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真夜中の訪問者

 夜、並べられた布団には夕方のことも忘れて心が躍った。

 修学旅行のような、お泊まり会のような気持ちだ。


「まあ、何か長かったような短かったような……でも、明日には帰っちゃうのんだよね」

「うん……」


 ほんの一日の付き合いだったが、別れを思えば寂しくなる。

 憂鬱なだけであるはずの歓迎会に彼女がいてくれたのは良かったと思っている。


「いつかまた遊びに来て、なんて言ってもさ、紗綾だけでいいからね? あの人達は来ない方がいいことだと思うし、来てほしい理由もないっていうか」


 善美の言うことは間違っていない。

 オカ研が行くところには何かがある。ない方がいい何かが必ず存在する。

 そして、オカ研が行けば何かが起こってしまうということもある。



 結局、そうこう話している内に彼女の方が先に眠ってしまった。紗綾の方が先に寝そうなどと言っていたのは誰だっただろうか。

 疲れていても紗綾は眠れなかった。

 思えば、いつもそうだ。いつだって誰かが先に眠って、自分が眠れなくなる。

 修学旅行の時などは、イビキの大合唱の中で眠れず、睡眠不足になるほどだった。

 不眠症というほどではないが、睡魔に嫌われているらしい。

 あるいは、それも貧乏くじ体質のせいなのかもしれないと思ってしまう。それも悪い癖だとはわかっているつもりだった。


 善美が寝て暫く、豆電球が照らす部屋の中で紗綾は考えた。


『これで終わりならいいんスけどね……』


 まだ終わっていないとでも言うかのような圭斗の言葉の意味を。

 なぜ、霊が引き寄せられてきたのか。

 自分の体質は霊を引き寄せるようなものではないはずだった。

 圭斗が大丈夫だと言ったのだから違うのだろう。今まで、そういったこともなかった。

 彼は力を隠し、本人の言葉を信じて推察するならば守られているはずだ。

 だとしたら、善美なのだろうか。


 異変が起きたのはその時だった。


「い……や……」


 静かに眠っていた善美が声を漏らす。

 単なる寝言だと紗綾は思ったが、苦しげな呻きは続く。


「やだ……こない、で……」


 恐い夢でも見ているのだろうか。

 どうしてやるのが、一番いいのだろうか。紗綾は迷う。


「なんで……なんでなのよ!」


 今度は急に叫び始める。

 心配になって起き上がった紗綾はそっと声をかけてみることにした。


「善美ちゃん……?」


 瞬間、ガバリと抱き着かれて、紗綾はドキッとした。

 彼女は起きていたが、様子がおかしい。


「ねぇ、いるの! なんかいるの!」


 また夕方のように、彼女は何かに脅えていた。

 だが、彼女が指し示す方向には何もない。


「信じて、信じてよ! ねぇ!」

「信じるよ」


 紗綾には見えない。けれど、信じないわけではない。

 しかし、見えないからこそ、対処できないのだ。

 緊急事態だと助けを呼びに行こうとしたが、その腕が掴まれる。


「やだっ……行かないでよ!」

「でも、誰か呼ばないと……」

「一人にしないで!」


 このままでは、このままではいけない。

 そう思うのに、動けない。

 いっそ、誰かに電話するかと思うものの、肝心の携帯電話に届かない。


「怖い、怖いよ!」

「大丈夫、大丈夫だから」


 何が大丈夫なのかわからないまま、紗綾はただその背中を撫でる。

 自分が八千草のような霊媒体質であれば状況は悪化したかもしれないが、そうでないらしいことが幸いだ。

 しかし、十夜のように力を持っていれば彼女を救うことができたかもしれないのに、それもまたありえない。

 やはり、オカ研に凡人はいてはいけない。


 考えても仕方がないことを考えた時、静寂に支配されていた部屋の扉を叩く音がやけに大きく響いた。

 ビクリと震えた善美に痛いほど強く抱き着かれ、戸惑いながら紗綾は扉を見詰めた。


「誰、ですか……?」


 誰かがいる、そう確信して紗綾は問いかける。

 ラップ音などではないと思うし、そもそも心霊現象と思わない。

 真っ先に幽霊がいるとは考えない。サイキックがいると言えば、いるのかと他人事のように思うだけだ。


「俺っス」


 その声に紗綾は安心する。


「圭斗君……?」

「俺の眷属、見張りに付けておいたんス。まあ、俺だけじゃないんスけど」


 善美が見たと言う大きな犬、それが彼の眷属――彼を守護する霊らしい。


「とりあえず、入っても平気っスか?」


 善美を見れば、弱々しくも彼女が頷くのがわかった。


「あ、うん……」


 扉が開いて、圭斗が入ってくると善美は少し落ち着いたようだった。夕方に救われたからだろうか。

 安心するはずなのにどこかざわざわと紗綾の胸は騒ぐ。

 けれど、その意味がわからない。それでも、嫌だと思うのだ。


「足止めしてる間に、少し話そうか」


 空いてるところに圭斗は座り込む。そして、真剣な眼差しで善美を見た。

 やはり、終わっていなかったのか。

 紗綾が不安げに見れば、その視線に圭斗が気付く。


「そっちはわかってると思うけど、夕方のとは別。まあ、夕方のはこれが原因で引き付けられたんスけどね」


 簡単な説明ではあったが、圭斗が善美に何かあると思っていたことはわかる。


「俺、こういうの専門じゃないから、はっきり言うけど、お前についてるのは生霊ってやつ」

「いき、りょう……?」

「そう実体がある怨霊」


 圭斗は淡々としていたが、善美は戸惑っていた。

 紗綾も何も言えない。言うべきではないと思うのだ。

 口を開くには重すぎる話だった。


「心当たり、あると思うけど」


 その声はやけに大きく響く。残酷な言葉だった。

 それは、善美が誰かに恨まれているということなのだから。


「あたし……ちょっと怖い夢見てさ、寝惚けてて、それで……」

「こういうの、何か責めてるみたいで、俺も気分悪いんだけど、生憎カウンセラーじゃないから優しくは言わない」


 それが彼の精一杯の優しさなのかもしれないと紗綾は思う。

 少し不器用なところが十夜と重なる。


「ここのところ、たまにおかしなことが起こった。初めの内は気のせいだと思ってた。だけど、それが気のせいじゃなくなって、噂の悪霊だと思うようになった。でも、ある日、見た。自分の枕元に立つ……」

「見てないってばっ!!」


 叫ぶ善美が圭斗の言葉を遮る。

 彼女はおそらく何かを見ている。それは紗綾にもわかる。彼女の様子は普通ではない。


「素直じゃねぇやつ」


 善美は気丈だ。耐える理由が彼女にはあるのかもしれない。

 きっと、圭斗はそれを見透かしている。

 近くにいるのに自分が入れない世界を、その疎外感を紗綾は感じていた。


「人を呪わば何とかって言うだろ? 相手、痛い目に遭うけど、いい?」


 その言葉に善美の肩がビクリと震える。


「こんなの、今日だけだもん!」


 善美はどこかでは脅えていたようにも思える。

 今まで耐えてきたものが恐ろしくなったのは、自分達が来たからなのかもしれないと紗綾は考える。

 現象を霊によるものだと断定できる者の存在、その攻撃を阻む者がそれを更に刺激したのかもしれない。


「善美ちゃん……」


 紗綾はどうしたらいいかわからなくなる。何もわからず、救いになれない自分は何をすれば良いのか。

 戸惑う内に圭斗は結論を出してしまった。


「わかった。じゃあ、俺はここで手を引く。せいぜい、祈ってろ」


 圭斗は立ち上がり、そのまま扉を開けて出て行こうとする。そんな彼を紗綾は呼び止めた。


「圭斗君!」


 くるりと振り返った圭斗は微笑んだように見えた。


「それじゃあ、ちゃんと寝て下さいね。紗綾先輩」

「圭斗君……」


 穏やかな声に揺らぐ心が続く言葉を紡がせなかった。


「おやすみなさい」

 呼びかけも虚しく扉は閉まり、また静寂が訪れた。



 善美の様子と圭斗の口振り、それはまるで生霊が彼女の知り合いであり、庇っていることを示しているように思えたが、聞けるはずもない。


「紗綾、あたしね……」


 善美は必死に紗綾に何かを伝えようとしていたが、その躊躇いが胸に痛い。


「もう、いいよ」


 聞いてはいけない気がした。

 何もできない自分が聞いたところで救いにはならない。話してすっきりすると言うのなら良いが、きっと余計に辛くなるだけだろう。

 彼女の中の不安を消すことができたらいいのに、特別な能力は何もない。

 それでも、もうこの問題は解決すると確信していた。


「大丈夫だから」


 圭斗は手を引くと言ったが、彼の言葉を思い返せば、無責任に放り出したわけでないことはわかる。

 その紗綾の信頼を感じ取ったのか、善美は緊張から解き放たれた様子で大きく欠伸をした。


「不思議……なんか凄く眠くなってきた」


 紗綾には何もわからないが、状況に変化もあったのかもしれない。そのまま善美は布団に入り、まるで今まで寝ぼけていたかのようにすぐに寝入ってしまった。


「おやすみ」


 そう小さく口にしてから紗綾はそっと部屋を出た。

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