壱 神秘は悪戯に牙を剥く
初めまして、宮城八千代と申します。
サイトに投稿するのは初めてなのと、オリジナルの小説をそこまで書いたことがないので読みにくい描写があるかもしれませんが、生暖かい目で見ていただけたらと思います。
誤字脱字は見つけたら修正致します。
遥か昔、神代と呼ばれていた時代。
神獣が住まい統べていた神秘の国があった。
人々はそれを神の国と呼び、その国へ立ち入り神獣に認められる事こそ人の誉れとされていた。
認められた者たちは神の国へ残る者、また立ち去り己の国を創った者も多かった。
残った者たちの中には神獣と交わり新たな一族を創った者もいた。
そして。
流れる時の中で純粋な神獣は少しずつ数を減らして行った。
神獣の存在は徐々にお伽話となった。
人々は、嘗て神獣たちが守ってきた大地を削り都市を創った。
やがて純粋な神獣はいなくなり、神獣と交わった者たちの子孫が影から治政を行うようになり、神獣と共に存在した神秘は隠れるようにしてその姿を見せなくなった。
しかし神秘は時折、人々に害をなすのだ。
ぽかん、と口を開けたまま少年は立ち竦んでいた。目の前に広がる光景が信じられないのだ。少年はつい数分前まで塾から自宅までの道のりをいつもの様に歩いていたから尚更、今自分が立っている場所が異世界じみていて実感が掴めないのである。
地面は舗装されていない、建物は歴史の教科書で見た江戸時代の街並みの様であるのに遠くの空には風船の如く金魚が何匹も舞っていて、山が見える筈の場所には大きな城が建っている。空は建物自体から漏れる明かりや昭和然としたガス灯の色で、真っ暗なはずであるのに夕焼けか火事の時の様に雲を赤く染まっている。
そうして周囲をぐるぐる見回していると、少年はある違和感に気が付いた。
「誰も、いない・・・?」
建物から明かりは漏れているし、太鼓や笛が奏でるお囃子は聞こえている。ザワザワと人が喋る声も辺りに聞こえていると言うのに、少年の目には人っ子一人映っていなかった。
それに気が付いた瞬間、少年は背中に冷たいものが入れられたように寒くなって身震いして、瞬間的に駆け出した。どうしていいかも分からないし、何処に向かっていいのかも分からないのに、本能がここにいてはいけないと少年を突き動かしていた。
走る。
兎に角走る。
足が痛くなっても、肺が痛くなっても、足は絶対に止めてはいけない。
少年はそれだけを頼りに走った。
そうして、少年が辿り着いたのは大きな橋だった。先が見えないほど大きな橋。赤い欄干に手をついて、酸素が絞り出された肺に目一杯息を吸い込む。吸って吐いてを何度も繰り返して行く内に、乱れた呼吸も真っ白になっていた思考回路も少しずつ正常に戻って来た。
先ほど感じていた寒気は走った事によって少しだけ緩和されていたが、それでも一度感じた身の危険に、少年は慎重に周囲を見回す。赤い欄干から下を覗いてみると何も反射していないように黒い水面は果てしなく何処までも続いていて、落ちてしまえば自力では這い上がって来れないだろうとすぐに分かった。橋の向こうは霧がかかっていて全く見えず行ってみる気は起きない。しかし他に道は無く、来た道を戻るしか無くなってしまった少年は覚悟を決めて橋を渡ることにした。
しかし。
「おや、珍しい」
突然背後から聞こえた老婆の声に驚いて少年は振り返った。
「こんな所に人がおるとは」
白髪で腰の曲がったボロ着姿の老婆は嫌な笑顔で少年を見つめている。
「何年振りかのう・・・最近はおひい様の張った結界を通って来られるモノはおらんかったのに」
勝手に感慨深そうにうんうん頷く老婆に、少年はゴクリと唾を飲み込んで一歩下がった。そんな少年の様子を見た老婆は更に笑顔を深めた。
「なあにも心配することはないよ。さあ、こっちにおいで。お家に返してやろう」
「えっ、本当?」
「本当じゃ本当じゃ。さあ、早く此方へおいで」
少年はどうするか迷った。老婆の手を取れば家に帰れるかもしれない。けれども、この怪しさ1000%の老婆は悪い人かもしれない。どうしよう、どうしよう。少年の心が揺れ動く。
「なーにも取って喰いやせんよ。坊主、その橋の向こうに行こうとしていたね?その橋の向こうには此処を治めとる王がいらっしゃるだけで、城以外にはなあんにも無い。警備兵に捕まるのがオチさね。さ、早くおいで。帰る前に美味しいお八つをあげるよ。さあ!」
そうまくし立てて老婆が少年の手を掴もうとした時だった。
びゅう、と強い風が吹いて、次いで雷とも爆発とも思える音が鳴り響いたのだ。
「ひぃ!」
老婆が喉から絞り出した様な悲鳴を上げた。
「ちちち、違うんじゃ!!儂はただ、この人間を元の場所に返してやろうとっ」
何かに怯え狼狽する老婆はそう言うも、轟音は鳴りやむどころか増していく。
カッ!!!!と目の前が光ったかと思うと、少年の目の前に、同じ背丈で黒い着物を着た赤い髪の誰かが立っていた。
「言い訳は無用だよ。お前はこの人間の少年を喰うために手を差し伸べた。私に嘘を吐くとは、とんだ命知らずだね」
凛とした少女の声が老婆を断罪する。その声音に一切の感情は無く、少年は空恐ろしくなった。
「おひい様っ!!お、お許しをっ!!!」
「私を、この赤王たる私をおひい呼ばわりとは。全く舐められているにも程がある」
「お許しを!お許しを!!!」
「黙れ」
少女が手を翳す。
「ぎゃあ!!!!!」
すると老婆は悲鳴だけを残して、跡形もなく消え去っていた。
少年は恐怖から足が固まったように動かなくなった。逃げようにも逃げられず再びどうしよう、が頭を巡りだしたが、少女が振り返った途端にそれは霧散した。
「うわあ・・・」
金色の双眸が周囲の光に反射してキラキラ輝いていた。思わず声を上げてしまった事に気が付いて口を手で塞ぐと、無表情の少女が少しだけ微笑んだ気がした。
「ついて来て」
「あっは、はい!」
少女が橋を渡っていく。それについて橋を渡ると、ずっと続いていると思っていた橋は案外短く、少年は拍子抜けした。橋を渡り切ってすぐの道を右に曲がって更に歩く。反対側の道の先には真っ赤な鳥居が見えてすぐに視線を戻した。
「ねえ」
「な、なに?!」
突然声を掛けられて飛び跳ねてしまい少年の顔に朱が走った。
「あのお婆さんに会う前に、他に何か見た?」
「えっと、見てないよ」
「そう。じゃあ、これ」
少女が手を差し出す。手の上には少女の瞳と同じ色のガラス玉のついた、赤い組み紐の根付けが乗っていた。少女と根付けを交互に見ていると、グイと押し付けられるように根付けを持たされた。
「あの、」
「さあ、早く元の場所に戻るのよ」
「えっ待ってよ、君は?君は帰らないの?」
少年が根付けを抱きしめる様に持ちながら聞くと、少女は首を傾げた。
「私の家はここだもの。帰らないわよ」
そう言いながら、少女は少年の腕を引っ張り、川に投げ出した!
「へ?!」
「もうここには来ないようにね」
「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!」
少年の絶叫が響いて、それからドプンと水中に体が投げ出された少年はそのまま意識を失った。
神秘とは人の言葉で大雑把に言えば「怪異」と同類だ。
光ある所に影ありと言われるように、神獣と神秘は表裏一体。
しかし対立している様に見えてそうではなく、嘗ての神の国では神獣と神秘は共存関係にあった。
現代でもそれは変わる事無く神獣と神秘の関係は続いている。
目が覚めると少年は自室のベッドの上で寝間着を着て寝ていた。
いつ帰って来たのかも、どうやって帰って来たのかも分からない。それに少年には昨夜の記憶がてんで残っていなかった。ただ、不思議な夢を見たような気がするだけ。
けれど少年の手には、赤い組紐に金色のガラス玉がついた根付けがしっかりと握られていた。
つづく
お読みになっていただきありがとうございました。
意味不明な点もあるかと思いますが、少しずつ慣れて修正を入れていきたいと思います。
次回も読んでいただければ幸いです。