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魔法が使えない魔法使い

 休み明けの昼休み、香澄との昼食が終わった時、紗綾は思わず歓迎会のことを思い出して溜息を吐いてしまった。

 考えれば考えるほど憂鬱になる問題だ。

 そして、まるで見計らったかのように彼はやってきた。


「可愛い女の子が溜め息を吐くのは良くないよ。悪い男に隙を与えてしまうからね」


 いつも彼は穏やかで天使のように見える。

 悩みを抱えた人間の前に現れるのが彼の使命なのではないかと思うほどに。


「将也先輩……」

「歓迎会、お疲れ様」


 将也はニッコリと笑む。だが、それだけで全てが吹き飛んでくれれば苦労はなかった。


「田端君、少し紗綾ちゃんを借りてもいいかな?」

「私が嫌だって言っても連れて行きますよね? 私が決めることじゃないとか言って」


 香澄が不満げに将也を見る。

 この二人は仲が良いのか悪いのかわからない時があると紗綾は思う。


「君はいつも一緒じゃないか」


 いつものように将也は香澄の視線を躱す。


「じゃあ、行こうか。それとも、君の方が嫌かな?」


 一体、誰が彼を拒むと言うのだろう。

 紗綾は首を横に振り、その後について行く。



 将也が向かったのは屋上だった。

 心地良い風が髪を撫でていく。

 けれど、同時に心に開いた穴をも掠めるのだ。


「やっぱり、何かあったみたいだね?」


 くるりと振り返って、将也は言う。

 彼には何もかも見透かされているような気がした。

 そして、隠すことに後ろめたさを感じてしまう。


「どうして、役立たずなのに、私があそこにいるんだろうって……そう思っただけです」


 何度も思ってきたことだが、これほどまでに強く思ったのは初めてだった。

 全く役に立たないわけでもないと十夜は言うが、大抵は役に立たないということを肯定されてしまっては何も変わらない。

 やはり役立たずなのだ。極稀な奇跡的なことなど当てになるはずもない。


「役立たずってことはないよ」

「毒島さんの考えがわからないんです」


 必要な人間なのだと魔女は言うが、理由は教えてもらえない。

 その名前に将也の表情が変わり、沈黙してしまう。

 魔女の名前は誰にとってもタブーである。将也にとっても例外ではないようだ。


「……僕も、あの人は正直好きになれないけど、あの人が君を認めたって事は少なくとも黒羽や先生達にとっては凄く意味のあることなんだと思うよ。たとえ、僕達には全く意味のないことに思えても」


 意味があるとして、魔女はそれを教えてくれるような人間ではない。

 思わせぶりに笑っているだけだ。言う通りにすれば幸せになれるとだけ言う。


「また言われた? 黒羽とのこと」


 その言葉にずきりと紗綾の胸は痛む。

 なぜ、こんなにも苦しいのかはわからない。


「紗綾ちゃんは黒羽のこと、嫌い?」

「そんなことはないです」


 紗綾はすぐに首を横に振った。

 たとえ、今の苦しみが、彼が自分をオカ研に引き込んだことから始まっていても、彼を恨んだことはない。

 自分が何もできないことによって彼に恨まれることがあっても、その逆はあり得ない。最も苦しんでいるのは彼であって、自分ではないからだ。

 嫌いになれるはずがない。


「僕も嫌いになれないよ。まあ、友達になりたくて、ずっと空回りしちゃってるけど」


 将也は決して興味本位で十夜に近付こうとしているわけではないだろう。

 本気で友になろうとしているのを紗綾も感じていた。

 だから、そうなってほしいと願っている。


「でも、嫌いじゃないことと、嫌いになれないことと、好きなことは違うよね?」


 こくりと紗綾は頷く。


「君はどう思う? 黒羽のことが好き?」

「尊敬はしています。でも……」


 サイキックとして苦悩しながら、彼が紗綾の目に見えるものも見えないものも救ってきた。そんな彼を尊敬してはいる。

 けれど、好きという感情はわからない。


「圭斗君が好き? それとも、違う誰か?」


 その声はひどく優しい。けれど、答えに導いてはくれない。

 何かを発しようとして言葉が出てこない。


「無理に答えようとしなくていいよ」


 将也に遮られ、それでも、答えなければならない気がして、紗綾は俯いた。


「わからないんです……誰のことが好きかって言われても全然答えがでないんです」


 香澄には何となく相談し辛かった。彼女には色々と反対されているし、他に相談できるような友達もいない。


「でも、君のことを好きな人はいっぱいいるよ? もちろん、田端君は友情だけど、圭斗君はストレートだと思うし、あれでなかなか優良物件だと思う。先生もふざけてるようで結構本気っぽいし、黒羽もそれなりに心を許していると思う。だって、みんな、優しいでしょ?」


 将也が言うことはすんなりと紗綾の中に入ってくる。いつだって、彼はどこか兄のようである。


「……誰にでも優しいんだと思うんです。私だけ特別なんてあるはずがないんです」

「俺も、そう思われてるってことかな?」


 そう問われて、紗綾は自分が言葉を間違えたような気がした。


「えっと……だって、将也先輩は物凄く後輩思いで、香澄のことだって……だから、私のことも庇ってくれるんですよね?」


 紗綾はずっとそう思っていた。

 彼は数少ない紗綾の味方であり、陸上部員達をも味方にしてくれた。

 誰もがオカ研を、魔王黒羽十夜を恐れているが、将也はそれが間違いなのだと説き続けた。たとえ、自分が異端視されることになろうとも。

 それでも、自分を貫き通すからこそ彼は信頼されている。


「君が田端君の親友だから、庇っているわけじゃない。ううん、庇ってるつもりなんてない。俺にとっては当然のことなんだよ。君が虐げられる正当な理由なんてどこにもないんだから」

「それは……」


 きっと、彼は誰かを見捨てることができない。いつだって親身になって聞いてきた。どんなに自分が辛くとも。

 だから、部員を通して知り合った後輩にもその態度は変わらない。

 それは刑事である兄将仁とも似ている。


「俺は聖人じゃないから、部員の親友だからって部を挙げて守ろうとは思わなかっただろうね。それが、君だったから、俺は何でもしてあげたいと思ったんだよ」

「それは……」


 どういう意味なのかと問おうとして、けれど、将也に遮られた。


「嫌なら、いつだってオカ研を辞めていいんだよ?」

「でも……」


 将也はどこまでも優しい。しかし、それは本当に欲しい言葉ではない。


「オカ研の掟なんて、君には元々関係のないことなんだ。破っても何もないよ」


 将也の言う通りなのかもしれないが、紗綾には破ることなどできない。


「良かったら、うちの部に来る? 俺は兄貴と違って霊感ないし、強運の田端君もいるし、何があっても助けられるよ。たとえ、悪魔達が取り返しにこようと全力で守ってあげる」

「私、運動音痴で……」


 誘いは嬉しいが、好意に迷惑で返すこともできない。


「マネージャー、いてくれると助かるんだ」


 マネージャー、紗綾はそっと呟いてみるが、それさえ自分には満足にこなせない気がした。

 やってみなければわからないのかもしれないが、そうするべきではないと思っていた。


「でも、気持ちはわかるよ。圭斗君のことで責任を感じているよね? それに、君も黒羽のことが放っておけないんだよね? 君は優しい子だから」

「優しくなんかないです。流されて、何もできなくて、それだけです」


 十夜や嵐、八千草、或いは圭斗を裏切ることはできない。

 サイキックでも何でもない自分が裏切りなど滑稽かもしれないが、支配者の意に反することは反逆にも等しい。

 恐れなのか何なのかわからない感情がそこに道を塞ぐように横たわっている。

 だから、それは決して優しさではない。


「……黒羽部長のこと、みんな、誤解してるんです」

「そうだね。でも、黒羽はそれでいいと思っているんだろうね」


 十夜は他人に理解されたいと思うような男ではない。むしろ、今のまま突き放されていることを望む男だ。しかし、本当は違うように感じていた。

 誤解が解ければいいと思っているが、そのために何かができるわけでもなく、好きだからそう思うのかはわからない。


「わからなくても、無理はしなくていいんだよ。そのままでいいんだ。そうしたら、いつか、きっと答えが降ってくる。みんな、待っていてくれるよ」


 将也は優しい。どこまでも優しい。甘えてはいけないと思うのに、そう藻掻くことが彼にとっては無理に映ってしまうのだろう。

 扉が開く音に将也が振り向き、そして、その人物を確認すると紗綾に向き直って微笑んだ。


「さあ、悪い王子様が来たから、魔法が使えない魔法使いは退散しないとね」


 紗綾が呼び止める間もなく、将也は去っていき、代わりに現れたのは険しい表情の圭斗だった。

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