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悪魔と二人だけの秘密

 十夜のいない帰り道、紗綾は圭斗と並んで歩いた。

 昨日と同じでありながら、まるで気分が違う。幸いだったのはリアムとは帰り道が全く逆方向だったことだろうか。

 そうしていれば自然と圭斗がいる帰り道はあと何回残されているのかと考えてしまう。

 圭斗はあんなことがなければ紗綾が一生関わることのなかったかもしれない種の人間だ。

 そう思えば思うほど何を話せばいいかわからなくなる。


「ねぇ、先輩。俺が部活、さよならさせられるかも、って思ってます?」


 不意に圭斗が言い、紗綾はどきりとした。

 どうして、今、考えていることがわかってしまったのか。


「先生から聞いたの……?」

「やっぱりそうっスか」


 もう嵐は話したのか。圭斗はどんな気分なのか。

 紗綾が何を言ったらいいかわからないでいると、そのまま圭斗は続ける。


「生贄は一年に一人、仮入部なんて言ってるのは、俺かあいつかどっちかでいいってことでしょ? しかも、あいつの方が後から来たのに俺の方が不利」

「ロビンソン君はサイキックだって……」


 サイキック、オカ研にとって非常に重要なことだ。

 圭斗が紗綾と同じように何でもないなら、彼は必要ないことになってしまう。


「本人の言ってることなんて当てにならないっスよ。特にあいつ変人だし、幽霊いる家に住んでたとか、悪さすると投げ飛ばすとか。イギリス人的なネタっスよ、絶対」

「でも……」


 追いかけられたこともあり、紗綾もリアムのことはちょっと変な子だと認識している。

 しかしながら、幽霊が見えて、暴力を働くとなると紗綾には思い浮かぶ人物がいる。嵐が言うように嘘ではないだろうと思ってしまう。


「だって、それが本当なら仮入部なんてまどろっこしいことしないでさっさと俺を追い出せばいいだけのことなんスから」


 嵐もあまり気乗りがしないようだったが、彼には決定権がないとも言える。

 全てはオカ研においては絶対的権力を持つ魔女の采配次第だ。

 だから、歓迎会まで引き延ばすのだろう。魔女に絶対的な選択をさせるために。


「俺は絶対に辞めないっスよ。だって、紗綾先輩が俺を釣ったんスから」

「釣ったって……」


 確かに圭斗を生贄として差し出したのは紗綾だが、圭斗は自ら生贄になったのだ。


「責任とって下さいってことで」


 責任などと言われると紗綾は増々どうしたらいいかわからなくなる。

 無責任と言われるかもしれないが、苦手な言葉であるのは間違いない。


「ねぇ、俺を信じてよ、紗綾先輩」


 その眼差しから圭斗が真剣だということはわかるが、紗綾は頷くことができなかった。

 たとえ、紗綾が信じても、魔女は非情な判断を下すだろう。

 彼は魔女の恐ろしさを知らない。

「信じてくれれば絶対に大丈夫っスから」


 絶対なんてないと紗綾は思う。

 そんな言葉は魔女の前では無意味だ。魔女こそが唯一の絶対であるのだから。


「まあ、仮に俺がさよならさせられたって、繋がりが切れるわけじゃないっスよ」


 確かにその通りかもしれない。

 たとえ、今年の生贄がリアムになったとしても、彼にその気があればいつでも会える。

 けれど、代わりにリアムが部室にいることになると不安が大きい。


「俺はいつだって紗綾先輩に会いに行く。いっそ、先輩を連れ出そうか。幸せにするって約束したし、俺にはできると思うっスよ」


 圭斗は軽く言っているようだが、紗綾はドキドキしていた。

 彼は紗綾にとって未知の人間だからこそ、本気がわからない。


「圭斗君は何でそんなに自信があるの?」


 紗綾は意を決して聞いてみることにした。

 彼はいだって自信に満ちている。紗綾には羨ましく思えるほどに。


「うーん……お守りがあるからっスかね」


 少し考えるような素振りを見せてから、圭斗はシャツの下からペンダントを手繰り寄せて紗綾に見せた。


「お守り?」

「そう、俺の宝物。婆ちゃんからもらったんス」


 赤い石が非常に印象的なとてもシンプルなペンダントだった。

 もしかしたら、護符(アミュレット)なのかもしれないと紗綾は思う。



「そう言えば、部長って貧血とかなんスか? 意外に虚弱とか?」


 ペンダントを再びしまい込んで、圭斗が言う。

「黒羽部長は繊細な人だから」


 はぐらかされたようにも思いながら紗綾は答える。

 紗綾にはよくあることでしかないが、彼にとっては意外なことだったのかもしれない。


「紗綾先輩の方がよっぽど繊細な気がするんスけどね」

「全然そんなことないよ」


 まだ理解は深くない。そう思う度に恐怖がある。幻滅されるのはやはり怖かった。

 だが、その恐怖は繊細ということとは違うと紗綾は考えるのだ。ただ臆病で卑怯なだけにすぎない。


「俺もまだまだっスね」


 不意に圭斗が小さく笑う。

 困ったような、いつもは大人びた表情を見せるのに今は幼さの方が強く感じられる。


「紗綾先輩は本当に色々考えすぎっスよ。人間、少しくらいは無神経な方がいいんスよ。田端先輩みたいに、って言うと語弊があるっスけど」


 見透かされているかのような気分になるのはなぜだろうか。

 彼は年下だ。ほんの一年の差だが、それでもずっと年上のように感じるのはなぜだろうか。

 物怖じせず、ストレートで、紗綾とは全く違うタイプの人間だ。香澄のような、憧れのタイプでもある。

 こうなれたらと思いながら、自分には無理だと否定するしかない種の人間だ。


「負担を増やしてるのは私だから」


 自分さえサイキックであればと何度思ったかはわからない。

 彼の霊的センサーになぜ自分が引っ掛かったのか、それは最大のミステリーであり、今も解明されていない。

 魔女にさえ解けない難問だったのかもしれない。あるいは、彼女だけがわかっていて、答えを教えてくれないのか。


「早退は自分のせいって? それはないっスよ。繊細だって言うなら、それは先生が言うようにヘタレってことっスよ。どれくらいヘタレかって言うともうどうしようもなく、どん底的にヘタレっス。救いようがないって言うか……救われたいと思ってるくせに自分から救われない道を選んでる……一言で言えば馬鹿っスね、大馬鹿者と言っても過言じゃない」


 彼はなぜ、こんなにも次々に物が言えるのか。

 一体、何を知っていると言うのか。


「圭斗君には……」

「俺にはわからない?」


 言いかけて、けれど、言えなかった言葉を圭斗は容易く言い当てた。

 言ったら傷付けてしまうと歯止めがかかったのに、誘導されるように頷いてしまう。

 彼は黒羽十夜を知らないからだと何度も心の中で自分を正当化する理由を考えて。


「わかるよ。だって、俺もサイキックだし」

「え……?」


 さらりと、あまりにもさらりと言われて紗綾は動揺を隠せなかった。

 何度も圭斗を見てしまう。


「今、言わないと俺の好感度下がっちゃいそうだし」

「だって……」

「俺、霊感ゼロなんて言った?」


 思い返せば、確かに彼が霊的な力を持っていないと言った記憶はない。

 理解している素振りで、けれど、持っているとも言わなかった。


「あ、これ、みんなにはナイショっスよ?」


 圭斗は人差し指を口元に当てる。

 その仕草にさえ目を引き付けられるのはどこか神秘的だからなのかもしれない。


「でも……」

「まあ、その内バレそうっスけどね。能ある鷹は爪を隠すって言うじゃないっスか。自分から言う奴なんて胡散臭いし」


 圭斗は尚も続けるが、紗綾は理解が追い付いていない。霊感など欠片もない紗綾にとっては、彼らの世界のことはわからない。

 サイキックと一言で言っても様々なタイプがいるらしい。その辺りのことは前に十夜や嵐からオカ研における必須知識として聞いたことがある。


「でも、前に力がある人は会えばわかるって部長が……」


 力を持つ者同士感じるものがあると嵐にも説明されたことがある。

 もし、圭斗がサイキックなら、なぜ、十夜は彼を要らないと言ったのか。

 あるいは、力には強弱があるからこそ、リアムの方が強いということなのか。

 だが、そんな考えを見抜いたのか、圭斗はクスクスと笑い出す。


「ああ、俺、力隠してるんで。どうせ、ヘタレにはわからないっスよ。先生の方は探ろうとしてる感じあったっスけどね、でも、結局見抜けなかった」


 隠している。圭斗は言うが、紗綾は今一つ情報が自分の中で繋がらないのを感じていた。

 隠したくても隠せないと十夜は言った。現に彼はそのせいで苦悩している。

 それとも、それは彼の家がそうさせていることなのか。


「だから、どうしようもなくなるまで、紗綾先輩と俺の、二人だけの秘密ってことで。少しだけ俺に悪足掻きさせて下さいっス」


 聞きたいことはあったが、聞ける雰囲気でもなく、紗綾は頷くしかなかった。

 彼がサイキックであると名乗りでてくれれば、少し状況が変わるかもしれない。それでも、本人が隠していると言うのなら、紗綾には暴くことができない。

 真偽さえわからないのだから何も言えないのだ。


「誰にも言わないよ」

「ありがとうございます」


 最後に見せたその表情は切なそうで、十夜の苦しげな表情とも重なり、とても嘘には思えなかった。

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