01 ザインにて
朝。
街の喧騒と「ごはんごはん」とやかましい声にたたき起こされる。
「レイジー! ごはんー!」
揺さぶられている。
重い瞼を開けて横を見ると、赤髪金眼の美少女が、俺の体をガックンガックンと揺すっていた。
「……おはよう、アリス……」
「うむ。起きるのじゃ。起きてわしにご飯を作るのじゃ」
傲岸不遜に飯の催促をしてくるこの美少女は、アリシア・フォン・ブラッドシュタインフェルト。
やたらと名前の長い吸血鬼だ。俺の祖……つまり、俺はこの少女の眷属――吸血鬼――だ。
今日は長い髪を高い部分でひとまとめにして、ポニーテールを作っている。
機嫌よさそうにポニーテールがふりふりと揺れている。
「……アリス、吸血鬼なのに朝早いよな……」
「? 吸血鬼であることと朝寝坊なことが関係あるのじゃ?」
「いや……俺の世界では吸血鬼は夜行性なんだよ……」
起き上がる。頭を振ると、すこし眠気がすっきりした。
「おぬしは吸血鬼とは別に朝寝坊なのじゃ」
「もともと低血圧なんだよ……」
立ち上がり、ベッド横の窓に手をかけて、開いた。
街並みが見下ろせる。
ここは、迷宮都市ザイン。俺がひょんなことから転移させられた異世界――ファンタズマゴリア――にある中央大陸、人族が治める国、ヘイムガルド王国の都市の一つだ。
街は活気にあふれ、朝市や、露店が立ち並ぶ。
道行く人たちの多くは武装しており、それぞれが旅支度のようなものを市でしている。
恐らく、迷宮に潜る探求者達だろう。
「ミリィは?」
「朝早くにレイシアが来てどこかに連れて行ったのじゃ」
ふと、もう一人の旅の仲間、魔族の少女の姿が見えないことに気が付き、アリスに尋ねると、そう答えが返ってきた。
「そうか……市にでも行ったかな」
「そーれーよーりーごはん! なのじゃ!」
「分かったよ……。オムレツでいいか……」
「うむ、くるしゅうないのじゃ!」
「なにがくるしゅうない、だよ。大好きなくせに……」
立ち上がり、洗面所に向かい、樽から水を掬って顔を洗う。
水道が無いのは最初は不便だなと思ったが、慣れればなんてことは無い。
俺も異世界に来て3ヶ月ほど。なるほど、人間は順応する生き物のようだ。
「厨房借りないと……ほら、アリス、行くぞ」
「うむ!」
ぴょん、とアリスが跳ねて、俺の影に潜り込む。
アリスはその場にいるだけで回りを威圧してしまうほどの魔力を垂れ流しているため、定位置は俺の影の中なのだ。
『レイジ、今日は市に行くのじゃ』
アリスの声が脳内に響く。
どこか嬉しそうな声色だ。
「ん、別に構わないけど、何か欲しいものがあるのか?」
『迷宮に行っている間に服がボロボロになったのじゃ。新しいのを買うのじゃ』
「あぁ……そういえば、今日はいつものドレスじゃなかったな……。裁縫得意なんだろ? 縫えばいいじゃないんか?」
『いいから買うのじゃー! レイシアから迷宮探索の報酬がでたのじゃろ?』
「あぁ、まあ、結構もらった」
俺たちはついこの間まで、この世界に存在する7つの迷宮、その1つ、人の迷宮の最奥を目指す旅をしていた。
1ヶ月弱の時間をかけ、迷宮の探索を終え、その報酬としてレイリィから幾ばくかのお金を渡されていた。
曰く――
「ま、迷宮の最奥への到達なんて偉業、こんな額じゃ本当は済まないんだけれど、あなた以外あそこには行けないし、迷宮を踏破した証明も出来ないしね。道中の魔石なんかもスルーしたから、このくらいで我慢して頂戴」
――と言いながら渡されたのは革袋にギッチリと詰まった300枚ほどの金貨。
以前聞いた話では、この世界のお父さんの月給は1金貨ほどだそうだから、約30年分の給料がポンと手に入ったことになる。
流石王女様。庶民とは金銭感覚が違う。
厨房で卵を沢山使ったオムレツを作り、部屋に戻る。
ぴょん、とアリスが影から飛び出てきてテーブルに着いた。
目の前にオムレツとパンを置いてやり、野菜をちぎっただけのサラダにドレッシングをかける。
「うん? なんじゃ? 何をかけているのじゃ?」
「ん、ドレッシングだよ。こっちはあんまり生野菜食べる習慣ないもんな。オリーブオイルみたいな油を昨日市で見かけたから酢と合わせて作ってみたんだよ。試しだ」
「ほうほう? 生で野菜は食わんの、確かに」
冷蔵庫や冷凍庫の類が無いからか、生野菜を食べる習慣があまりないようだ。
大体が火を通して他の食材と一緒にして食べる。
興味深そうにサラダを見つめて、アリスがフォークを突き刺す。
そして口元に運んだ。
「んん!? なんじゃこれは!」
「だからサラダだって」
「美味いのじゃ! 火を通さぬ野菜なのに、味があるのじゃ!」
「いや、だから、かかってるソースの味だよそれ」
ばりばりとサラダをむさぼるアリス。
俺の分も取っておいてくれますかね……。
「んー、やはりレイジのオムレツはさいこうなのじゃー!」
「はいはい。お褒めに与り恐悦至極」
自分の分と、俺の分のオムレツの半分を平らげてアリスが言う。
心底嬉しそうにポニーテールがぴょこぴょこと揺れている。イヌの尻尾みたいだ。
「よし、じゃあ市に行くか」
「うむ!」
アリスが再び俺の影に潜り込む。
それを確認してから、俺は壁に掛けてあった黒い外套を羽織って、宿を出た。
――――――
「暑いな……」
じりじりと、太陽が俺の肌を焦がす。
日本のようなじとっとした暑さではなく、どちらかといえばカラっとした暑さだ。
『そろそろ乾季じゃからの。まだまだ暑くなるのじゃ』
「かんき?」
『なんといえばいいのじゃ……? 1年の内、雨があまり降らず、太陽が昇っている時間が長い時期じゃ』
「夏みたいなものか。そうか、こっちにも四季みたいなものはあるんだな」
『雨季、乾季、冬じゃな』
「あ、冬は冬なんだな」
『うん?』
「いや、俺の居た世界では春、夏、秋、冬って言って4つ季節があってな……」
軽く四季の説明をしてやる。
ふむふむ、と興味深そうにアリスがそれを聞いていた。
と、二人でそんな話をしていると。
「あれ、レイジじゃない」
「お兄ちゃんなの!」
背後から、声を掛けられた。
「お、レイリィにミリィ。やっぱり市に来てたのか」
ひとりは、艶のある黒髪を高いところで青いリボンで二つに結び、ツインテールにしている、少しアリスより彩度の落ちた金眼の少女。レイシア・ジゼル・ヘイムガルド。
この国の王女であり、先の迷宮探索のメンバーだ。
レイリィと、俺は呼んでいる。
「お兄ちゃんも買い物なのー?」
もうひとりは、さらさらとした銀髪と、くりくりとした紫色の瞳。
ひとつにまとめて三つ編みにした髪を左胸の方に垂らしている少女。ミリアルド・ファランティス。
なぜか人間の国に迷いこんで行き倒れていたところを俺が拾った魔族の少女だ。
見た目は15歳くらいだが、中身は10歳である。
アリスとは真逆だな。
「なんかアリスが服が欲しいってな。買いに来た」
「お姉ちゃん、お洋服買うの? いいなぁ、ミリィも!」
「ん? ミリィも欲しいのか? いいぞ。買おう。レイリィの方の用事は終わったのか?」
「ええ。終わったわ。そんな大した用事でもなかったしね」
「そうなのか。何の用事だったんだ?」
「ちょっと地図を作ってもらっていたのよ。50層より下のね」
「あぁ、なるほど? でもほとんど真っ直ぐだったじゃないか」
「ま、それでも一応ね」
ぽんぽん、とミリィの頭を撫でて、レイリィがミリィに革袋を渡す。
「レイリィちゃん、なぁに、これ?」
「報酬よ。これでおいしいものでも食べて」
「お金?」
「えぇ」
「んー……? はい、お兄ちゃん」
そう言って俺に革袋を差し出すミリィ。
「ん? いや、これはミリィが仕事をして、自分で得た報酬だ。ミリィのだよ」
「うーん、ミリィ、お金の使い方わからないなの」
「え、そうなのか?」
「うん。お買い物、見ていたことはあるけど、したことはないから」
「あぁ……」
納得する。
ミリィは今は亡き魔王の娘、魔人領では王女様だ。
お金の使い方をしらないとしても不思議はないか。
「わかった。じゃあ、これから一緒に買い物に行こう。そこで、ミリィが欲しいものを買うといい」
「わかったなの! お洋服買いに行く?」
ミリィを見る。
初めて会ったときに着ていた、上等そうな服を着ている。
白いブラウスと膝上くらいの短いズボン。
そのどちらもが、少し汚れている。
「そうだな。ていうか、気づかなくてすまなかった。迷宮探索なんてしたら服も汚れるわな……」
「レイジは、そういうデリカシー方面はからっきしよね」
横からレイリィにどやされる。
「すまん……」
「???」
ミリィはかわいく首をかしげていた。
「そうね。それなら、わたしがいつも贔屓にしている衣料品店があるわ。そこに行って来たら? きっとアリシアも満足できるわよ」
「……王族御用達……?」
「ふふ、そんな大したものじゃ……ってこの言い方は失礼ね……。ザインは王都やエノムと違って、そんなに高級なお店はないわよ」
「そうなのか」
「ええ。住んでいるのが中流階級の市民が多いから」
「なるほど」
なるほど。
「じゃあ……セシリア」
「はい」
「……だろうな、とは思ったけどいたのね、セシリア」
しゅた、と何処からともなく現れたのはセシリア。
重たい前髪で片目を隠し、ボブカットに切りそろえている小柄な少女だ。
年齢は知らないけど、多分17,8歳というところ。
眠たそうな目をしている……これまた美少女である。
レイリィの忍者だ。多分。忍者っぽいってだけで、こっちの世界に忍者がいるのかどうかしらないけど。
「レイジたちを案内してあげて」
「承り、ました」
こくり、とゆっくり頷いて、
「こちら、です」
すすすーっとスライド移動をするセシリア。
足音がしないし、気配もない。
だから、どうやってやってるの……その歩き方
「よし、じゃあミリィ」
「はいなのー」
差し出した手を握って、ミリィがぴょんぴょんと跳ねる。
この子はいつも楽しそうだ。なによりだけど。
「じゃあ、わたしはこれで」
レイリィがこちらに手を挙げて踵を返す。
「ん、レイリィは来ないのか?」
「えぇ。やることが溜まってるのよ。ひと月も留守にしたし……それに、いろいろとね」
「そっか。大変だな」
「ふふ、大丈夫よ。……出立する時は声をかけて。見送りくらいはするわ」
「ん、ああ。必ず」
「ええ。それじゃあ、買い物、楽しんで」
「おう、サンキューな」
「いえいえ」
ひらひらと手を振ってレイリィが雑踏に消える。
見送って、俺達も見失いそうになるセシリアを追いかけた。
二章のはじまりです。
ザインから、次はドワーフの国、アイゼンガルドへ。
明日も同じ時間に投稿します。
最近ブックマークや評価をいただけて、テンションとモチベーションが爆上がりな作者です。
筆が進んで仕方ありません。
二章も楽しんでいただけるように頑張りますので、よろしくお願いいたします。




