魔女のお仕事体験
歓迎会という名のサイキック研修は始まってしまった。
鈴子が受けた依頼を遂行するのが部員の役目となる。
生贄はその中でサイキックとしての能力を試されることになる。
尤も、部員もまた力が衰えていないか審査される。
今回は生贄が二名になってしまったがために、そのどちらかを切り捨てるための試験でもある。
しかし、一方的に試されるだけであって、指導はないのだから、やはり洗礼だと紗綾は思う。
敢えて言うならば、この歓迎会は魔女にとってとても都合よくできているわけだ。
今回の依頼人は田中善博、美和子夫妻である。
彼らが直接霊障に悩んでいると言うよりは近隣住民を代表してのことのようだった。
依頼内容は森の中の廃屋に巣くっているらしい悪霊を退治してほしいとのことだ。
取り壊しに際して奇妙な事件が続いたことだった。解体にあたった人間が相次いで体調を崩したり、怪我をしたりしたということらしい。
偶然だと言う者もいたが、元々、その森は自殺者が多発していたため、鈴子の元に連絡があったのだ。
そして、田中夫妻はアシスタントとしての部員の同行を快く承諾し、多少遠出になることを考えて寝床まで提供してくれた。
夫妻の間には、中学三年生になった娘があり、歳の近い紗綾達を歓迎した。外から客が来ることも珍しいのだと言う。
その様は歓迎会というのも強ち間違いでもないかもしれないと思うほどだ。少なくとも田中家には歓迎されていると言える。
用意された部屋で、紗綾は制服から私服に着替えた。
圭斗はどうせ着替えさえられるなら最初から私服にすればいいと言ったが、これには意味がある。
制服を着るのも、学校から出発するのも、あくまで学校行事であることを強調しようとしているわけだ。
強いて言うならば、魔女の使いではなく、学校の使いなのだ。
魔女が窓口になって、任されているだけで、厳密には彼女のビジネスではない。
着いたのは昼前、一行はまず田中親子が用意した昼食を御馳走になった。
美和子が張り切って作ったと言う料理は決して豪華な食材を使ったものではないが、全てが美味しく、これがおふくろの味と言うものだと紗綾は思った。
実の母が作ってくれないような定番の和食メニューが並んでいた。
今は詳しい話を鈴子と嵐と十夜が聞いている。
報告義務のある人間と指揮する必要のある人間、そして、その後継者になる人間だ。彼らにはそれぞれ責任というものがある。
ふと、圭斗とリアムと休憩をしていた紗綾が視線を感じて振り返れば、善美が手招きをしていた。田中夫妻の娘である。
「ねぇ、あんた、名前、何て言うんだっけ?」
「月舘紗綾だよ」
「紗綾って呼んでもいい?」
無邪気な善美に紗綾は頷く。
食事の席ではあまり話さなかったが、今は興味津々といった眼差しを向けてくる。
夫妻が本当は明るい娘だと言っていた通りである。
「全然それっぽくないけど、紗綾も霊能者なの?」
「私は違うよ」
「ふぅん、そういう集団だって聞いてたけどさ、ただの人もいるんだ。まあ、確かに平凡ですって顔してるけど」
善美は遠慮がなかった。
けれど、紗綾はそういうものを気にする質ではない。畏まられても困るのだ。
それに学校ではもっと酷いことを散々言われている。
どちらかと言えば、香澄に通じるものを感じるくらいだ。
「平凡じゃ、悪いわけ? 俺もただの人なんだけど」
その声に振り返れば、圭斗がすぐ後ろに立っていて、紗綾はドキリとした。
圭斗がただの人でないと知っているのは、紗綾だけだ。
ここへ来ても彼の気持ちは変わらないらしい。どうしようもなくなるまで足掻く、つまり回避できることは回避しようと言うのだろう。
残るならば彼の方がいいと紗綾は思う。決定権があるのだからそれも可能だ。
だが、自分が苦手だというだけでリアムを弾くこともできない。圭斗との秘密を暴く勇気もない。
ばれてしまえば、彼も観念するのだろうが、そういう状況を作り出せるはずもない。そうやって追い込んでしまえば、きっと後悔するとも思うのだ。
だからこそ、複雑な気分になる。
「じゃあ、一番凄いのは誰? 何か濃いの揃ってるよね」
その質問の答えはあまりにも簡単だった。
現状では、魔女以上の力を発揮するサイキックは現われていない。
おそらく、自称サイキックのリアムも彼女を超えることはないだろう。
だが、紗綾が答えるよりも早く圭斗が答えた。
「化粧の濃い老け女と変人教師と無表情のヘタレとただの変な外人。ある意味では凄いけど、大したもんじゃねぇし」
「そう言うあんたは超不良じゃん!」
さらりと圭斗は酷いことを言っていたが、善美も本人を目の前にはっきりと言う。
そういうところに紗綾は香澄を感じて、ホームシックよりも香澄シックになるのではないかなどと考えてしまう。
同時にやはり彼女に頼りすぎていると思うのだ。
「人は見た目で判断するもんじゃねぇし」
圭斗もそういうことは言われ慣れているのだろう。溜息こそ吐いたものの、特に気にした様子もなかった。
見た目こそ派手だが、彼は悪い人間ではないのだ。
だが、初めて見る私服姿は制服とはまた違い、彼の良さをより引き出しているようにも見え、何か落ち着かないものを感じていた。
「ねぇ、紗綾はこんな先輩、恐くないの?」
「えっ……」
善美に悪気はなかったのだろうが、思わず紗綾は固まってしまった。
「何? 何か脅されてる?」
沈黙が誤解されつつある。
けれど、それをわかっていても何と言えばいいのか、紗綾は迷っていた。
「いや……俺、後輩だし」
圭斗も複雑そうな表情であった。
「ウソっ……三、二、一だと思ってた」
信じられないと言った様子の善美は、リアム、圭斗、紗綾の順に指さした。しかし、一つも合っていない。
「二人とも一年生だよ。私は二年」
「じゃあ、あたしの二個上?」
「そうなるね」
一年も二年も誤差の内だ。特に気にもならなかった。
むしろ、善美と同じか下に見られても不思議ではない。中学生に間違われるのは当たり前のこととなりつつある。
「じゃあさ、先輩って感じがしない先輩ってどうなの?」
善美が今度は圭斗に問う。
先輩らしくないという自覚は元々あった。
そして、後輩らしくない圭斗にどう思われているのかは紗綾も気になるところでもあった。
「いや、先輩は先輩だし」
「サヤはヤマトナデシコです!」
「お前は黙って瞑想でもしてろ」
リアムが口を開くが、圭斗に一蹴された。
しかし、リアムと嵐の間で何が行われているのかは紗綾にはわからない。
「ねぇ、紗綾は本当にただの人なの? オカルト好きなの?」
「ううん、全然」
「ウソっ、じゃあさ、何でオカ研なんかに入ったの?」
それは当然の疑問だろう。
オカ研部員のイメージと紗綾は一致しない。
霊能力があるわけでもなく、黒魔術などに傾倒しているわけでもない。
「私は……貧乏くじ体質だから」
「うわっ、それってお祓いしてもらった方が良くない? あ、それで霊能者と一緒にいるの?」
「何て言うか、運が悪くて……でも、不幸なわけじゃなから……今まで大きな事故とか病気とかしたことないし。部にいるのはただの偶然かな?」
紗綾は曖昧に言った。生贄のシステムのことは話せない。
「じゃあさ、悪霊うんぬんは霊能者に任せて、ただの人同士三人で遊びに行こうよ。まあ、この辺は大したものもないんだけどさ」
「でも……」
善美の申し出は嬉しかった。
しかしながら、決して遊びにきたわけではない。
紗綾が勝手に決められることではない。
「いいじゃないの。調査はクロと嵐とそっちの子の三人だけで大丈夫よ。遠慮なく行ってきなさい」
「毒島さん……」
話が終わったのだろう。いつの間にか鈴子が戻ってきていた。
「俺もいいと思うよ。月舘は気にせず楽しんできなよ」
「じゃあ、俺も研修は免除ってことでいいんスか?」
自称ただの人であっても、新しい生贄は洗礼を受けなければならない。
しかし、そのルールを決めた鈴子でさえリアムだけでいいと言っているのだから、何かあるのではないかと紗綾は思ってしまう。
魔女毒島鈴子は、それほど甘い人間ではない。
紗綾でさえ去年は無理矢理連行されている。
「一応、女の子だけじゃあ何かと不安だからね。狼が出ても、撃退してくれそうな子がいるし」
嵐は笑っていたが、何かを考えているように見えるのは考え過ぎか。
「俺を何だと思ってるんスか……まあ、俺は紗綾先輩のナイトなんで」
にっこりと笑んで、はっきりと言う圭斗に紗綾は顔が赤くなるのを感じた。
ここへ来て、圭斗は何故だか少し心臓に悪い。
前にもこんなことがあったような気がしながら、紗綾は必死に考えないことにした。




