34 VS ガラハド・ギャレンブリク1
それから幾日か。
俺たちはようやくエノールの街に到着した。
「……随分懐かしいな」
「来たことが、あるのですか?」
「あぁ。森からエノムに行く途中で寄ったんだよ」
エノムとは比べるべくもない貧相な外壁に囲われた小さな街。
俺がこの世界に来て、初めて訪れた街だ。
あの時は、アリスと二人だったっけ……。
二人で食事をしながら見た夕焼けを思いだす。
その街の周囲に、兵士たちが配置されている。
歩哨だろうか、三人一組のグループが、目視出来るだけで、15……。
「見張り……まあ、居るよな……」
「私は、ともかく、レイジ殿は目立ちますから、こっそりは……」
「え、俺って目立つの?」
「魔力が、駄々洩れですから」
「あ……そういう……」
ひっこめる手段があるなら教えて欲しい。
「正面突破か?」
「えぇ、まぁ、今は、すんなり入れては、貰えないでしょうね」
「走り抜ければ、なんとかなるか?」
「恐らく」
「よし、じゃあ行くか」
「はい」
セシリアが頷く。
魔力を込めて、二人同時に地を蹴った。
「ん? なんだあれは?」
「人、か……? 凄い速度だぞ!? おい、そこの、とまれ!」
街に駆ける俺たちをみとめて、兵士たちが武器を抜く。
「ふっ……!」
セシリアが加速する。
俺の横を抜けて、兵士3人に肉薄する。
た、たんっ、とセシリアがステップを踏む音。
同時に3人の兵士が崩れ落ちた。
「お、おい!? どうした!?」
崩れ落ちた兵士たちを見つけた別の組が走り寄ってくる。
その3人に向かって、走る。
(手加減……手加減……!)
腰の剣に手を掛ける兵士達。
俺の速度に対応できていない。
身体を沈ませて、兵士の横に滑り込み、身を翻す。
「なっ、あ、ど、どこに!?」
俺の姿を見失った兵士が腰に手を伸ばしたまま膠着する。
対応が遅い……!
首筋に優しく手刀を当てる。
とんっ、と触れるだけの手刀だが、兵士の意識を刈り取るには十分だった。
兵士が膝から崩れ落ちる。
……殺してない、よな……?
混乱しているもう二人にも手刀を当てて昏倒させた。
呼吸をしていることを確認して一安心する。
その間にセシリアが駆け寄ってきたもう1組を無力化していた。
アイコンタクト、頷きあって街に向かって走る。
外壁をひとっとびで飛び越え、街の中に侵入した。
着地して、周囲を見渡す。
いささか物々しい雰囲気はあるが、以前来た時の街の様子と変わらない。
「レイジ、どの、こちら、です」
「あぁ!」
外壁を飛び越えて来た俺とセシリアを驚きの表情で見つめる街の人々を無視して、街のはずれに向かって駆け出す。
走ること5分。
こじんまりとした長屋のような建物が視界に入る。
周囲を、白銀の鎧を着た、先ほどの兵士達とは一線を画した雰囲気を持った兵士たちが固めている。
数は30人程度か。
「近衛騎士団……」
「近衛騎士!?」
「王都のエリート騎士達です! そのほとんどが、ここに……」
「強いってことだな!?」
「それなり、に……ッ!」
風を切る音が俺の耳に届く。
周囲を固める騎士達が俺たちをみとめるや否や、弓を放ってきた。
対応が早い。
腕に嵌めた籠手で、飛んでくる矢を弾く。
セシリアも即座に短剣を抜いて斬り捨てた。
籠手と矢じりがぶつかった部分が少し削れる。
聖力が籠められているらしい。生身では貰えない……!
「敵襲! 報告にあった二人組だ! 決して1人で当たるな! 囲んで複数人で戦え!」
リーダーらしき兵士が指示を飛ばす。
慌てた様子もなく、弓兵達が代わる代わる弓を放ち、その間隙を縫って剣を構えた騎士たちが俺たちを囲む。
セシリアと背を合わせ二人で構える。
「レイジ殿、ここは私が。早く、救出、しないと、人質が」
「あぁ、了解だ! 孤児院の中か!?」
「恐らく……!」
「よし、任せた! どけどけぇえ!」
飛び出して魔力を全身に通す。
飛んでくる矢を躱し、振り下ろされる剣をやはり躱す。
真正面の兵士の鎧の表面に掌底を軽く当てて、大きく吹き飛ばした。
飛ばされた兵士が、後ろの兵士に体ごとぶち当たり、包囲が乱れる。
乱れた包囲が一瞬で整い、それをカバーする矢が飛来した。
凄い練度だ。吹き飛ばされても叫び声一つ上げない。
修復された壁を再びこじ開けて、孤児院に向かって走る。
包囲を抜けると……。
「よォ! 坊主!」
そこには、白銀のフルプレートに身を包んだ巨漢が立っていた。
「団長殿!」
背後から、俺の背に向けて剣が振るわれる。
一瞥もせず、腕を振るうと、兵士の手に握られていた剣が大きく弾かれて遠くの地面に突き刺さった。
「あー、やめとけやめとけ。お前らが束になってかかってもこの坊主にゃ勝てねぇよ。セシリアの足止めでもしとけ」
「し、しかし……!」
「あァ!? 俺を誰だと思っていやがる! こんなガキに後れを取る王都近衛騎士団団長、ガラハド・ギャレンブリク様だと思うかァ!?」
ガラハドの怒声が空気を振るわせる。
魔力の籠められた怒声が、兵達の体をその場に押しとどめる。
「し、失礼しました!」
叱咤された兵は、踵を返し、剣を拾い上げると、今尚包囲の中心で大立ち回りを続けるセシリアに駆け寄っていった。
「すまねぇな、坊主。実力の差が分からねぇ未熟者ばっかりでよぉ。手は出させねぇ。サシでやろうぜ」
背中からその巨体をもって尚巨大な戦斧を抜いて、ガラハドが構える。
白銀の魔力が斧から放たる。……聖武器だ。
背後の戦闘音が遠のいていく感覚。
目の前の敵に集中する。
「ま、俺でもお前さんを止められるかは……微妙なところだがなァ……。……あァ、安心していいぜ。孤児院の人間を移動したり、盾にしたり、危害を加えたりしないと確約する」
「……なんだって?」
「俺の後ろを心配そうにチラチラ見ながら戦われてもナンだからな。それと、俺を倒せば人質は解放するぜ。それも約束する」
「……それでいいのか近衛騎士団長……」
「ガハハハ! まァ、俺の目的はお前さんか……アレックスと戦うことだからな。ここに来たのがアレックスじゃなくてお前さんだったのは……それなりに意外だったけどな」
「どうして、貴方みたいな人が、こんな戦いに加担するんだ……?」
「あァ? あー、そうだな。ま、さっきも言ったけどよ、アレックスかお前さんが人質の救出に来るだろうから、それと戦いたかったってのがひとつ。……もう一つは……俺に勝ったら教えてやるよ」
ガラハドが頭上で戦斧をぐるりと回転させた。
そして振り下ろす。
ビタリ、と地面スレスレで斧が止まった。
「……ヘイムガルド王国、近衛騎士団団長、ガラハド・ギャレンブリク」
「……聖人、キリバ・レイジ」
「ククッ、推して、行くぜェ!!」
「……行くぞォ!」
同時に吼え、地を蹴る。
空間そのものを引き裂くような凄まじい速度と膂力で、戦斧が振るわれる。
横合いから迫る力の塊。
距離を置くようにバックステップ。
躱したが、ぎりぎりだった。
思った以上にレンジが長い。
「ハッ!」
即座に踏み込まれ、突きを放つガラハド。
これも凄まじい速度。
俺の動体視力を以てしても、ほとんど見えない。
感覚だけで身を逸らし躱す。
突き出された斧の柄を掴み、引っ張る。
「んなッ!?」
「おいおい、すげぇ力だなァ! おい!」
全力で引っ張ったつもりだ。
だが、ガラハドの体は微動だにしない。
どころか、逆に引っ張られる……!
「そォら!」
戦斧ごと、俺の体が振り回される。
なんて馬鹿力だ。
ぐるぐると回る視界の中、咄嗟に手を離して、空中で身を捻る。
無理な体制で、空中からの蹴りをガラハドの頭めがけて振りぬく。
威力が乗らない。腕で防がれ、お返しとばかりに俺の腹に強烈な上段蹴りが叩き込まれた。
身体がくの字に折れて、息が詰まる。
吹き飛ばされた。
「がっ、は……!?」
地面をバウンドして、転がる。
即座に立ち上がり、構える。
ガラハドは追撃を選択。
大上段から戦斧が振り下ろされた。
地面を転がってスレスレで躱す。
叩きつけられた地面に大きくクレーターが出来て、石礫が俺の体を強かに打つ。
痛みを堪えて、飛び込みながらの前転でガラハドの懐に入る。
「ふッ……!」
その腹目掛けて起き上がりながらの掌底。
鎧をひしゃげさせながら俺の掌底が彼の腹に突き刺さった。
「ごォ!?」
次はガラハドが吹き飛ぶ番だ。
その巨体が大きく浮き上がる。
浮き上がり、隙だらけのその脇腹に、横合いから蹴りを叩き込んだ。
先ほどの俺の様に、地面をバウンドしながら吹き飛んでいくガラハド。
手ごたえはあった。
並の魔物なら、爆散しているであろう俺のコンビネーション。
だが、鎧がひしゃげただけで、ガラハドは何事もなかったかのように立ち上がった。
「あァ、くそ、痛ェな、おい」
「……今、結構本気で攻撃したんだけどな……頑丈すぎるだろ……」
「それだけが取り柄だからなァ……クク、しかし、思った通り強ェ強ェ……普通なら俺の本気の蹴り食らったら死ぬぜ?」
「実際死にかけたよ……内臓が幾つか潰された。人間なら致命傷だ」
「涼しい顔して言いやがる……さァて、仕切り直し、だぜェ!!」
戦斧を引きずるようにして駆けるガラハドに対し、俺は構えて待ち受ける。
振り上げられる戦斧を、身体をズラして躱すと、くるりと体を回転させ、肘撃ちを……
撃ち込もうとして、軸足に下段蹴りを入れられ、体勢を崩された。
片足だけで跳んで、ガラハドの太ももを足場にもう一度跳び上がり、顎に向かってサマーソルトキックを放つ。
スウェーバックで回避される。
大きく距離をとって、着地。
即座に踏み込む。
突き出される戦斧を、身を低くして躱す。
頭上スレスレを聖銀の塊が通り過ぎてゆく。
足元に滑り込んで、水面蹴り。咄嗟に飛びずさり、躱された。
追撃……!
さらに踏み込む。
戦斧の間合いの内側。ここなら振れない……!
ひしゃげた鎧目掛けて、左腕で掌底を放つ。
がん、と金属を打つ感覚。そして、ガラハドの体が開いた。
右腕を弓矢の様に引き絞り、その開いた体目掛けて掌底を――
放とうとして、悪寒を感じ、後ろに跳んだ。
「ち……」
胸を薄く切り裂かれる感覚。
戦斧を手放し、剣を振りぬいた体勢のガラハドが、小さく舌打ちした。
「剣も使えるのかよ……」
「ハハ……一応奥の手だったんだけどなァ……躱されるとは思わなんだ」
鞘に剣を戻し、戦斧を拾い上げて構え直すガラハド。
「……しゃぁねえ、使うか。死んでも恨むなよォ、小僧」
「なにを……!?」
言うや否や、ガラハドの全身から魔力が溢れるのを感じる。
赤いオーラのようなものが立ち昇り、彼の存在感が増してゆく。
「……ぐ……!?」
アリスのソレの様に、その魔力が物理的プレッシャーとなって、俺の体をその場に縫い付けた。
対抗して、俺も体に魔力を通す。
何やらヤバい雰囲気だ。
さっきまでの様に、魔力なしで戦っていたら、本当に死にかねない。
「……おいおい、坊主。さっきまで魔力使ってなかったのかよ、おい」
「……ああ。俺はあんたを殺しに来たわけじゃないからな……」
「……手加減されてたってワケかよ……はは。まぁ、魔力を使ったってことは、こっからは本気で戦ってくれるってわけだな」
「あぁ……ちょっとヤバそうだ」
話している間も、はち切れんばかりの魔力がガラハドの体に集まっていくのを感じている。
……迷宮の白騎士か、それ以上の存在感が、今のガラハドにはあった。
「クク……嬉しいねぇ……じゃあ、行くぜェ! 『狂暴化』!!」
そして、ガラハドが『スキル』を発動した。
本日はここまでになります。
次回も明日20時に更新になります!
気に入っていただけましたら、ブックマークや評価、お待ちしております!