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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

氷河期ダンジョン2

 二十世紀末、世界中にダンジョンと呼ばれる特殊な空間が現れた。

 神話や伝承をモチーフとした生物器物がモンスターという形で人々を襲うそれは世界中から幾つかの紛争を止め、それ以上の闘争を人類にもたらした。

 共通の敵がいれば人々は団結する、なんて物語ではよく聞く話ではあるけれど。

 ある程度においてダンジョンは人類が共闘すべき敵として認定された。でもそれは「団結できる敵もいる」というだけで、人類同士の争いが消えた訳ではない。国がダンジョンに呑まれたらどうなるかという幾つかの実例が、表向きの団結を人類にもたらしていると言える。

 自分が現在働いている北海道のダンジョンは、そんな人類崖っぷち最前線のひとつだ。


「解体処分お願いしやーす」


 ドカッという効果音が可視化されそうな勢いで作業台に置かれたのは、エゾシカの数倍はあろうかという巨体。ヘラジカと見間違えそうになるが、頭頂部に生える長大で捻じれた角が別の生物であることを示している。強いて言えばガゼルにも似ている。しかしガゼルは軽自動車程度なら踏み潰してしまいそうな巨体にはならない。その巨体を苦も無く担いできた若者は特に興奮した様子もなく「肉優先、モツと皮とかは売却。ツノはオークションへ」と淡々と注文書に記入している。


「報酬は探索者組合の口座に。肉はどれくらいで出来ます?」


 首元をカミソリのように切断された巨体、北海道の探索者組合ではエゾオオツノジカと仮称している動物は有用部位が多いモンスターのひとつだ。その食害規模はエゾシカの比ではないため優先的に駆除されており、解体用の吊るし台が幾つも用意されている。今回持ち込まれたのは雄のおそらく成獣なりたてで、個体としてはやや小さい方ではある。持ち込む前に冷却し最低限の血抜きもしてくれたのだろう、その手間に感謝しつつ現在のスケジュールから予定時刻を告げた。所要時間にちょっと驚かれたのは、おそらく青年が狩猟経験者だからだろう。

 まずは洗浄魔法。

 体表にいるダニなどの寄生虫を除去すると共に、討伐時に汚染した傷口や腐敗の始まった部位を消去する。

 解析魔法。

 内臓や筋肉に寄生しているモンスターも稀にいる。その辺はエゾシカと変わらない。全身スキャンを行いつつ解体魔法を唱えれば、シャツを脱がすように毛皮が剥がれ落ちる。余分な脂肪は全く付着してこないのが便利だ。

 血抜き済みだし冷却済みなので肉の質も良い。内臓も余計な部分に傷がついていないので最大限の肉を利用できる。

 解体魔法によって筋膜に包まれた各部位がプラモデルの部品のように外れていくのはちょっと楽しい。その筋膜も本来なら包丁で少しずつ剥がしていくのだけど、解体魔法を使えばコンビニゆで卵の殻を剥くよりも簡単だ。

 今回の肉は病原体や寄生生物にも冒されていないから無駄になる部位は最小限。解体後の重さをきっちり量った上で部位ごとの市場価格の値札を添えて梱包。内臓や脂肪などの処理は此方に任せてくれるというので、時間短縮できた。

 食肉部分を冷蔵庫に突っ込み、次は骨や内臓などの処理に取り掛かる。一部臓器や骨髄などは有用物質の原材料だし、モンスター由来の膠やアキレス腱は武具素材として引っ張りだこ。特に仮称エゾオオツノジカはヒグマさえ一突きで仕留めてしまう凶悪な角があり、こいつを加工して刀剣や槍の穂先に使っている探索者が本土でも増えていると聞く。

 それでも余った部分は廃棄となるけれど、モンスターを使役している探索者が欲しがったりするし、箱罠の餌にもなるので無駄にはならないので別途保管。

 ここまでの作業でエゾオオツノジカの解体に要した時間は5分20秒。何故か見学していた青年に拍手を頂戴した。




◇◇◇




 ダンジョンに呑まれた街は北海道らしいモンスターが割といる。

 エゾオオツノジカの他に持ち込まれるもので多いのは、モンスター化したアライグマ。ツキノワグマくらいの大きさになっているのでちっとも可愛くないが、解体した肉は独特の風味があって珍重されている。臭腺が凶悪化し、有毒ガスを撒き散らすので全方位で嫌われており駆除優先度も高い。そして駆除時にうっかり臭腺を傷つけてしまうと体腔どころか肉の隅々まで汚染されてしまうので、持ち込む前に悪臭を放つアライグマは最低限の査定を済ませたら即座に浄化魔法対象である。もちろん骨一片も残らない。


「ああああ~っ」


 必死に倒して持ち込んだモンスターが目の前で塵になってしまえば悲鳴のひとつも出るわな。

 悪いが臭腺破れたアライグマ君を放置しておくと他の肉も駄目になってしまうので堪忍な。駆け出しに毛が生えた程度の冒険者たちが解体所のテントで崩れ落ちる姿は、この支部ではよく見る光景である。

 安心して欲しい。

 討伐そのものは確認済みなので報奨金は出るから。本土より桁ひとつ違うからね。


「それでも北海道の殺人アライグマ肉は絶品だってVtuberの魔食グルメハンターの人が言ってたから楽しみにしていたのにいいい」


 残念だね。

 自分もグルメハンターさんの動画は毎回見てるけど、きちんと処理しないと危険なモンスター食材も割と多いから真似するのはあんまり賛成できないかな。汚染されたアライグマ肉って下手すると男性機能にダメージ来るからね。EDだけじゃなくて造精機能にクリティカル入っちゃう。

 知らんかった?

 臭腺を丁寧に除去できても解毒魔法必須よ、北海道のアライグマ肉は。

 食べた?


「ッス。野営してた時に、現地のベテランだってハンターさんに色々と御馳走に」


 了解。連絡付けとくから急いで医務室行ってね。割と急いで。まだ間に合うと思うから、ね。

 あー。

 別に怖がらせたわけじゃないよ。

 こっちで長く活動してる探索者は、野営時にその場で獲ったモンスター解体して喰うなんて真似はしないんですよ。浄化されてないエリアで迂闊に解体すると、その場で肉に寄生型のモンスターが卵とか産み付けたり直接潜り込んでくるんですわ。

 ここで迂闊に浄化魔法君らにかけて肉体の半分くらい塵になったら怖いから、きちんと回復魔法使えるところで診断受けてね。


「ッス!」


 腕試しに北海道までくる若手が一度は引っ掛かるんだよなあ。

 組合で何度も注意喚起している筈なのに。




◇◇◇




 そんな感じで北海道探索者ライフをやっていたところ、地元から呼び戻された。

 地元にいた他の探索者もみんな北海道に逃げ込んでいたから、あそこのダンジョンってば何度かスタンピード起こして大変とは聞いている。

 一回目のスタンピードで支部長が失踪した。

 現場働きする人じゃないので、国外逃亡したとも逃げ切れずにモンスターに食われたとも言われている。

 二回目のスタンピードで商店街と歓楽街がまとめて被害に遭った。建物そのものが壊れた店も多いし、電気ガス水道といったインフラ周りを潰されて営業停止に追い込まれたところも少なくないという。復興を諦め県庁所在地に移り住むことを選ぶ人々を地元商工会は頑張って引き留めようとしたが、三度目以降のスタンピードで完全に心が折れてしまった。

 短期間に何度もモンスターが溢れ出しているのは、もう駄目じゃないかな。


「例の事件を起こした店、非正規ルートで流通していたトラフグカエル肉を提供していたようです。密売してたモグリの探索者グループが指名手配されてます」


 久方ぶりに顔を出した地元の探索者事務所は、夜逃げ跡のようだった。

 まっとうな職員が離れていたというのもあるし、責任者である天下り組の支部長らが姿を消してしまったのでは仕方ない。地元に根付いていた探索者は軒並み北海道に行った訳だし。今回の呼び戻しに際し気乗りしないまま地元駅に降り立ったら、同じような表情で溜息ついていた職員さんと遭遇した次第。あちらもスーツケース片手に降り立った訳で、共に重い足取りだったのは間違いない。

 引継ぎ以前の惨状を目にした職員さんが口にしたのが、先ほどの言葉である。

 調べていてくれたらしい。義理堅いなあ。


「モグリ連中から、支部長に結構な額が流れていたようで」


 そっかー。

 もう、このまま地元もダンジョンに沈められたらいいと思うんだ。


「ですよねえ」


 住民どんどん逃げ出してるし。でも街を取り戻せと、真っ先に逃げ出した市長さんが実に熱心。わざわざ北海道の支部まで連絡寄越して自分達を呼び戻したのである。探索者の義務的なもので、要請を受けた以上はダンジョン鎮圧に動かないといけない。水源となる河川どころか田畑にトラフグカエルが大発生して毒に冒されてるのに、ダンジョンを間引いた程度でどうにかなるとも思えない。地上におけるトラフグカエルの繁殖頻度がそもそも分からないが、普通の蛙並だったらもう絶望的としか言いようがない訳で。


「罠でどうにかなりそうですか?」


 ダンジョンと同じなら、ある程度は。

 間引きしながら調査が必要ですよね。ダンジョンの外も中も。




 支部再建は職員さんらの仕事。

 自分ら現場組はダンジョン内外の調査から始めた。

 複数回スタンピードを起こしたダンジョンが変異を起こした可能性はある。内部構造にモンスターの種類に生態。調べておかなければ此方が危うい。普段はソロ活動している探索者も急遽チームを組んでのダンジョンアタックを多く見かける。

 自分?

 他の足手まといになるから単独行動。

 収納術あるから他チームが倒したモンスター回収を頼まれることも多いし、フリーで動き回った方が都合がいい。多分。そういう理由にしている。

 そうして潜り始めたダンジョン。

 地形変化は見られないが、そこそこいたはずのトラフグカエルを見かけない。すべてダンジョン外に出て行ったとも思えないのだが、と歩き回ること数時間。かつてトラフグカエルのコロニーがあった場所に、これまで地元のダンジョンで見かけなかったモンスターを発見した。

 1メートル足らずの身長に、細くやや短い手足。土と苔を混ぜたような色の肌に餓鬼のような凶相と胴体。いやもう餓鬼そのものとしか言いようのない人型のモンスターの群れが、トラフグカエルに齧りついては痺れて動けなくなっている。運よく中毒しなかった餓鬼は別のトラフグカエルを捕まえて齧り出す、いや中毒したガキも必死に手足を動かしてトラフグカエルを捕まえては噛み千切ったり丸呑みしたりと様々な方法で食べている光景が目の前に広がっている。

 ……

 ……

 地獄絵図かな?


「うわ、ほんとだ。餓鬼ってことは死霊系ダンジョンのエリア化したんすね」


 支部に報告した後、検証のため他の探索者も引き連れての再調査。

 相変わらず餓鬼にしか見えない人型モンスターがトラフグカエルを中毒しながら食べている。中途半端に耐性あるのか、死ぬことは無いけれど苦しみながらも餓鬼の本能で毒のあるカエル肉を食べることを止められずにいる姿は不気味としか言いようがない。

 餓鬼。

 アンデッド系モンスターの一種で、素材として使える部位もないし経験値も少ないことから探索者にも大層嫌われている。いるのだが。

 ……

 ……


「コイツらの顔。なんか見覚えあるっすね」


 そうだね。

 行方不明になった支部長に似てるよね。

 鑑定魔法かけたら確定したよ。あそこにいる集団が支部長、カエル丸のみにしてる集団が食中毒起こした店の主人、カエルに逆襲されてるのが密売してた反社会的グループ。を原料とした餓鬼。


「……ははァ、これが噂に聞くダンジョンの意思ってヤツっすかね?」


 そうだね。

 業の深い人間が死後にダンジョンのモンスターとして甦る現象。首都圏に出てくるモンスターの大半が「そう」とは聞くけど、こんな田舎町でも起こり得るんだね。驚いたわ。

 自分らでは成仏も解放も出来ないから、戻って報告しますか。餓鬼どもは新規が増えない限りは最大数が今見た連中っぽいし。厄落としに一杯奢りますよ。


「あざっす。外でのカエル捕獲、張り切って手伝うっす」


 ありがてえ、ありがてえ。




 なお、数日後。

 餓鬼の正体を知った組合職員や商工会青年部の皆さんが非常にイイ笑顔でダンジョンに突撃していったことを、水田でのトラフグカエル捕獲作業時に知ることになる。




+登場人物紹介+



●主人公

 中堅探索者。害獣駆除もこなす。有毒モンスターの安全な解体ができる人。非商売に限り河豚もさばける。バラムツを可食化できる。前作では冤罪により食中毒事件の原因として探索者組合支部長より追放され、北海道の最前線で働いていた。解体に関して優秀。鑑定とアイテムボックスも使えるのになろう系成り上がりはできなかった。


●探索者の青年

 北海道の最前線でエゾオオツノジカを単騎討伐したツワモノ。主人公が感心するほど見事に処置していた。たぶん本作では最強格。


●駆け出し探索者たち

 アライグマをダメにした。が、スカンク並の毒ガス攻撃をするツキノワグマ並の狂暴生物を生身で倒せている。語尾が下っ端。若い。主人公とは地元からの知り合い。


●職員

 コルクを詰めた金属バットでフルスイングした。超☆エキサイティング!


●エゾオオツノジカ

 ガゼルが長毛化して身長8メートルクラスになったような北海道の頂点捕食者。ヒグマ大好き。一対の角の間から高圧電流を放つエゾシカコレダーが必殺技。素材として無駄になる部位がない。


●殺人アライグマ

 ツキノワグマくらいの大きさになったアライグマのモンスター。集団でエゾシカを襲ったり牛舎を襲ったり畑を掘り返しては食料自給率に深刻なダメージを与える害獣。臭腺が発達しスカンク並の狂暴さ。無毒化できればアナグマに勝るとも劣らない美味な肉。絶賛繁殖中。そろそろ海底トンネルを突破して本土に来る。


●ヒグマ

 頂点捕食者の座より転落。

 強かったが故にモンスター化を受け入れられなかった。ときどきアライグマにも集団で襲われて喰われている。


●エゾシカ

 絶賛数を減らし中。ダンジョンに近付こうとしない、がアライグマには勝てない。オオツノエゾシカに襲われたりもする。ちょっと前まで人里に居りては畑どころか街路樹や御家庭の庭の木を喰ってた暴君たちは今や絶滅の危機である。人類のためにダンジョン外に生やした薬草や山菜などを軒並み喰ってしまったためダンジョンが激おこである。


●餓鬼

 業を重ねた、或いはひどく恨みを抱かれた人間がダンジョンに飲み込まれて発生する死霊系モンスター。一人につき約百体の餓鬼が生まれ、浄化系で倒されることで残機が減り、全て浄化したら成仏ないし人として復活できる。都内のダンジョンには餓鬼が多数発見されており、定期的に補充もされている。また餓鬼撲殺ツアーは冒険者組合の隠れ人気コンテンツのひとつで、餓鬼撲殺動画配信もされている。

 金属バットに浄化付与はされていない。

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― 新着の感想 ―
支部長、天下りし過ぎて地下に配属されてしまったのか
バットでは浄化できない…つまり飽きるまで 何度でも遊べるドン!(フルスイング)ってことか( ᐛ )
ランキングからきますた。 おもしれえんでぜひ連載化をオナシャス! (読み返すのに別作品扱いだとめんどくさいのが半分)
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