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黒い大天使、降臨

 圭斗が教室を出れば、廊下では意外な人物が微笑んで出迎えた。

 女生徒達にちらちらと見られても全く気にした様子もなく、そこに立っている。

 目が合って、その神々しくも見える笑みを向けられた瞬間、圭斗は思わず舌打ちして顔を逸らしたが、無駄だった。

 ここにいる理由は聞くまでもない。


「一年生はやんちゃでいいね」


 人のいない方へ歩き出した圭斗の隣に並んで将也は言う。

 圭斗としてはできれば無視したかった。

 特に今は誰かと話したい気分ではないが、それで撒ける相手ではないことはわかる。

 彼は見ていたのだろう。だから、気持ちも察しているだろう。

 だが、タイミングが悪かったと思ったなら、とっくに帰っていたはずだ。

 大抵の人間なら一睨みでもすれば済むのに、全く通用しないのだ。


「僕のこと、わからないってことはないよね?」

「俺のこと、馬鹿にしてるんスか?」


 対面して言葉を交わしてから、それほど時間は経っていない。

 そして、ライバルになる可能性のある人間を忘れられるほど平和な頭でもない。

 この男は曲者だと圭斗の本能が告げている。


「司馬将也、と言っても僕は君の名前を聞いていなかったね」

「榊圭斗」


 今、この瞬間、二人は互いの名前を知って真にライバルになったのかもしれなかった。


「圭斗君、少し時間あるかな? もちろん、あるよね?」

「先輩に手を出すな的なライバル潰しだったら応じないっスけど。俺、今、かなり機嫌悪いんで」


 違うよ、と将也は笑ったが、半ば強制している時点で穏やかには思えない。

 すぐに教室に戻る気がないことをわかっているに違いないのだ。


「僕はお兄ちゃんとかお父さんとかみたいなものだからね。むしろ、逆だよ。君には頑張ってほしいと思ってるんだ」

「それも作戦っスか?」


 将也は爽やかな笑みを見せるが、安全な男だと思い込ませたいのかもしれない。

 圭斗は警戒を解く気はなかった。

 この男の本性はただのいい人ではないのだから。


「田端君と言い、君も僕を何だと思ってるんだろうね」


 参ったな、と彼は肩を竦める。信用がないらしいと。

 圭斗は簡単に中身が見えない人間を信用する男ではないし、信頼できるだけの時間もなかった。


「田端先輩と紗綾先輩で呼び方が違うのは何でっスかね? 司馬先輩」

「兄貴のがうつったんだよ。会ったでしょ? くたびれた刑事」

「じゃあ、そういうことにしておくっスよ」


 刑事の司馬将仁が彼の兄であることは聞いた。だが、それを理由にしても疑わしいのがこの男である。

 何を考えているのか本当によくわからないのだ。



「俺は黒羽には彼女を渡したくなくてね」


 人気のない場所へ圭斗を誘導して、将也は言う。そういうことは三年である彼の方が熟知していたのかもしれない。

 しかし、それを聞いて、圭斗は思わず笑いたくなった。


「万年一位でむかつくから?」

「君、話を歪めるのが好きなんだね」


 将也は苦笑するが、圭斗も本気でそう感じたわけではない。わざとそうしたのだ。


「先輩が歪んで見えるからっスよ」

「確かにそうなのかもしれないね」


 肩を竦める将也には思い当るところがあるようだった。


「でも、それでもいいんだ」


 彼は全てを諦めているようだった。

 否、彼は悟ったつもりなのかもしれない。


「あいつは誰かを愛せる男じゃない。このままあいつが変わらないなら、俺はあいつから彼女を引き離すべきだと思うんだ。手遅れになる前に」

「言われなくてもわかってるっスよ」


 そこで将也は安心したような穏やかな表情を見せてきた。

 作り物の笑みではない、素の表情を。


「きっともう、噂は色々聞いたよね? 聞いちゃったからああいうことになってたんだろうね」

「趣味悪いっスよ。まあ、丁度真偽を確かめたいと思ってたところっスけど」

「噂は事実に近かったり遠かったりするからね」


 見られたくないところを、かなり見られたくない相手に見られてしまったものだ。

 だが、圭斗にとって好都合でもあった。


「部長に逆らうと呪われるとか、部活が廃部にされて廃人になるとか、バックに魔女がいるとか」


 嘘だと明らかに判断できることは圭斗も言わなかった。


「それ、全部、本当だよ。まあ、呪いの方は思い込み的なやつで、部活も勝手にノイローゼになっちゃったとか。魔女っていうのは前の前の……って言うか、部長さん。たまに来るからその内会えるよ。俺はあの人かなり苦手だけどね」


 その話は紗綾から聞いたものなのか。

 彼はオカ研に最も近い男、あるいは、一番の理解者なのかもしれない。

 そんな彼でなければ聞けないことが一つだけあった。


「部長が、人を殺したことがあるとか」

「ああ、あれね。よくあるでしょ? 危ないやつにつき纏う危ない噂」

「あいつならあり得るって思っちゃうんスよね」


 噂のダークサイド、黒い噂、十夜には似合い過ぎる言葉だ。

 尤も、圭斗は十夜の別の意味での危うさを感じ始めていた。

 だから、それが完全なる虚偽であるとも思えず、将也に揺さぶりをかけたのだ。


「俺、本人に聞いたことあるよ」

「聞いたんスか」

「うん。クラスメートだし、仲良くなろうと思って」


 よくわからない男だと圭斗は心底思う。

 十夜の人を寄せ付けないオーラはおそらく昔からだろう。それが噂を生み、オカ研部員という背景が増長させる。

 今、正にその過程を辿っている圭斗からすれば将也は勇者とも言える。だが、無謀とも言える。


「もちろん、否定してくれると思ったけど、あっさり肯定されちゃってね。からかわれてるのかな、とも思ったけど……」


 将也は重い口調で言う。

 言葉通りではないと彼もわかっているだろう。

 面倒だから敢えてそうしたと考えることもできるが、その時、彼は何かを感じ取ったようだった。


「人をからかえるほどスキル高くないっスよね、あいつ」

「あ、これ、内緒ね?」

「言わないっつーか、言えるはずがないっスよ」


 一方的に他人の秘密を押し付けられ、共犯のような気分にもなる。

 将也はそのつもりなのかもしれないが、秘密を共有したい人間ではない。



「そういえば、昨日、黒羽、部に出なかったでしょ?」

「いつものこと、らしいっスね」

「何か色々溜め込むタイプらしくて、たまに倒れたりするんだよ。まあ、昨日のは多分、俺のせい。っていうか、昨日に限らず、何回かは本当に俺のせい」

「は?」


 圭斗はつい間抜けな声を出していた。

 彼の早退はよくあること、嵐は彼をヘタレと言い、紗綾は繊細だと言う。

 どちらも間違いではないだろうが、紗綾以外に彼を繊細などと言う人間はいないだろうと圭斗は思う。

 しかも、早退の原因が自分だと思っているのだ。それなのに、この男は何を言い出すのか。


「俺がちょっと文句を言った日に限って、直後に早退するんだよ。もし、どこかにハゲがあったら間違いなく俺のせいだと思って、お詫びに育毛剤を送ったこともあるんだけど」

「それ、ただの嫌がらせじゃないっスか」


 絶対にちょっとどころじゃない。

 圭斗はそう思っても口にはしなかった。

 口にすれば面倒なことになることはわかっている。


「まあ、冗談はここまでにしてさ」


 冗談には聞こえなかったが、気にしない方が幸せだと言うことはわかる。


「一応、黒羽なりに気にしてるらしいんだけど、物凄く鈍感でどうしようもなく不器用だから。俺が何回言っても駄目なんだよ」

「つーか、馬鹿なんじゃないっスか? 認めたがらない辺りが特に」


「ああ、君はやっぱり気付いたんだ」


 感心したように将也は言うが、どこかわざとらしくもあり、圭斗は内心うんざりしていた。

 嵐も将也も穏やかで優しげに見えながらかなりの曲者である。圭斗としてもやりにくいところがあるのは事実だ。


「俺、勘は鋭いんで」


 それは自信と言うには皮肉なものかもしれない。

 もしかしたら、気付かれているのかもしれなかったが、圭斗は自ら言う気にはやはりなれなかった。


「あの態度、本当にむかつくよね。まあ、彼女の意思に背くことは君ならしないと思ってるけど」

「そうやって、俺を縛るなんて卑怯な人っスね」


 かもしれないね、と将也は肩を竦める。


「俺にできないことが君にできるから少しだけ悔しいんだ」


 人間誰しも心に多かれ少なかれ闇がある。それが彼の闇なのかもしれない。


「もし、兄貴みたいに視えたなら、もっと側にいけるのに? トラブルメーカーとしてでも近付けるから?」


 おそらく将也は兄のように視えるわけではない。だから、今の位置から遠ざかることもなければ、近付くこともない。


「……君はその答えを知っているんだろうね」

「あんたが、もう絶望的なほどに知っているように、ね」


 二人の視線が交わって、将也は目を伏せ、圭斗は窓の外の空を見上げた。

 まるで、これからの二人の行先を暗示するかのように。

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