選択肢のない選択
「さて、どうする? 黒羽、決めるのはお前だよ」
自分は助けないと嵐は言う。
何があっても規則は守られなければならないと。
「紗綾は渡しません! 絶対に!」
香澄は頑なだったが、嵐は彼女を見ずに紗綾へと視線を向けてくる。
これは君の問題だと言うように。
「月舘はどうなの?」
「私は……どうしても生贄が必要なら、それでも構わないです」
紗綾は頼まれれば断れない。
自分が断ることで、誰かが代わりに貧乏くじを引いてしまうことになるのなら自分が持っていた方がいいのだ。
後々、自分のせいだと罪の意識に苛まれなくて済む。
「うわっ、そんなこと言ったら、このイカレた人たちの思う壺よ! ダメダメ、こんなの根暗な男子のポジションなんだから!」
「でも……」
考え直せと香澄は言うが、彼女はちょっとひどいと紗綾は思う。
嵐もすっかり呆れた様子だった。
「イカレたって、失礼だね……まあ、さっきの月舘の話に当てはめるなら、生贄は絶対に誰もなりたがらないのは否定できないけど。俺だって好きで顧問やってるわけじゃないし」
これも運の悪さが引き起こしたことなのだと紗綾は確信する。
そして、香澄にも彼らにも申し訳なく思ってしまう。
「俺は喜んでなったけど?」
不思議そうに光は言うが、嵐は溜め息を吐く。
「お前は誰にでもホイホイついていくから論外」
「しょんなぁ~」
光は情けない声を上げるが、誰も同情はしなかった。
「まあ、黒羽だって、この学校入った時からっていうか、入ることすら決まってたしねぇ……でも、例外は絶対に認められない。残念なことにね」
聞けば聞くほど、彼らのことがわからなくなる。
何か重いものを背負っているように見える。特に十夜はそうだ。
尤も、光は何も考えていないようだったが。
「だが、力のない役立たずは必要ない」
十夜の言葉は厳しいものだった。ただの部活ではないのだから当然なのかもしれない。
そもそも、紗綾にはオカルトへの興味すらないのだ。
「わからないよ? お前の眷族の力に間違いがないなら、俺達にもわからないような何か特別なパワーがあるのかもしれないし。まあ、お前のやり方に本当に間違いがないなら何の関係もない可愛い女の子を巻き込むこともないだろうね」
嵐は笑っていたが、明らかに十夜への嫌みに聞こえる。
「校内で霊感詐欺なんて許されると思ってるんですか!? しかも、教師が関与してるなんて……!」
「詐欺じゃない、詐欺じゃないから! 俺たちは大いなる役目を持ってるんだよ!」
食ってかかる香澄に光は慌てた様子で否定するが、無駄だった。
「校内に宗教を持ち込まないで下さい!」
「宗教も違うから!」
大いなる役目など、香澄には全く関係ないのだろう。彼らが何をしていようと。詐欺でも、宗教でも、何でも。
「大体、そのサイキックとか集めて何してるんですか?」
香澄は一番の謎に触れる。紗綾もそれを不思議に思っていた。
一年に必ず一人サイキックを集めるということ。霊能力者二人と霊媒が一人、何を意味すると言うのか。
「そこまで聞くと、君も月舘も後戻りできなくなるけど……それでも、いい?」
冗談ではなく、本当なのだと紗綾はひしひしと感じた。
けれど、それでも、香澄は険しい表情で嵐をじっと見ていた。
「そうやって脅すつもりですか?」
香澄の声は固い。このまま火花でも散るのではないかと紗綾は思ったが、先に逸らしたのは嵐だった。
「俺達はね、君達に見えないものが見えたり、その影響を受けてたりする。否定されることには慣れている。けれど、この苦痛は確かなものだし、そういう人間は他にも結構いてね……君達に見えなくとも確かに存在するものなんだよ」
嵐はちらりと十夜を見て、そして、語る。
できない。否定することなどできないと紗綾は強く感じた。
感じてもいない苦痛を誰が悲痛な表情で語れるだろうか。本人でさえ気付いていないだろう。
「名前を入れるだけでいいんですか……?」
「紗綾! ダメダメ、絶対ダメ!」
一応、確認しておこうと思って紗綾は聞いてみたのだが、香澄は声を上げる。
「そう、これは月舘の問題なんだよ」
「むぅ……」
嵐に宥められて、それでも、香澄は不満げだった。
「基本的には幽霊部員でもいいんだ。たまに呼び出しがあるから、それにさえ出てくれれば、後は来ても来なくても構わない」
「俺達はいつもここにいるけどね! だって、お菓子も漫画もあるし」
「それはお前が勝手に持ち込んだんだろ? 部室を私物化するな!」
「だってさ、こんなにいいソファーがあるのに、勿体ないじゃん!」
どうやら嬉々として来ているのは光だけのようだった。
本当は名前を入れるだけなどという甘い話はないのかもしれない。
生贄などという言葉を使い、誰もがなりたくないと言うのだから。
否、香澄はもっと早くに気付いている。
「……怪しい、ぜぇーったいに怪しい! 怪しすぎる! 怪しい以外の何者でもない!」
ぶつぶつと言っていた香澄が突然叫ぶ。
そんな香澄をじっと見て笑ったのは嵐だ。
「なんなら、俺が、田端のこと、霊視してあげようか?」
見透かそうとするように真っ直ぐ見る目、決して冗談などではなく、本当にできるのだろうと紗綾は感じた。
自分には見えない彼女の何かを見抜くことが。
「結構です。そういうの信じませんから」
香澄はきっぱりと断る。微塵の揺らぎもない答えだった。
「視られるのが怖い?」
嵐は問う。どこか挑発するようでもあるが、香澄は退かなかった。尚も嵐に疑いの眼差しを向ける。
「どうせ、視る時は勝手に見てるんじゃないですか? 紗綾のことだって、そうやって探ったんですよね?」
「人聞きが悪いな。俺達は覗き屋じゃないんだ。でも、視えちゃうものは仕方ないでしょ? 視たくなくても視えちゃうの。幼少の折からどれだけ酷い目に遭ったことか……」
嵐は肩を竦める。その目には確かな苦悩が宿っているように見えたが、一瞬のことだった。
「ねぇ、紗綾、やっぱり一緒に陸上やらない? 気持ちいいよ!」
香澄は何としてでも阻止したいらしい。
しかし、紗綾は喜んでその誘いを受けることができない。
「私、運動神経悪いから……走るとすぐ息切れするし」
「それは立派な運動不足だわ。たるんでるわよ!」
紗綾は運動というものが苦手だ。体育の授業の時はいつも憂鬱になる。
「インドア派にはぴったりだよ。基本、何もなければ遊んでるだけだし」
「その基本っていうのが物凄く怪しいんですよ。悪徳商法の匂いを感じます。不都合なことは隅っこに小さく見えないような字で書いてあるんです」
「君はさっきから、ひどいことを言うね。まあ、俺達のことなんて誰も理解しようとしないけどさ」
悲しいことを言っている。そう紗綾は思った。
他人と違った能力を持った彼らがどんな人生を歩んだかはわからない。気味悪がられたのかもしれない。迫害を受けたのかもしれない。
けれど、理解し合えないのは辛いだろう。本当はきっと、理解されたいはずだ。
そして、光もまたそう感じたのかもしれない。
「いや、でもさ、クロちゃんもクッキーも本当に凄いんだよ? 俺は視えるわけじゃないんだけど、しょっちゅう体が重かったりしてね、そういう時はいっつも何かくっついてるって言って、外してくれるの。そうすると体が楽になって……まあ、結局、その後、また何か拾っちゃうみたいなんだけど。あと、たまに体乗っ取られちゃうらしいんだけど、記憶が飛んじゃってるんだよねー。いやあ、二人がいなかったら、俺、死んでるかも」
光は一気に喋り出す。彼にとって二人は恩人なのだろう。
しかし、それを理解するのは容易いことではない。香澄は腕組みをして難しい表情をしていた。
「黒羽ももう一度違う方法で試してみてよ」
「俺のやり方に間違いはない」
十夜はまた同じ言葉を吐く。サイキックとしてのプライドというものがあるのだろう。
嵐は困り顔で溜め息を吐く。もう何度目か。
若いのに苦労していそうだと紗綾は思う。
「認めるのはムカつくけど……多分、回避できないと思うから月舘も覚悟決めておいてよ」
紗綾は頷こうとしたが、香澄がずいっと身を乗り出して、制した。
「私が全力で回避させます!」
「さすがに君でも、いや、誰でもこればっかりは無理だよ。俺でも逆らえない事情がある。その辺は察してほしいんだけど」
何かとても普通ではないことに巻き込まれている。それだけが漠然とわかっていた。
「私は大丈夫。悪い人達じゃないって思うから」
「あんたね、そうやってると将来、変な人にカモにされるわよ? ここで将来がなくなるかもしれない」
香澄はすっかり呆れているようだった。
お人好しだと言いたいのかもしれなかったが、紗綾は彼女のようにはなれない。
「大丈夫、何があっても俺達が守る。危険なことはさせない。誓うよ」
嵐は言う。顧問としての責任が彼にはあるのだろう。
できれば心霊体験はしたくないというのが紗綾の本音だが、それも運命だと思うしかないだろう。
「そうそう、何があっても絶対にクッキーとクロちゃんは助けてくれるよ! 俺は何にもできないけど……どうせ、俺はトラブルホイホイですよー。どうせ、俺なんか、俺なんか……うおぉぉぉぉぉんっ!」
盛大に頷いた光は急に叫び出したが、誰も彼を慰めようとはしなかった。
香澄も気にも止めずに、嵐と十夜をじっと見る。
「なら、もしものことがあれば、私はあなた方を殴ります。先輩でも、先生でも関係ありません。いいですね?」
「わかった。ただし、殴るなら、黒羽にしてよ。一番悪い奴だから」
殴るとは物騒だ。けれど、その条件で両者とも納得してしまったようだった。
尤も、十夜は全く納得していないようだったが。




