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29 戦況確認

「ちょっと待て! 今なんて言った!?」


ヘリムの肩を掴んで、がくがくと揺さぶる。


「で、でで、ですから、勇者が攻めてきた、と」


がくがくと揺さぶられながら、ヘリムがもう一度そう言った。


「そんなはずないだろ! アレックスだぞ!? そんな、あいつ、あんなに後悔してたのに!」


エノムで見たアレックスの様子を思い出す。

平和の心を取り戻して、今まで自分がしてきたことをあれだけ後悔し、憔悴していた彼が、何故他国に攻め込むなんて真似するんだ!?


「何かの間違いだろ!? それか、勇者って勇者アレックスじゃないんだろ。また別の勇者で……」

「いえ、間違いありません。勇者アレックスです……姿を見たものもいますし……そもそも、あんな化け物がそう何人いてもらっても困りますよ……」


毅然と、ヘリムが俺にそう言った。

ずれた銃の肩紐を、しっかりと肩にかけ直し、ロックに向き直る。


「人間軍は、ロックガルド渓谷を抜け、真っ直ぐにここに向かっています」

「あん……? ここ? 王都でなく、ここって言ったか?」

「はい。間違いありません。人間軍の目標は、王都でなく、迷宮都市ここです」

「……つーっと、つまり、迷宮が目的ってワケだな。……迷宮を手に入れるつもりか」


ロックがそう呟く。

そして、その言葉に、何かを、感じる。

なんだ、思い出せ。

この違和感はなんだ。

いつか、どこかで、確かに感じた違和感だ。


「……あ」


――……でも、魔王もそのうち生まれるはずよ。だから、魔王の迷宮はいま人王ヘイムガルドが管理しているわ。


そうだ。

あの時だ。


人の迷宮に入る前。

エノムで、レイリィに迷宮について聞いていたとき。


そう、確かにレイリィは「魔王の迷宮は、ヘイムガルドが管理している」と言っていた。


何故だ?


この世界に、おいて、理由のある戦争なんてないはずだ。

なのに、どうして魔族の迷宮をヘイムガルドが管理するなんていう結果になる?


だってそれは、明確な侵攻だ。

領地や資源を切り取る、俺の知っている戦争だ(・・・・・・・・・)

意味のある闘争だ。


(それに……)


俺の中で、さらに疑問が渦巻く。

今思えば、おかしな事だらけだ。


どうして人王は、アリスを狙った……?

聞けばアリスは、20年前まで封印されていたそうだ。

そして、俺に会ったとき、「20年ぶりのニンゲン」と言った。

つまり、封印から開放され、俺に会うまで、人間と出会っていなかったことになる。


なのに、どうしてアリスを狙った?


――違う。アリスを狙ったんじゃない。


アリスは賢王だ。

つまり、あの襲撃は―ー


(アリスじゃなくて、賢王の迷宮を狙ったもの……。そのために、賢王アリスが邪魔だったんだ……!)


そして、最後にエノムを訪れたときのあの雰囲気……兵士が闊歩し、浮き足立ったあの空気は……。


(戦争の予兆だ……)


何故気づけなかった。

予兆ヒントは幾らでもあったのに。


「人王は……」

「ぁん? どうしたレイジ」

「人王は、俺と同じ……【根源たましい魔法】の才能を持っている……」


レイリィが知っていると言っていた、彼女以外の【根源魔法】の才能を持った1人。

つまり、彼女の父……人王、アラスター・ジゼル・ヘイムガルド。

彼は俺が人間族に『平和』の心を取り戻す前から、その意味を理解し……そして、理解していながら、戦争をしていたんだ。


恐らく、迷宮を手に入れるために。


自分の野望の為に。


「あん? どういうことだ?」

「……いや、いまさらそれが分かっても、だから何なんだって話だけどな」

「……おぉ?」

「それで、レイジ、どうするのじゃ?」

「どうするって……」


どうする……?

そうか。

俺はどうするのかって聞かれてるのか。


そんなの、当然、決まってる。


「戦争を止める」


止める。

当たり前だ。


「……どうやってなのじゃ?」

「先頭はアレックスなんだろ? アレックスなら話せば……」

「おぬしの知っているアレックスならば、そもそも戦争の旗頭になぞならぬじゃろ」

「……それも、そうだ。……いや、なにかあったに違いないんだ。あいつはそんなことするやつじゃない。それも含めて話せばきっと……」

「いいえ、侵攻は、止まり、ません」


しゅた、と音を立てずに俺の隣に誰かが降り立つ。

そして、その特徴的な言葉の切り方と存在感の無さが、俺に、その誰かが彼女だと確信させた。

振り返り、その名前を呼ぶ。


「セシリア!」

「はい。先ほど、ぶりです」


ぺこり、と頭を下げて、セシリアが現れた。


「お前さん……また無断越境か……」


やれやれ、とロックが首を振った。


「情報を、仕入れて、来ました。……想定よりも、だいぶ事態が進んでいます。急がないと、ヤバい、かも?」

「どういうことだ!?」


セシリアの肩を掴もうとして、するり、と避けられた。


「セクハラ、だめ、絶対」


め、と諭される。

そして、とりあえず落ち着け、と肩をたたかれた。

……そうだな、落ち着こう。


「説明、します、ので、まずは、どこか、落ち着けるところに」

「あ、ああ、そうだな……」


ロックを振り返る。


「まぁ人類軍も、すぐにここに到達はしねえだろ。お前さん、体を休めるべきだぜ、レイジ。迷宮から戻ったばかりなんだしよ」

「わしも同意見じゃ。レイジ、まずは落ち着いて体を休めるべきじゃ」

「……おにいちゃん」


アリスとミリィが左右から俺の服を掴む。


「そう、だな……わかった。ひとまず、今日は」

「あぁ。宿を用意するぜ。ダイモン、頼めるか?」

「はっ!」


ロックに言われ、返事をすると、走り出すダイモン。

……が、数歩走ったところでこちらを振り返る。


「レイジ」

「うん?」

「礼を言う。迷宮探索……その、勉強になったし……なんだ……結構、楽しかった」

「おう……」

「じゃあな!」


それだけ言い残して、駆けていくダイモンの後姿を見送った。


「ひとまず戦況や状況を聞きてぇ。ヘリムもこい」

「はっ。では、まず迷宮探索拠点に。レイジ殿も、いらっしゃいますか?」

「ああ。聞かせてくれ」

「では、そのように」


俺たちを先導して歩き始めるヘリム。

道中で、次々にドワーフたちから声をかけられるロックが手を挙げてそれに応える。

皆が皆重装で、肩には銃をかけていた。

その物々しい雰囲気を肌で感じ、戦争、なのだと、否応なしに俺はそれを認識する。


迷宮探索拠点に到着した。

一際大きな天幕の中には長いすとテーブルが設置され、その奥にはあれこれと書き加えられた地図が張られている。

ロックが一番奥に腰をかけると、周りのドワーフ達が一斉に起立した。


「いい、いい。座ってくれ。それより状況を頼む」

「は。人類軍本隊の数は6000。勇者アレックスを先頭に、それほど早くない速度で移動しております。その先遣隊が3日前、渓谷を突破。先遣隊の数は300ほどですが、先ほども申し上げたとおり、先頭が勇者なので、食い止めること叶わず……」

「あのバケモノ相手じゃしかたねぇよ。被害は?」

「先遣隊と接敵した部隊は3部隊です。

まず渓谷の防衛隊、人50、自動人形オートマタ350。

自動人形は全て破壊されましたが、人的被害は重症が30人。

命にかかわる怪我や、死亡者はゼロです。

次に、われわれが派遣した戦闘人形バトルドールが500。……全て勇者一人に壊滅させられました。

最後に、渓谷要塞の駐屯部隊、人300、戦闘人形バトルドール自動人形オートマタが合わせて1500。

敵部隊との乱戦になりましたが、やはり勇者を止められず……死者が100弱。

人形たちはほぼ壊滅です」

「……なるほどな」

「あちらの先遣隊にも、少なくない被害は出ていますが……やはり、勇者がどうしようもないですね……。先遣隊は既に渓谷を抜け、西の平原に陣を築いています。今はこちらも防備を進めるのに手一杯でして……申し訳ございません」

「いや、勇者相手じゃ仕方ねえ。しかし、平原に陣取られてるとなると、少し厄介だな……」

「えぇ……。平地戦になれば、向こうの6000の兵に我々は押しつぶされてしまうでしょうね……。最悪の場合、街の放棄も視野に入れるべきかと……」


参謀、なのだろうか。

メガネをかけた堅そうなドワーフが俯く。

正味、数を聞いただけではイマイチピンとこないが……どうやらアレックス一人が、まさに破竹の勢いでドワーフたちの軍を破っているらしい。

どうにかして止めないといけない。

そしてそれは……恐らく、俺の役目だ。


「ひとつ、いいか?」


挙手して、参謀に意見する。


「貴方は?」

「そいつは聖人レイジ。俺の捜索を請け負って、ここに連れ戻した奴だ。賓客として扱え」

「かしこまりました。……では、レイジ殿。なにか?」

「聞いていたけど、アレックスの勢いが問題なんだよな?」

「えぇ……口惜しいですが、我々ドワーフ族の持つ手札には、あの勇者アレックスを止める術がありません。

このままではすぐにこの街に肉薄されるでしょうね」

「なら、俺の出番だ。俺がアレックスを止める」

「貴方が……?」

「あぁ。……たぶん出来る」

「確かにな。レイジなら止められるだろう」


俺の意見に、ロックが同意を示す。

驚いたように目を開き、参謀が「そうですか」と呟いた。


「貴方に何とかできるというのであれば……そうですね、お任せしても……?」

「いや。勇者を止める仕事は、わしが引き受ける」

「え?」


それまで黙って話を聞いていたアリスが、唐突に声を上げる。

それも、予想外も甚だしい内容で。


「ちょ、ちょっとまてよ、アリス! アレックスは俺が……」

「レイジには他にやることがあるのじゃ。じゃろ? 隠密」


そう言って、端で腕を組んで下を向いているセシリアに水を向けるアリス。

セシリアは、ゆっくりと顔を上げて、小さく、しかし、しっかりと頷く。


「はい。レイジ殿、には、エノールに、行って、いただきます」

「エノール? エノールって、エノムの北にある街だろ? なんでそんなところに……?」

「アレックスが、今回の戦争に、加担した、理由が、そこにあるからです」

「理由……? どういうことだ?」

「レイジ。覚えておらぬか? エノールには、ヤツの実家があるのじゃ」

「実家って……孤児院のことか? 孤児院と戦争になんの関係が……」


言いかけて、ハッと気づく。


「……人質、か」


胸糞の悪い考えが頭に浮かび、口をついて出る。

小さな俺の呟きに、セシリアが肯定の頷きを返す。


「その、通りです。レイジ殿には、人質の救出を、お願いしたく」

「俺じゃなきゃだめなのか? セシリアならさっと行って救出してこれるんじゃ……?」

「申し訳、ありません……私には、無理です」


珍しく口惜しそうな表情を浮かべ、セシリアが頭を下げる。


「孤児院の守備に、ガラハドが、着いています。彼には、私では、敵わない」


ガラハド……。

あの人の良さそうな大男が、人質などという卑劣な手段に加担しているというのか。

俺の持っている彼のイメージとは、大分違うが……。


「……わかった」


逡巡し、頷く。

釈然としないが、セシリアが言うなら確かなのだろう。

ガラハドが守備に着いていることも、彼にセシリアが敵わないということも。

そして、俺ならば、彼をなんとか出来るということも。


「俺はエノールに行って、アレックスの家族を救う。その間、人類軍の足止めを、アリスが引き受ける……それでいいか?」

「私共としては、願ってもいないことですが……」


参謀が、そう言ってアリスを見る。

信じてもいいのかどうか測りかねている様子だ。


「ふん。そんなに疑わずともよい。わし個人としても勇者には灸のひとつでも据えてやらねば収まりがつかんのじゃ。個人的にの」


目を細め、アリスが呟く。

その声色には、少なくない怒りが込められている。


「アリス……頼むから殺したりはするなよ……」

「レイジの戻りが遅ければ、約束はできぬ」

「……なるはやで帰るよ」

「お兄ちゃん」

「ミリィ?」


ミリィが俺の手を握り、その大きな瞳に毅然とした光を携えて、俺を見上げる。


「アレックスさんの家族。救ってあげて」

「ミリィ……。あぁ。勿論だ。……ロック」

「ぁん?」

「俺とアリスが出ている間、ミリィを頼む」

「あぁ。任せときな。賓客として扱わせてもらうぜ」

「ありがとう。……セシリア」

「はい」

「いこう。時間が惜しい」

「……休憩は、いいの、ですか?」

「ああ。伊達に不死身の体じゃないぜ」

「わかり、ました」

「アリス」

「なんじゃ?」

「頼んだ」

「……うむ。任せるのじゃ。早く戻ってくるのじゃ」


アリスが頷くのを確認して、俺とセシリアは天幕を出る。

そして、どちらからともなく、魔力を纏い、全力で走り出した。

エノールに向かって。

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