第一話 それぞれの趣味
誰もいない真夏の家の中。
窓や扉が開き切っていて、花瓶の花が微かに揺れている。
花瓶の置かれたテーブルの上には一枚のメモがあった。
『いつもの川へ釣りに行ってくるね』
買い物から帰って来たメルーシャはメモを見る。
買い物の荷物を片付けると夫のコーラムが釣りから戻るまで、自分も好きなだけ読書が出来ると『ラタンの椅子』に座り本を読み始める。
家の中も凄く暑かったが、メルーシャの集中力は、そんな事はものともしなかった。
肘をついたまま左手を顔に当てて、右手で頁を捲る。
メルーシャの読むスピードは、早い方だった。
しかし今日は、いつにも増して読み進めるのが早かった。
蝉の鳴く声が辺りに響いていたが、メルーシャは全く気に留めなかった。
寧ろ、本の世界に没頭するのに丁度良く、耳栓やBGMの代わりにもなっていた。
そうやって集中して、自分の好きな事をしていると、あっという間に時間は過ぎて行った。
いつしか日は陰り、少し涼しさを感じられる時間になっていた。
その時、庭に一台の車が入って来た。
コーラムが釣りから帰って来たらしい。
今日は何か釣れただろうか。
メルーシャは少しだけ期待して、玄関の方へ行く。
そこに荷物を抱えて、コーラムが家の中へ入って来た。
少し体の大きいコーラムは笑みが溢れていた。
コーラム「見て見て」
メルーシャはコーラムが両手で持っている編み籠の中を覗き込んだ。
その籠の中には草が敷き詰められており、その上に三十センチ程の虹鱒が入っていた。
メルーシャ「うわ、やった!」
二人は思わず片手ずつ出して、ハイタッチをして喜んだ。
メルーシャ「やっぱりムニエル?それとも塩焼き?」
コーラム「今日はムニエルにするよ」
メルーシャ「じゃあ私、食べ終わったら洗い物する」
コーラム「よろしく。じゃあ今から作るね」
こうして今夜の料理当番はコーラムが担当することになった。
虹鱒のムニエル以外にも、コーラムの事だから何か作る事を、メルーシャは既に分かっていた。
夜になって少し涼しくなった様な気がするが、まだ寝苦しい日が続きそうだった。
家の周りでは虫の鳴き声が沢山聞こえていた。
そして今夜も、夜空には幾つもの明るい星が光っていた。




