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      2.日曜日午後8時


 メキシコシティの夜。

 タコスは、おれの口には合わない。砂漠にサソリ、サボテンにテキーラ、男はみんなポンチョを来て、バンジョーを演奏してる──それが、この国に抱いていたイメージであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 だがすくなくともこの街は、そんなアナログなイメージとは、ほど遠かった。ガラガラヘビの心配をしていたのがバカみたいだ。

 アメリカがガンマンだらけで、日本には侍がいまも跋扈している。そういうレベルとかわらない。

 おれはいま、いろいろとまずい状況にある。

 日本を出てから、アメリカに渡った。シカゴ、ニューヨーク、ロス、いろいろまわったが、悪人はいたるところにいる。仕事には困らない。ちなみにガンマンはいなかった。

 ニューヨークで仕事をしたときに知り合った人間がいる。これまでおれは《店員》という仲介屋と組んでいたが、いろいろあって仲違いした。かわりが欲しいと思っていたときにあらわれたのが、そいつだった。

 おれもバカじゃない。《店員》のことで懲りているから、そいつには素顔を見せていない。

 おれの顔を知っている人間は、この世に四人だけだ。一人は《店員》。かつての相棒だ。いまは日本で警察に捕まっている。やつに関して報道は一切されていないから、今後も裁判にかけられることはないだろう。元公安でCIAに寝返った男の末路が明るいわけがない。ヘタをすると、すでに闇から闇に葬られていることも考えられる。

 一人は、日本を出るきっかけになった事件でかかわりあった女性大生。じつはその彼女のことは幼いころから知っていたのだが、いろいろあって、おたがいに信頼関係のようなものがある。彼女の口から、おれの正体が明かさることはないだろう。

 三人目と四人目が、厄介なんだ……。

 おれの素顔を知り、おれを最も追いつめた男……世良王海。おれは悪人しか殺さない。いくら顔を見られたとしても、その信念を曲げるわけにはいかない。

 だから、やつの眼を潰した。視力さえなくせば、おれの容姿を証言することはできない。似顔絵も、モンタージュも作成されることはない。

 しかしそのことが、最大の敵をつくることにつながった。数年ぶりに再会したあの男は、バケモノに変貌していた。あいつは、おれの声をだけを頼りに、おれへの戦いをあきらめていなかった。

 そして、最後の一人……。

 世良の眼を潰したきっかけとなった仕事で、おれはその女に会っていた。ターゲットのつれていた女だった。本当なら、そのときに殺すか眼を潰すかしていなければならなかった。

 だがおれはヘンな仏心を出して、そのときはなにもしなかった。ただの行きずりの女だと思っていたから、生かしておいても害はないだろうとタカをくくったのだ。

 それが……世良と再会した事件で、おれはその女とも再び会うことになった。その女は、世良の恋人として近くにいた。

 敵なのか味方なのか……。

 もちろん、おれにとってではない。おれには敵も味方もはなからいない。《店員》のことすら、一度も信用したことなどなかった。

 世良にとってだ……。

 あの女は、ただ者ではなかった。暴挙に出た《店員》を一瞬で倒した。

《おおやけ》の匂いがする。

 おそらくは、公安によって訓練されているはずだ。

「なんかいるぞ!」

 スペイン語のがなり声がうるさく耳についた。宿敵の心配をしている場合ではなかった。

 おれはいま、かなり大掛かりな組織から命を狙われている。アメリカに来てからの仲介人が、やはり曲者だった。

 何件かこなしたときに、メキシコでの依頼をふられた。犯罪組織のボスを始末する仕事だ。

 殺人、誘拐、麻薬ビジネス、兵器売買、等々──典型的な悪人だ。しかも、法外な報酬をもらえることになっていた。

 この都市の一角にあるボスの別宅をかねたビルでパーティがひらかれるという情報を得たおれは、うまいぐあいに潜入した。

 だが、すべてが罠だった。

 ビルには武装した組織の兵隊が待ち構えていた。それだけではない。ビルのある一帯が、組織にとって封鎖されていたのだ。

 組織以外の人間で、このエリアにいる人間は、おれしかいない。これでは、おれのスキルが役に立たない。

 おれには、特殊な能力がある。擬態能力というべきものだ。普通の人間は、おれの姿をとらえることも難しい。気配を殺し、周囲のものに溶け込むことができる。

 だがそれは、通常の街中においてのみ可能なことだ。敵は全員、おれがこのエリアにいることを知っていて、さらに部外者はほかにだれもいない……。

 この環境では、おれの特殊能力は意味をもたない。擬態する生物がここのどこかにいると教えられたら、簡単にみつけられるのと同じ原理だ。

 ならば、敵を一人一人排除していくしかないだろう。犯罪組織に属している人間は、どうせ悪人だ。気兼ねすることはない。

 拳銃の乱射がはじまった。

 おれはビルの陰に身を潜めた。ゴミが散乱している吹き溜まりのような場所だ。まだドリンクの残っているペットボトルや、ダンボルールの破片をまとめて投げつけた。

 路地がゴミの吹雪で満たされると、一瞬だけ銃撃がやんだ。

 おれは空気のように駆け抜けて、銃をかまえる一人に襲いかかった。一人を倒すのに一秒もいらない。手刀を喉に叩き込んだ。骨が折れたらそれで死ぬし、運が良ければ助かるだろう。いまは逃走が目的だから、生死の確認をする必要はない。

 二人、三人。相手は銃で狙いをつけるまえに命か意識をなくしていく。姿を察知されようと、マフィアやごときは敵にはならなかった。

「さて」

 一段落をむかえたところで、これからの進路を考えはじめた。

 このまま危険エリアを抜け、この国を脱出するべきだ。しかし、まだ依頼を達成したわけではない。

 この依頼が罠なのは、もう疑いようはないだろう。その点でいえば、このまま逃げるのが正しい。

 とはいえ、コケにされたまま退散するのも癪にさわる。おれは以前、プロはムダな殺しはしない、と言ったことがある。それに従えば、殺す必要のなくなったターゲットを始末するのは、ムダにあたる。

 が、依頼をうけた以上、それが撤回されていないのだから、やり遂げて、なお報酬をもらうのがプロとしての行動理念ともいえる。

 いや、それは言い訳だ。

 このまま引き下がるのがムカつくだけだ。

 おれは、踵を返した。

 いま倒した一人に近づいた。そいつは、死んでいなかった。運に恵まれたはずだったが、再び死神に憑かれるのだから、結局はついていなかったのかもしれない。

「おい」

 おれは強制的に、気絶していた男を覚醒させた。

「う、うう……」

 喉を潰しているから、声量は期待できない。視界も霞んでいるだろうから、この闇のなかでは顔を覚えられることもない。

「どこから、おれの情報が流れてきた?」

 男は、必死に首を横に振った。この程度の下っ端では、そんなことまで知らされていないのだろう。

「ボスはどこにいる?」

 これにも首を振った。

「答えろ。答えたら命だけは助けてやる」

 男は信じていないようだ。

「おれの顔は見えるか? 見ていないのなら、助かる可能性がある。見えるか?」

 それには、首を横に振った。

「そうだ。それでいい。これからも見えないように眼をつぶるんだ」

 これにも言われたとおりに、瞼をとじた。

「もう一度、訊くぞ。ボスはどこにいる?」

「……ポランコ」

 男は、この街でも高級住宅地と呼ばれるエリアを口にした。ボスの家の一つも、そこにあるはずだ。

「おまえは悪人か?」

 ふいの質問に、男が困惑していた。

「悪人なのか?」

 再び男は首を横に振っていた。必死になっているところをみると、否定しなければならない質問だと悟ったようだ。

「だがおまえは、いままで散々、あくどいことをやってきたんだろう? 何人殺した? ボスに命令されて、何人殺した?」

「や、やめてくれ! おふくろがいるんだ! おれが稼がなきゃ、おふくろが生きてけない……病気なんだ!」

 かすれていても、よく聞き取れる声で弁明していた。命がかかれば、喉の不調もどうにかなってしまうものらしい。

「そんな嘘を信じろというのか?」

「ほ、本当だ!」

 おれは、男の前から姿を消した。眼をつぶっている男には、まだそれがわからない。

 声だけを周囲に響かせた。

『おふくろに感謝しろ。おまえが今後、むやみに人を殺したら、それがたとえボスの命令であったとしても、おれはおまえを殺しに来る。世界のどこにいようともだ』

 男の言ったことが本当であれ、嘘であれ、恐怖さえ植え付けられれば、それでよかった。

『いいか、そのことを忘れるな』

 そう言ったときには、男もすでにおれが遠くに離れていることを察したようだ。

 眼を開けて、あたりをキョロキョロと見回している。

 最後に、おれの信念を伝えておいた。

『おれは、悪人しか殺さない』



街の一角を封鎖したのには正直、驚かせてもらった。が、だからといって、おれがどうこうなるわけではない。

 現に危険エリアを抜けて、おれはポランコ地区に足を踏み入れていた。高級住宅地であり、有名ブランドや一流レストランが並ぶショッピング街である。この地区のホテルに泊まるのが安全で快適である──と、観光ガイドには書いてあった。メキシコははじめてだから、おれは詳しくない。

 ここのどこかに、犯罪組織のボスの家があるはずだ。みつけるのはそれほど難しくはない。いまごろは、おれが罠をくぐり抜けたと報告を受けているはずだ。

 ということは、手下たちが慌ただしく護衛に励んでいる。そういう邸宅をみつければいいのだ。

 すぐにみつかった。

 邸宅が点在する閑静な場所だが、すぐ近くには高級レストラン街もある。

 何台もの車がその邸宅につけられて、兵隊が増員されていく。豪邸のまわりは、警護の手下たちで埋め尽くされていた。ネズミ一匹通さない勢いだ。

 さきほどとはちがい、いまは擬態が簡単にできるシチュエーションだ。周囲には、この騒動とは関係のない人間も多くいる。レストランへ向かうための交通量もあり、狙う側としては容易で、狙われる側の立場をおもんばかれば、不用意としか言いようがない。

 おれは擬態して、邸宅に近づいた。

 ただの通行人にも敵意を向けているから、こいつらの仲間としてまぎれこんだ。さきほどのように近づく人影を問答無用で射殺しようとしていたら、さすがにできない芸当だ。

 おれは、まんまと邸宅に侵入した。

 ひときわ厳重にガードされている部屋があった。ここにいますよ、と知らせているようなものだ。

 扉の前には、短機関銃をかまえた護衛が二人。武器は手にしていないが、懐に拳銃を所持していると思わる男が五人。計七人が守っている。

 おれは、無造作に扉へ近づいた。顔はバンダナで覆っている。

「なんだ?」

 男の一人に声をかけられた。とはいえ、侵入者だという考えにはおよんでいないようだ。ネズミ一匹入ってこれないと慢心しているのだ。

 おれは答えずに、さらに扉をめざした。

 男が近寄ってきた。

「おい!」

 ようやくその男は、懐から拳銃を抜いた。

 そのときには、もうおれは攻撃範囲に入っていた。

 一気に距離をつめて、その男の首と拳銃を左右で同時につかんだ。

 一見、これでは相手の攻撃を防いでも、おれからの攻撃もできないのではないかと思えるかもしれない。

 だが、これでいい。

 サブマシンガンをかまえた一人が発砲するとわかっていたからだ。

 おれはつかんだ男を盾にして、前進した。

 大量の弾丸をあびて、男は助からないだろう。しかし、このまま近づいても、体内を弾丸が貫通する。

 おれは、男の身体を前方に突き押し、同時に右横手に飛んだ。そのさいに、男から拳銃を奪っていた。

 一発で、短機関銃の護衛を射抜き、連続で三人の戦力を奪った。

 残り二人。

 短機関銃持ちがもう一人いるのが厄介だ。

 弾丸の雨が襲いかかってきた。

 素早い動きで狙いをそらしながら、おれのほうも狙いをつけた。引き金を絞っても、弾は出ない。ジャムった。だから銃は嫌いだ。

 おれは、拳銃を投げつけた。

 短機関銃持ちの顔面に激突した。当然、そんなことが致命傷にはならない。だが、むこうの銃身が上にそれた。

 おれはスライディングしながら飛び込んだ。

 そいつの股下まで滑り込むと、おれは拳を突き上げた。

 大事なところを潰されて、短機関銃持ちはのたうちまわった。短機関銃を取り上げて、残った一人に迫った。

 バン、バン、と拳銃が火を噴くが、当たらない。残りの一人は恐怖のあまり、パニックをおこしている。

 バン、バン、バン。

 距離を縮めても当たらない。

 弾がつきたようだ。トリガーを押しても、カチャカチャ、と虚しい音が響いている。

 さらに接近した。

 男が尻餅をついて、なおも弾切れの拳銃を撃とうとしている。表情は恐怖で固まり、おそらく自分でもなにをしているのか理解していないのだろう。

 掌底を男の側頭部めがけて振り下ろした。

 安らかな寝顔になって、活動を停止した。

 おれは、扉をあけた。

「す、すんだのか!?」

 部屋のなかにいたのは、ボス一人だけのようだった。小太りの間抜け面だ。

「ああ、すんだ」

「お、おまえは!?」

 入ってきたのが味方でないとわかって、ボスは絶望したように形相を崩した。

「な、なんなんだ……なぜ、おれを狙う!」

「おまえが悪人だからだよ」

 おれは冷たく言った。

「……もっと金をやる! 金で雇われたんだろ!?」

「一度受けた依頼は覆せないね。おまえが悪人じゃないならべつだが」

「おれがなにをしたっていうんだ!」

「次の選挙に出る候補者を殺しまわってるそうじゃないか。すでに二十人、抹殺した」

「それがなんだってんだ! 邪魔な人間を殺すのは、この世界じゃあたりまえのことだろうが!」

「そうだな。同じ意見だ」

 自らの言動が、自身の首を絞めることに気づいたようだ。

「……おれをやったら、おまえは一生、狙われつづけるぞ」

「安心しろ。だれもおれの顔を知らない」

「や、やめてくれ!」

 命乞いの仕方が演技がかっている。

 こういうとき、悪党の次の行動は決まっている。

「死ね!」

 やはり隠し持っていた拳銃を抜いた。

 警戒さえしていれば、おれのほどの男になれば、弾丸だってかわすことができる。

 素早くボスの利き手を蹴りあげて、拳銃を天井に飛ばした。

 跳ね返ってきたところをキャッチすると、そのまま弾を撃ち込んだ。

 バン、バン!

 二発命中させれば、いつもなら確実にボスは死んでいる。だが、この男にはまだ訊きたいことがある。だから、わざとはずした。

「おれの情報は、だれから耳にした?」

「な、なんの……ことだ……」

 血の気が失せたボスは、息も絶え絶えに言葉を吐き出した。すぐに手当てをしなければ、三十分ももたないだろう。

「おれが襲撃することを知ってただろう?」

「……」

「言え」

「どうせ殺されるのに……言うバカがいるか」

 もっともだ。

「わかった。口を割れば、とどめはささない。このままほっとけば死ぬかもしれないが、運が良ければ助かる」

 じきに手下が応援にかけつける。そうすれば病院に運ばれるだろう。あとは、この国の医療レベルと、神様の決めた寿命しだいだ。

「電話があった……」

「だれからだ?」

「知らん……だれも姿を見ることのできない殺し屋に狙われている、と声は言った」

「それを信じたのか?」

 そんな荒唐無稽な話を、しかも正体不明の人物の電話で信用するのは、普通なら考えられない。

「……噂は聞いていた。日本を拠点に、だれにも顔を知られていない殺し屋がいると……」

「それだけじゃないだろう? 電話の人物を知っていたんじゃないか?」

「し、知りはしない……だが、見当はついた」

「どういうことだ?」

「立候補者を殺したのは、そういう依頼があったからだ……あ、あんたと同じだ」

 金をもらって始末していた。つもり、依頼した人間がいる。そして、おれのことを密告したのが、その依頼者だとこの男は思っているのだ。

「どこからの依頼だ?」

「そ、それを口にすれば、ここで生き残れたとしても、お、おれは殺される……」

「ん?」

 そこでおれは、不審な気配を感じ取っていた。この男の手下ではない。多人数ではなく、たった一人のものだ。

 遠く離れていても、これほどに凶悪で禍々しい気配ははじめてだった。

 そういえば……さすがに応援が遅すぎる。おれの侵入にまったく気づかないにしても、外の連中だってバカじゃないだろう。

 来る!

 もうまもなくこの部屋に踏み込んでくる。

 おれは銃口を、入り口のほうに向けた。

 濃密な質量をもったものが突進してきたのは、次の刹那だ。

 おれは最初、鉄球かなにかだと思った。だが、それは人間だった。扉をぶち破って、そのままボスめがけて人間が激突していく。

 ボスは壁にめり込むように潰されていた。

 濃密なものが、こちらを向いた。

 黒人の大男だった。壁と大男に挟まれたボスが、床に倒れた。即死のようだ。

「くくく」

 笑い声まで重量感があった。

 おれは迷わずに引き金を絞った。

 ドン、ドン!

 弾丸は確実に胴体に命中した。

 が、大男の笑みは消えなかった。

「きかん、きかん」

 どうやら、本物のバケモノらしい。

 おれは、今度は頭部を撃ちぬこうと狙いをつけた。

「やってみろ」

 大男の余裕はそのままだ。

 バン!

 おれは、眼を見張った。黒い大男は、手首のブレスレットで弾丸を弾き返していた。

「何度でもやってみろ」

 そんな挑発に、おれが乗るわけはない。

 おれは、また同じ手を使った。拳銃を投げつけたのだ。

 弾丸を弾き返すバケモノなんだから、拳銃を投げたところでダメージをあたえられるわけがない。

 隙ができればそれでいい。

 おれは、大男から逃げ出した。一目散とは、このようなときにつかう言葉なのだろう。

 邸宅のなかは、ボスの手下たちが大勢殺されていた。あの大男の仕業だ。これでは応援にかけつけることはできなかった。結局、あのボスは死ぬことになっていたのだ。

 おれは邸宅を出ると、闇に溶け込んだ。

 こうなってしまえば、いかにあいつがバケモノであるうとも、追跡は不可能だ。

 仕事は果たした。もうこの国いる必要はない。あのボスからは聞きそびれたが、だいたいの絵図はわかっている。

 おれの仲介を買って出たあの人物が、すべてを仕組んだのだ。あの女が……。

 おおかた、CIAかNSAのエージェントなのだろう。この国の選挙戦に介入していたが、予定が変わってあのボスが邪魔になった。そこでおれを利用しようとしたが、さらに予定が変わって、おれのほうが邪魔になった。

 いや、ちがうな……それならば、ボスは生かしておくだろう。両方が邪魔になったということか……。

 真相は、あの仲介役に訊けばわかる。

 このおとしまえはつけさせてもらう。

 次の目的地が決まった。

 え? おれの名前?

 そういえば、まだ名乗ってなかったな。

 本名は忘れたし、いまのおれにはなんの意味もないものだ。

 どうやら人は、おれのことを《U》と呼ぶらしい。UNCONFIRMED──『未確認』の頭文字のようだ。

 だからそう呼んでもらってかまわない。

 アルファベットで呼ぶのに抵抗があるのなら、こういうのはどうだろう。

 ユウ。

 利根麻衣という女子大生から、そう呼ばれていた。いまでは、愛着もあるほどだ。

 U=ユウ。

 おれはこれからアメリカにもどって、あの仲介者の女に会わなくてはならない。

 ……だがそれが、最強の好敵手でるあの盲目探偵と再会するきっかけになろうとは、そのときのおれは夢にも思っていなかった──。


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