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生贄候補の変な秘密

 静寂、重苦しい空気、光さえも今はその表情を引き締めている。

 本当に後戻りのできない空気だと紗綾は思う。

 学校の中でありながら、そうでないような感覚さえ覚えてしまう。

 扉はすぐそこに見えているのに、出られないように感じる。

 何か隔絶されているような空気があるのだ。


「オカ研ってのは、要するにサイキックを集めるところなんだ。オカルトマニアが集まって怪しげなことしてるわけじゃない。ただいればいいってものでもないから、一年に一人、最も力の強い人間をってことなんだけど」

「部外者に話す必要はないだろう」


 嵐が口を開けば十夜が険しい表情で言う。

 自分達の秘密を明かすことが気に食わないのらしい。

 けれど、嵐がその鋭い眼差しに動じることはなかった。慣れているのだろう。


「だって、彼女の了解も得ないと絶対失敗になるって。そうなるとお前、やばいよ? 俺も助けてやれないし」


 お前のためだと嵐は十夜を説得しようとしたようだが、十夜は勝手にしろと視線を逸らしてしまう。


「サイキックっていうのは、霊能力者とか超能力者って言われる人間のこと。まあ、うちはどっちかって言うと前者の方を集めてる感じかな。俺も黒羽も霊能力って言われるものがあるし、八千草に関しては超霊媒体質、しょっちゅう何かしら連れてくる」


 嵐の説明は紗綾にはひどく非現実的な言葉に聞こえた。

 まるでフィクションの世界のようだ。

 香澄はどこか不安げに紗綾に視線を向けてくる。


「じゃあ……紗綾もそっち系なの?」


 特別な力があるのか、彼女はそう聞いている。

 じーっと探るように、自ら真偽を確かめようとするかのように。

 しかし、紗綾に思い当たる節は全くない。


「ううん、全然。霊感ゼロだよ」


 紗綾が答えれば、空気が凍り付いたのがわかった。

 何か間違ったことを言ったのか。否、彼らにはありえない言葉なのかもしれない。

 だが、何も嘘を吐いたわけではない。それが事実だとそう信じていた。


「クロ、ちゃん……?」

「俺のやり方に間違いはない」


 あからさまに疑いの眼差しを向けた光に十夜は不機嫌に言う。

 そして、嵐の表情も険しかった。


「それは、俺も気になってたんだよ。力があればサイキック同士わかるはずなんだけど、八千草みたいに何かくっつけてるって感じでもないし、隠せるとも思えないし……黒羽、お前だって気付かないはすないだろ?」


 嵐は本当に困っているようだった。

 彼らがサイキックであること、霊能力というものを持っていること、信じがたいことではあったが、嘘だとは紗綾には思えなかった。


 自分の世界にはそんなものは存在しないと思っていたが、確かに存在すると目の前で言われているのだ。

 けれど、香澄のように面と向かって信じないと言うことはできない。

 目の前の彼らを否定することが紗綾にはできない。


「本当に、何も不思議な経験したことってない?」

「何も……ありません。すみません」

「いや、謝らなくていいよ。月舘が悪いわけじゃないことだから」


 嵐はそう言ってくれるが、紗綾は悪いことをしている気がして仕方がなかった。


「でも、何か気になることとかはない? どんな些細なことえも」

「本当に、何もないんです」


 改めて問われても、紗綾の人生にはそういったものの存在は皆無だった。

 他人には見えないものが見えるわけでも、聞こえないはずのものが聞こえるわけでもなく、撮った写真に心霊写真が含まれていたこともない。


「家族とかは心霊関係については何も?」

「母はホラー映画とか大好きです。でも、父は心霊写真にしょっちゅう文句言ってます。こんなの合成に決まってるって」


 どう考えても、何もない。家族を、親戚を含めても何も。

 身内でそういう話を聞いたことは一切ない。



「……黒羽、俺はお前が疑わしいよ」


 嵐は溜め息を吐いて十夜を見る。

 すると、香澄がフンと鼻を鳴らした。


「やっぱりインチキに決まってるわよ。あんた、紗綾に何の恨みがあるってのよ!?」

「俺は知らん」


 さすがに言いがかりだと紗綾は思う。

 十夜と自分の間には何の繋がりも思い当たらないからだ。

 だが、香澄はビシッと彼の『やり方』を指さす。


「じゃあ、これは何なの? 何か仕掛けがあるんでしょ!? コインが勝手に動くなんてことあるわけがないんだから! 種を明かしなさいよ! インチキマジシャン!」


 どんどんエスカレートしている。

 それでも紗綾はあわあわするばかりで香澄を宥めることができない。

 彼女の言うこともまたわかるからだ。


「俺は何もしていない。現実を見ろ」

「そんなの、あんたなんかに言われたくないわよ!」


 十夜の言葉は香澄にとっては屈辱的なものだったらしい。

 けれど、そんな中、もう一度、コインが動き出す。

 香澄はテーブルの下を覗くが、何も見当たらなかったようだった。

 紙を引っ繰り返してもただの紙、コインもただのコインだ。

 そもそも、十夜はコインを置いただけで触れてはいない。嵐や光も何かをしている様子はなかった。


 ならば、なぜ、それは自分の名前を指したのか。

 本当に彼の守護霊だというものの仕業だとして、なぜ、自分なのか。

 本来、サイキックを示すはずだったのならば彼に問題があるのか。

 それとも、自分には何か隠された力があるとでも言うのか。

 否、そんなことはあるはずがないのだ。

 だが、これが、仮に、完全に無差別なくじだとしたら、サイキックも何も関係のないものだとしたら……


「あっ……」


 思わず声を上げた紗綾に視線が集まる。

 注目されることには慣れていない紗綾は全員の視線を注がれてどうしていいかわからなくなった。


「何か思い当たることあった?」

「私、物凄く運が悪いんです。くじとか全然当たったことないのに、みんなが当たりたくないと思うものはいつも必ず引き当てちゃって……あ、えっと……こんなの全然関係ないですよね?」


 答えてみたものの、自分が変なことを言っている気がして、紗綾は動揺した。

 元々、人見知りだが、妙に緊張するのだ。特に十夜に見られるとひどく落ち着かない。

 彼の目は、紗綾が今まで見たことのない目をしていた。虹彩の色ではなく、敢えて言うならば、彼の持つ色なのかもしれない。

 何か計り知れないものを抱え込んでいるような、そんな目だ。


「そう言えば、月舘、説明会の時に名前が間違ってるって泣きそうな顔してたっけ」


 嵐は思い出したらしい。パニックに陥っていた紗綾に声を掛けてくれたのは彼だった。

 泣きそうな、と言われれば恥ずかしさで自分の顔に更に熱が集まる気がするが、泣きたかったのは確かである。


「な、名前が間違ってたくらいで……?」

「だって、三つも間違ってたら、もしかしたら自分じゃないかもとか思わない?」

「み、三つ……」


 香澄は困惑しているらしかった。

 呆れられたかもしれないと紗綾は思う。けれど、大問題だったのだ。


「俺、あんまり名前間違ってたことないなぁ」

「私も」

「一文字はいつも、二文字もよくあるけど、三つは初めてだったよ」


 全く嬉しくない初めてである。

 はぁ、と香澄の溜息が聞こえた。


「それで、運が悪すぎて、生贄とかいう怪しげなお役目まで引き当てちゃったってこと? 笑えない、全然、笑えないわよ! いい? 紗綾。人間前向きに生きていれば運なんていくらでも掴み取れるの! 百万円だって、旅行だって、家電だって、豪華食材だって何だって当たるの!」


 香澄は一気に喋り出し、紗綾は彼女が自分とは全く正反対の人間なのだと思う。

 明るく、元気で、積極的で、物怖じせず、思ったことを何でも言えて、その上、運も味方についている。


「いや、俺もそういうの当たったことないけど。まあ、少額の商品券とかはあるけどさ。確率的にそんなに高くないと思うんだ」

「俺も福引はいつもティッシュとかお菓子だよ? 残念賞」

「まあ、お前は存在が残念だからね」

「うっわ、クッキーひどいっ! 俺泣くよ、泣いちゃうよ、俺!」

「あーうざいうざい」

「……めそ」


 嘘泣きをして、光は膝を抱えてしまった。だが、誰も相手にしない。


「私の話なわけじゃないですよ。身内の話です。母も祖母も懸賞で色々なものを当ててくれますから」


 強運を持った一族もいるものだ。

 そう思った瞬間、香澄がくるりと紗綾の方を向いた。


「そうだ! 紗綾も一緒に懸賞生活すればいいのよ! うちのお母さんとおばあちゃんに特別に弟子入りさせてあげるから! 講習料無料! どう? 名案でしょ?」


 懸賞というものは応募しなければ当たらないとわかっているが、応募したところで当たらないものは当たらない。

 そう思ってしまえば、香澄には悪いが、労力を費やす気にはなれない。


「まあ、懸賞になると戦略的な問題になるからね……昔付き合ってた彼女が懸賞マニアで、俺は葉書やら切手やら雑誌やら買いに行かされた苦い思い出があるよ」


 嵐の表情はどこか哀愁が漂い、それはやだなぁと嘘泣きから復活した光も顔を引き攣らせていた。

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