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04 勇者アレックス


 そこは、深い深い森だった。


 決して、人の住む場所ではない。ならば、そこに棲むのはいかなる存在か。

 木々は高く、空を覆い隠している。


 むせ返るほど濃い緑の香り。土は踏みつけるたびに水音を鳴らすほど湿り、それはこの場に日光すら満足に届かぬことの証左であった。


 一度入れば出ては来れぬ。入れば鬼に食われるのだと。森の外の人間たちはそう言った。


 ――――常夜の森。そう呼ばれる森に今、2人の人間が居た。

 決して楽とは言えぬ行軍の筈。しかし、二人の足取りはまるでピクニックでもしているかのように軽かった。


 魔導姫レイリィ、そして、勇者アレックス。

 魔王すら討ち果たし、人間族には並び立つ者はいないと呼ばれる――人類最強の5人のパーティ。

 

 そのうち二人だった。


「どうだい、レイリィ? 見つかりそうかい?」


 レイリィと呼ばれた少女が片目を瞑り、指で円を作って遠くを見ている。

 深紅のドレス。腰まで伸びた黒髪を高い位置で二つに結び、青いリボンで結っている。

 遠くを見つめる瞳は黄金に輝き、その内側ですさまじい魔力が渦巻いている事が見て取れた。


「んん……魔力の乱れはなんとなく見える……んだけど、視えないわね」

「ははは……ごめん、僕にはなにを言ってるのかさっぱり」


 ――年のころは17,8歳ほどか。

 あどけなさの残る顔には少年らしいやさしさがにじんでいる。

 金髪青眼、薄く白銀に輝く軽鎧ライトプレートに身を包み、同じように白銀に輝く剣を腰に下げている。

 

 ――勇者アレックス――見るものに神々しさすら感じさせる少年はそう言って、苦笑しながら肩を竦めた。


「アンタだって多少は魔法が使えるんだから手伝いなさいよ! 魔力の乱れを探すの!」

「すまないけど、僕の魔法は戦闘にしか役に立たないんだ。君だって知っているだろ?」


 そう言いながら、少年は飛び掛かってきた狼のような獣を、一瞥すらくれずに手刀で両断した。


「この辺りの獣、魔物でもないのに随分と高い魔力を持ってるわね……」


 少女レイリィも、そんなアレックスの行動に慣れっこなのか、そちらをちらりとも見ずにそういった。


「うん。だからか知らないけれど、ずいぶんと命知らずというか……」

 

 もう一匹、二匹、三匹、三方向から獣が飛び出してくる。

 一息で三匹の獣を手刀で斬り捨てると、アレックスは再び苦笑いを浮かべた。


「相当飢えていると見える」


 ピッ、と腕に付いた血を払い、地面に手を付けるアレックス。


「ちょっとキリがないから、この辺り一掃するよ」

「えっ! えっ! ちょ、ちょっとまって今障壁を……!」

「大丈夫、ちゃんと識別するから――……『ホーリィノヴァ』」


アレックスがそうつぶやくと、瞬間、半径500メートルほどの範囲が文字通り『吹き飛んだ』。


「ぎゃぁッ!?」


カエルのつぶれたような悲鳴を上げ、レイリィがひっくり返る。


「何が大丈夫よ! もう! ダメージはもらわなくてもきっちり物理現象の影響は受けるんだから、こんなに近くでそんなバカみたいな魔法ぶっ放さないでくれる!?」

「ご、ごめん……でもこれであたりの獣は全滅したはずだよ」

「いや、獣どころか木も吹っ飛んでるから。更地になってるわよこの辺全部」


 レィリィの言う通り、アレックスが手をついていたところを中心にして、辺り一帯がクレーターのように抉れていた。


「はぁ……勇者様は意外とやることが過激ですことね……」

「わ、悪かったって……」


 よっこいしょ、と立ち上がると、レイリィがドレスに付いた土埃を払う。

 再び遠くを見ると、んー、と顎に手を当てて唸り始めた。


「今のでだいぶ見晴らしよくなったわね……でも、やっぱり見えない」

「……なるほどそうか! この森を全部吹き飛ばせば……」

「馬鹿なの?」

「……すまない」


 レイリィに睨まれて、アレックスが縮こまる。


「ちゃんと見つけるから。それは最後の手段」

「最終的には許可してくれるのか……」

「どうしようもなければね。……とりあえず、今日はこの辺りで野営にしましょ。ちょっと『遠見』を使い過ぎてつかれた。今日はもう無理」

「レイリィの魔力なら常に『遠見』してたって問題ないんじゃないのかい?」

「魔力的には問題ないけど、普通に目が疲れたの! 休むわよ! はい! 野営の準備!」

「あ、あぁ、うん、わかったよ……」


 アレックスが渋々と野営の準備を始める。

 焚火を起こし、レイリィが水魔法で作った水を使って食事の準備を始める。


「レイリィも野営の準備くらい出来るようになったほうが……」

「うるさいわね……そういうのはなんとなく苦手なの……」


 レイリィがそう言いかけ、ハッと顔を上げ、遠くを見た。


「……レイリィ」

「うん。気づいた、あそこ……」


 アレックスも同じ方角を見つめ、先ほどまでの柔和な表情からは想像もつかないほど厳しい表情を作る。


「見つけたわ。――吸血鬼の城」


 いうや否や、二人はそちらの方角――天から伸びる光の柱に向かって駆け出した。


――――――


「さっきの光の柱は……?」


 風のように駆けながら、アレックスがレイリィの問いかける。


「分からない、けど、多分っ……なにかの、召喚術が……っ! 早いわよアレックス!」


 息も絶え絶えに叫ぶレイリィ。


「ごめん、でも急がないと多分また見えなくなる」

「そう、だけ、どっ! もうっ! 勇者の、身体能力、で……ひゃっ!?」


 アレックスがレイリィを抱え上げる。驚き悲鳴を上げるレイリィ。


「こっちのほうが早いね」

「はぁ……びっくりするじゃない。まぁ、ラクチンだしいいけど」

「ごめん。さぁ、もっと飛ばすよ」


 そう言うと、アレックスが纏う魔力の密度が上がる。

 足に力を籠めると、地面にクレーターを残し、高く跳び上がった。


「……ずいぶんと遠いな。僕ら、見当違いの方向を探してたみたいだ」

「あんなでかい城を、私の魔力感知に引っかからないほど巧妙に隠蔽できるって、城の吸血鬼ってどれだけバケモノなワケ?」


 眺める方角には漆黒の城。

 紅い月を背負い、不気味に佇んでいる。

 光の柱は既に消えていたが、その黒々とした姿は二人の双眸にしっかりと捉えられていた。


――――――


「……さて、と」


 城門に音もなく降り立つアレックス。

 右腕は既に腰に下げている剣の柄に油断なく添えられている。


「どうする? 私の魔法で吹き飛ばす?」

「……いや、いつでも魔法を撃てるように構えていて。門は――」


 ――キン、と鍔鳴りが静かに響く。


 一瞬遅れて、城門が切り裂かれ、ガラガラと音を立てて崩れた。


「――こうする」


 二コリとほほ笑んでレイリィを振り返るアレックス。


「……魔法で吹き飛ばすのと何か違うわけ? これ」


 冷めた目でアレックスを見返すレイリィ。


「ま、結果は同じよね。……行くわよ」

「……いや、こっちから行く必要はなさそうだ。下がって、レイリィ」

「え?」


 アレックスが表情を引き締める。


 見つめる先には――この城の主、吸血鬼アリシアが、二人を見下ろすように立っていた。

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