10 賢王
「――って感じだ」
「……なるほど……にわかには信じられませんが……」
長い語りを終えると、クレインが口元に手を当てて視線を落とす。
そして、顔を上げると、
「つまり、このファンタズマゴリアに生きている我々人類の魂には、ある種の制限がかかっていて、そのせいでその……【根源魔法】の才能を持たないものには、『平和』の意味が理解できない。その為に我々は不毛な戦いを延々と繰り返している……ということですね」
「まさにその通りだ。そして、俺にはその制限を解除する能力がある」
「それが、聖人の御業……ですか」
「はっ、自称聖人サマの言うことなんて信用できるかよ」
「ダイモン……!」
「おいおい、クレイン。本気でこいつの言うことを信用するのか? 聖人っていえば、伝説上の存在だぜ。実在が証明されてる剣神や魔神って言われた方が、まだ信用できるさ」
「……確かに、彼の言うことも一理ありますね。魂に関する制限、それそのものの実在も不確かですし。……レイジ殿、でしたか? なにか証明できるようなこと……あるいはものは、お持ちですか?」
「ヘリムまで! 最初から疑ってかかっていたら平和なんて……」
「ですから、クレイン様。その『ヘイワ』の意味が我々にはわからないんですよ。……人間族には、我々はこれまで散々辛酸をなめさせられてきているんです。いきなり現れたこの人を信用するのは……難しい」
冷静な意見だと思った。
言っていることは正論だし、いきなり現れた敵国の人間に、実は今まで争ってきたのは超常現象が原因なので、仲良くしましょう。なんて言われてもそんなに軽々しく信用できないのは当然だ。
端的に言って、俺は胡散臭かった。
「そうだぜ。あからさまに胡散臭いしな、こいつ。なぁ似非聖人様よ、証拠は出せんのか?」
ダイモン、と呼ばれている茶髪の少年……失礼、これで青年なんだな……。が、俺を重い前髪の隙間から睨みつける。
と、その瞬間。
俺の隣から、ごぅ、と凄まじい魔力風が吹いた。
「……まずい」
「さっきから黙って聞いておればごちゃごちゃごちゃごちゃと……」
「ヒッ……!?」
アリスの魔力に充てられて、3人が怯む。
否、怯むどころじゃない、恐れ、慄いている。
「な、なん……ッ……ぅ……!?」
ダイモンが膝をつき、口元を押さえた。
クレインも、ヘリムも似たような反応だ。
物理的な力を持つまでに圧縮され、放出された魔力が、3人を地面に押さえつける。
こうべを垂れ、まるで土下座のようだ。
「このわしの眷属をよくもまあ胡散臭いなどとほざいたな、ドワーフ風情が……」
静かな口調でアリスが吼えた。
やばい、これキレてる……。
「あ、アリスどうどう……押さえて押さえて……最悪人が死ぬ……」
「お主は悔しくないのじゃ!? こんな奴らに馬鹿にされて……!」
「いや、馬鹿にはされてないだろ……。ていうか、当然の反応だし、俺が胡散臭いのも事実だ。だからとりあえず魔力押さえて……」
「……むぅ」
魔力を引っ込める。
黒々とした魔力の残滓が空気に霧散して、プレッシャーが無くなった。
「ぁ……――は……はっ…はぁ……」
三人がそろって息を吐く。
息をすることすらできないほどの重圧がかかっていたようだ。
止めるのが遅かったらマジで殺してたなこれ……。
「ば、けもの……」
ダイモンの瞳に怯えと恐れが浮かぶ。
膝をついたままこちらを見上げ、そのまま後ろにじりじりと下がっていく。
「れ、レイジ、どの……そ、その方は……」
何とか二の句を継げたのは、クレインだ。
やはり彼の瞳にも恐れの色はぬぐえない。
「えぇと……一つ訂正しておくと……俺と、このアリスは、人間族じゃない。……吸血鬼だ」
「きゅうけつ……!? な、なら……!?」
驚き、目を大きく見開く。
「あ、あなたは、アリシア……アリシア・フォン・ブラッドシュタインフェルト様ですか!?」
「然り。わしが吸血鬼が王、アリシア・フォン・ブラッドシュタインフェルトじゃ」
片目を瞑り、3人を睥睨しながらアリスが名乗る。
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽをむいた。
「で、では、父を……機王を、ご存じですか!?」
「ん……貴様、ロック・アイゼンの息子か? ふん、ならば話は早いのじゃ。息子なら理解しておるじゃろ。さっさと機王に取り次ぐのじゃ」
機王、ロック・アイゼンの息子……?
ってことは、つまりクレインは王子ってこと、か?
「は、はい……父から言い含められています……。アリシア様がこの国に足を踏み入れることあらば、礼を失さず、必ずもてなすように、と……。そ、う、ですか、あなたがアリシア様でしたか」
「いかにも。……これでレイジの身元もはっきりしたの。わしがブラッドシュタインフェルトの名に懸けて請け負う。こやつ、レイジはまさしく聖人じゃ。……そこの、まだ何か文句があるのじゃ?」
「ぇ、ぁ……い、いや、ない……」
膝をついたままのダイモンが、怯えの混じった声でそう言って、そっぽを向いた。
「そう、ですね。……賢王様が名に懸けて請け負うというのであれば……私も」
そういってヘリムが立ち上がって一歩下がった。
……ん? なにか今聞き捨てならないことが……?
「……ヘリム、いま、賢王って?」
「はい。吸血鬼が王、アリシア・フォン・ブラッドシュタインフェルト様。つまり賢王様が請け負うのなら、と」
アリスを振り返る。
「賢王……って、あの賢王? 7王3神の?」
「……ん、そうじゃ」
少しバツが悪そうにアリスが頷く。
「……アリス、賢王だったの?」
「ん、む。まぁ……いったじゃろ。わしは物知りじゃ、と」
「えぇ……もう5ヶ月近く一緒に居るのに知らなかったんだけど……」
「そ、そのう……言おう言おうとは思っておったのじゃが……なかなかタイミングが……」
「賢王だから物知りだったの……? あ、もしかして迷宮のことにやけに詳しかったのも!?」
「んむ、そうじゃ」
「迷宮で魔力が制限されるのも!?」
「そうじゃ。自分の迷宮以外では魔力が制限される。7王全てがそうじゃ」
「えぇえ……言ってよ……そういう大事なこと……」
「じゃ、じゃから! 言おうとは思っておったのじゃって! タイミングなかったんじゃもん!」
「あぁあ……うん、わかった。もう言わない……」
「うぅ……ごめんなのじゃ……」
「いや、いいよ。まぁ、言われてみればアリスが賢王でもアリスはアリスだしな」
「ん……そうじゃ。わしはわしなのじゃ」
「まぁ、ならいいか」
うん、と頷く。
まぁ、確かにアリスが賢王だろうがなんだろうが、今までの旅には関係なかったな。
やけにいろいろ知ってたりするのは、その名の通り賢い王だからなんだろう。
……賢い……?
「……賢い、王……」
「な、なんじゃ!? なんか文句あるのじゃ!?」
アリスを上から下まで眺める。
身長は俺の肩に届くか届かぬかというくらい。
俺の伸長が175センチくらいあるので、アリスは140センチ後半というところだろうか。
赤い髪が渓谷の間を吹き抜ける爽やかな風になびいて、キラキラと輝いている。
むー、とひそめられた眉は、控えめに言って可愛らしい。
その下にある金色の瞳が、文句ありげに細められている、が、そのような表情をしていても、アリスの可愛らしさは損なわれず、むしろ、より一層強めていると言ってもいいだろう。
とがった唇が、アリスの可愛らしい顔をより子供っぽく、ロリロリしくさせていた。
決して肉付きのいいとは言えない肢体は、俺の買ってやったドレスからすらりと伸びて、スタイルの良さを否が応でも俺に意識させる……
……が。
胸はない。
……もう一度言うが、胸はない。
つまり全体的に、アリスはとても可愛らしい女の子だが……それは少女として、ということだ。
そう、つまり、子供っぽい。
いや、たまーに、たまにだけど、なんかアリス色っぽくない? と思うことはあるが……。
「基本的には……おこちゃまだよな……。賢王って言ったら、なんか、こう、髭の魔法使い的な……?」
「おこちゃまってなんなのじゃ!? むきー!! わしはおとなのじょせいなのじゃ!?」
「え、いやごめん、どこが?」
思わず素の反応が出てしまった。
「なんじゃ!? わしが賢王じゃとなにか不都合があるのじゃー!?」
きゃいきゃいとアリスががなる。
頭をぽんぽんと撫でて諫める。
「もーなんなのじゃーっ!? 子ども扱いするななのじゃー!?」
「いや、してないよ……。ええっと、そうだ、じゃあクレイン」
「は、はい?」
俺のアリスの扱いに心底驚いた、というような顔をしていたクレインが、俺に声を掛けられて慌てて返事をする。
「アリスの言う通り、機王に取り次いでもらうことは、できる、か?」
「えぇ。出来ます……が」
逡巡し、意を決したように口を開くクレイン。
「うん?」
「父は……機王は2か月前、機械迷宮に潜ってから……その……行方不明なんです」
「……はい?」
そう、爆弾発言を投げつけて来たのだった。
感のいい人は気づいていたと思いますが、アリスが7王がひとり、賢王です。
また明日20時に一話更新します。
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