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ヴァンパイア貴族たちの系譜~悠久の時を生きる夜の住人たちは、今日も優雅にこじらせている~  作者: 塩野さち


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第2話 盤上の死闘と、過保護な騎士道

 豪奢なシャンデリアが放つ、魔石の淡い光がサロンを照らしている。


 戦場から帰還したばかりの大公ヴラドは、漆黒の外套を脱ぎ捨て、ゆったりとした部屋着に着替えていた。その手には、人間界の最新ボードゲーム『モノダーク』の駒が握られている。


 対面に座るのは、第一公子ユリウス。彼は山積みにされた書類の束を脇に退け、眉間に深い皺を刻みながら盤面を睨みつけていた。


「父上……。国境沿いでの戦闘報告書に目を通してください。聖教国の動きが活発化しており、兵站の維持にも調整が必要なのです。それなのに、なぜ私は今、サイコロを振らされているのでしょうか」


 ユリウスの声には、隠しきれない疲労が滲んでいる。彼は不老不死の吸血鬼でありながら、激務のせいで常に胃のあたりを押さえるのが癖になっていた。


「固いことを言うな、ユリウス。戦など、始めてしまえば終わるものだ。だがこのゲームはどうだ? 物件を買い占め、相手を破産させる……。なんと戦略的で、血湧き肉躍る遊戯ではないか」


 ヴラドは楽しげに笑い、ダイスを振った。


◇◆◇


【ユリウス視点】


 父上は、この国の真祖として君臨する絶対的な強者だ。


 先刻も一人で敵軍を壊滅させてきたというのに、今の姿はどうだ。領地を買い占めて「わっはっは、ここを通るなら通行料を払え!」と子供のように悦に入っている。


(この自由奔放な父の尻拭いを、あと何百年続ければいいのだ……)


 ズキリ、と胃が疼く。


 私は溜息をつきながら、自分の駒を進めた。止まったマスは、父が所有する『死の沼地』。高額な支払いが発生する場所だ。


「おっと、そこは私の領地だな。さあ、供血権チケットを差し出したまえ」


「……払いますよ。払えばいいのでしょう」


 無感情にカードを差し出す私に、父上は不満げに口を尖らせた。


「お前は冷めているな。もっとこう、悔しがるとか、起死回生の一手を狙うとか……。人生、いや吸血生には刺激が必要なのだぞ?」


「私に必要なのは刺激ではなく、八時間の安眠と、有能な事務官です。……失礼します」


 扉が勢いよく開かれ、一人の男が軍靴の音を響かせて入ってきた。


 ガランド公爵家の当主、ラインハルトである。彼は入室するなり、切羽詰まった表情で膝をついた。


「大公様! そしてユリウス様! 緊急事態にございます!」


 私は反射的に立ち上がった。


「ラインハルトか。敵の増援か? それとも教会の暗殺者でも現れたか?」


「いえ! 城下町にて、人間の子供が石に躓き、膝を擦りむいたとの報告が入りました!」


 一瞬、サロンに静寂が訪れる。


「……ラインハルト。聞き間違いでなければ、今、『膝を擦りむいた』と言ったか?」


「左様にございます! 幼き命が危機に瀕しております! すぐに我がガランド騎士団を差し向け、傷口の消毒と、周辺道路の全面舗装、および原因となった石の公開処刑を行う許可をいただきたく!」


 ラインハルトの目は本気だった。彼は武闘派として恐れられているが、その実、領民を愛しすぎるあまり判断基準がバグっているのだ。


◇◆◇


 ラインハルトの背後から、彼の娘であるカテリナが姿を現した。


 彼女は近衛騎士団の正装に身を包み、「血みどろの戦乙女」の異名にふさわしい凛々しい佇まいを見せている。だが、その脇には不自然なほど大きな「編みぐるみのクマ」が抱えられていた。


「父上、落ち着いてください。軍を動かすまでもありません。私がこの『クマ公三世』を贈って、その子の心を癒やしてまいります」


「カテリナ……。お前というやつは、なんと慈悲深いのだ。しかし、クマ公だけでは包帯の代わりにはならんぞ!」


 親子で騒ぎ立てる二人を前に、私はこめかみを押さえた。


「二人とも、落ち着け。……アリスター、彼らに冷たいお茶を。それからリリア、救急箱を持ってその子の家へ行ってやってくれ。君が行くのが一番、角が立たない」


 影のように控えていた執事のアリスターが、優雅に一礼する。


「承知いたしました。ラインハルト閣下、どうぞこちらへ。落ち着いて深呼吸を」


 そして、私の専属メイドであるリリアが、面倒臭そうに歩み出た。


「はいはい。お給料分は働きますよ。……まったく、吸血鬼の旦那方は、どいつもこいつも極端なんだから」


 リリアは救急箱を肩にかけると、騎士団長と軍務卿を追い越して、スタスタと部屋を出ていった。


◇◆◇


 騒がしい一団が去り、再びサロンに静寂が戻る。


 ヴラドは盤面を見つめ、ぽつりと呟いた。


「……あやつらも、長生きしすぎて少々こじらせているようだな」


「……どの口が仰るのですか、父上」


 私は脱力して椅子に座り直した。


 不老不死。それは変化のない永遠だ。だからこそ、彼らは何かに執着し、大げさに振る舞うことで、自分が「生きている」ことを実感しようとしているのかもしれない。


 父上は再びダイスを手に取り、悪戯っぽく微笑んだ。


「さて、ユリウス。ゲームを続けよう。次は私の番だったな? ふふふ、次は貴様の城を買い叩いてやろう」


「……手加減してくださいよ。私の精神状態は、もう『破産』寸前なんですから」


 窓の外では、厚い雲の向こう側で太陽が中天に差し掛かっている。

 だが、この常夜の城の中では、滑稽で愛おしい、終わらない夜の時間が続いていく。


 ヴァンパイア貴族たちの系譜。

 彼らの優雅で、それでいて少しだけ残念な物語は、まだ始まったばかりだ。


(完)


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