表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/26

26

      26.日曜日午後2時


 王手だったはずなのに、待ったをかけられた……。

 おれは、はるばるこんなところまで来てしまった。

 麻衣に別れを告げることもなく、あれからすぐに日本を出た。ここまでたどりつくのには、いくつかのステップがあった。

《店員》に襲われたときに、マネキンの口に入っていた鍵は、新宿駅周辺のコインロッカーのものだった。マネキンの額には、そのロッカーの番号と場所が記されていたのだ。

 てっきり、そのなかに報酬が入っていると思ったのだが……世の中は──いや、裏の世界は甘くはなかった。

 ロッカーのなかには、暗号のような数字が書かれた紙だけが入っていたのだ。おれはまた面倒にもそれを解いたわけだが、そこの部分は割愛する。

 それによると、成田空港のロッカーに行けという指示と、それを開けるための暗証番号が隠されていた。

 そして、空港で新たなる暗号をうけとった。それを解いた部分も省略するが、とにかく飛行機に乗ってベルギーに飛べということだった。

 まわりくどい。

 空港のロッカーには、パスポートもいっしょに入っていた。日本のものではなく、中国の外交官用のものらしい。貼られていた写真は、似ても似つかない別人のものだった。

 おれの顔を知らないのだから、それも当然だ。写真の人物に変装しなければならない。そういう技術も、プロのうちだ。いつもよりも手間取ったが、完璧に化けた。

 外交官パスポートだから、あやしまれることもなく出国できた。ブリュッセル国際空港──ザベンテム空港ともいうらしいが、どちらが正式名称なのかは知らない。

 じつは、パスポートのなかにも暗号のようなものが隠されていた。

 それも解いてみたら、ZUIDEN、という文字と、いくつかの数字が浮かび上がった。調べてみたら、オランダ語で「南」を意味する単語だった。ベルギーの公用語であるフラマン語については詳しくないが、たしかフラマン語とオランダ語は、ほぼ同じ言語であるはずだ。ならば、ベルギーの言葉でも「南」ということになるだろう。

 おれはそこでピンときた。このブリュッセルには鉄道の駅が三つある。北と中央と南──これまでの流れからいけば、まちがいなくブリュッセル南駅のことだ。番号は、そこのコインロッカーの場所と暗証番号をあらわしているはずだ。

 おれは該当するロッカーをみつけ、その前に立った。

 まったく期待していない。また、どこかのヒントが入っているにきまってる。こうして、永遠にお宝にはありつけないのだ。

「ん?」

 これまでとは、おもむきがちがっているようだ。

 USBメモリー?

 それから一枚のメモ。暗号ではなく、日本語で書かれていた。

『ここがゴールよ』

 おまけにキスマークもつけられていた。

 それを信じるならば、これが報酬だ。

 キスマーク自体が報酬だとしたら、シャレにもならない。

「これか……」

 このUSBメモリーが報酬……。

 なかには、なにが入っている?

 これをパソコンに挿せば、銀行のサーバに侵入できて、口座に金が振り込まれるとか?

 それとも、なにかの重要な機密情報?

「そうか」

 今回の一連の流れを読み解けば、答えはすぐに出た。

 これが、ワクチンのデータなのだ。

「それにしてもおかしいな」

 その情報は、世良のもとにあったはずだ。ということは、世良がしゃべったということだ。

 それが腑に落ちない。

 あの男が、そんなことをするだろうか?

 いや、したかもしれない。しかしその場合、この情報に意味がないとわかっていたからだ。

 つまり、こういうことだ。やつらは、これのありかを最初から知っていた。世良が情報をどうしようと関係なかった。

 たぶん国家安全部やアメリカ側の組織は、本気でそれを知りたかった。しかし、それらを操っていた二重スパイの女は、その情報をつかって世界をもてあそんだ。

《黙示録》とかいうやつらの、目的も感性もわからない。

 わかりたくもない……。

 さて──。

 これが報酬だとして、これをどうするか?

 金に変えなくてはならないが、おれがワクチンをつくって売り出すわけにもいかない。金にするためには、これをどこかに売り渡すしかない。

 そうそう、昨日から不穏なニュースが世界を駆けめぐっていたのだ。

 中国のとある地域で、原因不明の感染症が発生していると。

 これか……そう思った。

 WHОが調査員を派遣しようと動きはじめたのだが、中国は公式にその噂を否定していた。

 そうなるとWHОは、及び腰になるはずだ。いまあの組織は、チャイナーマネーに染まっている。

 もし未知のウイルスによるものなら、このワクチンがなければ、世界はヤバいことになるかもしれない。

 とんだ報酬をくれたものだ。

 ブリュッセル南駅は、ユーロスターをはじめとするヨーロッパ各地に向かう高速列車の出発地でもある。

「……」

 おれは、選択を迫られた。

 ユーロスターの行きつく先は、ロンドンの『セント・パンクラス駅』だ。イギリスには、世界的に有名な製薬会社がある。

 もしくは高速鉄道タリスに乗れば、パリに行けたはずだ。フランスにも同じような規模の製薬会社ある。

 たしかスイスにも大きい会社があった。ドイツを経由すれば列車で行けるはずだ。

 イギリスか、フランスか、スイスか?

 おれは気の向くまま、列車に乗り込んだ。




     エピローグ


「ひどくないですか? ずっと姿をあらわさないなんて」

 麻衣が憤慨していた。

 最近、よく事務所に顔を出す。あれから三週間ほどが経っていた。世良は、のんびりと彼女の愚痴を耳にしている。

「たぶん、日本を出たんだよ」

 つまりそれは、やつにとっての事件も終わったということだ。

「それなら、なおさらです! 別れの挨拶もないなんて」

『新型ウイルスは──』

 ラジオをつけっぱなしにしていたが、彼女との会話に気をつかって、ラジオに近づく峰岸の足音が響いた。

「あ、このニュース」

 麻衣が注目──注耳したので、峰岸はもといた位置にもどっていく。

『ヨーロッパでも、感染者が急増していると──』

 未知のウイルスによる感染症が中国から流行し、欧州でも猛威をふるっていた。死亡率は高くないが、いまのところ治療薬はなく、基礎疾患のある人々の死亡が目立っていた。

「これ……なんですかね?」

「どうだろうね」

 中国。

 これまでに発見されていないウイルス。

 それらを合わせて考えれば、ほぼまちがいないということになる。しかし《黙示録》の語っていた内容が、どこまで本当のことだったのか……。

 あれは全部嘘で、このニュースになっている騒動は、ただの偶然という可能性も捨てきれない。

「これのことだとしたら、ちゃんとワクチンはあるんですよね?」

 これについても、同じことが言える。

「だといいんだけど……」

 もし最悪のケースが待っていたとしても、このウイルスで人類が絶滅するとは、さすがに考えていなかった。それは楽観しすぎだろうか?

『すでにアメリカの製薬会社フェザーとモデルスが、ワクチンの臨床実験をはじめていると──』

 ほかにも中国とロシアが、ワクチン開発の最終段階にきていると報道されている。

 はやすぎる対応だ。しかも、その三か国には今回のことでおぼえがある。《黙示録》から得た情報を活用したのだろうか。

『イギリスのアストラル社も、ワクチンの開発を順調にすすめていると──』

 英国?

 世良の巻き込まれた今回の件には出てきていない国家だ。アメリカとイギリスは同胞ともいえる関係だが、巨額の利益を分配するような博愛精神は、米国にはない。

 では、これも《黙示録》が?

(ちがうな……)

 世良は、漠然と思った。

 なにか、べつの動きがあったのだ。

 もちろん、その真相までわかるはずもないが……。

 ラジオのニュースは、ほかの項目に移ってゆく。

『ロシアが軍備を増強し、隣国へ──』

 次のニュースには関心がないのか、麻衣は愚痴を再開した。

「普通、なにか一言ぐらいは──」

 それを聞き流しながら、このニュースのことを脳内で精査していた。

 ロシアの不穏な動きは、坂本から聞いていた。本当に21世紀にもなって、大国が戦争を仕掛けるのだろうか?

 やはりリアリティがない。しかし世の動きとは、そのようなものかもしれない。

 だとすれば、考えてもムダか……。

「まあ案外、お土産でも送ってくるかもしれないよ」

「なんですか、それ?」

 適当なことを言ってしまった。だがやつなら、なにを仕掛けてくるか想像できない。

 これから世界がどのように動いていくかも未知数だ。

 未曽有の危機か、戦乱の世か?

「おじゃましますね」

 華やいだ声がした。さゆりの声だった。

「あら、たしか……麻衣さんだったわね」

「あ、さゆりさんでしたよね?」

 二人は、前回の事件で面識がある。ただし会話する機会は、ほぼなかったはずだ。

「郵便受けにこれが入っていましたよ。勝手にもってきちゃったけど、いいですよね」

「ありがとうございます」

 峰岸が礼を言った。

「なんだろ。外国からの郵便ですね」

 封を開けている。

「英語で書かれてます……うーん、麻衣さん、読める?」

 現役の大学生だから英語ができると考えたのだろう。

「わたしは、受験英語しかできません」

「かしてみて」

 さゆりが受け取ったようだ。彼女の語学力については、世良は知らない。

「これ、有価証券の証明書みたい。あれ?」

「どうしたの?」

 不思議そうな声に、世良は問いかけた。

「宛先は、この事務所になってたはずだけど……この証明書の名義は、麻衣さんみたい」

「え?」

 麻衣が、素っ頓狂な声をあげた。

「えーと、アストラル社というところの株券みたいね」

 アストラル社といえば、いまラジオで報じていたばかりだ。

「製薬会社の株券ということですよね?」

 峰岸も、困惑の声音だ。

「王海さん……」

「これがお土産かもね」

「じゃあ……」

 麻衣への謝礼だろう。

「いくらぐらいになるんですか?」

 その質問には答えられない。株の取引には興味がなかった。

「ワクチンを開発した会社なら、かなり値段が上がるんじゃないですか?」

 峰岸の言葉に、麻衣の呼吸数が増えた。

「え!? すごい金持ちになったりして?」

「それはどうかしら。100株だって。全部売っても、それほどのお金にはならないわね」

「なんだぁ……」

 残念そうな麻衣の声が響き渡る。

「でも、女子大生のお小遣いにはなるんじゃないかしら」

「え? なに買っちゃおう」

 すぐに頭を切り替えた麻衣は、いまから使い道を模索している。

 と、冷静をよそおうように深呼吸した。

「使っちゃっていいですかね?」

 これが《U》からのものなら、犯罪にからんでいるかもしれないと麻衣は心配しているのだ。

「いいと思うよ」

 世良は言った。

 大金でないのなら、問題にすべきではない。きっとこれに関しては、殺しで得た報酬とは無縁のものだろう。

「じゃあ、遠慮なく!」


     * * *


 ノストラダムスの予言は当たっていた──。

 電話の声は、挨拶よりもまえに、そのことを告げた。

「なつかしいですな」

 いまの若い世代は、その名前自体も知らないだろう。

 かつて世紀末の予言をした人物だ。いや、正確には後世の研究家が、そういう解釈をしたというだけにすぎない。

『ご無沙汰しています。電話で失礼しますよ』

「お久しぶりですな。もう何年になるでしょうか?」

 そこでようやく、挨拶を交わしあった。

『おたがい歳をとったということでしょう』

「ふふふ」

『なんとお呼びしましょうか? 最後にお会いしたときは、《かかし》と名乗っていましたが』

「まだ、その名で活動していますよ」

 二人の会話は、そこで数秒間の沈黙をはさんだ。

『今回の配慮には、とても感謝しています。われら一同、お礼を言わせてください』

「ですが、なぜ彼らに協力を? 《黙示録》と呼ぶそうですが」

『協力というのとはちがいます』

「そちらものほうも、しがらみ、ですか?」

『そういうことにしておいてください』

 電話の声には、楽しげな響きがこもっていた。

『われわれの秘密も守ってくれているようで、そのことについても感謝させてください』

「いえ、それは当然のこと」

『しかし、いまあなたは《機関》の人間ではないでしょう?』

「《機関》ですか……あのころのことは、遠い遠いむかしの話ですよ」

『それにしても、あなたの気にかけている人物が、二人も同時にあらわれるとは』

「世界が、変わるかもしれませんな」

『この世界には、がん細胞がいたるところに発生しています』

「さしあたりの恐怖は、氷原の独裁者ですかな?」

『当初のレポートでは、日本の北海道が狙われていました』

「それを、あなた方が変えたのですね?」

『方向性を正したにすぎません。悲劇は、悲劇ですがね』

 その言葉には、深い感情がこめられていた。

「恐ろしいことだ……そこまでおかしくなっているとは」

 そこで、最初の会話にもどった。

『ノストラダムスの予言は、やはり当たっていたのです』

 1999年7月に火星から恐怖の大王がふってくる──たしか、そのような内容だった。研究家は、それを核戦争で人類が絶滅すると解釈した。

 しかし、それがはずれたことは歴史が証明している。

『いまの大統領が副首相に任命されたのが、1999年8月です。同時に首相が辞任していますから、そのまま副首相から首相にあがっている。つまり政治の表舞台に立ったのが、1999年の8月です』

「そういうことになりますか」

『ノストラダムスのころは旧暦が使われていたはずですから、7月はいまの8月ごろと仮定ができます』

「なるほど。恐怖の大王は、核爆弾ではなく、あの国の大統領だったというわけですか」

『そうです。あの大統領……正常な判断は、とてもではないが期待できない』

「深刻な状況ですな……」

『どこかのだれかが排除してくれまいか、と理想を嘆いているところですよ』

「それは、あなた方でも?」

『難しいですね。ご助言いただけるとありがたいのですが』

「このおいぼれでは、力になれませんよ」

『さきほど話に出た二名については?』

「ほほほ、どこまでが冗談なのか──」

 冗談などではないと、《かかし》にはわかっていた。

「一人は、無理ですな。そういう依頼は、絶対に受けない」

『では、もう一人のほうは?』

「ふふふ」

 笑うだけにとどめておいた。

『世界を混乱から救わなければならない』

「なるほど……あなた方の出番というわけですか。サンタ・アリアンザ──よもや本当に存在しているとは、人々は信じないでしょうね」

『われわれは、法王の意思のもとに』

「さて、これからなにがおこるのやら」

 そのことを思うと、怖さと興奮がある。

『世界に安定と調和を……』


 わが、バチカンの名にかけて──。


はじめての続編になります。もっと簡単に書けるかと思ってましたけど、それなりに難しかった。今回、かなりスケールが大きくなってしまったので、次回はもっとミステリー寄りにしたいなぁと考えております。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  遅れて感想すみません<(_ _)>……  ーー  U様無事おめでとうございます\(^o^)/! 報酬ゲットおめでとうございます!! (本当にお金も命もゲットで無事で良かった〜、、、^^…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ