団長補佐官アーサー
翌日。フレイアがいつも通りに午前中は執務室で書類を確認しているとノックの音がした。
「はい」
「騎士団長補佐官のアーサーです」
「どうぞ」
許可を出すと一人の少年が入室してくる。
くりくりの目にキラキラと輝くガーネットのような瞳、男性にしては低めの身長に幼さを前面に出したような可愛らしい容姿をしている。
「アーサー殿」
「今週末の会議の資料を届けに参りました」
フレイアが一旦仕事の手を止めてアーサーを見ると、彼は簡潔に用件を伝えた。
「ありがとう。一杯お茶でもどうだ?」
「ご一緒させて頂きます」
フレイアがお茶に誘うといつもこの少年は快く応じてくれる。エルシーがお茶を入れてくれることもあるし、フレイアがお茶を入れることもある。そして何故かアーサーも。彼が入れるお茶はまた一段と美味しいのでフレイアはとても気に入っていた。
今日もまたアーサーがお茶を入れてくれた。その間にフレイアは茶菓子を用意する。
エルシーとテオの分も用意してそれぞれの机に持っていけば、二人は喜んで受け取った。
フレイアとアーサーは執務室の一角にある休憩スペースで向かい合って座った。紅茶を口に入れた瞬間、口の中でふわりと香りが広がってとても美味しい。思わずフレイアの顔が綻ぶ。そんな彼女を見て、アーサーも頬を緩めた。
「アーサー殿が入れてくれるお茶はいつも美味しい。私ではこうはいかない」
「フレイアさんに喜んで頂けて嬉しいです。練習した甲斐がありました」
そう言いながらアーサーは茶菓子に手を伸ばす。サクリと音を立てて小さな茶菓子はアーサーの口の中へと消えていく。
その様子をじっと見つめていたフレイアはふっと微笑んだ。
「アーサー殿は所作が美しいな」
「っ、なんですか急に!」
唐突な褒め言葉にアーサーはむせかけた。すんでのところで耐えたが、ものを飲み込む時にそういうことを言うのはやめて欲しい。
「そういうあなたこそ、き、綺麗じゃないですか、」
「そうか?そう言って貰えると嬉しい」
アーサーが薄く頬を染めながら目を逸らして言うと、フレイアは少し照れの混じった花がほころぶような笑顔を見せた。その瞳には翳りが見え隠れしている。それには気づかないフリをしてアーサーも同じように微笑んだ。
「そういえばアーサー殿、聞いてくれ」
「なんですか?」
「昨日、可愛らしい友人ができたんだ」
「っっっ」
フレイアが急に切り出した内容にアーサーはまたもや飲みかけていた紅茶を吹き出しかけた。それもすんでのところで耐え、飲み込む。
「どうしたアーサー殿。熱かったか?」
「え、ええ。少し」
アーサーは内心の動揺を外に出さないように慎重に表情を作る。表情作りは得意だ。
アーサーが落ち着いたのがわかると、フレイアは続きを話し始めた。
「昨日、暴漢に襲われかけてていたところを見つけたんだが、とても可愛らしい子でね。別れ際にまた会いたいと言ってくれた」
「そ、それは……また……なんとも愛らしいですね……」
「そうなんだ。こう、小さくて、背は丁度アーサー殿くらいかな?可愛くて守ってあげたくなるような子だった」
「そ、そうですか」
楽しげに新しい友人について語るフレイアにアーサーは吃りながらも相槌を返すが、そんなアーサーを気にもとめずにフレイアは話し続ける。
「それでね、週末に昼食を食べに行く約束をしたのだけれど、私はそういうのに疎くて。アーサー殿はどこがおすすめだと思う?」
「えっっ……」
唐突な質問にアーサーはすぐに答えることが出来ない。何故自分が女の子の好む店を聞かれているのかも分からない。エルシーに聞けばいいではないか。でも、正直フレイアに頼られるのは嬉しい。
色々な気持ちが複雑に絡み合いながらもアーサーは頭の中でいくつかの店をピックアップしていた。
「そうですね、女の子でしたらケーキなどがあるカフェがいいかもしれません。例えば、緑の丘にあるカフェとか」
「カフェか……」
ふむ、と言った具合に手を顎に添えて考え出すフレイアを見て、他の案もあげてみる。
「あまり考えすぎずにフレイアさんがいつも行っている食堂でもいいかもしれませんね」
「空色食堂か?」
「はい。あそこはメニューが豊富ですし」
「なるほど……」
一度顔を上げたフレイアだが、アーサーの他の案も聞きいて再び手を顎にかざし考え始める。考え込むフレイアを見つめるアーサーの口元にはうっすらと笑みが宿る。
昼食の場所ひとつにこんなにも悩むなんて彼女らしい。それだけ相手のことを思ってのことだ。相手が羨ましい。
「ふむ、決めた!いつもの食堂に行ってからカフェに行ってみることにする!」
「そうですか、それはいい案ですね」
「ああ。ありがとうアーサー殿!」
しばらく考えていたフレイアがぱっとアーサーを見て、決意を口にする。
アーサーが賛成するとフレイアは満足気に彼にお礼の言葉を述べた。
その後もしばらくフレイアはその少女の話をして、その日の休憩時間は終わりとなった。
アーサーの去り際にフレイアはもう一度お礼を述べて彼を見送った。
「はぁぁぁぁぁぁぁあ」
少年が歩く廊下に大きなため息が響いた。