少年の決断
少年は静かに頭を垂れていた。
ようやく春の暖かさが近づいて来たと言うのに、少年は窓を締め切り、空気の籠もった狭い部屋で一人椅子に座って呆然と、ある冊子を眺めていた。
この空間だけが、梅雨のジメジメした重たい空気のようなもので支配されている。
この少年に悲しいことが降りかかったのではない。否、寧ろこれから起こるのだ。
それは、少年の過ちを原因とするものだが、だからと言って「諦めろ」の一言で切り捨て、見捨てるのは些か早計ではないだろうか、と少年は考える。
飲みかけていた炭酸飲料の泡がシュワシュワと溶ける音だけが、部屋の籠もった空気を揺らしていた。
すると突然、少年の頭が勢い良く跳ね上がった。
続いて、椅子を跳ね飛ばして立ち上がる激しい音が響く。椅子から跳ね起きた少年の体には、先程には毛ほども感じられなかった生き生きとした力が漲り、カッと見開いた目は爛々と輝き、覚悟を決めた男の色をしていた。
その姿は、勝てぬ戦に挑む死兵に似た雰囲気すら感じられた。
しかし、だからと言って。
少年はただ孤独に負けを認める気など、毛頭無かった。
そう、少年は一人では無い。
数々の苦しい修行を、地獄のような戦いを、共に乗り越えた仲間…いや、戦友がいるのだ。
少年はおもむろに、机の端の携帯電話に手を伸ばした。そして、この状況、この気持ちをありのままに戦友に伝えるために、一心不乱に指を動かし続けた。
情けないことだということは、初めから分かっていた。しかし、自らの命運を、その戦友に託すことに、何の躊躇も無かった。
暫くして、大量の文字と、少年の真心の詰まったメールが完成する。
少年は、一度携帯電話の前で大きく柏手を打つと。
静かに送信ボタンを押した。
戦友に向けた希望のメールには、こう書かれてあったと言う。
『連休中の国語の課題の範囲が分かりません。
国語の課題の範囲を教えて頂きたい。』