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37 救うもの、救われるもの

目を覚ます。

ぎし、と体が軋んで、そこら中が痛んだ。


「ぐ……」


思わずうめき声を上げ、辺りを見渡した。

簡素なベッドに寝かされていた。


「知らない、天井だ……」

「それ、こっちでも定型文だったりするのか……?」


呟きに、呆れたような声が返ってくる。

見ると、レイジが腕を組んで、部屋の壁に背中を預けるような姿勢で立っていた。


「……レイジ」

「おう、おはよう。悪いな。聖魔法が使えるやつが居なくて、足と腕の骨折は添え木を当てるだけになっちまった」

「あぁ……大丈夫だよ。すまない」


見ると、確かに添え木が当てられ、包帯で足と腕が固定されていた。

自分の聖力を全身に回す。


「『光よ、癒せ』――『ヒール』」


短縮せずに呪文を呟き傷を癒す。

骨折は、折れてから時間が経ちすぎているからか、少し治りが遅いが、なんとか骨はくっついた。


「吸血鬼顔負けの回復力だな……」

「いや……君たちには全く及ばないよ。致命傷は癒せないしね。それに詠唱が出来ない状況に追い込まれればそれまでだから」


苦笑いを返す。

吸血鬼かれらと同列など、おこがましいにもほどがある。

先の戦闘で、それがはっきりと分かった。


少なくとも最後の一合。あの打ち合い。

ブラッドシュタインフェルトは、本気を出していたように思う。

……いや、違うか。

怒気は感じたが、本気ではなかった。

もし彼女が本気だったら、今僕はここでレイジと会話出来ていないだろう。


「……それで、レイジ」

「ん?」

「僕を、どうするつもりだい」

「どうするって?」

「殺すか、人質にでもするかい。……人質としての価値は、そうないと思うけれど」


少なくとも、僕の命を盾にしたくらいでは人王は侵攻を止めたりはしないだろう。

僕の命にそれほどの価値は無い。

せいぜいが侵攻を遅くする程度のものだろう。

……そもそも、ブラッドシュタインフェルトとレイジがドワーフ側についているなら、その必要すらないだろう。

二人でヘイムガルドを蹂躙して、終わりだ。


「いやいや、そんなことしないから」

「……じゃあ……うん。僕に出来ることは、無いと思う。……申し訳ないけれど」


頭を下げる。

本当に、申し訳ないと、そう思う。

彼とミリアルドの想いを踏みにじり、そしてブラッドシュタインフェルトへの約束も反故にして、人類の旗頭になんてなって侵攻した結果がこれだ。

その渦中の彼等に喧嘩を売り、負け、今は捕虜だ。


……心の中で、こうなるんじゃないかとは思っていたけれど。


「いや、アレックス。お前には大事な仕事があるぞ。この戦争を終わらせてもらう」

「この戦争を終わらせる……? ……すまないけれど、無理だ。僕だって本当は戦争なんてしたくないんだ。これは信じて欲しい……でも、僕にはこうするしかない事情が……」

「家族を人質に取られて、だろ? 大丈夫だ。人質は解放してきた。セシリアに任せて……今はザインかな」

「……え?」


彼の言葉に耳を疑う。

いま、レイジは、なんて言った?


「いま、なんて」

「だから。お前の家族……孤児院の人たちは無事だ。俺が行って解放してきた。今はセシリアと、その部下が護衛についてるはずだ。ザインに護送するって言ってたぞ」

「……もし、かして、レイジ……君は、その為、に?」


ブラッドシュタインフェルトに僕達の足止めをさせて、自分が、僕の家族を解放する為に……?


「ま、事情をセシリアに教えてもらってな。……ほっとけないだろ、そんなの」


照れくさそうに鼻を掻きながら、少年が言う。

長い黒髪で目元が隠れ、表情は読めない、けど。


「だから、アレックス。お前はもう、戦わなくていい」


しっかりと、僕の目を見つめて、聖人かれがそう、言った。

彼のその言葉に、僕の胸の中のわだかまりが氷解していく。


――戦わなくて、いい。


その一言で、霧が晴れてゆく。

『平和』が取り戻されて、罪の意識にずっと苛まれ、それでも捨てることを許されなかった剣。

それを今ここで、捨ててもいいのだと。


「そう……か」

「うぉ!? お、おいおい。泣くなよ……!?」

「……え?」


頬に触れる。

いつの間にか温かいものが、頬を流れていた。

一度気付くと、止められない。

とめどなく流れる涙を、僕は唖然とした気持ちで流れるままにする。


「……そんなに、心配だったのか」

「……うん……そう、だね……そう、か……」


レイジが僕の肩に手を置く。


窓の外の雨は、いつの間にか、止んでいた。


そして、晴れ間の見える空を見上げ、僕は決意した。


一度目は、彼に命を救われた。

二度目は、彼に心を救われた。


そうだ、僕は彼に救われた。

なればこそ、これから僕がすべきことは――



――――――



「落ち着いたか?」

「うん。ありがとう」


アレックスが急に泣き始めた時はどうしようかと思ったが、落ち着いたらしい。

力のない微笑みを俺に向けて、小さく礼を言うアレックス。

そして、小さく頷いて、真面目な顔で俺をしっかりと見つめるアレックス。


「レイジ。……いや、聖人レイジ殿」

「お、おう、なんだよあらたまって……」

「感謝を。僕の家族と……そして、僕を救ってくれたことに」

「いや、礼ならセシリアに言えよ。あと、アリスが時間稼ぎをしてくれたんだ。そっちにもな」

「いや、それでも」


ベッドから起き上がり、床に膝をつくアレックス。

そして、立てかけていた剣を引き抜き、俺に向かって捧げる。


「……こころに、平和が取り戻されてから以降、僕は剣を振るう理由を見失っていた。……正直、このまま二度と剣なんて振るいたくないって、そう思ってた。……でも、僕がこの戦争を終わらせられるというなら……この剣、レイジ、君に預ける。そして、これから先、生涯をかけて、僕は君の為に剣を振るおう」


誓いを立てる様にそういうアレックス。

そんなアレックスに俺は。


「いや、いらん」


申し出をすげなく断った。


「……え?」

「戦いたくないなら戦わなくていいって言ったろ。『平和』ってのはそういうことだ。お前みたいなヤツが、戦わなくてもいいようにする為に俺は旅してるんだぞ」

「あ、いや、まぁ……そうだけど……」

「はぁ……お主の為に戦いたいと言っておるのじゃから、好きにさせればよかろ」

「……アリス」


背後から掛けられた声に振り返ると、アリスが部屋の扉に背を預け、呆れたようにこちらを見ていた。


「勇者は戦いたくてしかたないみたいじゃからの」

「いや、僕は……。僕に、出来ること……それが、剣を振るうこと、それだけだから」

「ふん。たしかに貴様に出来ることなんぞ棒きれを振り回して人に迷惑をかけることくらいじゃろうな」

「……アリス、アレックスに妙に厳しくないか?」

「前から言っておるじゃろ。わしはこいつが気に食わんのじゃ。……それに、レイジからもらった服も焦がしたし……」

「ん?」

「なんでもないのじゃ!!」


ぷい、とそっぽをむくアリス。


「……そう。ブラッドシュタインフェルトの言う通りだ……僕が剣を振るっても……誰かの迷惑にしかならないのなら……」

「……はぁ。アレックスはアレックスで真面目過ぎるだろ……。分かった! アレックスは何かしたくて居ても立っても居られない、と」

「……あぁ。それでも、僕は君の為になにかがしたい……」

「俺の為っていうなら……とりあえずは、そうだな。渓谷で控えてる兵達をエノムまで下がらせてくれ」

「あぁ。もちろん」

「その後は……アレックスに任せるよ」

「その後?」

「……レイリィが、クーデターを起こすらしい」

「そう、か……そうだよね。彼女は……人王をそのままには出来ないだろうね……」


俯いて、アレックスが拳を握りしめる。

なにへの怒りか。彼の拳は小さく震えていた。


「レイジはどうするのじゃ?」

「とりあえず……ザインへ向かうよ。レイリィに会っておきたい」

「ふむ。……クーデターに肩入れするのじゃ?」

「……分からない」


クーデターとなれば、アリスと人類軍の戦いの様に死者を出さない、というのは難しいだろう。

俺は、人殺しに加担するのか。

……覚悟は、まだ定まらない。


でも、レイリィには会っておかないといけない気がする。

でないと、後悔する。

なんとなくの予感でしかないが、俺はそう確信していた。


「……分かった。僕も一度エノムに戻って、レイリィのクーデータに協力する」

「は!?」

「……必要なことだと、そう思うんだ。僕にとっても」

「……ふむ。覇気もなくわしに向かって来ていた昨日までよりは……すこしはましな顔になったの、勇者」


アレックスの目に決意の炎が灯る。

彼の中で、何かが変わったらしい。

その瞳に、迷いはない。


……それなら、俺も。


「……俺も、覚悟を決めないとな……」


そう呟いて、俺はアリスと共に、アレックスの部屋をあとにした。

本日はここまでになります。

申し訳ありませんが、明日も一日お休みをいただいて、20日に一話投稿になります。


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