少女オリビア
詰所の一角で事情聴取が行われていた。
事情聴取といっても、受けているのは被害者の少女なので、ピリピリとした張り詰めたような空気はなく、少女を落ち着かせようとする雰囲気が流れていた。
「君、名前は?」
「お、オリビア」
「オリビアね。可愛い名前だ」
つい先程まで男に襲われていた少女に配慮して、主な事情聴取はフレイアが受け持った。今この詰所にはフレイア以外の女性がいないのだ。
フレイアは襟足が長めの短髪で、目は切れ長で女性にしては精悍な顔つきをしている。男性の中に交じっても負けないほど身長が高く、一目見れば綺麗な男の人だと見間違えてしまうだろう。
まあ、騎士団の制服の上着を脱げば彼女を女性と思う他ないものが彼女には付いているのだが。
それ故、今少女の事情聴取を受け持っていると言ってもいい。
可愛いと言われた少女はかすかに頬を染めて目をうろうろと逸らす。
「あ、あの、騎士様のお名前は……」
「ん?私か?私はフレイアだ」
「フレイア、様……」
少女は瞳を潤ませ、上目遣いでフレイアを見つめる。まるで恋する乙女のようだ。
「フレイア様、あの、先程は、ありがとうございました」
「いや、君が無事でよかった」
フレイアが微笑むと、オリビアと名乗った少女は可哀想なくらい真っ赤になる。
その状況をオリビアを怖がらせないようにと少し離れたところで見ていた騎士たちが、またか…といった顔で見ていた。
フレイアは時折巡回中に少女を救い、今のオリビアのように少女たちから熱い視線を送られるのだ。送られた当人であるフレイアはそれが特別なものであるとは思っておらず、少女たちが先程までの状況を思い出して恐怖で瞳をうるませていると思っている。仕事のことには敏感なのに他人からの思い関しては鈍いのだ、フレイア隊長は。
また一人、純粋な乙女を恋におとした罪深き女フレイアはオリビアに襲われた時の状況を聞いた。
「君は、襲われた時のことを覚えてる?」
「はい」
「どんな状況だった?」
「道を歩いていたら、急に腕を掴まれて、叫び声をあげようとしたら口を塞がれました」
「どうして襲われた心当たりはある?」
「いいえ…わかりません……」
先程のことを思い出したのか、オリビアはぶるりと身体を震わせ、それを抑えるように腕をさする。
それを見たフレイアは、彼女の手に自身の手を伸ばしてオリビアの手を包み込んだ。
「大丈夫だ。もう怖いことなどない。落ち着いて」
「……はい」
フレイアに握られた自分の手を見つめ、安堵したのだろう。オリビアの体の震えが止まった。
「お役に立てず、申し訳ありません。自分のことなのに……」
「いいや、君は悪くない。謝らないでくれ」
フレイアがそっとオリビアの頭を撫でると、オリビアは悲しげな光を宿した瞳を閉じ、気持ちよさげにフレイアの手を享受している。
その後もしばらく話をして、これ以上は話を聞き出せないと判断し、オリビアを家に帰すことに決まった。
ここでもまた、彼女を怖がらせないようにとフレイアが家まで送ることになった。
外に出るともう日が暮れ始めていて、当たりは少し薄暗い。夜にやっている店もあるが、ここは商店街からは少し遠いため喧騒が遠くに聞こえる程度だ。
「君の家はどの辺り?」
「えっ、あの、えっと、」
少し詰まりながらもオリビアが話したのはここからそれほど遠くはないアパートだった。
「一人暮らし?」
「ううん、お兄ちゃんと一緒に暮らしてるの」
フレイアは心配になってオリビアに尋ねたが、兄が一緒に住んでいるというのなら安心だ。
無事にオリビアを家に送り届けるためにも、オリビアの家の方へと足を進めた。
「フレイア様はとても強くてかっこいいね」
「そうか?ありがとう。でも、自分ではまだまだだと思っている。騎士団長くらい強くなりたいんだ」
そう語るフレイアの目はキラキラと輝いている。
「騎士団長のこと、好きなのね」
「ああ、そうだな」
そう言いきったフレイアを見てオリビアは少しだけ目を伏せたが、フレイアはその些細な変化に気づかなかった。
「そう……」と呟いたオリビアの声が元気がなさげに感じられて、オリビアをじっと見つめるが、すぐにオリビアは顔を上げて可愛らしい笑顔を見せる。
「今日の晩ご飯はね、ハンバーグにしようかな!」
「そうか、それはとても美味しそうだ」
あまり突っ込んで欲しくなさそうなオリビアの様子に、フレイアは何も聞かずに変わった話題についていく。料理の話、趣味の話、騎士の話。そんな話をしているうちにオリビアの家に着いた。
「フレイア様、今日は本当にありがとうございました」
「いや、構わないよ」
「それで、あの、」
オリビアは恥ずかしげに下を向き、もじもじと手を掛け合わせる。
言いにくそうにちらちらと上目遣いでフレイアを見上げ、また顔を伏せる。
「どうした?」
「あの、あの、わがまま、言って、いいですか?」
「なんだ?」
途切れ途切れに紡ぎ出した言葉を聞いたフレイアは微笑みながら聞き返す。
こんなに可愛らしい子のわがままとはなんだろうか。
「あの、その、これからもお時間あれば、是非フレイア様と会いたいです!!!」
最後の方は勢いだった。言ってしまった、というようにオリビアは両手で真っ赤になった顔を隠す。可愛らしい少女の、可愛らしいわがまま。こんなの、叶えないわけがないだろう。
フレイアは微笑みを深めて、オリビアの顔に当てられた手を引き寄せ、自分の口元へと近付ける。
「仰せのままに、お姫様」
そしてそのまま、オリビアの手に口付けた。
ボンッと音がなるほど顔を真っ赤にしたオリビアは目元も潤んでいる。
「今度の週末、一緒に昼食を食べようか。誘いに来るよ」
「はわ、はわわわわ……はぃぃぃ」
「それじゃあ、またね。部屋にお入り。君が入るまでここで見守っているから」
「はぃぃぃ……」
もうオリビアからは情けない声しか出ない。
フラフラと家の扉に向かっていくオリビアを見送って、しっかりと家に入ったことを確認してからフレイアはオリビアの家に背を向ける。可愛らしい少女の友人ができた彼女の顔には満面の笑みが広がっていた。
オリビアは部屋に入り、灯りをともしたあと、その場にズルズルと座り込む。
「あああああ」
頭をガシガシと掻き回すその姿には先程までの可憐さは一切感じられない。ひとしきり髪をぐちゃぐちゃにして一呼吸したオリビアの顔は今なお赤い。
頭からずるりと髪が崩れ落ち、その下にある本来の髪の色が顕になる。
「あんなの、ズルすぎるだろ……」
低めの声がオリビア以外に誰もいない部屋の中にポツリと落とされた。