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魔女は全てを支配する

 土曜日、午前、オカ研一行は荷物を持って学校に集合していた。

 練習にきた運動部の人間がちらりと盗み見ては、見てはいけないものを見てしまったように、関わりたくないとばかりに足早に過ぎ去って行く。

 普段、休日に集まるような部ではないからだ。


 これから、オカ研にとって重要な行事の一つ、新入生の歓迎会が行われるのだが、それを嬉しそうに待っているのはリアムだけだった。

 紗綾は歓迎会の実態を知り、洗礼と称するからこそ、何度圭斗に聞かれても黙っていた。

 大方、彼も察しているようだったが、本当の恐怖は知らない。

 先日、サイキックであることを紗綾だけに明かした彼にとっては歓迎できない行事になることは間違いない。

 二人だけの秘密のリミットは既に近付いているとも言えるのかもしれなかった。



 一行の元へやってきたのは視線を奪う真っ赤なセダン、運転席から出てくる女にまた釘付けになる。

 腰まで伸びる漆黒の羽のような髪、黒いパンツスーツ、まるで生き血のような真紅のルージュとネイル。

 魔女とは言っても、帽子やマントを羽織っているわけでもなく、現代的でいつもお洒落だと紗綾は思っていた。

 毒島鈴子(ぶすじまれいこ)、オカルト研究部初代部長にして支配者、最強の女とも言われ、嵐さえ恐れているという危険人物でもある。

 紗綾も彼女に会う度にひどく緊張する。あるいは、初対面の時の恐怖が未だに深く刻まれているのかもしれない。


 鈴子はじっと紗綾を見て、十夜を見る。

 その細く整えられた眉がぴくりと動く。


「あら、あなた達、未だにくっついていないの? 信じられない」


 会う度に言われていることだった。反論したいが、できない。

 それは十夜への非難であって、自分の意思は完全に無視されていることに紗綾は気付いていた。

 なぜか魔女はキューピットになりたがり、十夜に何度も働きかけている。ありえないと紗綾は思っているのに、魔女はなぜかいつも妙な自信に満ちている。


「素直になりなさいよ、クロ。このあたしがうまくいくって言っているのに」


 魔女が魔王に躙り寄る、不愉快そうに十夜が顔を顰めるが、鈴子にとっては彼など子供に過ぎないようだ。


「早く認めちゃいなさいよ、そうすればすぐに楽になれる。あなたをその苦悩から解き放つ鍵はすぐ側にあるのよ? ねぇ、クロ、よく考えてみなさいよ」

「俺は信じない。全ては俺が決める」


 魔女には何か他人には見えないものを視る力がある。

 尤も、サイキックとはそういうものだ。何か常人にはない力を持っている。

 将仁も霊を見ることだけはできるし、十夜や嵐はそれ以上の力を持っている。

 だが、彼女は別格なのだ。彼ら以上に強い力を持つ。

 嵐が言うには三人の中では十夜が一番弱いということだった。

 力で劣るからこそ、自分も十夜も逆らえないのだと、どこか苦痛を感じさせられる表情で語ったのを紗綾は鮮明に覚えている。


「運命は既に決まっているわ。あとは、あなたが受け入れるだけ。いつまでも立ち止まっていては駄目、前に進むのよ。自分の手で扉を開けるの。重ければ、彼女が手伝ってくれる」


 運命が見えると魔女は言う。

 それが真実なのかは紗綾にはわからない。

 けれど、彼女はその言葉によって運命に導くのではなく、従わせようとしているようにも見えた。

 現に、紗綾は十夜に対して特別な感情を抱いているわけでもなく、彼と付き合うなどとはとても考えられないことなのだが、そんなことは彼女にとってはどうでもいいことになってしまうのだ。


「運命なんて俺は信じない」


 もう一度、支配者としての魔女の言葉を十夜ははね除ける。

 彼は素直に従うような男ではない。

 支配者ではあっても、部員は従順なしもべではない。従うべきところでは渋々従うだけだ。

 尤も、黙っていることの方が賢明である。


 つまり、魔女と部員の関係はその程度のもので、信頼があると言えば語弊がある。

 魔女との関わりは一種のビジネスだとも言える。

 特に紗綾は魔女に従う理由がない。

 だが、従わない理由もなく、大抵は流されている。遊ばれている、ただそれだけのことなのだから。



「運命なんて他人がどうこう言うものじゃない。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。さっきから聞いてれば、まったく、笑えるっスよ」


 誰もが何も言えない空気の中、彼は平然と言い放った。

 空気が歪む、それは暴挙だった。

 通り名に大した意味はない。それは真実を表してはいない。魔女は魔王よりもずっと恐ろしいからだ。

 けれど、十夜を恐れない男が、空気を読んで大人しくしているはずもなかったのかもしれない。


「魔女だか何だか知らないっスけど、予言者気取ってるなら、ただの傲慢じゃないっスかね。魔女なんて言われてるのも敬意じゃないっスよね」


 未だかつて、魔女にここまで好き勝手なことを言った男がいただろうか。

 紗綾が知る限りは存在しない。前部長の八千草もそういう人間ではなく、言うことを何でも喜んで聞くタイプだった。

 魔女の恐ろしさは圭斗やリアムにも事前に嵐が話していた。絶対に逆らうな、余計なことは言うな、ただ黙って頷いておけば良いと言ったのだ。

 けれど、これでは台無しだ。魔女の機嫌を損ねれば圭斗は追放されてしまう。

 紗綾は不安な気持ちで圭斗を見たが、彼は大丈夫だと笑う。最強の女を目の前にしながら、彼は恐れるわけでもなく、いつものように笑っていた。


 十夜に構うことをやめ、鈴子はじっと圭斗を見る。その瞳の奥にあるものを覗き込もうとするかのように。

 一年前自分にも向けられたその眼差しは紗綾が最も苦手とするものだ。

 そして、彼女はまた紗綾を見て溜息を吐く。


「話は聞いていたけれど、面倒臭い感じにしてくれたわね」

「こっちの生意気なのが榊圭斗で、こっちが仮部員のリアム・ロビンソン、自称サイキック」


 嵐が順に紹介するが、鈴子は興味なさげにしていた。

 彼女にとって重要なのは自分の駒として使えるかどうかにすぎない。


「二人も連れてくるなんて、うちのお姫様はさすがね」


 言葉の端々に刺を感じる。薔薇のような女性、美しいからこそ刺がある。あるいは、刺があるからこそ美しいのか。

 一年前の十夜のように散々罵倒されるに違いないと紗綾は覚悟していた。

 嵐が絶対大丈夫だと言った方法で獲得した生贄はサイキックであることを隠しているし、二人目は勝手についてきただけだと言い逃れるつもりもない。悪いのは自分だけだと言いたかった。

 赤い唇が三日月のように吊り上がる。魔女が笑った。


「でも、生贄は一人。例外は絶対に作らない。だから、あなたが決めるのよ、お姫様」


 視線で縛り、言葉で縛る。それは魔女の命令だ。逆らうことは許されないが、紗綾は納得できなかった。


「それは毒島さんが決めることではないですか?」


 紗綾は自分が間違ったことを聞いたとは思わなかった。

 だが、鈴子は声を上げて笑った。

 その嘲笑にも取れる笑い声に紗綾の緊張が高まるが、これでもまだ魔女にしては優しい方だと経験が語っている。


「あたしはね、一年前、クロに責任を取らせなかったことを後悔しているの」


 ちらりと視線が、十夜へと向けられる。

 後悔などとは魔女らしくない。だが、後悔しているからこそ、会う度に紗綾と十夜をくっつけようとするらしい。

 理由は紗綾にはわからないが、何が目的なのかはわかっている。魔女自身が十夜を救うためだと言っているからだ。

 しかし、どうして十夜の救いになるのかは謎のままであり、十夜自身も拒絶している。

 嵐も魔女の前では反論しないが、その計らいに難色を示している。だからと言って、彼の婚姻届が本気であるとは言えないのだが。


「だから、あなたが選ぶの。時間は今日一日あるわ。じっくり正しい答えを選びなさい」


 びしりと赤い指先が突き付けられて、紗綾はそれ以上口を開く気にはなれなかった。

 答えになっていないなどと誰がその人に言えるだろうか。



「さあ、乗って、お姫様」


 これ以上の問答は必要ないとばかりに魔女が自分の車の助手席のドアを開ける。

 歓迎会の会場は学校ではなく、車で移動する必要がある。去年もそうだった。

 紗綾は思わず嵐を見る。魔女の車に乗るなどという恐ろしいことはできるだけ避けたかった。

 彼女の運転も想像しがたいものがあるが、車という移動する密室に魔女と閉じ込められるようなものだ。

 だが、嵐は諦めてとでも言うように困り顔をするだけだった。


 誰もが避けたいことを避けられないのが紗綾というものでもある。

 二人っきりということはないだろうと思っていたが、三人目は考えるまでもなかった。

 当然のように嵐の車に乗り込もうとした十夜が追い返されてきたのだ。

 じゃんけんなどで決めるまでもなく、当然の組み合わせということになるのだろう。


「クロ、さっさと乗りなさいよ」


 魔女に言われて、十夜は渋々後部座席に乗り込んだ。

 あの魔王として全校生徒から恐れられる黒羽十夜も軽率に呪うぞとは言えない。それが魔女毒島鈴子であるのだから。

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