02 ファンタズマゴリアあれこれ2
説明回その2です。
――騒がしい夕食を終え、俺は再び図書室に戻ってきていた。
アリスは何を作ってもうまいうまいと言って食べるので、意外と食事を作るのは苦ではない。
寧ろ、俺の適当な料理で喜んでくれているので、作り甲斐があるくらいだ。
「よし、次は歴史書だな。えぇと……『ヘイムガルド建国記』……これはどうでもいいな。こっちは……『聖典』……? あぁ、聖書みたいなもんか……。これも知りたいこととは違う……と」
あれこれと本を検分しながら必要な情報を拾っていく。
「えぇっと、なになに……『ファンタズマゴリアを歩く』……?」
ガイドブック的な何かだった。
興味はあるが、今はいい。
(俺が求めてるのは年表的な何かなんだけどな……過去にも聖人が現れたことがあるってアリスが言っていたし、その辺りのことが調べられれば、俺のすべきこともわかるかもしれない)
……ん?
(いや、まて。……俺のすべきこと……?)
ファンタズマゴリアに来てからこっち、何も疑うことなくあの女神の言っていた「世界を救え」という言葉に従おうと考えていたが――
(――なんでそんな風に思うんだ? 縁も所縁もないこの世界を救う? せっかく命を拾ったのに……?)
別に、そんなことしなくても――例えば、普通に働いて普通にのんびりと生きていっても、かまわないんじゃないか? いや、そもそも、今こうして生きているんだ。元の世界に帰ることだって……。
(――まるで、何かに思考を誘導されてるみたいに――……ッ!?)
――――キィィィン――――
突然の耳鳴りと頭痛。
思考が乱れる。
(――あ、れ……?なに、を考えていたっけ……?)
頭がぼうっとする。
(えぇ、と……あぁ、そうだ、歴史年表を探していたんだっけ……)
目頭を指で揉むと、俺は本の検分に戻る。
――――――
暫く年表を探してみたが、特にそういったものは見つからなかった。
だが、民間伝承や、神話の類ならいくつか記述のある本を見つけた。
――曰く、この世界には7人の王と3柱の神が居るらしい。
居る、というのは、伝説上の存在ではなく、今現在も存在している、という意味だ。
称号のようなもの、だろうか。
7の王とはつまり――
人王――現在のヘイムガルドを治める、人族の王。
獣王――現在のガイゼンシルトを治める、亜人族の王。
法王――宗教国家リィン皇国の元首。
機王――アイゼンガルドを治めるドワーフの王。
龍王――絶海に浮かぶ孤島を治める、龍族の王。
魔王――魔人領を治める、魔族の王。
賢王――に関しては記載が少なく、よくわからなかった。
この7つが、時代に『必ず』存在する7王。
7王が欠けることは無いし、7が8になったりもしない。
そして3の神。
剣神、龍神、魔神――。
この3の神は7王と違い、空席の場合もあり、歴史に稀に登場するが、何をしているのかも不明。
ただし、それぞれ滅茶滅茶に強く、剣神は剣の一振りで山を断ち、龍神はそのブレスで地形を変え、魔神はその魔力で海を干上がらせるという。
(いや、誇張表現……だよね?)
この世界の生物の強さの基準がわからない以上、あながち誇張とも言えないのが怖い。
(……ん? あれ……? そういえば、7王は時代に必ず存在する、んだよな? ……じゃあ、魔王が討伐されたっていうのはおかしくないか……?)
もっと言えば、戦争に勝った人間側が魔人領を治める……ことになったりするんじゃないのか?
だとしたら、魔王の席は空席のままになる、ハズだ。
そうなるならば、本の記述と矛盾するが……。
(この辺はアリスに尋ねてみるか。物知りらしいし、何か知ってるかもしれない)
そう思い立つと、俺はまだ読んでいない本を抱えて、アリスの部屋に向かった。
「アリス、居るか?」
「なんなのじゃー?」
扉をノックして声をかけると、中からアリスの間延びした返事が聞こえた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「おお、入るが良いのじゃー」
「おう、じゃあ入る……ぞ!?」
ドアを開けて部屋に入ると、アリスが全裸でベッドに横になっていた。
「ぶっ!! なんて格好してるんだ!?」
「んん? なにがじゃ? ……おぉ! わしの体が気になるのか! ククッ、この助平め!」
「そりゃ気になるだろ! 服着ろ服!」
「ふふん、わしの体に隠す必要のある恥ずかしい部分なぞ一つもないのじゃ! ほれぃ、みるがいい! このばつぐんのプロポーション!」
「いや、洗濯板じゃん」
「…………ぐすん」
泣きの入ったアリスを宥めすかして、服を着せる。
「それで、なんなのじゃ、聞きたいことって」
「あぁ、そうだ……。前にアリス、魔王が討伐されたって言ってただろ?」
「そうじゃな。それがどうかしたのか?」
「いやな、本を読んでたら7王っていうのは必ず世界に7人存在してるんだろ? だったら魔王が消えると不都合があるんじゃないのか?」
「ん? 魔王が死んだなら次の魔王が生まれるだけじゃろ?」
「……は? いやいや、討伐されたんだろ? 戦争で。魔王が生まれるって、そんなこと人間たちが許さないだろ?」
「許さないもなにもないじゃろ。土台、許さないからってどうするんじゃ?」
「いや、そりゃ人が魔人領を統治して、次の魔王が生まれないようにする、とか……」
「??? なんでそんなことするんじゃ?」
「え? いや、だって戦争してたんだろ? だったら領地を奪ったりするだろ、普通」
「領地を奪う? なんのためにじゃ?」
「なんのためって……いや、じゃあ逆になんで戦争してたんだよ?」
「そりゃ、勇者は魔王を討伐するのが役割だからじゃろ」
話がかみ合わない。
違和感がある。
「は? ……いや、魔王討伐しても次の魔王が生まれるんだろ? それなら何のために討伐するんだよ。平和のために、じゃないのか?」
そういうと、心底「わからない」というようにキョトンと――
「レイジ。その、『ヘイワ』……?ってなんじゃ?」
――アリスは無邪気な瞳で俺の目を見ながらそう言った。
「――――は?」
息が、詰まる。
「いや、じゃから……そのヘイワってなんなのじゃ?」
『平和』に類する単語がこの世界の言葉にないのか? うまく言葉が翻訳されていないらしい。
「いやっ、だから……! えっと、そうだな……争いのない状態……ってことか?」
「その状態をヘイワと呼ぶのか……ふむ。だとして、なぜその状態のために勇者が魔王を討伐することになるんじゃ?」
「だーかーら! 魔族と人族は争ってるんだろ? 魔王が魔物を人族にけしかけて争いを起こしてるんだろ!?」
「何を言っとるんじゃ。魔王は魔物を人族にけしかけてなぞおらん。そもそも人族と魔族以外の種族じゃって常に争っておるじゃろ」
「……は?」
絶句した。
「んん?」
「じゃあこの世界は常に戦争してる……ってこと、なのか?」
何を――
「大きな戦争はそんなにはないの。でも小競り合いや殺し合い程度なら茶飯事じゃの」
「何のために……?」
「争うことに理由がいるのか?」
何を――言ってる?
混乱していた。
『闘争に理由が必要か』――そんな問い、ぶつけられるとは思っていなかった。
答えるのなら、俺の答えは是だ。理由なき闘争に意味なんてない。
闘争は手段であって、目的にはならないはずだ。
でも、アリスの口ぶりだとこの世界の住人は――
「じゃあ……それじゃあ……理由もなく、意味もなく、ただ争うために、殺しあうために、そうしているっていうのか?」
「その通りじゃ」
意味もなく、理由もなく、ただ闘争そのものを目的に、争い、命を奪い合っている――らしい。
「それ、は……アリスが個人的にそう考えてる、って話じゃ、ないよな?」
「ふむ? 人族も獣族も魔族も龍族もドワーフ共も、吸血鬼に至るまで、みなそう考えておると思うのじゃ」
――なんて。
「争いに理由が必要じゃなんて、レイジはおかしなことを言うのぅ」
――――ここは、なんて、狂った世界なんだ。
『価値観が違う』――そんな言葉で片付けられないほどの隔絶。
(だとしたら……俺が呼ばれた意味……。俺のなすべきこと……それは――)
この世界で、俺のすべきことが、少しだけわかった気がする――。