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43 僕は、僕として

顔面スレスレを、氷刃が抜けてゆく。

前髪が数本断たれ、冷気で凍り付き地面に落ちた。


「チっ……ちょこまかと……! さっさと、死ねッ!」


剣というよりは分厚い鉈のような大剣を振りぬいた姿勢のまま、アナスタシアが俺の足元に掌を向ける。

足元が凍り付いて、足を取られた。

そこにすかさずグレイスが上段から剣を振り下ろす。

レイリィの魔法が剣を受け止め、高い音が鳴り響いた。


無理やり足を氷から引き抜く。

関節が外れ、いくつか骨が折れた感覚。

即座に治癒した。


「くそ、さっきから拘束抜ける度に大けがしてるぞ……!」


戦闘が始まって、そろそろ30分は経つだろうか。


周囲を凍り付かせるというアナスタシアの『スキル』。

それで行動を制限され、そこに剣技と体術に優れたグレイス突貫をかけてくる。

足元が悪いためロクに反撃もできず、レイリィの魔法による防御と、無理矢理な回避行動でなんとか怒涛の攻撃を回避し続けていた。


こういう時に遠距離攻撃方法がないと不便だな、と思いつつ、地面を抉りながら振り上げられるアナスタシアの斬撃を、上体を反らして躱す。

ちりちりとした冷気が鼻先をかすめ、鋭い痛みが走った。


振りあがった大剣の柄を、つま先で蹴り上げる。

大剣がアナスタシアの手を離れて飛んでいき、遠くの地面に突き刺さった。


「『水よ、凍てつき、貫け』――『氷槍アイシクルランス』!」

「『土よ、貫け』――『土槍ストーンランス』」


グレイスとアナスタシアが同時に詠唱する。

俺の足元から土の槍が、真正面からは氷の槍が飛来して、俺の首を狙う。


それぞれ足と篭手で砕いて、グレイスに踏み込んだ。


「ふっ……」


短く息を吐いて、身を低くしてその巨体の足元に滑り込む。


「むっ!?」


唐突に視界から消えた俺を見失ったグレイスが、しかし、振り上げる掌底にしっかりと反応して見せた。

顎先を狙った掌底が空を切り、俺の体が大きく開いた。

すかさず振るわれる剣を肘と膝で挟み取る。


「なっ!?」


大きく目を見開くグレイス。

そのまま挟み取った剣を――バキン! 圧し折った。


「バカ、な!?」


体を回し、後ろ回し蹴りを放つ。

分厚いフルプレートに包まれたその胸板に、俺の足が突き刺さり、体をくの字に曲げて、グレイスが大きく吹き飛んでいく。


包囲する兵たちの壁にその巨体がぶち当たり、隊列が乱れた。


「グレイス様!? 貴様ァ!」


剣を拾ったアナスタシアが、怒気をまき散らしながら俺に躍りかかる。

彼女の周りの冷気は、もはや痛みを伴うほどに冷たく、鋭い。

頬が裂け血が流れ、その血も凍る。


滅茶苦茶に寒い……!


あまりの寒さに体の動きが鈍くなる。

足がもつれ、がくりと膝が落ちた。


(……まずい……!)


「『風よ、あたたらため……』」

「なんて!?」


寒さからか、レイリィの詠唱がもつれる。

こんなシリアスなシーンでギャグはやめてほしい。


「『水よ、戒める氷塊、凍えよ、凍てつけ、安寧の氷牢、永劫の刹那――』」


アナスタシアが詠唱を重ねる。

魔力風が吹き荒れ、彼女が大魔法を発動しようとしているのが見て取れる。


放っておいたら、まずいことになりそうだ……!


笑う膝に活を入れ、なんとか立ち上がる。

ガチガチと歯の根が合わない。

石か何かを投げつけて詠唱を中断させようとするが、地面は完全に凍り付き、投げるものが見当たらない。

まるでスケートリンクのように表面がつるつるとした氷に覆われている。

走り寄ろうと足に力を籠めるが、氷の表面に足をとられて上手く力が入らない。


「まずいぞ! アナスタシア様が!」

「逃げろ逃げろ! 巻き込まれるぞ!」


俺たちを包囲していた兵たちが、慌てて散っていく。

幾人かは足元の氷に足をとられ転がるが、それでもなんとか這う這うの体で逃げ出していった。

気づけば、周囲に展開していた兵士たちはものの見事に一人も残っていなかった。


「レイジ! きを、きをちゅけて! だい、大魔法よ!」


かみかみのレイリィが遠くから声をかけてくる。

そんなことは分かっているが、吹雪のように吹き付ける魔力風と冷気で、足が進まない。

一向にアナスタシアとの距離が縮まらない。

その間にアナスタシアは、どんどん詠唱を重ねていく。


「『――凍えて、砕けろ』!――『冥府の氷獄(コキュートス)』!」

「ま、ずい……!」


詠唱が完成する。

俺の足元から巨大な氷の棺のようなものがせり上がり、俺を閉じ込めようとその口を開いた。

棺の中から冷気が迸り、俺の四肢を凍り付かせていく。


「ァッハハハハハ! 貴方は殺せないらしいわね! でも氷像にしたらどうかしら!? 死ねない苦しみの中で永遠に凍てつきなさい!」


寒さと氷結で徐々に狭まる視界の端で、アナスタシアが嗤う。


(まずい、これはほんとにまずいぞ……!?)


バキン、と凍った左足が砕けた。

膝から下が地面に縫い付けられ、無様に地面に転がる。

倒れ伏し、地面に接した体のあちこちが、さらに氷漬けになっていく。

痛みはない。

しかし、だからこそヤバいと、本能が警笛を鳴らす。


「――ィジッ! ―――ッ!」


遠くでレイリィらしき誰かが声を上げているのが聞こえる。

五感が遠のいていく。


ひたひたと、徐々に、確実に歩み寄る、死の気配。


まずい、まずいまずいまずい……!


そして、暗くなっていく視界の中で俺は……。


――キィィン! という高い音と、白銀の剣閃を見た。


(なん、だ……?)


「――どうして、アンタが……」

「……間に合ってよかった。……アナスタシアの魔力が遠目に見えたからね。急いで来て正解だったみたいだ」

「そう。裏切ったってワケね」

「……いや、裏切りとは違う。僕は、真に僕がすべきことに気が付いただけだよ」

「へぇ……勇者として?」


「――いいや。ただ、僕は僕として。……ただのアレックスとして。平和の為に」


俺をかばうようにしてアナスタシアの前に立つ白銀の影。


影が、右手に持っていた剣を腰に収める。


直後、氷の棺が、真っ二つに断たれ、魔力の粒になって消え失せた。


「やぁ、レイジ、生きているかい?」

「……なんとかな。足がもげちまったけど」

「ははは。その程度で済んでよかった。全身氷漬けになってたら、僕でも助けられないからね」

「……アレックス」

「レイリィ。……ごめん。待たせた」

「……バカ。遅いのよ。本当に」

「……ごめん」


徐々に体に熱が戻る。

と、同時に耐えがたい痛みが、俺の全身を襲った。


我慢して、なんとか片足で立ち上がる。


転がっている左足を拾い上げて、切断面に押し付けて布で縛って固定した。


「……ふぅ……まさか、アレックスまで来るなんてね。……ちょうどいいわ。貴方も私の絶対殺すリストに入ってるの。まとめて殺すわ」

「……アレックス。さっきからあのねーちゃんめちゃめちゃ物騒なんだけど……」

「……あぁ。彼女は……そうだね……すこし、レイリィのことが好きすぎるんだ」

「……なるほど……」


なるほど……。

妙な説得力があった。


「レイジ、足は?」

「……聖力でも聖武器の傷でもないから、すぐくっつくと思う。……滅茶苦茶痛いけど」

「レイリィを連れて走れるかい?」

「あぁ。大丈夫だ」

「じゃあ、このまま走り抜けてくれるかい。アナスタシアは、僕が引き受けるよ」

「わかった」

「ちょうど包囲も解けているしね。……さぁ、行って!」


アレックスの合図と同時、背後に飛ぶ。

ずきり、と左足が痛むが、無視して駆ける。


「レイリィ!」


レイリィの手をつかみ引っ張って、その体を抱き上げる。

しっかりと俺の体にレイリィが抱き着くのを確認して、大きく前に跳んだ。


「行かせるか……!」


アナスタシアの大剣が振るわれる。

白銀の残像を残して駆け寄ったアレックスの剣が、大剣を弾く。


振りあがった大剣の脇を走り抜ける。


「ちっ! 勇者ァッッ!」


怒気とともに、冷気が吹き上がる。

アレックスの四肢に氷が纏わりついて、その動きを止めんとする。


「はっ!」


拘束を歯牙にもかけず、アレックスが腕を振りぬくと、冷気とともにアナスタシアの魔力が霧散した。

振り下ろされる大剣の柄を、無手で受け止めると、くるり、と回転させて、大剣をアナスタシアの手から奪い取る。

そして、そのままアナスタシアの腹に強烈な蹴りを入れた。

苦悶の表情を浮かべ、アナスタシアがたたらを踏んで後退する。


「レイジ! 今のうちに!」

「あ、あぁ!」


うなずき、隙を縫って、一気に砦まで駆け抜けた。



――――――



「ち……聖人は逃がしたか……。まあいいわ。貴方だけでも殺せれば」

「ははは……」


手に持った大剣を、地面に突き刺す。

彼女は剣士だけど、剣士じゃない。

武器を奪ったところで、その戦力は大して減じないだろう。


無手のまま、構える。


「あら。私程度には聖剣は必要ないって? ……ほんと、ムカつく」


アナスタシアが小さくつぶやき。その手に氷の剣を2本造り上げた。


「君を殺すつもりはないからね」

「そう。好きにしたら。私は貴方を殺すわ」

「……投降する気は?」

「愚問ね。貴方を殺して、聖人も殺して、レイシアの周りをウロチョロしてるあの隠密も殺して……そして最後にレイシアを氷漬けにして、永遠に私のものにするの。戦争も平和も私は興味ないわ。……どちら側につくかなんて、そんなもの、私にとって何の意味もないことなのよ」

「……わかった。……レイジも僕も。もちろんセシリアも。君に殺させるわけにはいかない。……ここで君を無力化して、彼らの後を追わせてもらう」

「……そう。できるなら、ね!」


彼女の周りに魔力が渦巻く。


「――『絶対零度アブソリュート・ゼロ』」


呟きとともに、彼女の『スキル』が展開される。


――彼女の周囲の物質の温度を下げ、氷結させるという『スキル』。

水魔法の系統らしいけれど、もはや魔法なんて生易しいものではない。

ここまで来たら、これはもう自然現象だ。

それも、災害と呼ばれる類の。


氷将・アナスタシア。


その周りを鑑みない戦い方と、彼女自身の人間性から、【氷の魔女】と、そう呼ばれている。


「『聖身強化(ホーリィブースト』」


僕も同じく身体強化を展開する。


「最後に聞くわ。どうして裏切ったの? 勇者アレックス」

「……勘違いしているみたいだけど。元々、僕は人王に忠誠は誓っていない。それに……」


迸る冷たい魔力に、同出力の聖力を当てて中和しながら構える。


「僕はもう、勇者じゃない。……今の僕は、ただのアレックスだよ」


そう答えて、地を蹴った。

投降に間が空いてしまい、大変申し訳ありませんでした!!

実は、体調を崩して入院しておりまして、本調子になるまでしばらくのあいだ毎日の投稿は難しいかと思います……。


できるだけ見通しが立っている分は投稿日を指定したいとは思いますが、難しい場合は予告なしの投稿になると思います……。

しばらく不定期の投稿、という形にはなりますが、皆様のお気の向いたときに拝読いただけますと幸いです。


……ちなみに、ですが、ブックマーク登録をしていただけると、投稿した際にわかりやすいらしいですよ。

……ちなみに、ですが。


そんなわけで、モチベーション維持のためにも、ブックマークや評価を入れていただけますと、すごくうれしいです……!


本日はここまでになります。

次回は、一週間以内には間違いなく投稿できると思いますので、ご容赦くださいませ。

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