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魔王流生贄の選び方

 扉の向こう、何かが動いた。

 そう感じた瞬間、破裂音が響き、紗綾はびくりと身を縮める。

 同じように香澄も驚いたようだったが、それでもしっかりと手は握ってくれていた。


「ぱんぱっかぱーんっ! オカルト研究部へようこそ! 部長の八千草(ひかる)でっす、よろしくぅ! 遠慮せずにヤッチーって呼んじゃってね! キラッ、なんちゃってーあははぁ」


 部室から飛び出してきたのは人間だった。男子生徒である。

 彼はクラッカーを片手に笑っていた。

 しかし、それは楽しい雰囲気を演出するものではなかった。むしろ、最悪だった。

 突然のことに驚いて何が起こったかわかっていなかったが、気付けば十夜がキラキラしたテープを浴びせられ、呆然と立っている。

 もしかしたら、一番驚いているのは彼なのかもしれなかった。

 しかし、笑えない。全くもって笑える状況ではない。


「うわっ、何この空気。もしかして、もしかしなくても、俺、滑った? 滅茶苦茶滑っちゃった? つるつるりーん?」


 光は気まずげな顔をしてクラッカーのテープを回収する。

 しかし、口調から緊張感は感じられなかった。そういう男なのだろう。

 滑ることに慣れているようですらある。


「八千草……俺は頭が痛いよ。ついでに胃も痛くなりそうだ。もう何もかもが痛い」

「貴様、呪われたいのか」


 嵐は溜め息を吐き、十夜は殺意すら感じ取れる様子で吐き捨てるが、光には全く効かなかった。

 空気が読めるタイプではないようだ。


「二人ともちょー顔怖いから! 俺、泣いちゃうから! って言うか、女の子の前で物騒なことはダメ! って、女の子、女の子! そうだよ、女の子だよ!」


 へらへらと笑った光は思い出したように紗綾と香澄を見る。


「いやあ、まあ、入って、入って。女の子と廊下で立ち話なんてダメダメよ! 女の子は優しくエスコートしてあげなきゃ! おもてなしの準備はできてるからね、キラッ」


 ニカッと光は笑うが、歯が輝くわけでもない。

 敢えて言うならば、空気が冷たくなるだけだった。気温が変わるわけでもないのに、妙に寒い。



 渋々、香澄と中に入り、紗綾は進められるがままにソファーに座る。

 大きなソファーが二組、応接室のようにもなっている。


「それで、それ? まさかまさか、ツキダテサヤちゃんが二人いたとか? ワーオッ、ミラクルーッ! 凄い、すごーいっ!」


 光は一人で盛り上がっていた。なにがそんなに面白いのだろうか。

 そのキラキラした目に邪気はないようだったが、わからないことばかりだ。


「いや、八千草。こっちは月舘の保護者。さすがにそこまでの奇跡は起きないから」

「田端香澄です」


 嵐が紗綾の隣に座った香澄を指す。

 その香澄はソファーに踏ん反り返って光が出したお菓子を食べいる。

 凄い度胸だと紗綾は思うが、真似はできそうもない。


「あ、俺はヤッチーこと八千草光、ってのはもう言ったっけ……こっちは、副部長のクロちゃんこと黒羽十夜君、みんなからは魔王なんて呼ばれちゃってるけど、本当はすっごく優しいんだよ! いっつも、俺のこと、助けてくれるもんね。で、そっちが顧問の……」


 光は十夜を指し、それから嵐を指すが、嵐はそれを制した。


「俺のことはいいよ。担任だもん」

「そうなの? じゃあ、クッキーって呼んであげてね!」

「……お前のせいで定着しちゃったよ、それ」


 光は親しみを持たせようとしているのだろうが、嵐としてはあまり好ましくないようだった。


「いいじゃん、いいじゃん! 気軽に呼べるのが人気の秘訣さ! 何だかんだモテモテじゃんか! 俺、クッキーの人気に嫉妬しちゃうよ! 俺も毎日女の子達に囲まれたいっ! パラダイスしたい!」

「クールじゃないんだよ。はっきり言ってお前のセンスは最悪だ」

「だってさ、クッキー、名前が怖いじゃん? 鬼だよ、鬼! ぎゃおーっだよ。しかも九……って、鬼ってどう数えるの? 柱?」

「それは神様。動物として扱うなら匹で人間的な性格を持つものなら人」

「ワーオッ、クッキー、物知り! そっちの先生じゃないのに!」


 無邪気な光に、嵐は呆れた様子で、無駄な労力を使ったとでも思っているようだった。

 しかし、少し落ち着いて観察してみれば、光はどこか子供っぽさを感じさせる物言いだが、長身であり、それなりに整った顔をしていた。

 そして、彼も十夜と同じように黒いネクタイをしているが、上手く結べていないのは愛嬌だろうか。

 いずれにしても、どこか残念な感じがするのは否めない。残念すぎるのだ。



「それで、さっき、何て言いました?」


 光が出したジュースをぐいっと飲み干した香澄は問う。


「えーっと……ぱんぱっかぱーんっ?」

「そうじゃなくて」


 光は首を傾げ、最初から思い出してみることにしたようだったが、香澄は少し苛立った様子で嵐を見る。

 十夜と光、どちらに聞いても無駄だと判断したのだろう。


「ここはオカルト研究部、通称オカ研」


 嵐の的確な言葉に香澄の目が鋭くなるのを紗綾は見た。

 不信感も露わである。


「オカ研? オカ研なんかが紗綾をどうしようって言うんですか?」

「生贄だ」


 香澄の問いに答えたのは十夜だった。

 不穏な言葉に身構えたのは紗綾だけではないようだった。


「いけ、にえ……?」

「まあ、まあ、そんなに怖がらないで。うちの部には一年に一人、生贄を得よって言う決まりがあってね、要するに、必ず一人だけ部員を獲得しなきゃいけないわけですよ。俺もクロちゃんもそうやって入ったし、変な儀式したりとかはないよ? 基本は名前入れておくだけ。部員としていればそれでいい感じ。うん、何にも変なことはしてない、ちょー健全な部。俺なんか毎日ここで遊んでるよ。漫画読んで、お菓子食べて、帰りに女の子ナンパしちゃったりして……」


 光は明るく話すが、納得できるものではなかった。

 やはり、わからないことばかりである。


「何で、紗綾なんですか?」


 香澄は問う。

 それは紗綾も気になっていたことだった。 なぜ、自分なのか。どうして、自分が名指しされたのか。

 すると、光は十夜を指した。


「それはクロちゃんが」

「導きだ」

「導き?」


 香澄が訝しめば、十夜は見せた方が早いとばかりにテーブルの上に広げた紙を指す。

 白い紙にはひらがなや数字などが書かれている。

 それを見て、香澄があからさまに嫌そうな顔をした。


「うわっ、まさか、コックリさん……」

「そんな胡散臭いものではない」

「十分に、十二分に胡散臭いわよ!」


 不本意だとばかりに十夜は言うが、香澄は聞く耳を持たない。

 紗綾はそのやりとりをただ見て聞いているしかなかった。

 香澄ではなく、自分のことであるはずなのに、まるで追い付かない。


「お前が言うと話がややこしくなるな……守護霊ってヤツだよ。生贄獲得は二年の仕事だから、今年は黒羽の番で、他は手出し無用ってのが規則。俺が決めたわけじゃないし、俺でも阻止不可能なルールだから、そこんところ誤解しないでほしいけど」

「俺なんか、校内歩いただけだったけどね」


 嵐と光がフォローするが、見せた方が早いとばかりに不機嫌な顔をした十夜は先程のコインを置く。

 すると、無造作に置かれたコインはすっと動き出し、ぴたりと止まったかと思えばまた動き出し、ある文字列を示した。

 つ・き・だ・て・さ・や、不思議なことだが、確かにコインの位置はそう示していた。


「こういうわけで、俺たちは新入生の名簿から君を見付けたってわけさ! まさか、クッキーのクラスの子だとは思わなかったけど、これも運命かな?」


 光は笑うが、香澄は険しい形相でテーブルを叩いた。

 コインが跳ねる。そして、少し不自然に動いたような気がしたが、紗綾は見なかったことにした。


「こんなのインチキに決まってる!」


 まあまあ、と嵐は宥める。

 けれど、彼女の怒りは収まらないようだ。


「田端はさ、心霊現象とか超常現象とかって言われるものは信じない質?」

「そんなもの信じません。何もかもでっち上げですよ。幽霊も妖怪もネッシーも雪男もチュパカブラもUFOもキャトルミューティレーションもミステリーサークルもポルターガイストも、全部見間違いとか人為的なものとか偶然とかに決まってます」


 香澄は即答だった。

 しかし、否定する割には随分と色々なことが次々に出てくるものだと紗綾は感心してしまった。

 けれど、そんな場合ではない。これは自分が巻き込まれている問題なのだから。


「これから、話すことはみんなには内緒ね。まあ、言っても信じてもらえるかどうかってところだけど……いや、そもそも、君自身が信じないみたいだけど、でも、本当のことを言うよ」


 真剣な表情で嵐が話し出せば、香澄は話を聞く姿勢を見せたが、その眼差しに疑いの念が込められているのは明白だった。

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