39 それぞれの『平和』
一個にまとめてしまいました。大分長いです。
レイリィが泣き止むまで、15分ほどの時間を要した。
その間、ミリィはずっとレイリィをよしよししていた。
前も思ったが、どっちが年上かわかりゃしない。
「……うぅ」
レイリィは人目を憚らず号泣したことを恥じているのか、先ほどからこちらを見もしない。
いや、まぁ、流石の俺も15分も泣き続けるとは思わなかったけど。
「……大丈夫か?」
「え、えぇ……もう、平気……」
ぐしぐしと目を擦りながら立ち上がるレイリィ。
やっぱり目は合わせてくれない。
「えっと、俺がやったことで正解だったって、ことでいいのかな」
物理的な手ごたえとかはなかったから、イマイチ実感がわいていない、が。
まぁ、レイリィの反応を見る限りはあれでよかったみたいだ。
「ん、えぇ。多分」
胸に手を当てて、目を瞑るレイリィ。
そして、しっかりと一度頷き、
「うん。あなたのしたことは、間違っていないわ」
そう言って、ほほ笑んだ。
「よかった。……あぁ、本当に」
頷きを返して、さて、と洞窟の奥を見る。
転送魔法の例の光球が浮かんでいた。
「あれに触れれば……多分地上、なんだろうな」
「そうじゃろうな」
最下層にある転送魔法は地上行きと相場が決まっているだろう。
ダンジョン的に考えて。
「よし、じゃあ皆、帰ろう……地上に」
そう言って、俺は光球に触れた。
――――――
一瞬の浮遊感、そして閃光。
目を開けると。
「……」
風を感じた。
草木の匂い、人の声、迷宮に居ては感じられない様々な情報が、五感を通じて俺に叩きつけられる。
少しくらくらした。
「地上だ」
ザインを見下ろすような山の中腹に俺たちは立っていた。
迷宮の入り口からは大分離れた位置にあるらしい。
結界とやらのせいだろうか、迷宮の入り口は目視できなかった。
「んーーー! 魔力がもどったのじゃーー!!」
ぴょんぴょんと小さくジャンプするアリス。
「あぁ、そういえば、迷宮の中だと魔力が制限されてたんだっけ……」
「そうなのじゃ……大分窮屈だったのじゃ。すがすがしい気分じゃ!」
言いながら、ぐぃー、と伸びをする。猫っぽい。
じーっとその様子を眺める。
……たしかに、魔力の流れが迷宮に居た時よりもスムーズ? なような気がしないでもないかもしれない。
「……そうね、外に出た瞬間に魔力密度、大分上がったわね」
「じゃろー? じゃろー? わしの本気の魔力はすごいじゃろー?」
「ええ。すごいわ。だからレイジの影の中にいてくれるかしら? これから人の多いところに行くから」
「……ぬぐぐ」
いそいそと、俺の影の中に潜り込むアリス。
『迷宮から出たら今度は影の中に縛られるのじゃ……』
それでもちゃんと影には隠れてくれるのな……。
「ていうか、ここは何処なんだ」
「ザインの裏の山ね。下ればすぐに街に入れるわ」
「じゃあ行こう。さっさと行こう。……久しぶりに……干し肉以外のものが食べたい」
「同意ね……」
「ミリィはお肉好きだよ?」
『オムレツー!』
「はいはい。作ってやるよ……。俺も食べたいしな」
そんな会話をしながら山を下る。
やっぱり閉鎖空間に長いこといると気が滅入るものなのか。
戦闘も多かったし、死の危険もあった。
それらから解放された俺たちの口は軽い。
「そういえば、街の人達はどうなってるんだろうな」
「ん? なにが?」
「いや、ほら。『情報端末』を使った後。さすがにレイリィみたいにみんなわんわん泣き始めたわけじゃないだろ?」
「……もう、わすれて」
「いや、忘れないな」
なんせ、俺はあのレイリィの笑顔で報われたのだ。
忘れるわけがない。
「だからどうなのかなって。いきなり『平和』って概念が心に浮かぶ感覚? ってどんなんなんだろって」
「さぁ……。私はもとから知っているから。聞いてみたら?」
「ん? 誰にだよ」
「セシリアに。ね、どんな感じなの」
「セシリア……?」
「そう、ですね……。なんと、いうか。こころの、なかが、ぽかぽかと急にあったかく、なるような、感覚でした」
「どぅわぁ!?」
情けない悲鳴を上げる俺。
急にセシリアが現れた。
どこから現れたのか。
あまりにもニンジャが過ぎる。
「びっくりしたぁ……」
「もうしわけ、ございません」
ぺこり、と相変わらずなにを考えているのかよくわからない顔でセシリアが頭を下げた。
全然気づかなかった。
迷宮からでて気が抜けてるのか、セシリアが気配を消すのがうますぎるのか。
「ご苦労様。それで、首尾は?」
「つつが、なく」
「そう。ありがとう」
「え? 何の話?」
「こっちの話」
ぱちんとかわいらしくウィンクをくれて、レイリィが言う。
いや、可愛いなお前。こんなにウィンクが似合う女性もなかなかいないだろ。
「……ていうか、俺たちがここにいるってなんでわかったんだ?」
「これ、で」
胸元のペンダントのようなものを持ち上げて見せるセシリア。
「魔道具よ。わたしのとセシリアので対になっているの。お互いの位置がおおよそわかるわ」
「へえ。便利だな。……あれ? ってことは、迷宮の中にいる間セシリアには、レイリィの位置が分かってたのか?」
「もちろん。誰にも告げずに最奥まで行こうとなんてしないわよ」
「じゃあ捜索隊は……」
「引き、留めるのが、大変、でした」
「……出てないのか……」
「まぁ、常に最悪は想定しておくものだわ」
「ガラハド、も、協力、してくれましたので、なんとか」
「そう。会ったらお礼を言わなくちゃね」
「強行軍した意味とは……」
「いいじゃない。何事も早い方がお得よ」
「いや……まぁ、そうだな」
正直干し肉生活にも限界が来ていたし、早く普通のものが食べたい……。
『レイジー!ごはんー!』
「はいはい……」
「やどを、とって、あります」
アリスの声は聞こえていないはずなのに、セシリアが俺に言う。
「出来る人すぎる!!」
セシリアはとても出来る人だった。
――――――
時間は少し戻り、王都ヘイムガルド――
レイジが『情報端末』に触れ、魂への書き換えを終えたころ――
「……?」
軍議を行っていた軍務大臣が首をかしげる。
「しかし、なぜ我々は、魔人領を攻めたのですかな」
「……王命ですぞ。疑問を差しはさむ余地はない筈……」
「……いえ、しかし、では……」
自分たちに突如として生まれた感情を持て余し、それぞれ首をかしげる重鎮たち。
その中に――
「……チ」
憎々しげに舌打ちをするものが一人――
――同時刻、迷宮都市ザイン。
「ほぉ……」
「どう、されましたか、ガラハド殿……」
「いやなァ。お前さんも感じてるとは思うんだが……ハハハ、嬢ちゃんたち、やりやがったみてぇだな」
「はあ。自分も妙な感覚が、なんといいますか……こう、胸があったかくなる、と言いますか」
「ハハハ! ケビン、そいつぁなぁ……嬢ちゃんが言うには、『平和』を望む心、ってヤツらしいぜ、なァ?」
「平和……平和、ですか……。いえ、むしろ、自分は『なぜ我々はそんなことを今まで全く考えなかったのか』と、むしろそっちが不思議で不思議で……」
「……あァ。言われてみれば、当然のことだぁな。……戦なんてないほうがいいに決まってらァ。人が死なねぇもんなァ」
「……うぅん」
「ま、嬢ちゃんたちが迷宮に潜って、何かを成した。そして、その結果が"コレ"ってことよォ」
「なぜわかるんです?」
「セシリアがな『何か心境の変化があったら、それはレイシア様と聖人様の行動の結果です』ってな」
「聖人様? あの伝説に出てくる?」
「おうよ。嬢ちゃんの護衛についてたあの坊主……レイジっつったか。あいつが聖人様なんだと」
「えぇっ!? 聖人様って実在するんですか!?」
「ははは、真偽は知らねェがよ……ま、実際にこう不思議なことが起きちゃァ、信じるほかねェやな」
ガハハ、と豪快に笑って、ガラハドがケビンと呼ばれた兵士の肩を叩く。
――二人とも、笑顔だった。
突如として自分たちに取り戻された感情に戸惑い、そして疑問を浮かべる。
『なぜこんな当たり前のことを、忘れていたのか』と――
その現象は、人間の国、ヘイムガルド各所で――
「なんでわざわざ戦争なんて起こすんだ?」
「どうして殺し合いが当然だなんて……」
「なぜ我々は今まで……」
そして――。
城塞都市エノム近郊の村、エノール――街はずれの孤児院で。
突如として胸の内に溢れた感情に、僕は戸惑っていた。
食事の準備をしていた手が止まり、手から皿が転げ落ちる。
パリン、と乾いた音を立てて、皿が割れた。
「あれくー?」
妹――ここの子供たちはみんな僕の妹、弟たちだ。
そのなかでもとりわけ小さい、サリアが僕の様子を不思議に思ったのか、とことこと近づいてきた。
「どうしたのー? 泣いてるの?」
「ん……いや、大丈夫だよ、サリア。ほら、お皿の破片が危ないから、あっちへ行こうね」
しゃがみ込んで割れた皿の破片を拾いながら、サリアに微笑みかける。
――微笑み、かけていられているだろうか。
(僕は……)
胸に溢れた温かい思い。
平和への祈り。
きっと、レイジとレイリィが上手くやったんだろう。
彼らが迷宮の最奥で、僕達に平和を取り戻した。
どうやったのかはわからないけれど。
(……今まで、どうして……)
ぐ、と胸に何かが詰まったような感覚。
思い出すのは、
『勇者だ! 勇者が来たぞ! 討ちと、ぎゃああ!?』
『ああああああああ!」
『ヒッ、やめ……殺さないで、……ぎゃあああああ!!』
『――余を殺し、何を為さんとする、勇者。――神の傀儡よ』
悲鳴、血、肉を切る感触、そして――死。
(僕は……どうして……今まで、何の疑問も持たずに……)
全てが魔人領で斬った人たち。
向かってくる者は皆殺しにした。
向かってこない者達も斬った。
斬って、斬って、斬って、斬って、殺して。
「なんの……ために……僕は……ッ」
「……あれくー?」
「さ、サリア……ッ」
サリアが皿の破片をまたいで、こちらに歩いてくる。
そして――
「よし、よし」
「――ァ」
頭を、撫でられた――
「っ……アぁあああああ!?」
耐えられず、逃げ出す。
孤児院を飛び出して、走る。
何処へとも知れず。
後ろからサリアが僕を呼ぶ声が聞こえる。
幼い声。優しい声。僕を心配して。
(僕に、僕にそんな資格はない……!)
殺した。
沢山殺した。
意味もなく、理由もなく、ただ殺すために、殺した。
言われるがまま殺した。
殺せと言われたから魔王を殺した。
あの時見た。
魔王が小さな女の子を逃がすのを。
彼女もきっと死んだ。
僕が殺した。
僕が、僕が、僕が!
(ヒッ……)
道行く人たちが、僕を不思議そうな目で見る。
平和という感情に感動して涙する人、笑顔を浮かべる人、感動を仲間と語り合う人。
(やめ、てくれ……)
僕が、平和という感情を取り戻して、持ったのは。
ただ後悔、だけだった。
身を焦がすような、激しい後悔。
昨日降った雨が作った水たまりに、僕の顔が映りこむ。
(レイリィ……も……あの時、こんな顔をしていたっけ……)
魔人領を旅している時。
レイリィは、実際のところ、魔人族とほとんど戦わなかった。
――戦おうとはした。けれど、魔法を使うと、きまってそのあと吐いた。
激しくえずきながら、彼女が感じていた感情――
(――それは、こんな、後悔……だったのか……)
平和の意味を知っていた彼女。
僕達の中で、唯一、彼女だけが、こんな暖かな気持ちを抱えたまま――
「ぐっゥ……おぇッ……!」
地面に手をついて、反吐をぶちまける。
「こんな……ことなら」
死んでしまえばよかった。
旅の途中で。
魔物に殺されて。
魔王に負けて。
帰りの船の中で。
――あの夜、吸血鬼の城で。
死んでしまえば、よかったんだ――。
――――――
その日の夜。
俺とアリス、ミリィにレイリィ、そしてセシリアを加えた5人は、セシリアがとってくれた宿で、小さいながら打ち上げのようなものをしていた。
宴もたけなわという頃。
「じゃからー、れいじはぁー……きいておるのか、れいじぃ」
「聞いてる聞いてる……ていうか酒癖悪いなおい……」
「……でー、実際のところどうなのよー、レイジはー」
「レイリィも酒癖悪いな……」
「こくり、こくり……」
「セシリアは寝ちゃうタイプね……」
まあ、酒盛りだ。
俺は以前のことがあったから、一滴ものんでいないが……。
「じゃから……レイジはじゃなーーー」
「あーもうわかったわかった! なにもわからないけど分かった! 俺が悪い!」
「そうやって適当にじゃなあーーー」
「はいはい!」
「だからー、アリシアのことどう思ってるのよ、あなたはぁ」
「いや、どうってなにさ……もうお前ら寝ろよ……」
「ごまかすのー!? ねー! アリシア、聞きたいわよねー!?」
「いや、聞きたいんじゃが聞くの怖いっていうか……聞きたいのは間違いないのじゃが……」
「なーにをひよってるのよー! ほら、レイジ! びしっとキメてやりなさい!」
「いや、キマってんのはお前ら二人だろ……」
「うふふ。お兄ちゃんたち、仲良しなの」
ミリィは10歳なので、果実ジュースを飲みながら料理を食べている。
にっこにこだった。
「はぁ……」
ため息をついて、紅い月を見上げる。
ファンタズマゴリアを照らすその月は、どこか、以前見たそれよりも優しさを帯びているような気がして――
「もー、レイジぃ! なにを黄昏てるのよー!」
「そうなのじゃー! わしに構うのじゃー!」
「お兄ちゃん、この料理おいしいの! 食べて食べて!」
「……うつら、うつら」
「ま、でも……こんなのも、平和ってやつ……なのかね」
――俺は自然と、ほほ笑んでいた。
――その夜、迷宮都市ザインでは、たくさんの宴の声が、夜遅くまでずっと、響いていた。
一章『人の迷宮』 了
二章『機械の迷宮』に続く。
これにて第一章は完結になります。
一先ず、人間族の国、ヘイムガルドでの冒険はこれにておしまい。
二章に続きます。
断章を一話挟んで、第二章は明日からスタートです。
20時と、21時の2回更新の予定です。
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