勇者と人族
お読みくださりありがとうございます。
もしかして神ですか。本作に神は出てきませんが、それは神があなただからでしょうか。神は二人もいらないので(何言ってるんだろう)。
とりあえず、そんなテンションでお楽しみください。まあ、ちょっとシリアスな回なのですがw
「グゥ……」
あたりに地響きが走り、巨大な砂埃を起こして血塗られた乱杭歯はついに巨体を支え切れずに倒れ伏す。
その体に渦巻いていた赤黒い魔力は霧散し、やがてその頑強な肉体は少しずつ溶けていくように、光の粒になって空高く登っていった。
何時間にわたって、何度殴り合っただろうか。体が熱って身体中が痛むが、何よりも拳と身体中に血液を尋常じゃない速さで送り続けた心の臓と肺の腑が張り裂けるように痛む。そして、やっぱり硬い狼を殴り続けた拳も痛え。魔力が完全に切れてるんだから、当然って言えば当然か。
赤髪の女の子はよろよろと腰に携えていた剣を支えにするようにしてゆっくりと体を起こし、信じられないと言った顔でつぶやく。
「うそ、でしょ……? 血塗られた乱杭歯を倒すなんて……」
「寝覚めの運動にはちょうどいい相手だったな」
とはいっても、強敵だった。万全の状態ならそこらの雑魚を相手にするのと変わらないはずだが、聖剣も術も使えないとここまで苦戦することになるのか。
聖剣は勇者の魔力を込めると、魔力を聖なる力に変えて全てを切断する刃と化す。俺はその絶対的な能力に甘えてただけかもしれないな。何にせよ。
「怪我はないか?」
「う、うん……。それより、君の方こそボロボロじゃない」
「このぐらいかすり傷だよ。死ぬこと以外はかすり傷だ」
そう、今まで俺はそう言い聞かせて戦い続けてきた。そして、今回も。
どんなに傷を負っても、一番最後にでっかい勝ち星をあげれば、それでいいはずだから。
「……ねえ、勇者って言ってたけど、本当なの? 百年前に魔王に負けて死んだって聞いてるけど」
「……まあ、否定はしない。だが、次は勝つ」
俺はまだ腰が抜けて立ち上がれない女の子の手を取りつつ、決意表明する。
「そういえば、名前聞いてなかったな。君の名前は?」
「私は、エレン。エルでいいわ」
「ああ、よろしくな、エル。俺は黎人。天賦黎人だ」
俺の自己紹介に、エルと名乗った女の子が表情を固くする。珍しい名前ではあるが、別に名前で苦労したことはない。みんな勇者って言うからな。
「テンプ、レイト。やっぱり、百年前の勇者の名前ね」
「百年前の?」
しかし、エルがわざわざ、百年前の、とつけたところが引っ掛かり、俺は問いかけるように繰り返す。
俺は百年前の勇者で、今は別の勇者がいるってことか……?
「……ええ、今の勇者は三代目。君が本当に元勇者だって言うなら、君が初代」
「なるほど」
エルの言葉に、俺の頭の中で一つの仮説が浮かび上がる。
それは、聖剣が使えなかったことについてだ。本来は魔力を聖なる力に変えるはずの聖剣が抗魔陣の影響なんて受けるはずがない。
つまり、聖剣が使えなくなったのは抗魔陣によって封じられたからではなく、俺が勇者としての資格を失ったから……?
全く、嫌な仮説だ。物心ついてから魔王に敗れるまで勇者であり続けた結果、たった一回の敗北で、たった百年ぽっちの戦線離脱でお役御免ってか。
今の自分が勇者じゃないという仮定に心の土台が崩れていくような感覚を覚える。が、
「なら、もう一度聖剣に認めさせるしかねえな」
勇者は、周りに勇者って言われたから勇者なんじゃない。勇ましき者だからこそ勇者なんだ。それはどんなピンチでも変わらない。だから、俺が勇者であることも、変わらない。
「……ねえ、辛かったら、休んでいいんじゃない?」
「辛い? 俺が?」
不可解なエルの発言に俺は問いかけると、申し訳なさそうな言葉が返る。
両の手を強く握りながら。赤い髪を揺らしながら。
「だって、百年前の勇者は国からの支援もほとんどなく、次から次へと起こるトラブルを全部引き受けさせられ、最後には一人で魔王に挑んで死んだって言われてるの。普通の人だったら、人間は勇者にひどいことしたなって思うのは無理ないよ」
「一応、勇者も人間なんだけどな」
「あ……ごめん」
「別に気にすることじゃないだろ」
それに続くはずだった、人間なら、という言葉は、出しちゃいけない気がした。
それは、本当に人間と勇者が違うと勇者である俺自身が公言してしまうかのようで、勇者なんて名乗るのが滑稽なくらい嫌なやつになってしまいそうで。
「……君は、強いんだね」
「当たり前だろ、勇者なんだから」
俺はそう言って虚勢を張る。俺の中には、心なしかさっきの狼よりも、そして魔王よりも。人間の方が恐ろしいんじゃないかという強迫観念めいた嫌な思いが渦巻き始めていたのだった。
お読みくださりありがとうございます。
次から新章みたいな感じです。
タイトルであるFラン勇者。それはランク制度がないと成立しません。つまり……?