れた女の前では格好付けていたい男なんで、本音は一回しか言わないっスよ? いい?」

「う、うん……」


 妙に緊張して、そんな返事さえ上手にできなかった。

 思えば、最初からずっと圭斗のペースだったと紗綾は思う。

 流されてきて、けれど、そこに嫌悪感はなかった。

 しかし、それがそのまま好きということと結び付くわけでもない。


「紗綾先輩と一緒にいると落ち着くんスよ。安心するんス。霊的な悪影響受けないんで」


 その点では本当に無害だろうと紗綾は自分でも思う。

 八千草のような超霊媒体質が側にいたら大変だろうと、十夜と嵐を見ていて思ったことがある。彼がいた日々は大騒ぎだった。

 視えるだけのサイキックである将仁と、声が聞こえるだけのマリエのコンビも色々と危険な目に遭ったりと苦労していると聞く。


「まあ、生身の変な男寄せちゃうって点では、全然、これっぽっちも安心できないんスけどね。でも、ずっと一緒にいたいって思うんスよ……あぁ、格好悪ぃ。うわぁっ」


 圭斗は頭をガシガシと掻く。その耳は少し赤くなっているように見えた。


「格好悪いの……?」


 紗綾はなぜ圭斗がそこまで恥ずかしがるのかわからなかった。


「俺は、先輩にそう思って欲しいんス。安心させられる男になりたいから。そういうことは先輩に言って欲しいのに、先に自分が安心するなんてありえねぇって話っスよ。ほんとかっこわりぃ」


 ついに圭斗は項垂れてしまった。

 どうしてやるのが正解なのか、紗綾は首を傾げる。



「えっと……、圭斗君と会ったのってこの前が初めてだよね?」


 圭斗派最初から好意的に接してくれたと思うが、実感が沸かない。

 彼とはまだ会ったばかりだと思うのだ。

 すると、圭斗はパッと顔を上げた。


「こうなって、やっぱり、思うんスよ。恋に落ちるのに短いも長いもないって。まぁ、そうすると部長の超常現象もリアムのことも肯定することになったりして、すんごくイラッとするんスけどね」


 少し圭斗は早口に言って、それからピタリと止まった。


「要するに一目惚れってことっスね」


 少しはにかんで告げる。そのブラウンの明るい目に引き込まれそうになる。

 彼にはドキドキさせられっぱなしだった。

 本当に年下なのかと疑いたくなることもある。

 見た目だけの大人っぽさではない。紗綾を翻弄しようとする何かがある。


「俺、紗綾先輩のことが好きっス。気の迷いとか勘違いとか、そんなんじゃないって誓える。でも、まだ信じられないと思うから、気が済むまで見極めて下さいっス」


 もう嘘だとは、冗談だとは思えなかった。

 魔法にかかったように信じていた。

 彼の偽りのない気持ちを自分がきちんと受け止めなければならないのだと。


「あのね、圭斗君……」

「何スか? いきなりお断りのお返事とかだったら、俺耳塞いで逃げるっスよ?」


 クスクスと圭斗は笑い、紗綾は困ってしまった。

 彼には本当に先手を打たれてばかりだ。


「えっと、そうじゃないんだけど……」

「冗談っス。何でも聞くっスよ。むしろ、何でも聞いてください」


 そう言われると逆に言い出しにくくなる。


「あ、あのね、友達になってくれる?」

「友達?」


 勇気を持って切り出せば、圭斗が不思議そうに首を傾げた。


「駄目、かな……?」


 まずは友達から、というのもありきたりだが、重要なことに思えた。

 彼とは出会って間もない。

 すると、圭斗は顎に手を当てて、考える仕草を見せる。


「それって、ただの後輩じゃないってことっスよね?」

「そう、なの、かな……?」


 ただの後輩とそうじゃない後輩の区別が一体何なのか紗綾にはわからなかった。

 彼は一体どうなりたいのだろうか。


「そういうことで解釈させて下さい。レベルアップってことで」

「レベルアップ?」

「メールしたり、遊びに誘ったり、遠慮しないっスから」


 ニッと圭斗が笑う。今まで遠慮していたのだろうか。

 だが、紗綾にとって友達が増えるということは単純に嬉しいことだった。

 そうして、それから彼と色々なことを話した。

 その時間は後ろめたさを感じながらも、後に控える不安なことなど吹き飛ばすほど楽しいものだった。

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