28 勇者の理由
――時間は少し戻り、約一ヶ月前。レイジ達が機械の迷宮に入ってすぐ。
ヘイムガルド王国、首都ヘイムガルド。
王宮、玉座の間。
「……いま、なんて……?」
僕は驚き、顔を上げる。
目の前には幾人かの軍事を司る高官たち。
みな一様に僕から顔を背け、関わり合いになりたくないと目が語っている。
「軍を預ける。ヘイムガルド正規軍から6000の兵だ。それでアイゼンガルドを落とせ」
「落とせ……? つまり、僕に、また戦争をしろと仰られるんですか!? どうして!?」
「二度は言わぬぞ、勇者アレックス。……貴様まで『平和』などという毒に犯されたか。嘆かわしい」
王がため息を吐く。
心底失望したようなそのため息に、僕の身が竦む。
……昔からそうだ。
この王に失望されるのが、僕は怖い。
小さなころ、この王に拾われて、僕は勇者という生き方を教えてもらった。
その恩がある。役に立たねばという義務感もある。
けれど……今は違う。
僕は前のように、意味のない殺戮をしろと言われて、頷くことは出来ない。
「……お断りします」
目だけを上げ、王を見る。
王の表情は変わらない。
僕が断ることも織り込み済みだったのか……?
「……断ると? そういったのか。勇者アレックス」
「はい。お断りします。……僕たち人類に取り戻された『平和』の心。それは、決して粗末に扱っていいものではない」
あの日、エノムで見た彼女の瞳を思い出す。
真っ直ぐな瞳だった。
親の敵を目の前にして、消して揺らぐことのない、意思を感じるその瞳。
――『平和』の意味はわからない。けれど、自分の感じるこの感情が『平和』だというのなら、それを汚すことは絶対にしない。
そして、彼女の言葉を思い出す。
――ミリアルドの想い。そして、レイジの行い。無意味にだけは、してくれるな。
ひとり、小さく頷く。
そうだ。彼らの行いを、無駄にはしない。
絶対に。
僕は贖罪しなければならない。
罪を購わなければならない。
これまでの罪を。業を。
だから、たとえ王命だろうと、僕は逆らう。
僕は、もう二度と、あんな悲しみを生み出さない為に――
「そうか……残念だ。アレックス。時に、貴様は猫を飼っているそうだな?」
「……猫……? いえ、猫は……」
言いかけてハッとする。
こんなタイミング、こんな場所でそんな言葉通りのことを王が言うはずがない。
つまり……。
僕の脳内に、孤児院の弟たち、妹たちの顔がよぎる。
「……脅す、おつもりですか……」
自分でも驚くほど、怒りに震えた声だった。
低く響くその声には、幾らか魔力が篭ってしまったらしい。
高官たちが小さく悲鳴を上げる。
「何の話かわからぬな」
「貴方は……ッ!」
腰の剣に、思わず手が伸びる。
「……ッ」
奥歯をかみ締めて、怒りを堪える。
今ここで王を斬るのは容易い。
だが……そうしても、おそらく弟たちは殺されるだろう。
……ならば、僕に出来ることは……ただ、一つ……。
(命令を……きくしか、ないのか……!)
拳を握り締める。
爪が手のひらに深く突き刺さり、出血する。
「……わかり、ました……」
「何がわかったのだ?」
尊大な王の言葉。
その表情と声色には、どこか笑みさえ滲んでいる。
「軍を、預かり……アイゼンガルドを……攻めます……」
「ほう? 随分な心変わりだな、勇者アレックスよ。だが、命令したのは己だ。その心変わり、喜ぶのが正しいのだろうな?」
クク、と喉の奥で嗤う王。
よくも、ぬけぬけと……。
どす黒い感情が、僕の胸の中で渦巻く。
必死でその感情を押し殺して、再び頭を垂れた。
「一つだけ……お聞かせください」
「何だ? 一つと言わず、幾らでも聞くがよい」
「……王とて、『平和』の意味はお分かりでしょう。……何故、戦争などと」
「『平和』……『平和』なぁ。おぉ、わかるともアレックス。わかるさ。だがな。わかったところで、それがどうした? 『平和』が、戦争をせぬ理由になるのか?」
そう、王はこともなげに言ってのけた。
ああ、そうか、と納得する。
剣を抜きたくなる衝動を必死で押さえ込み、僕は立ち上がった。
そして、言う。
「……ならば、迷宮さえ押さえれば、それでいいのでしょう? ……なるべく、人死には出したくない」
「フフ……フフフハハハハハッ! 分かっておるではないか! いいだろう。貴様の聡明さに免じて、迷宮の確保だけで構わぬ。好きにせい」
王が手を振り、「行け」と言外に言う。
礼をし、王座の間を後にした。
王宮の廊下を歩きながら、僕は歯を噛む。
強く、強く、拳を握り締める。
(すまない、レイジ……すまない、ブラッドシュタインフェルト……すまない、ミリアルド……!)
心の中で、彼らに謝罪する。
そして、懇願する。
(今は、アイゼンガルドにいるんだろう……? だったら……頼む……君たちが、僕を、止めてくれ)
そうしなければ、この戦争は止まらない。
もう、僕にも、止められない。
自死もきっと許されない。
孤児院の子供たちは皆殺しにされるだろう。
だが、僕以外の誰かが僕を止めれば……。
王宮を出る。
騎士たちが駆け寄ってきた。
魔人領に行ったときも、着いてきてくれた人たちだ。
幾人かは顔も名前も覚えている。
「勇者殿! 今回は、その……アイゼンガルド攻め……ですか」
「勇者殿……その、自分は……正直、あまり……」
皆の表情は一様に暗い。
……当然だ。前回と違って、僕たちには『平和』の意味が分かる。
意味のない殺戮なんてごめんだと、そう考えることが出来る。
ならば、何故戦わねばならぬのか。
……それは、きっと……。
アイゼンガルドの方向を見る。
そこにいる彼を想って。
(レイジ……きっと、君なら……)
僕を、殺してくれるだろう……?
昏い想いを抱えて、僕は歩き出した。
エノムへと。
理由のある戦争を、始めるために。
短め&レイジ視点でないので、今日は、1時間後にもう一話投稿します。