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進行形の今日

暇じゃない人の暇つぶし。誤字などおかしいところの指摘をお願いしたい。

 明日香(あすか)はまた同じ夢を見ている気がした。夢の中のこの場所はきっと神社の中だろう。

 お祭りの賑やかな音が周囲からは聞こえてくる。太鼓や笛、誰かの足音、笑い声。不気味なほどに神社だけが喧騒から引き離されている。夢の中の小さな明日香は虚ろな目をしながら拝殿の方へ向かっていく。

 そこには1人の男性が佇んでいた。いかにも不健康そうな色白の男は明日香を見つけると寂しそうに言った。


「君を巻き込んで申し訳ない」


 どうしてそんなことを言うのだろう。その意味を知らない、もしくは覚えていない。

 その後も男の言葉が続く。しかしその言葉を聞き取ることができない。どうやら夢の終わりが近づいているようだ。

 夢と現実の間、最後に目に映ったのは、光となって消えていく男の姿だった。


 単調な機械音が耳に入ってくる。うるさい、そう思いながら明日香はうっすらと目を開ける。光が顔を照らし、強制的に目が覚める。

 枕元のスマートフォンを手に取り、画面を眺めてみる。現在の時刻7時、日付は5月25日、月曜日、状況把握。またかと、明日香のテンションは朝から下がってしまう。もう5回目だから勘弁してくれ。そんな思いを胸にベットから降りる。

 ここで今日が変わらないとすればもうすぐあれが起こる。弟、来人(らいと)の突撃訪問だ。生意気盛りの中学1年生の彼は猪突猛進、ただのアホである。それも魅力と言ってしまえばそうなのだが。

 ぶつかるような音を立てながらドアが強めの勢いで開く。1回目の今日、タイミングが被って足がドアに挟まったことを明日香は忘れていない。


「おねーちゃん! 朝ごはん出来た! 」

「わかったから、朝からうるさい」

「はやくしないと冷める」

「わかったって」


 来人は嵐のように言葉を残して出ていってしまった。さすが我が弟、期待を裏切らない程のフルスロットルだ。きっと彼は、主人公なんだろうな、私情も含めた上で活躍して欲しいものだ。

 そろそろ観念してリビングへと足を踏み入れる。母、今日子(きょうこ)の姿が目に入る。


「おはざっす」

「おはよ、朝ごはん食べたら準備しなさいよ、私も出るから」

「わかった」


 父は仕事柄、明日香たちと生活リズムが合わないことが多い。だいたい朝家にいるのは弟と母、そして明日香だけだ。

 テレビがニュースを映している。それはやがて天気予報のコーナーへと変わる。やっぱり知ってるな、明日香の今日は退屈だ。飲めるようになりたいコーヒーは今日も不味く、不愉快な苦味が口の中に広がる。変わらない今日を過ごすというのはそこそこ地獄なのだ。

 そもそも何でこんな能力が明日香に備わっているのか。わかっていることはこの能力が後天性のもので、幼稚園ぐらいの時に受け取ったものな気がするということだ。

 味気ない食事を体に詰め込み、部屋に戻って準備をこなす。無駄にてきぱきと体は動いている。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 ドアを開けて外の世界に足を踏み出す。学校へと出発だ。5回目の学校。なんという地獄だろうか。いっそ漂白の旅にでも出てやろうか。そんな度胸なんて明日香は持ち合わせていないが。とりあえず学校の予習復習は完璧になってしまった。

 学校に行くには糸満(いとみつ)商店街を通っていく。明日香の住むここ、糸満町はちょっとした観光地だ。シャッター商店街とよく言われる昨今の中で糸満商店街珍しく衰える様子がない商店街である。特に外町(そとまち)屋のハムカツはテレビでも紹介されて高い人気を誇っている。これは明日香の好物であり、ループ中お金が減らないのをいいことに何度も食べるものである。

 また、大きめのお祭りも開催されて結構な人が集まるらしい。というのも明日香は幼稚園の間ここで過ごし、小中学校の間は他県の方で暮らして、そしてまたここに戻ってきた次第だ。そこまで詳しいわけではない。

 そんな原点回帰的場所で明日香が通う高校は糸満高校である。特にこれといった特徴もない普通の高校だというのが正直な感想だ。

 明日香は学校に入り、上履きに履き替え、教室へと移動する。まだ時間が少し早いので人は少ない。聞き覚えのある先生たちの会話が耳に入る。


「あっ、おはよう時友(ときとも)さん」

「おはよ」


 委員長の鍵原(かぎはら)くんがあいさつをかけてくれた。手には頼まれたらしきプリントがある。ループで繰り返される会話のせいで苦手になった人付き合いに射す一筋の光だ。真面目な鍵原くんはあいさつを欠かさない。

 あいさつは何度されても嬉しい、ありがとう鍵原くん、最高です。そんな気持ちを抱えながら席に着く。鍵原くんの未来に幸あれ。

 そんな中、隣の席のやばいやつが目に入ってしまった。上糸(かみいと)神社の娘で可愛いと評判の斎藤結芽(さいとうゆめ)。彼女は寝ていた。体を横に倒しそうになりながら。床に対してじわじわと並行になろうとしている。そんな状況でも起きる気配はなく、すやすやと夢の中を旅しているようだ。

 間違いなく、今回のループの中で一番関わっているのは彼女だろう。毎回倒れる彼女を見捨てるわけにはいかないという普通の良心に従っていたらそうなった。

 仕方ない、今回も助けてやろう。明日香はどこか神になったようなテンションで結芽の方へと体を向ける。彼女の体が大きく動く。素早く手を伸ばして結芽の肩を支えた。結芽の目がうっすらと開く。明日香に気づいたのか目が見開かれる。


「だいじょうぶ? 思いっきり倒れそうだったけど」


 笑顔を作り、明日香は結芽に話しかける。何回目だよこれという心の声を押さえながら。そして結芽は笑いながら答えるはずだ。ああ、ごめんね、ありがとう、と。

 しかし、しばしの沈黙が流れる。どうしたのだろう。そう考えていると突然結芽に腕を引っ張られる。それから明日香は結芽に見つめられる。こんなに見つめられるとなんだか笑いそうになってしまう。本当にどうしたんだ、こんな展開は今までの今日に無かったはずだ。

 普段の明るい様子は鳴りを潜め、結芽は真顔で明日香に問いかける。


「あたしを助けたの、何回目? 」

「いや、なに言ってんの」

「あたし、覚えてる…かも」

「何を」

「前回の今日」

「何それ」

「それはあなたの方が知ってるでしょ」


 笑いを堪える真顔から一転、明日香の顔は勝手にひきつってしまう。何故、どうしてが心の中を暴れまわっている。


「時友さん、今日を、何度も繰り返してるんでしょ」


 確信を持った、自信ありげな顔で結芽は問いかけてくる。明日香はこの今日を知らない。

 いつの間にか生徒は集まっていた。担任がドアを開ける音がする。それと同時に予鈴のチャイムが鳴り響く。心臓の鼓動が大きい。どうやら明日香の今日は、例外を起こしたようだった。


 あの後、私は解放された。先生が話をし始めたので。休み時間も接触をしてくる気配はない。

 斎藤結芽はクラスの人気者である。交友関係は広く、休み時間は引っ張りだこだ。結芽が所属している美術部の後輩もよく訪ねてくるところから彼女の人望が伺える。

 とりあえずそこは置いておいて、今、明日香が考えなければならないのは何故結芽が今日を繰り返していることを知っているかだ。

 確かに明日香は不本意ながら今日を繰り返している。それは明日香の能力の不完全さから来ている。

 しかし、繰り返しを知ることができるのは明日香だけのはずだ。他の人たちは巻き戻っていることを知らぬまま同じ今日を過ごしていく。いくら考えても結芽が記憶を残している理由が思い付かない。

 隣の席をチラッと眺めてみる。真面目に数学のワークを解いている結芽がいる。特に変わった様子はない。今日の授業はこの数学で終わりだ。放課後に彼女が接触してくるかどうか。

 少し経って終わりのチャイムが鳴る。解放感に満ちた教室の中で、明日香は覚悟を決めた。


 掃除を終えて靴箱の所に移動する。そこには案の定、結芽が待ち構えていた。ちょっとはいないことを期待してたのに。時折友達らしき人達に話しかけられながらも、そこを動こうとはしない。

 明日香が来たのに気づいたのか笑顔で彼女は近づいてくる。


「時友さん、一緒に帰らない? 話したいこともあるし」

「…いいけど」

「やった、上糸神社おいでよ、そこで話そ」

「話すことあるの? 」

「今日のあたしは覚えてるから」

「…そうですか」


 いざ、勝負の時。明日香はもうやけくそだった。


 素直に結芽についていく。非常に憂鬱だ。無理やり上げたテンションは十秒で消え去った。学校を出て、商店街を通り、途中で曲がる。少し歩けばすぐに神社の門が見えてくる。それが彼女の家でもある上糸神社だ。確か縁結びの神社として結構有名で、祭を主宰する神社でもある。

 神社に足を踏み入れる。どこか心が落ち着く雰囲気をかもし出していて不思議だ。こんな場所が自分の家ってすごいと、素直に思った。


「わたしの家の蔵入ろっか」

「蔵? 」

「うん、ここからは秘密の話だから」


 神社の奥に進んでいく。すると彼女の家と思われる所のすぐ隣に蔵が見受けられる。マンションも結構あるこの町でこんな場所に入ることがあるとは思わなかった。

 結芽は蔵の鍵を開け、古い扉を開ける。パチッと電気をつけて中は充分に明るくなる。見てみるといろんな荷物の他にちょっとした机と椅子が置いてある。


「散らかっててごめんね、自由に座っていいよ」

「ありがと」

「あ、あんまり物は触らないでね、壊したら怒られちゃうから」

「わかった」


 明日香は目の前の椅子に腰かける。結芽も向かいの席に座った。少し緊張してしまう。


「よし、まず聞きたいことがあるんだけど」

「どれ」

「繰り返してる今日について」


 きたか、明日香は少し考える。今日について話すには能力についても話す必要があるだろう。


「繰り返しの原因は私」


 ここは素直に言ってしまおう。こんな話、信じられる方がおかしいだろう。


「やっぱりそうなんだ」


 納得するのかよ。明日香の予想が当たらない。結芽は変わらず真面目な顔だ。


「何で私が繰り返してるってわかったの」

「あなただけ行動が毎回違うかったから」

「どこまで覚えてる? 今日のこと」

「最初の方の繰り返しはなんとなくだった。デジャブみたいな。でも今は完全に覚えてる」


 ほう、なんでだよ。やはりというか、結芽は例外なのか。


「本来なら、私しか覚えてないはずなんだけど」

「そうなの? 」

「斎藤さんが初めてだよ、気づいたの」


 家族ですらいつも気づかないのだ。他人がまさか気づくとは思わない。


「何で繰り返してるの」

「私、時を巻き戻せるんだよ、不完全だけど」

「時を巻き戻せる? 」

「そう」


 全然驚かないなこいつ。その態度がある意味怖い。


「全然驚かないじゃん」

「神社の娘だから? 」

「絶対違う」

「まあまあ、時友さんは巻き戻したいの? 」

「まさか」


 明日香だって巻き戻したくて巻き戻しているわけではないのだ。ある一つの欠点に巻き込まれているだけで。


「でも、欠点があるんですよね」

「もしかして、それが原因で繰り返してるみたいな? 」

「当たり、私の能力、人に影響されやすいんだよね」

「影響? 」


 明日香の能力は人に影響されやすい。故に誤作動をよく起こす。


「周囲の人々の後悔とかそういう念に影響されて私の能力が勝手に発動するんだ」

「なるほど、勝手に、めちゃ不便だね」

「そうそう」

「そっかー、そういうタネかー」

「これで満足? 私からしたらあなたがなんで覚えてるのか不思議で仕方がないんだけど」

「まあまあ、細かいことは気にせずに」

「いや、気になるし」


 しかし、結芽の意図がわからない。この話を聞いてどうするというのか。結芽を見ればなにやら考えこんでいる様子だ。

 明日香は手持ちぶさたになりなんとなく骨董品らしきものたちを眺めておく。あのつぼなんかいくらするのだろう。深い青はなんでも吸い込んでしまいそうだ。


「決めた! 」


 突然結芽が大声を出して立ち上がる。思わず体が跳ねる。あまり良い予感はしない。顔を見れば明日香を一直線に見つめていた。その瞳は真剣そのものだ。


「人に影響されるってことは、後悔してる人がいるってことでしょ? 」

「えっ、まあ、そういうことかな」

「じゃあさ、その人を助けてあげようよ」

「いやいやいや、そんなことできないって」


 なんと突拍子も無いことを言い出したんだこいつは。まず、どうやって人を探すんだ。


「あたしたち二人で人助けをするんだよ! 」

「第一、どうやってその人探すの」


 そう問いかけると結芽はニヤリと笑う。そして明日香の手を掴んだ。なにか不思議な感覚が明日香の体を通り過ぎる。


「あたしも使えるの、特殊な能力」


 掴まれた明日香の手から赤い糸が伸びていく。それはどこかにつながっているようだ。なんだこれ、こんなものを指に付けた記憶はない。触ろうと試みるが、通り抜けて、触れることはできない。

 明日香は結芽を見つめる。結芽は楽し気にニコニコと笑っている。


「私の能力は手を繋いだ人の縁を視覚化することができる」

「…なにそれ」


 赤い糸はふよふよと漂い、結芽が手を離すとそれはすっと消えていった。明日香以外の能力者、この世のイレギュラーな存在。


「人に影響されるってことは、時友さんと誰かの間に縁が生まれたってこと」


 誰かさんとの縁、それは諸悪の根源であり、無意識下で明日香に届くSOS。それに気づけるのは明日香と結芽だけ。


「何だかあたしたちならできる気がしない? 」

「そんなバカなことできないよ」

「いや、できるよ絶対。そうだなあ、名付けて『悩み調査同好会』なんてのはどう? 」

「でも」

「能力を活用したくはない? あたしたちならハッピーエンドを作れる。この能力はただの能力なんかじゃない。理想を現実に変えられる」

「斎藤さんが勝手にすればいいのに」

「あたし1人じゃだめなの。絶対に後悔したくない」


 明日香に人を助けたいという気持ちはさほどない。けれど、もしもの世界、例えば、極端に言えば誰かの大切な人が死なない世界、そうでなくても有るであろう取り返しのつかない様々なことがやり直せたとしたら。できるのだろうか。いつだって人は、今しか生きることができない。過去はあくまでも過去で、この世に存在することはない。結芽はそんなこの世の道理に対する反逆を起こそうとしている。過去を変えるというあまりにも身勝手な救済行為。

 結芽はいつになく真剣な顔をする。明日香に向けられる重い眼差し。

 思い出す、いつか幼き頃に見たヒーローがあることを。明日香はそれに淡い憧れを抱き、それを忘れていた。それに明日香は知らなくてはいけない気がしていた。この能力は未だ謎に包まれている。幼き頃の無くした記憶。能力を知った先に真実が待っていたとすれば、明日香は能力を使わなくてはいけない。


「あたしたちはまだ青いから、できるんだよ」


 その青さの先に待つのは何なのか。その好奇心は明日香の胸の中にじわじわとしみだしてきて、熱さを伴っていく。


「…わかった、とりあえず協力する」


 巻き戻しの今日に射し込んだ一筋の明かりは、諦めていた明日香を照らしてしまった。それを知ってしまったらもう戻れないことを、明日香は今日学んだ。




















とてもありがとう、読んでくれて。

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