勇者と冒険者ギルド1
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「それで、これからどうするんだ?」
エルがようやく恐怖心から解放されたのを確認して、俺は尋ねる。封印から解き放たれていきなり自由ですって言われても困るからな。勇者だからって腹も減るし、食い物を買うのにも金は要る。なにか適当に手に職をつけて、その上でどうするか決めたいところだった。
「ああ、私は冒険者ギルドに行く予定だけど」
「……冒険者ギルド?」
これからどうするかに思いを馳せていると、震えの取れたように見えるエルの口から聴きなれない単語が放たれる。
冒険者ギルド。確か、冒険者なら封印される前にも存在してたはずだが、関係あるだろうか。
「ああ、勇者が死んだあと……じゃなくて、封印されたあとにそのことを悔やんだ大賢者様が作った組織で、戦いを勇者だけに任せないように、戦える人間を育てるための組合なの」
「なるほどねえ」
エルの端的な説明に、ため息をついて俺は得心する。
つまり俺は人族の中で、試行錯誤の末生まれた尊い犠牲ってことになってるわけか。そして、その教訓を踏まえて新たな勇者には手厚い支援を。随分と聡明なことで。
「ところで、大賢者様ってのは?」
「……大賢者アイン。人類史上最高峰の汎用型魔術師。現存している術式の八割を最適化し、現代魔術の進歩を五十年は早めたって言われてるの。多くの魔術師は大賢者様に頭が上がらないし、足を向けて寝れないって言われてるわ」
「へえ、すごいな。まあ、あいつならそれくらいやり遂げてもおかしくはないか……?」
エルの説明を聞いて最初は驚いたものの、俺は仲間たちとの冒険の旅での出来事を思い出し、それはすぐに感心に似た何かに変わる。
思えば、あの魔術バカは仲間と息を合わせないといけない場面でも変な魔術の実験をして、こっちまでピンチになることがよくあったからな。それが生かせる道に行けたなら誰にも迷惑かけないし、それで大成してるっていうんだから大したやつだ。
「君も、昔はそう言われてたんだよ。人族とは思えない強さで、人族の何十倍もの大きさの怪物を聖剣であっさり斬り伏せて。しかも、どんなピンチでも絶対に諦めない姿はお伽話にもなってるの」
ついで、君に憧れてる子も多いんだからと呟かれたその言葉に、俺はいつものセリフを吐こうとする。
「俺が諦めたら誰が……って、そうか、今は冒険者がいるんだったな」
が、それは途中で違う言葉に変わった。
今は戦える冒険者がたくさんいる。それなら、俺が戦う必要はないんじゃないか? そんな考えが脳裏を過ぎる。
「えっと……」
しかし、エルの申し訳なさそうな顔に、考えても意味のないことを考えるのをやめる。悪かったよ。仲間内じゃこういう雰囲気のジョークが流行ってたんだ。
俺はいつもなら賢者や他の仲間から返ってくるはずの軽口がないことに若干の寂しさを覚えながらも弁明する。
「冗談だよ。誰かのために戦わなくていいなら、俺は自分のために戦うだけだ。戦うことしか知らないからな」
「……じゃあ、私と一緒に冒険者ギルドに行かない? それだけ強いなら、冒険者として楽な暮らしができると思う」
「決戦の百年後に隠居して悠々自適か。勇者っぽいな」
なんて言ってはいるが、実際は考えたいことでいっぱいだ。
百年なんて経ったら、当然知り合いはみんな死んでるだろう。別に、いつ魔物に殺されて死んでもおかしくないとか関係なく、この世界で百年も生きるようなやつは聞いたことがない。
俺に親族はいないが、いろいろな街に知り合いはいた。ほとんどは勇者とお近づきになりたいって態度を隠そうともしないやつばかりだったが、中にはまあ何人か気の許せる顔見知りもいる。
それに、仲間も、アインも。まああいつが死んでるところなんて想像つかないが。
「私がギルドまで案内するよ。すぐそこだし、ちょうど今日が冒険者適正試験だし。強い人と仲良くなっておくと便利なの」
「馬鹿正直だな」
「そういう方が好きでしょ? ほら、行こう」
そう言って促すエルに色々見透かされてることを感じながらも、俺は元気よく森の出口の方へ駆け出していくその背中についていくことにしたのだった。
冒険者ギルドです。お待ちかねの。
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