06 勇者と魔王の娘
城塞都市エノムの検問の手前、そこで、俺たちはアレックスに再会していた。
軽鎧をつけ、腰には聖剣が下がっている。
「ほんと、大丈夫かよ。なんか病気か? 凄い顔してるぞ」
「いや、病気ではないよ。大丈夫。ありがとう」
はは、と爽やかに笑って、首を振るアレックス。
こころなしか、笑顔も翳っている、気がする。
「レイジは……どうしてエノムに?」
「あぁ、いや。これからアイゼンガルドに向かうんだけど……その中継地点でな」
「なるほど。じゃあやっぱり……」
迷宮は、踏破したんだね、と声を落として尋ねてくるアレックス。
回りに人がいるからか、声を落としてくれたらしい。
「ああ。……おかげさまでな」
頷き、笑顔を返す。
「そう、か。……じゃあやっぱりみんなの様子が変わったのも」
「そうだな、迷宮の最奥で……魂にちょっと手を入れた」
「……魂、に?」
「あぁ。俺の才能でな……えっと、詳しい話はあとでもいいか? エノムに滞在してるんだろ?」
検問の順番が迫っていた。
さっさと済ませて中に入りたい。
「あぁ……衛兵には僕から言っておくよ。そうだな……夜なら時間が作れるから、その時にでも。銀の鹿亭という宿に泊まってるから、そこに来てくれたら」
「ああ、そうする。じゃあまた後でな」
「うん、また」
にこり、と力なく笑って、城門に向かうアレックス。
入り口で一言二言衛兵に何かを言い含めて、街に入っていった。
「お兄ちゃん、今の人、だれ?」
ちいさく、呟くミリィ。
「……ぁ」
そう、だ、アレックスは、魔王を……ミリィの父親を……。
まずった……。
「勇者じゃ。お主の父の仇じゃ」
影から出て来たアリスがミリィに言う。
「お、おい、アリス!?」
「事実じゃ。それに、隠せもせぬ」
「そう……」
俯き、頷くミリィ。
フードに隠れて、表情が見えない。
「ミリィ……その、な」
「……よる、ミリィもついていっていい?」
「……あぁ」
有無を言わせぬようなミリィの呟きに、俺は頷きを返すほかなかった。
アレックスのおかげか、つつがなくエノムに入城することが出来た。
相変わらずの街並みだ。
ザインに比べて幾らか華やかな印象を受ける。
(……ミリィ)
横を歩くミリィを伺う。
はた目にはいつも通りの表情に見える、けど……。
複雑、だろうな……。
否、そんな感情で済むのだろうか。
例えばもし俺が、姉の仇を目の前にしたら……。
(……許せる気が、しない)
ミリィの手を握る手に、力がこもる。
「お兄ちゃん、痛いよ」
「え、あ、あぁ……ごめん」
「……ミリィは大丈夫だよ」
「え?」
「大丈夫。だから、お兄ちゃん怒らないで?」
「え、あ、いや、怒ってないぞ?」
「そうなの? 怖いかお、してたよ?」
「そうか? ……ごめん」
頭を下げる。
ミリィに気を使わせてしまったらしい。
猛省した。
――――――
夜。
宿を取り(今回はアリスとミリィで一部屋、俺で一部屋の計二部屋とった)、銀の鹿亭の場所を聞いた俺たちは、早速向かっていた。
俺達のとった宿と同じく、第一街にあるらしく、割と近いとのことだった。
目的地に到着し、扉を開けて中に入る。
一階が酒場になっているタイプの宿だ。
がやがやと、酒盛りをする兵士や旅人でいっぱいになっている。
カウンターに向かって、アレックスの名前を出すと、話が通っていたのか、部屋の位置を教えてもらえた。
2階の一番奥、そう言われて向かった先で、扉をノックした。
「……はい?」
中から、疲れたような声が聞こえた。
「俺だ、アレックス。レイジ」
「あぁ……どうぞ、はいって」
がちゃりと、扉が開かれ、迎え入れられた。
「よぉ……」
「ん。こんばんは」
どことなく気まずい空気が流れる。
原因は……じ、とアレックスを見つめるミリィと、その隣のアリスだろう。
今は、アリスは影から出ている。
「……レイジ、その子……魔族、の子は……」
やっぱり気づかれていたらしい。
言いずらそうに、アレックスが尋ねて来た。
「……ミリアルド・ファランティス」
言葉の出ない俺の代わりにアリスが答えた。
「やっぱり、そう……なんだね」
驚いた様子もなく、力なくそう言うアレックス。
「初めまして、ミリアルド・ファランティス。……僕は、勇者アレックス」
しっかりとミリィの目を見つめて、アレックスが自己紹介する。
自分が、君の仇だと。
「私は、ミリアルド・ファランティス。……アレックスさん」
「……なんだい?」
「……後悔してる?」
「っ……え?」
息を呑み、なにを言われたのか分からない、といった顔をするアレックス。
「貴方は……私の父、ルドガー・ファランティスを斬ったことを後悔してますか?」
いつもと違う、毅然とした態度でそう質問を重ねるミリィ。
俺も、ミリィのその態度に、ぞわりとしたものを感じた。
冷たい声、そして、その瞳。
ミリィは何かをはかろうとしている。そう感じた。
「…………あぁ」
たっぷりと時間をかけて、ため息と……それ以外の何かを吐き出すように、アレックスが喉の奥で唸る。
そして、頷いた。
しっかりと。
「後悔、している」
「……そう」
「君には……権利が、ある」
「なんの?」
「……復讐」
「お、おい、アレックス?」
「レイジは黙っておるのじゃ」
アリスに怒られた……。
「……復讐?」
「あぁ……。そう、そうだ。君には権利がある。僕を……殺す、権利が」
アレックスの様子がおかしい。
権利があると言いながらその瞳の奥にはあるのは……懇願?
「……貴方、死にたいんだね」
「……あぁ」
「じゃあ、だめ」
「……え?」
「私達……私とレイジ、そしてアリシアは、今世界を平和にする旅をしています」
「へい……わ……」
苦虫をかみつぶしたような表情のアレックス。
「だから、私は貴方に復讐をしません」
そう、ミリィはきっぱりとした口調で言った。
「ど、うして!? 僕は、僕は君たちの望むものとは対極にいるんだ! 意味もなく! 理由もなくたくさんの魔族を殺した! 君のお父さんだって!」
ほとんど叫び声に近い声を上げるアレックス。
「だから! 僕は……僕は、もう……だれも、なにも……殺したくない……」
最後は、ほとんど囁き声だった。
アレックスの目から、涙が落ちる。
拭うこともせず、アレックスはしっかりとミリィを見つめる。
「頼む……ミリアルド……僕を、断罪してくれ……」
「だめ」
「どうして!?」
「……『平和』な世界に、復讐は必要ないから」
「……え?」
「復讐は、また復讐を呼ぶの。私には、まだお兄ちゃんたちの言う、『平和』って何かは分からない。でも……っ」
ミリィの声が震える。
一度息を大きく吸って、ミリィがアレックスの視線を正面からしっかりと受け止める。
「でもっ……! お兄ちゃんたちと過ごした、日々、とか……レイリィちゃんがっ……わたしと、魔族と仲良くしてくれたのはぁ……」
堪えきれず、ミリィが泣き出した。
その大きな瞳から涙がこぼれる。
頬を伝い、ぽたぽたと落ちて、床に涙の跡を作る。
しかし、顔は背けない。
背筋を伸ばし、しっかりとアレックスの目を見つめて――
「きっと、これが、皆のいう、『平和』って、ことっ、だから! 迷宮の、中で、お兄ちゃんが、がんばって! レイリィちゃんが、たくさん泣いて、ありがとう、っていったのは……『それ』はっ……! 私っ、が、ミリィが、汚しちゃいけないものだから! そういう、すごく、大切なっ……ものだって、わかるからっ!」
だから、復讐なんてしない。
と、ミリィはそう言った。
父の仇を前にして。
はっきりと、言い切った。
「わた、しは、あなたをゆるさない……! でもっ……でもぉっ……! きっと、あなたのことを、大切に思ってる、人が……わたしのっ、お父さんと、同じくらい、大切に思ってる人がいるから……っ!」
ぎゅ、とスカートの端を握りしめて。
赦さない。
でも、復讐なんてしない。
ミリィは、その小さな体に、しっかりとした覚悟をもって、そう、アレックスを断罪した。
「……そう……か」
その言葉を受け、何を思ったのか。
狂気じみた色は鳴りを潜め、アレックスの瞳が……色を取り戻す。
「……わかった。その罪……僕は、一生背負って、生きていく」
「……そう、してください……」
そこまで言って、ミリィが俺に抱き着く。
「っ、わぁあああ……!」
「ミリィ……」
「おにいちゃんっ、おにいちゃん……! うあぁああっっ!」
ぐりぐりと俺の胸に頭を押し付けて、ミリィが慟哭する。
俺は、しっかりとミリィの体を抱き留め、その頭を撫でた。
「頑張ったな……ミリィ、ありがとう」
「うぅうううう……!」
「……そうじゃな。ミリアルド、よく頑張ったのじゃ」
アリスも、やさしくその背を撫でる。
そして、アレックスを見る。
「勇者アレックス」
「……なん、だい」
「お主がレイジのしたことで何を感じたかは知らぬ。後悔でも反省でもなんでもよい。お主のソレに興味はない」
じゃが、とアリスが続ける。
「ミリアルドの想い。そして、レイジの行い。無意味にだけは、してくれるな」
その時は、自分がお前を殺す。
アリスは言外に、そう言っているように思えた。
「――――…………あぁ」
アリスの刺すような視線と、魔力によるプレッシャーを受けながら、深く、頷いて、アレックスがうなだれる。
……今日は会話は無理そうだな。
「アレックス……今日は、出直すよ」
「レイジ……。あぁ……そう、だね……そうしてくれると、助かる」
力なく笑って、アレックスが再び俯いた。
……出よう。
部屋を出る。
一階から響く宴の声が、ここまで聞こえてくる。
「ミリィ」
「……ん……」
目元を擦って、ミリィが俺を見上げる。
「ありがとう」
「……え?」
「本当に、ありがとう。ミリィ。……あんな風に、思ってくれていたんだな」
「……うん。まだ、ミリィには『平和』ってなにかわからないなの……でも、レイリィちゃんとか、お兄ちゃんやお姉ちゃんと旅をしていて……楽しいとか、うれしいとか……こういう幸せな気持ちが、きっと『平和』ってこと、なんだよね……?」
「……あぁ、そうだよミリィ。俺はそういう温かい気持ちを、世界中の皆に持ってもらうために旅をしているんだ」
「うん……だったら……はやく、『平和』になるといいなって、ミリィも思う……なの」
そう言って、ミリィは俺に笑顔を向けた。
その笑顔は、いつもの無邪気な笑顔とは違う。
しっかりと、強い意志の籠った――
――とても、素敵な笑顔だった。
本日はここまでになります。
また明日、20時に一話、更新します。
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