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白銀のソレイユ  作者: 黒井空巣
第1章 復活はシャンデリアの下で
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第1話 ムーン

 

「ヴェナ!ヴェナ!」


 凛と、鈴のような声。


「どこに行ったんだい、ヴェナ!」


 軽やかな足取りに合わせて、長い金髪が朝霧のように広がる。


「ヴェ~~~ナ~~~!」


 少し苛立ったように、声が大きくなる。


 すると、カタカタカタ……と、呼応するように食器が揺れ始める。最初はさざ波のようだったそれが、あっという間にテーブルや椅子までも揺らし、窓枠までもがギシギシと音を立て始める。


「――――いる!います!ここに!」


 バタン、と勢いよくドアを開く音が終止符となって、家中――否、屋敷中を騒がせるポルターガイストのオーケストラが止む。


「まったく、どこに隠れてたんだい」


「どこだじゃねえよ……アンタが頼んだ買い物だろうが……」


「だって、ヴェナが遅いから」


「はあ……」


 ヴェナ、と呼ばれる先にはひとりの青年。まだ少年のようなうら若い顔立ちは、呆れと疲労で歪んでしまっている。


 黒髪に黒い瞳、浅黒い肌のヴェナが並ぶと、髪と瞳の金色も、透けるような白い肌もよりいっそう()()()()して感じられる。人間かどうかも分からない存在に、その言葉が正しいのかどうかはさておいて。


「いい加減、人を呼び出すのに屋敷中を揺らすのはやめてくれよ。サイコキネシスの無駄遣い……ムーン!」


 ヴェナの説教には見向きもせず、彼は――ムーンは、ヴェナの持って帰ってきた紙袋を奪い取って漁り出す。


「わー!いいね、この靴前から気になってたんだ!サイズもピッタリ、さすがヴェナ!」


「話聞けってば……」


 顔を顰めて眉間を押さえるヴェナの様子などどこ吹く風である。


 リビングの大きな鏡の前で新品の靴を合わせ、クルクルと呑気に回ってみせるムーン。それに合わせて、長い髪と“金色の龍”がふわっと波打つ――ように、ヴェナは見えた。


 20XX年、この世界には()()()()が存在する。


 念動力、瞬間移動、精神感応、果ては人体発火や狼男まで。人間から生まれ落ちたにも関わらず、それらの超常現象を意のままに操る彼ら異能力者。


 世界各地に点在する彼らはそれぞれの地域の管理組織によって統括され、人間の管理の元、異能力は飛躍的な進化を続けている。


 全ての異能力者は発見次第、国家によって管理される。だが例外的に、その手を逃れ続けている、いわば野良犬――それが異能力犯。


 ムーンはその異能力犯の中でも特異的な存在――というか、異能力者の中でも特殊な存在。


「ねーねー、これどっちが似合う?」


「同じ靴にしか見えない」


「バックルが黒とシルバーで違うだろ!はぁ、私は君をそんな節穴に育てた覚えはないよ」


 “金龍”――全ての異能の原点とも、全ての異能を意のままに扱えるとも言われている、金色の王。

 支配の手を躱し続けて数十年、数百年と記録している文献もあるらしい。今では世界中どこへ行っても指名手配。


 大抵の人はムーンが身に纏う金の龍の姿が見えないそうなので、捕まえるのは困難だろうが――ヴェナはそんな難しいご身分のムーンの代わりに買い物に出かける小間使いとして、そして、唯一ムーンの“金龍”を視認できる者として、この屋敷に同居しているのだった。


「どうせ出かける場所なんかない癖に服とか靴とかばっかり買って……」


「いいだろう別に、誰に迷惑かけてる訳でもないし」


「買いに行かされて片付けまでさせられる俺が迷惑なんだよ!」


「ふーん。あ、バッグかわいい」


 小言を気にもとめないムーン、ヴェナの額に青筋が浮かぶ。


 ――何が国際指名手配犯だ。毎日毎日ぐうたら食っちゃ寝して、たまに気が向いたらヴェナを街まで買い物(パシリ)に行かせ、挙句の果てに買いためたハイブランドの服飾類は特に着ていく所もないのでそのままお蔵入りである。

 異能の頂点だの史上最悪の異能犯だの、笑わせてくれる。ヴェナに言わせればこんな奴はただの引きこもりである。

 せっかくの能力も腐らせすぎて使い方なんか覚えてないんじゃないか――罵詈雑言が頭に浮かぶが、どうせ言っても聞きやしないのでヴェナは大きくため息をついた。


「今、私の悪口言ってたね?」


「勝手に読むなよ」


「読んでないさ、顔に出てるんだよ」


 それもどーだか、ボヤきながらヴェナは部屋を後にする。ムーンの能力について詳しくは知らないが、かなり優れた精神感応(テレパス)を使えることくらいは分かっているのだ。


「あんなに買い込む金は一体どこから出てるんだ……」


 ドアを閉めても、まだムーンが新品の靴やら何やらにはしゃぐ声が聞こえてくる。まあ楽しそうだからいいか、とヴェナも大概甘いので、深く考えることはない。


 部屋を出たヴェナが向かうのは自室ではなく――書庫である。


 重い扉を開けると、重厚な紙の匂い。


「英仏辞典、英仏辞典……」


 ヴェナとムーンの会話は基本的に英語で、読み書きも難なくこなせるのは英語くらいだ。

 だが、最近のヴェナのマイブームはフランス語。


「あった!」


 分厚い英仏辞典と古びた新聞、それにノートとペンを取り出して、4人がけのテーブルを1人で占拠する。


 きっかけは、たまたま見つけたフランス語の古新聞。


「えーとこれは、船……豪華客船?にて、予告状……真珠、の……」


 辞書を引きながら、1面をゆっくりと読み、ノートに書き写していく。ヴェナが夢中になって読んでいるそれは、ひと昔前に世間を騒がせていたとある()()()()の記事。


 そう、怪盗ムーンの犯行について、書き記されていた。

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