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27 最奥

機械の迷宮、最奥。


階段を降りると、そこは岩をくり抜いたような暗い洞窟になっていた。

円形に空間が広がっており、中心には鈍く発光する正方形の箱が浮いている。


「ここが最奥……?」


首を巡らせ、空間を見回すダイモン。


「んで、アレが『無限物質エタニティマター』ってヤツか?」


その隣で、浮遊している箱を眺めて言うのはロック。


「ああ、そうだ」


二人に答えて、一歩前に出る。

階段の辺りに、セシリアが警戒しながら立っている。

殿を務めてくれるらしい。両手は油断なく腰の後ろに差さっている二本の短剣に添えられている。

以前の経験からして、ここに何かが出てくることは無いが、彼女の性分だろうか、ずっと警戒は怠らない。


「レイジ」


一歩前に出た俺に追随して、アリスも一歩踏み出す。

俺を見上げ、俺の手に、その小さな手を添えるアリス。

金の瞳が気遣わしげに揺れている。

しっかりと、その瞳を見つめ返して、頷いた。


「大丈夫だ」


一度だけ、添えられた手に力が入り握られて、アリスが一歩下がる。

小さい頷きが返される。

アリスの視線に見送られ、俺はさらに前に出た。


目の前に浮遊する正方形の箱。

魔力でも聖力でもない何かの力を感じる。

一度だけ目を瞑り、気合を入れる。


「いくぞ……」


誰に言い聞かせるでもなく呟いて、箱に手を伸ばした。

指先が、触れる――



――瞬間、脳みそに叩きつけられる、情報、そして、憎悪の渦。


意味を成さぬうめき声が口から漏れ出す。

心が黒い感情に染め上げられる感覚。


――――殺せ、殺せ、殺せ。


脳内に響く、誰かの声。

唇を噛み切るほどに噛みしめ、その声に抗う。


――――俺は、殺さない。戦わない。


作られた悪意(そんなもの)には屈しない。


憎悪の渦をかき分けて、さらに深く、深く、隠された場所に潜るイメージ。


次に現れるのは――


――――なぜ、どうして。


疑問。

なぜ戦わねばならぬ。

なぜ殺さねばならぬ。

理由なき闘争に巻き込まれ殺された人々の、魂の叫び。


死して尚、なぜ争うのか、殺しあうのか理解できず、疑問だけが渦巻いている。


その疑問の渦を超えて、さらに深く。

隠されるように、ひっそりと。


そこに『願い』があった。


――「」を。

――「」が。

――「」に。


そう、ここにある。

俺が取り戻すべきもの。

皆が当たり前に持っているべきはずのもの。


その切ない迄の渇望に、指先を伸ばし――


(取り戻せ……これが)


――人々の心に、『平和』を、書き加えた。



「――っは……」


情報端末コンソール』から指を離し、圧迫感から解き放たれて息を吐く。

ふらつく頭を手で押さえ、ふらふらと後ろに下がった。

そして、尻もちをつく。


「……おわ、った……」


疲労が俺の体を苛む。

手足ががくがくと震える。

……二度目だけど、あの悪意の奔流には、慣れない。

これから先も、慣れることはきっとないだろう。


「レイジ、終わったのじゃ?」

「あぁ……終わったよ。……どうだ? 二人とも」


座り込んだまま後ろを振り返り、俺を見守っていたロックとダイモンを見上げる。


「え、あ……?」

「お、おう……?」


ぼーっと虚空を見つめていた二人の視点が徐々に合い……。


「……なる、ほど」


頭痛をこらえる様に頭を押さえながら、ダイモンが呟いた。


「あぁ……解るぜ。なるほどな……」


ロックも同じように頭を押さえて呟く。


「『平和』の意味……解るな?」

「あぁ、解る……」

「分かっちまえば……むしろどうしてこんなこと、俺たちは忘れていたのかってほど……」

「えぇ……単純な……なんて、当たり前のこと……」


頷きあうドワーフ二人。

穏やかな声色に、俺は書き換えの成功を確信した。



――――――



俺が立ち上がれるようになるまで、30分ほどの休憩を入れた。

その間ミリィがずっと俺の横に座り込み、俺の頭を撫で続けていた。

……なんで頭を撫でるんだ……?


「ごめん、皆。もう大丈夫だ」


ミリィに礼を言って立ち上がる。

一度ミリィの頭を撫で返して、皆を見る。

各々が俺にねぎらいの言葉を掛けてくれる。微笑みを返して、部屋の奥に浮かぶ光球を見やる。


「帰ろう。地上に」


言って歩き始める。

ロックの捜索、竜との戦闘。そして白騎士との決闘。


疲れた。地上に帰って、ゆっくりとベッドで眠りたい。


重い体を引きずって歩き、俺は光球に触れた。



――――――



一瞬の浮遊感と閃光。

そして、地に足のつく感覚。

鼻を突く科学の香り。

そして、聞こえる喧噪。


地上に戻って来た。


「んー!」


戻った瞬間、アリスが伸びをする。


「魔力が戻ったのじゃ!」


ぐるぐると腕を回してアリスが喜ぶ。

魔力が無い感覚って、俺は機械の迷宮で初めて味わったけど、確かに体の自由がきかないっていうか……結構な倦怠感だったからな。

アリスが喜ぶのもなんとなくわかる。


「……ここは、アルトロックの森か……?」

「そのようです。大煙突が見えますね」


木々の隙間から見える大きな煙突を見上げて、ダイモンが頷いた。

どうやら迷宮都市アルトロックの傍の森に出たらしい。

森の濃い木々の香りに混じって、煙突から立ち昇る煙の、科学の匂いが鼻につく。


「くさいのじゃ……」

「くさいなの……」


二人はその匂いに顔をしかめているが。


「ここからなら一時間ほどで街に戻れる。レイジ……そうだな、お前には礼をしなきゃな。宴でも開かせてもらうぜ」


ロックが俺に笑顔を向けてそう言った。


「……いや、俺の自己満足みたいなものだし、礼は別に……」

「そうはいかねえよ。マシナーズハートも手に入ったしな。『平和』のことはともかく、そっちは俺も個人的に礼がしてえ。王都まで来てもらうぜ」


がし、と肩をつかまれる。


「あぁ。捜索依頼の件もあるしな。諦めて王都まで来い」


反対側からダイモンも肩をつかんでくる。


「……いや、まぁ……うん。じゃあ……解ったよ……」


マシナーズハートの件も手伝うって言ってしまったしな……おとなしく王都まで一緒しよう……。


「レイジ、どの」


諦めて頷いて、歩き始めようとしたその時、後ろからセシリアが声をかけて来た。


「ん、セシリア? あぁ、そうだ。セシリアにも礼を言わないとな……。助かった。ありがとな」

「いえ、任務、ですので。……それ、よりも」

「うん?」

「私は、迷宮に、潜っていた、間の、外の情報を、仕入れて、来ます、ので、ここで」

「あ、あぁ、そっか。分かったよ。ヘイムガルドに戻るのか?」

「そう、なると、思います」

「……そっか。その後はどうする?」

「……おそらくは……いえ、これは、私から、言うことでは、ない、ですね」


妙に含みのある物言いを残して、セシリアが俺たちに背を向ける。


「嬢ちゃん」


その背に、ロックが声をかけた。


「……?」


顔だけをこちらに向けて、セシリアが疑問符を返した。


「今回の無断の越境、及び迷宮への無断侵入。聖人レイジの迷宮踏破への助力によって全て不問とする。機王ロック・アイゼンの名に於いて、な」

「……」


こくり、と小さく頷くセシリア。

その瞳が、一瞬驚愕に見開かれたのを、俺は見逃さなかった。

……彼女が感情を表情に出すのは珍しい。


「……ヘイムガルド隠密。【黒闇の鷹】。次は歓迎するぜ。堂々と正面から入国してこい」

「……ありがたく」


身体を正面に向け、深く頭を下げるセシリア。

一瞬の逡巡の後「では」と小さく呟いて、セシリアが跳んでいずこかへと消えた。


「……【黒闇の鷹】ってなんだ……?」

「ヘイムガルドの伝説の隠密の名前だ……彼女が、そうだったのか……」


一連の会話を驚きと共に見守っていたダイモンがそう答えてくれた。


「……あいつ、そんな二つ名がついてたのか……」

「あ、あぁ……曰く、『どこにでもいて、どこにもいない』。あまりの隠密の精度で、誰も彼女を補足できないんだ……」


そんなすごかったのか、セシリア……。

彼女が去った方向に『遠見』を放つ。

凄まじい速度で移動する、微弱な魔力反応を捉えた。

……俺とアリスにしか補足できないって、話、あながち冗談ではないみたいだった。



セシリアを見送った俺たちは森を抜け、迷宮都市アルトロックに向かって歩き始める。


そして、一時間弱の時間をかけ、アルトロックの街に到着した。


「……なんでぇ? 妙に騒がしいな。戦闘人形バトルドールがどうしてこんなにいやがる?」


アルトロックの街門。

その付近に武器を持ち、鎧を着こんだ自動人形オートマタ達が整然と並んでいる。


「強力な魔物でも出たのでしょうか? 最近は間引きもなかなかできていなかったので……」

「おいおい、そのくらいしっかりやれよな、クレインの野郎。……どうだ、レイジ。魔物討伐請け負わねえか? 報酬は弾むぜ?」


かか、と笑い、俺の肩に手を置くロック。


「疲れてるから勘弁してくれよ……。まあ、どうしてもなら……ん?」


苦笑いしながら話していると、自動人形オートマタの群れをかき分けるようにして、小さな影がこちらに走り寄ってくるのをみとめた。


「王! ロック王!!」

「お? ヘリムじゃねえか。どうした血相変えて」

「レイジ殿! ダイモンも! 無事だったのですね!?」


駆け寄ってきたのは、迷宮に入る前、この街で別れたヘリムだった。

以前見た時よりも幾らか重装の鎧を身に着け、肩には銃が掛けられている。

なんというか、ずいぶんと物々しい。

強力な魔物が出たって話、あながちはずれでもないのかもしれない。


「では、迷宮は踏破されたのですね!?」

「おうよ。お前も感じただろ? 魂の変化をよぉ」

「え、えぇ……。先ほど、ずいぶん妙な感覚が……。いえ、今はそんな場合では!」

「おうおう。どうしやがった。戦闘人形バトルドールなんて引っ張り出してよ。ドラゴンでも出やがったか?」


わはは、と冗談にもならないようなことをのたまうロック。

……いや、冗談だよな……? そうそうドラゴンなんて出てこないよな……?


「ドラゴン……? いえ、違います! 場合によっては、もっとひどい……!」


焦りが声に混じっている。

どうしたんだ、尋常な様子ではないぞ。


「……なにがあった?」


それをロックも感じたのか、真面目な声色になり、ヘリムに尋ねる。

ヘリムは一度大きく息を吸って、そして吐き出す。


そして――


「人間が……ヘイムガルド王国が、我が国に宣戦布告! 勇者を旗頭にロックガルドの大滝を越境! 我が国に攻め込んできました!」


――そう、信じがたい情報を、俺たちにもたらした。

昨日はお休みして申し訳ありませんでした。

本日から毎日投稿を再開いたします。


二章もここからが本番。

楽しんでいただけるように邁進してまいりますので、よろしければ最後までお付き合いくださるとうれしいです!


明日も20時に一話更新、よろしくお願いいたします!

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