表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/149

10 賢王

「――って感じだ」

「……なるほど……にわかには信じられませんが……」


長い語りを終えると、クレインが口元に手を当てて視線を落とす。

そして、顔を上げると、


「つまり、このファンタズマゴリアに生きている我々人類の魂には、ある種の制限がかかっていて、そのせいでその……【根源魔法】の才能を持たないものには、『平和』の意味が理解できない。その為に我々は不毛な戦いを延々と繰り返している……ということですね」

「まさにその通りだ。そして、俺にはその制限を解除する能力がある」

「それが、聖人の御業……ですか」

「はっ、自称聖人サマの言うことなんて信用できるかよ」

「ダイモン……!」

「おいおい、クレイン。本気でこいつの言うことを信用するのか? 聖人っていえば、伝説上の存在だぜ。実在が証明されてる剣神や魔神って言われた方が、まだ信用できるさ」

「……確かに、彼の言うことも一理ありますね。魂に関する制限、それそのものの実在も不確かですし。……レイジ殿、でしたか? なにか証明できるようなこと……あるいはものは、お持ちですか?」

「ヘリムまで! 最初から疑ってかかっていたら平和なんて……」

「ですから、クレイン様。その『ヘイワ』の意味が我々にはわからないんですよ。……人間族には、我々はこれまで散々辛酸をなめさせられてきているんです。いきなり現れたこの人を信用するのは……難しい」


冷静な意見だと思った。

言っていることは正論だし、いきなり現れた敵国の人間に、実は今まで争ってきたのは超常現象が原因なので、仲良くしましょう。なんて言われてもそんなに軽々しく信用できないのは当然だ。


端的に言って、俺は胡散臭かった。


「そうだぜ。あからさまに胡散臭いしな、こいつ。なぁ似非聖人様よ、証拠は出せんのか?」


ダイモン、と呼ばれている茶髪の少年……失礼、これで青年なんだな……。が、俺を重い前髪の隙間から睨みつける。


と、その瞬間。


俺の隣から、ごぅ、と凄まじい魔力風が吹いた。


「……まずい」

「さっきから黙って聞いておればごちゃごちゃごちゃごちゃと……」

「ヒッ……!?」


アリスの魔力に充てられて、3人が怯む。

否、怯むどころじゃない、恐れ、慄いている。


「な、なん……ッ……ぅ……!?」


ダイモンが膝をつき、口元を押さえた。

クレインも、ヘリムも似たような反応だ。

物理的な力を持つまでに圧縮され、放出された魔力が、3人を地面に押さえつける。

こうべを垂れ、まるで土下座のようだ。


「このわしの眷属をよくもまあ胡散臭いなどとほざいたな、ドワーフ風情が……」


静かな口調でアリスが吼えた。

やばい、これキレてる……。


「あ、アリスどうどう……押さえて押さえて……最悪人が死ぬ……」

「お主は悔しくないのじゃ!? こんな奴らに馬鹿にされて……!」

「いや、馬鹿にはされてないだろ……。ていうか、当然の反応だし、俺が胡散臭いのも事実だ。だからとりあえず魔力押さえて……」

「……むぅ」


魔力を引っ込める。

黒々とした魔力の残滓が空気に霧散して、プレッシャーが無くなった。


「ぁ……――は……はっ…はぁ……」


三人がそろって息を吐く。

息をすることすらできないほどの重圧がかかっていたようだ。

止めるのが遅かったらマジで殺してたなこれ……。


「ば、けもの……」


ダイモンの瞳に怯えと恐れが浮かぶ。

膝をついたままこちらを見上げ、そのまま後ろにじりじりと下がっていく。


「れ、レイジ、どの……そ、その方は……」


何とか二の句を継げたのは、クレインだ。

やはり彼の瞳にも恐れの色はぬぐえない。


「えぇと……一つ訂正しておくと……俺と、このアリスは、人間族じゃない。……吸血鬼だ」

「きゅうけつ……!? な、なら……!?」


驚き、目を大きく見開く。


「あ、あなたは、アリシア……アリシア・フォン・ブラッドシュタインフェルト様ですか!?」

「然り。わしが吸血鬼が王、アリシア・フォン・ブラッドシュタインフェルトじゃ」


片目を瞑り、3人を睥睨しながらアリスが名乗る。

ふん、と鼻を鳴らしてそっぽをむいた。


「で、では、父を……機王を、ご存じですか!?」

「ん……貴様、ロック・アイゼンの息子か? ふん、ならば話は早いのじゃ。息子なら理解しておるじゃろ。さっさと機王に取り次ぐのじゃ」


機王、ロック・アイゼンの息子……?

ってことは、つまりクレインは王子ってこと、か?


「は、はい……父から言い含められています……。アリシア様がこの国に足を踏み入れることあらば、礼を失さず、必ずもてなすように、と……。そ、う、ですか、あなたがアリシア様でしたか」

「いかにも。……これでレイジの身元もはっきりしたの。わしがブラッドシュタインフェルトの名に懸けて請け負う。こやつ、レイジはまさしく聖人じゃ。……そこの、まだ何か文句があるのじゃ?」

「ぇ、ぁ……い、いや、ない……」


膝をついたままのダイモンが、怯えの混じった声でそう言って、そっぽを向いた。


「そう、ですね。……賢王様が名に懸けて請け負うというのであれば……私も」


そういってヘリムが立ち上がって一歩下がった。

……ん? なにか今聞き捨てならないことが……?


「……ヘリム、いま、賢王って?」

「はい。吸血鬼が王、アリシア・フォン・ブラッドシュタインフェルト様。つまり賢王様が請け負うのなら、と」


アリスを振り返る。


「賢王……って、あの賢王? 7王3神の?」

「……ん、そうじゃ」


少しバツが悪そうにアリスが頷く。


「……アリス、賢王だったの?」

「ん、む。まぁ……いったじゃろ。わしは物知りじゃ、と」

「えぇ……もう5ヶ月近く一緒に居るのに知らなかったんだけど……」

「そ、そのう……言おう言おうとは思っておったのじゃが……なかなかタイミングが……」

「賢王だから物知りだったの……? あ、もしかして迷宮のことにやけに詳しかったのも!?」

「んむ、そうじゃ」

「迷宮で魔力が制限されるのも!?」

「そうじゃ。自分の迷宮以外では魔力が制限される。7王全てがそうじゃ」

「えぇえ……言ってよ……そういう大事なこと……」

「じゃ、じゃから! 言おうとは思っておったのじゃって! タイミングなかったんじゃもん!」

「あぁあ……うん、わかった。もう言わない……」

「うぅ……ごめんなのじゃ……」

「いや、いいよ。まぁ、言われてみればアリスが賢王でもアリスはアリスだしな」

「ん……そうじゃ。わしはわしなのじゃ」

「まぁ、ならいいか」


うん、と頷く。

まぁ、確かにアリスが賢王だろうがなんだろうが、今までの旅には関係なかったな。

やけにいろいろ知ってたりするのは、その名の通り賢い王だからなんだろう。

……賢い……?


「……賢い、王……」

「な、なんじゃ!? なんか文句あるのじゃ!?」


アリスを上から下まで眺める。

身長は俺の肩に届くか届かぬかというくらい。

俺の伸長が175センチくらいあるので、アリスは140センチ後半というところだろうか。

赤い髪が渓谷の間を吹き抜ける爽やかな風になびいて、キラキラと輝いている。

むー、とひそめられた眉は、控えめに言って可愛らしい。

その下にある金色の瞳が、文句ありげに細められている、が、そのような表情をしていても、アリスの可愛らしさは損なわれず、むしろ、より一層強めていると言ってもいいだろう。

とがった唇が、アリスの可愛らしい顔をより子供っぽく、ロリロリしくさせていた。

決して肉付きのいいとは言えない肢体は、俺の買ってやったドレスからすらりと伸びて、スタイルの良さを否が応でも俺に意識させる……


……が。

胸はない。

……もう一度言うが、胸はない。


つまり全体的に、アリスはとても可愛らしい女の子だが……それは少女として、ということだ。

そう、つまり、子供っぽい。


いや、たまーに、たまにだけど、なんかアリス色っぽくない? と思うことはあるが……。


「基本的には……おこちゃまだよな……。賢王って言ったら、なんか、こう、髭の魔法使い的な……?」

「おこちゃまってなんなのじゃ!? むきー!! わしはおとなのじょせいなのじゃ!?」

「え、いやごめん、どこが?」


思わず素の反応が出てしまった。


「なんじゃ!? わしが賢王じゃとなにか不都合があるのじゃー!?」


きゃいきゃいとアリスががなる。

頭をぽんぽんと撫でて諫める。


「もーなんなのじゃーっ!? 子ども扱いするななのじゃー!?」

「いや、してないよ……。ええっと、そうだ、じゃあクレイン」

「は、はい?」


俺のアリスの扱いに心底驚いた、というような顔をしていたクレインが、俺に声を掛けられて慌てて返事をする。


「アリスの言う通り、機王に取り次いでもらうことは、できる、か?」

「えぇ。出来ます……が」


逡巡し、意を決したように口を開くクレイン。


「うん?」

「父は……機王は2か月前、機械迷宮に潜ってから……その……行方不明なんです」

「……はい?」



そう、爆弾発言を投げつけて来たのだった。

感のいい人は気づいていたと思いますが、アリスが7王がひとり、賢王です。


また明日20時に一話更新します。

気に入っていただけましたら、ブックマークや評価、よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ