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責任と謎と約束と

 夕食後、嵐が除霊に行った先で起きたことを説明してくれた。

 紗綾の視界の隅には正座をさせられているリアムが映る。

 その反対側にはひどく疲れた様子の十夜がいる。

 いつ倒れても不思議ではないと心配になるほどだ。


「いや、幽霊を殴るとか窓から投げ飛ばすとか不穏なこと言ってたけどさ、あそこまでひどいとは思わなかったよ」


 嵐も疲れているのがわかる。

 普段は十夜に振り回されがちだが、今日はその十夜もすっかりリアムに振り回されたようだ。


「キレて、強制除霊しようとしたり、昔の黒羽より酷いよ。いや、ほんとにあの頃の黒羽が可愛く思えてきて涙出ちゃうよ」


 ちらりと視線を投げかけられた十夜がさっと視線を逸らす。

 この二人の関係は単なる教師と生徒ではない。それ以前からの関係がある。

 親戚のお兄ちゃんのようなものだと嵐は言うが、そんな明るい関係でないことは二人のやり取りから滲み出ている。


「黒羽も結構って言うか、かなり強引で過激なところあるけどさ、あれは明らかに暴力だって。霊の方が可愛そうだよ。いくら悪いことする霊だからってさ。霊は安らかに導いてあげるべきだよ。ここは日本なんだよ?」


 サイキックと一言で言い、同じ霊能者の枠内に収まっても十夜と嵐ではタイプが違い、リアムもまた違うようだった。


「まあ、御愁傷様ってことで」


 未だサイキックであることを隠す圭斗が他人事のように笑う。


「何かこっちに霊が引き寄せられていったと思って、慌てて帰ったら妙にすっきりしてるし、何なんだろうね」


 おそらく圭斗が眷属によって霊を退けてくれたのだろうが、そのことは嵐達には秘密である。

 隠すことに心は痛むが、目に見えていないことはなかったと同じことなのかもしれない。


「薄々、魔女が帰るんじゃないかとは思ってたけどさ、本当にいきなり帰ってるとはね。ビックリだよ。何でも許されちゃうけどさ」


 嵐は溜息を吐く。

 少し落ち着かない様子で電話をしているのを見ればそう思うだろう。


「ああなること、聞いてなかったんスか?」


 可能性としてそういうことがあるとは話しておくべきだろう。仮にも彼女は主催者である。

 そして、嵐は監督という立場にある。


「うん、全然、黒羽は別のところで聞いてたかもだけど」

「俺には関係のないことだ」


 紗綾には嵐の言葉の意味がわかったが、同時に十夜が関係ないと言うこともわかる。

 深く関わりながら、彼はいつだって受け入れることを拒んでいるのだから。


「でも、本当に何もなかったとは思えないんだよね」


 嵐の疑いの眼差しを向けられた圭斗は肩を竦めた。


「あれじゃないっスか? 紗綾先輩があんまりに気付かないんでショック受けたとか」


 それは些か無理があるのではないかと紗綾は思う。

 嵐と十夜の前でそんなごまかしが通用するとは思えない。


「来たことは認めるんだ?」

「一人だけ脅えてた奴いたんで。まあ、ちょっと何かが倒れたとか、変な音がしたとか、すぐ霊のせいにしちゃいけないと思うんスよね。先輩を見習うべきっスよ。全然動じないんスから」

「何かさ、月舘と善美ちゃんに口止めしてない?」


 善美は圭斗の眷属を見たようだが、約束通り黙っている。


「センセーが胡散臭いから話したくないだけじゃないっスかね」

「うわっ、ひどい! 教師いじめだよ! この不良め!」


 圭斗は容赦なく、嵐が嘆く。

 クッキーとして親しまれる彼のキャラはそういうものである。

 こういう姿を見た女子生徒達が『可哀想』と言うのだが、香澄は『全然、可哀想じゃない!』と言う。

 彼がある意味オカ研の黒幕であり、決して噂されるような被害者でないことを彼女は知っているからだ。


「月舘、可愛そうな俺を癒して!」

「えっと、あの……」


 紗綾は戸惑う。いつもどう返したら良いかわからなくなるのだ。

 さすがに一年も経てば慣れそうなものなのだが、悪化しているような気もする。


「ロリコンの変態は黙れ」


 うんざりした様子で十夜が言い放てば、圭斗が驚きの表情を見せる。


「部長でもそういうこと言うんスね」

「前、『消えろ、ペド野郎』って言われたことあるよ」

「うわ、過激……」

「十夜君も丸くなったんですよ、これでも」

「そうなんスか?」

「昔は、割れたガラスみたいな感じに荒んでたからねぇ」


 圭斗は興味深そうにしていたが、自分の話をされて十夜はひどく不快そうな顔をしていた。

 そして、その殺気を感じたのか、嵐は話を戻す。


「まあ、確かに、月舘は凄いよ。信じられないくらい貧乏くじ引きまくるくせに、危機回避スキルは物凄く高いし、無自覚だし、霊感ゼロだけど」


 紗綾は自分でも諦めているほど貧乏くじを引く。嫌な予感はよく当たるが、不幸ではない。

 運が悪いが、それによって身に危険が迫ったことはない。本当に一度も大怪我などをしたことがないのだ。

 大事になるようなことは、幸運とも呼べることによって回避されている。


「まあ、一番の不運が生贄にされたこと、って感じっスからね……悪い人たちに捕まっちゃって」


 不幸ではないが、オカ研に入ってから色々とあった。

 しかし、不運であるとすれば彼らにとってだと紗綾は思う。


「俺はオカ研唯一の良心だけど」

「それ、田端先輩が聞いたら、なんて言うっスかね?」

「田端にとっては、君も相当な敵だと思うけどね」


 嵐は小さく、やれやれ、と呟いたようだった。

 香澄はオカ研については厳しい意見を持っており、特に十夜については悪口めいたことを言っているが、他の生徒達とは次元が違う。

 最近では圭斗のことが気に食わないらしいが、嫌っているということでもない。


「まあ、一応、今回の判定係に報告ってことで」


 その言葉がどこか他人事のように思っていた紗綾の意識を引き戻した。


「やっぱり、私が決めなきゃいけないんですか?」

「うん、さっき連絡が入ってたけど、ロビンソンのことも失格とかにはしないから適当に決めろ、って」

「適当ですか……」


 考えないようにしていた紗綾は困った。適当にできたら、苦労はないというのに。


「でも、今回のこと、誰が責任取るかはっきりさせろってさ」

「それなら私が……」

「『って言うと思うけど、部辞めるとか言い出したら、あたしが呪う』らしいよ」


 冷たいものが紗綾の背中を走る。

 魔女に呪われるのは十夜に呪われるよりもずっと恐ろしい。

 今更辞められるとも思っていないし、辞めるならばきっと後釜を探さなければならなくなる。

 生贄をやめるためにまた生贄を捧げなければならないのだろう。


「話を聞くと言ったのは俺だ」


 珍しく十夜が口を挟む。

 リアムが来た時、彼は助けてくれず、むしろ喜んでいるようだった。


「で、でも、連れて来ちゃったのは私なんですよ?」


 本人がいる手前、紗綾は小声で言った。

 追いかけられて、部室に逃げ込もうとして今に至るわけであって、元凶は自分の体質だと紗綾は思っていた。


「まあ、黒羽の責任の取り方についても魔女から提案があるけど、俺が認めたくないから月舘が決めて」

「そ、そんなこと言われても……」


 普段の彼女の言動から察するに、どんな提案なのか聞きたくないが、決めろと言われても決められない。


「一日下僕にしても良いし、女装させて連れ回すも良し、日頃の鬱憤を晴らすチャンスだよ」


 そんなことをしたら、絶対に呪われてしまう。

 女装は見たい気もするが、後が怖い。

 紗綾は答えが出せなかった。


「でも、やっぱり……」

「私の責任です、はダメね」


 言おうとしたことを読まれて紗綾は何も言えなくなってしまった。


「話を聞くと言ったのは俺だが、今回の措置を取ったのは貴様だ」


 これは責任のなすり付けなのか。睨む十夜を嵐は笑って受け流す。


「それをさ、俺が素直に魔女に言うと思う?」


 魔王に脅されていることになっている嵐はオカ研の策士であり、日本文化研究同好会を潰した悪魔でもある。

 しかし、あの香澄でさえ恐れているとは言っても、紗綾はそこまで恐れるほど嵐の恐ろしい面を見たことがなかった。


「じゃあ、その辺りは後々考えてもらうってことで、今晩はゆっくり休むんだよ。善美ちゃんがいるから、夜這いに行くような不埒な輩もいないと思うし」

「センセーが一番不埒だと思うんスけどね」


 あんたが言うな、と圭斗が呆れた。


「センセー、恐いです」


 部屋の隅で正座をしていたリアムが小さな声で言う。


「んー? 何か言ったかなー?」


 笑いながら首を傾げた嵐にリアムは丸まっていた背をピシッと伸ばした。

 嵐に躾をされた彼は一体何を見てしまったというのだろうか。

 やはり紗綾にはわからない世界が目の前に広がっているようだった。

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