タイムマシンじいさん
地元の養老院に、《タイムマシンじいさん》という、法螺話で有名なお年寄りがいて、仲良くなると時間旅行の打ち明け話をしてくれた。《タイムマシンじいさん》の法螺話は設定がころころ変わったりせず、いつ養老院を訪ねても同じ話が聞けるのだが、最後に会ったのは何年も前のことだから、もう生きてはいまい。
《タイムマシンじいさん》は若い頃からお騒がせ発明家として町内の有名人だった。環境破壊や社会問題に強い関心を持っており、人類を救うと称して多種多様な珍発明を世に送り出したあげく、最後の仕事にタイムマシンの開発を選んだ。遠い未来には科学文明が進み、人類はあらゆる問題を克服しているだろう。ならば未来人に会って、現代人の抱えるさまざまな問題を一挙に解決するような方法を聞き出して来ればいいではないか……!!
現用の言葉が通じるかどうか、地球や太陽系が消滅していないかどうか、予測に予測を重ね、計算に計算を重ね、年代設定をちょっとずつ調整しながらたどり着いた先で、《タイムマシンじいさん》はついに、“人類があらゆる問題を克服したあとの世界”を見た。いかなる悪も愚かさも人類を滅ぼしはしなかった。人類の善性を信じた《タイムマシンじいさん》の判断は正しかった。しかし……あらゆる問題から解き放たれたはずの未来人達は、《タイムマシンじいさん》を歓迎してくれなかった。
未来人の語るところによれば、事の顛末はこうだ。量子コンピュータの普及によって科学技術にブレイクスルーが起き、なだれを打つように、人類の悩みの種だった諸問題が一挙解決してゆく。だが、それからすぐ、地球環境にも文明社会にも、これ以上改善する余地がまったく無くなり、人類は幸せを持て余すようになる。世界中の誰もが裕福な善人ばかり、競争などしなくても現状維持さえ続けていれば済む暮らしやすい世の中で、認知症が老若問わず人類の脳を蝕み始めたのだ。超高性能量子コンピュータのサポートが行き届きすぎるのも脳にとっては良くなかった。そこで脳の健康を保つため、国際機関が毎年くじ引きでランダムな環境破壊や社会問題をわざわざ起こし人類全体の課題としているという。
スポーツやレクリエーション程度の生半可な刺激では、たちまち脳が慣れてしまう。人類が立ち向かうべきは、生命に危険が及ぶような、本物の災害や戦争や疫病や飢饉でなければならない。過去の人類が苦難を乗り越えるために行ってきた環境保護や社会改革などの取り組みは、長い目で見れば人類自身にとって害だとさえ言われ、《タイムマシンじいさん》は憤慨して、せっかく未来へ行ったのに未来人から何も未来の技術を教わらぬまま帰ってきた……のだそうだ。
タイムマシンなんかない。人類の善性が仇になるわけない。この身寄りの無い老人は、死のうが生きようが誰にもまともに相手をしてもらえない孤独に耐えかね、環境問題だの社会問題だのに没頭することで、社会貢献をしたつもりになって、己が身の現実から目を逸らそうとしたのだろう。かわいそうに、無力な人間が国際情勢とかを気にしだしたら病気のはじまりだ。




