緊急事態発生?
善美の話は彼女の友人達といた時よりもずっと入り込んだものだった。
今までにオカ研で扱った事例や紗綾自身の心霊体験にも興味を示したが、彼女を楽しませられるよう話はなかった。いつも紗綾は見ているだけで霊的なパワーは微塵も感じたことがない。
本当に付き合っている人間はいないのか、好きな人はいないのか、圭斗のことはどう思っているのか、詰め寄られもした。
恋愛に興味津々な年頃なのだろう。しかし、残念なことに紗綾には彼女に語ってやれるような恋の話がない。
思い切って善美の方はどうなのかと聞いてみたが、ないときっぱり言われてしまい、益々少し小さな香澄がいるような気がしてしまった。
随分色々と話をしたが、十夜たちが戻ってくる様子はない。何か嫌な予感がする。そう思っても、ただ不安になっているだけなのかもしれなかった。
そんな時、ドアがノックされ、漸く戻ってきたのだと紗綾は思った。けれど、善美の返事でドアを開けたのは鈴子であった。
鈴子の表情は読めない。十夜達が戻ってきたということではないような気がした。
「ちょっといいかしら?」
そうして、手招きする鈴子の様子について行った先に圭斗がいた。
彼もまだ何も聞かされていないようで、首を傾げている。
「今から見に行けとか言い出さないっスよね?」
「まさか、そんなこと言うわけないじゃないの」
鈴子は豪快に笑い飛ばす。
しかし、紗綾も思ったことだ。
「クロ達なら勝手に帰ってくるわよ。ガキじゃないんだし。まあ、ひよっこだけどね」
なら、今、圭斗が試されるのか。
紗綾は身構えたが、鈴子はひらひらと手を振った。
「あたし、帰るわ。迎えはちゃんと手配しておくから、嵐が戻って来たらそう言っておいてくれる?」
さらりと鈴子が言う。あまりの予想外に紗綾は言葉を失う。
「主催のくせに何言ってるんスか」
圭斗が呆れたように言う。尤もなことだ。
彼女は責任者であるのに、あまりに自由すぎる。無責任とも言える。
それだけ嵐達を信用しているとも考えられるが、これくらいできて当然だというプレッシャーの方が近いのかもしれない。
だが、紗綾は先ほどからずっと気にかかっていたことを思い出した。
「あたしには、こっちより優先すべきことがあるのよ。急用ってことね」
連絡を取っていたのは仕事の話だろうと紗綾は思う。
今回の研修と称した一件も確かに魔女の仕事だが、自分の力が必要ないと思うものはいつだってオカ研に押し付ける。
特にその矛先は十夜に向けられ、紗綾も巻き込まれた思い出したくない記憶がある。トラウマというものなのかもしれない。
だが、彼女が請け負って解決するものも確かにあるのだ。
彼女がいる事務所には他にも有能なサイキックがいるのだが、手が離せないということもある。皆、それぞれ忙しいらしい。
能力は一番でも、彼女は事務所では下っ端という位置付けでもある。
しかし、彼女がいなくなると少しほっとするところもあるのは確かだ。
悪霊の件は嵐と十夜がいればまず問題ないと紗綾は信頼している。
魔女が手を出さなければならないというのはよほどのことである。その状況の方がまずいくらいだ。
彼女が離れるということは、大丈夫だとわかってのことだろう。
ふと、鈴子が圭斗をじっと見た。
「思い出したのよ。あなた、あたしの初恋の人に似ているんだわ」
紗綾はなぜか妙にドキリとした。
けれど、ちらりと見た圭斗はひどく不快そうな顔をしている。
「それ、精一杯考えたつもりっスか?口説き文句としては最低っスよ。誰も靡かない」
吐き出す声は低く、その目付きは鋭いが、魔女には通用しない。
どんな言葉も魔女を揺るがすことはできない。
「彼、今、どうしてるの?」
彼女は何か確信を持って問いかけているようだった。
圭斗ではない、けれど、圭斗に近しい誰かのことを。圭斗の先にその彼がいると知って。
紗綾には到底入り込めない空気が目の前にある。
「知らないっスよ、そんな奴」
「そう? まあ、とぼけるなら、それもいいわ」
圭斗は突き放すように言うが、魔女の赤い唇が意味ありげに弧を描く。
「でも、覚えておきなさい。あたしの下に来てしまった以上、あなたは逃げることなんてできないのよ」
「逃げないっスよ。そうする理由がないっスから」
魔女は圭斗がサイキックであることを確信しているのだと紗綾は思う。
嵐や十夜を欺けたからといって最強の魔女までも騙せるとは限らない。
その上で何かを考えているのではないかと。
「まあ、せいぜい頑張りなさいよ。お姫様に選んでもらえるように」
後味の悪さを残し、ひらひらと手を振って、魔女は去っていったのである。
紗綾が部屋に戻ると退屈そうに漫画を読んでいた善美が顔を上げる。
「おかえり。なんだって?」
「毒島さん、急用で帰るんだって」
紗綾が答えれば、善美の表情がぱっと明るくなる。
「本当!? あの人、怖くてさ。生きた心地がしないって言うか」
「私もそう思うよ」
善美の反応は当然だと紗綾は思う。
「なんか、みんな、あの人のこと怖がってるみたい」
「うん、怖いよ、とっても怖い人。魔女って呼ばれてるくらいだから」
オカ研のメンバーは勿論、一般の生徒も、教師さえも彼女を恐れている節があった。
誰が初めに魔女と呼んだかは知らないが、よく言ったものだと紗綾は思っている。
彼女を表すのに十分で、似合っているとも思う。本人もそう呼ばれることを嫌がらない。むしろ、彼女はそうなろうとしているのかもしれない。
「何か黒魔術的な?」
「一応、正統派の霊能力者だって先生は言ってる。自分達の中では一番力が強いって」
「そうなんだ……でも、よくわかんない」
「私も全然わからない」
魔女どころか嵐や十夜の力さえ紗綾にはよくわからない。
わかっていることは、十夜には強力な眷属がついているらしいと言うことぐらいだ。その強力なはずの眷属がなぜか選んでしまったのが紗綾であるわけだが。
話を再開しようとしたところで紗綾の携帯電話が鳴った。
『黒羽部長』とディスプレイに表示され、紗綾は少し緊張しながら通話ボタンを押す。
よほどのことがない限り十夜がかけてくることはないからだ。
「も、もしもし?」
『あの女はどこにいる?』
電話に出るなり、十夜は早口で言う。珍しく焦っている様子だ。
「毒島さんなら、今、急用で帰ったところです」
何かあったに違いないと簡潔に答えれば、舌打ちが聞こえる。
「あ、あの、何かあったんですか?」
自分が聞いたところでどうにもならないかもしれない。けれど、聞かずにはいられなかった。
『面倒なことになった』
『ロビンソンがさ、霊を刺激しちゃってさ、なーんか、そっちの方に向かってるっぽい』
十夜が答えた後に嵐の声が聞こえる。十夜では状況を伝えられないと思ったのだろう。
『すぐに戻る』
『とりあえず善美ちゃんと榊と一緒にいて』
「わかりました」
きっと、自分にはどうにもできない何かが起こる。
けれど、彼らがすぐに駆けつけてくれると思えば、冷静でいられた。
「ごめん、念の為に圭斗君と一緒にいないといけないの」
「わかった。あっちに行く」
善美も何か不穏なものを察したのだろう。素直に応じた。
圭斗は男子に用意された部屋でくつろいでいた。
そして、紗綾を見ると不思議そうにしながら笑った。
「どうしたんスか? 逃げてきたとか?」
「あんた、あたしを何だと思ってるのよ!」
圭斗の物言いに善美は憤慨するが、そんな場合ではない。
「今、部長から連絡があったの」
「部長? 何だって?」
「緊急事態、みたい」
「緊急事態……?」
躊躇いがちに吐き出された言葉に圭斗の眉間に皺が寄る。
「ロビンソン君が霊を刺激しちゃって……何かこっちの方に向かってるみたいなの」
紗綾にできることは嵐から聞いたことをそのまま伝えることだけだ。
「なるほど、それでざわついてるわけだ」
圭斗が頷けば、善美が目を瞬かせる。
「わかるの?」
「いや? 格好つけてみただけ」
圭斗はニヤリと笑う。
だが、紗綾は本当にわかっているのだと思った。
彼も隠してはいるが、サイキックなのは本当だろう。
「だから、一緒にいるように言われたの」
「じゃあ、ここにどうぞ。ムードはないっスけど、安全っスから」
意味ありげな笑みを浮かべた圭斗がぽんぽんと自分の隣を叩く。その怪しげなオーラに紗綾は顔を赤くした。
だが、圭斗は更に追撃するように続けた。
「あ、俺、ちょっと眠いんスよね。膝枕してくれません?」
「あたしもいるの!」
紗綾とは別の意味で顔を赤くした善美を見て、圭斗はおかしそうに笑う。
それはわざとやっているとしか思えなかった。




