表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/149

38 最奥

 

 ――人の迷宮第百層――


 階段を降り、俺たちは迷宮の最奥に到着した。

 そこは、手の入った迷宮とは違い、ただの洞窟のような場所だった。

 暗く、狭い。


 そして、その空間の真ん中に。


「……これが、『情報端末コンソール』……か?」


 幾何学模様が刻まれた正方形の黒い何かがふわふわと浮いていた。

 時折刻まれた模様に沿って青い光が走る。

 それ以外は四角い箱のようなものだ。

 大きさは大体1メートル四方ほどだろうか。

 結構大きい。


「『無限物質エタニティマター』、ともいうらしいわね。あなたから聞いた聖人ユウトの話では」


 無限に資源を生み、迷宮の基になった物質、か。

 魔力や聖力もなにも感じないが……。


「……で、これをどうしたらいいんだ、俺は?」

「……さあ」


 レイリィが首を捻る。


「触れたらよいのじゃ。アクセスする、という強い意志を以って」

「……そう、か。ん、わかった」


 一歩前にでて、手を伸ばす。

 アクセス。そうアクセスだ。何かにアクセスするイメージ……。

 指先が、ふれる――


「ッ!? あっぃぁあああ、ガ、あああああああああああああああああッッッ!!!???」


 ――瞬間、脳みそが沸騰した。

 融点に達した鉄の棒で体を縦に貫かれたような。

 そう錯覚するほどの熱、いや、これは痛み。


 そして、洪水のように流れ込んでくる――


 ――戦え

 ――悲しい

 ――憎い

 ――苦しい

 ――闘え

 ――痛い

 ――殺してやる

 ――死ね

 ――たたかえ

 ――なんで

 ――どうして

 ――なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで


 ――ダレカの、ナニカの、感情。感情。感情。


「ぁああッ!?」


 手を引く、膝をつく、息が切れる。


「お、ぇえ……!」


 胃の中のものをすべてぶちまけた。


 ――何だ今のは、今の感情の奔流は、なんだ。

 憎悪、痛み、悲しみ、怒り、そして疑問。


 ありとあらゆる負の感情が、叩きつけられるようにして心に流れ込んできた。


「レイジ!」


 意識が飛んでいたのか……?

 アリスに抱きしめられ、背中をさすられていることに気が付くのに数十秒を要した。


「ぁ……?」


 視点が合わない。

 傍にあるアリスの顔がぼやける。


「大丈夫なのじゃ……?」

「ぁ……ぅ……?」


 言葉を発することが出来ない。

 出てくるのは意味を成さない音だけだ。

 何か、何か言ってアリスを安心させないと。


「――し、ね」

「!?」


 俺の右腕がアリスの首筋にふるわれた。


 ――……?


「のまれてる……! んっ……大丈夫、レイジ!」

「あ、ぁ……?」

「落ち着いて、レイジ。あなたはあなた。他の誰でもない。大丈夫だよ……」

「……あ……?」


 腕を受け止められ、頭を掻き抱かれる。

 耳元にアリスの吐息を感じる。

 アリスの手が優しく俺の背を撫でる。


 ――……?


 今すぐにこの柔らかい体を貫いてぐちゃぐちゃにぶち壊して臓物をぶちまけて四肢を引きちぎって頭をつぶして脳みそをばらまいて細切れにして踏みつけて全部綺麗に殺して殺して殺しテコワシテ……――?


 ――なんで?


 ……なんでそんなことを考える……!?


「ぁっ、ぁああああああ!?」


 わけのわからない自分の思考に恐慌をきたし、アリスから飛び離れる。


「レイジ!? どうしたのレイジ!?」

「お兄ちゃん、落ち着くの!!」


 レイリィとミリィが何かを言っている。

 アリスがつかんだ手を放してくれない。

 物凄い力で再び抱きしめられる。

 とく、とく、とアリスの心臓が鼓動を打つ音が聞こえる。

 この心臓を抉り出してつぶして首を撥ね飛ばして小さな体を全部全部全部壊して殺してコワシテ殺して戦わないと、戦うんだ。殺せ。壊せ。闘争を――。

 闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え闘え――――――どうして!!


 ――違う!そんなことは俺の望みじゃない……!

 俺の望みは……!



「――大丈夫だよ。レイジ。あなたなら、跳ね除けられる。大丈夫」



 大丈夫、大丈夫、と背を撫でられる。

 鼓動が聴こえる。

 アリスの鼓動。

 温かいおと。

 温かい――。

 落ち着く――。


「は……ぁ」


 とく、とく、とく。

 …………。


「ご、めん……だい、じょうぶ。ありがとう、アリス」

「……ん。なんでもないのじゃ」


 アリスが手を離す。

 アリスから体を離し、立ち上がる。

 ふらふら、と足元が覚束ない。


「……なん、なんだ、これは」


 手を頭に当てて、首を振る。

 さっきの感情の奔流。

 そして俺の思考。なんでアリスと戦わないと、なんて考えるんだ。


「……それがきっと人にかかっているロックというやつなのじゃ」

「……あれ、が……?」


 あんな憎悪の塊みたいな感情を、魂に植え付けられてるって、ことなのか?


「あれは……だめだ」


 あんなもの、取り除かないと、駄目だ。

 あんなものが心の中にあったら、駄目だ。絶対に。

 やらなきゃ。

 俺が。


 俺の力で……。


「…………ふぅ……」


 気合を入れる。

 もう一度『情報端末コンソール』に手を伸ばそうとして――。


 手が、止まった。


 怖い。

 怖い、怖い。


 またあの痛みに、感情に、心が支配されるのが怖い。

 足が震える。

 歯の根が合わず、がちがちと音を鳴らす。


 怖い。

 怖い、怖い。


「――アリス……俺の……手を、握っていてくれないか」

「ん、お安い御用なのじゃ」


 ふるえる俺の手を、アリスの小さな両手が包み込む。


 温かい。


「ん」


 俺を見上げて、アリスがほほ笑んだ。


 ――手の震えが、止まった。


「レイジ……大丈夫、なのね?」

「お兄ちゃん……」


「――あぁ、大丈夫だ」


 一瞬だけ振り返り、二人に微笑む。


 すぅ、と息を吸う。

 手を伸ばし、触れた。


 ――戦え

 ――悲しい

 ――憎い

 ――苦しい

 ――闘え

 ――痛い

 ――殺してやる

 ――死ね

 ――たたかえ

 ――なんで

 ――どうして

 ――なんで


「ぐぅうう……!?」


 身構えていた分、さっきよりは幾らかましな衝撃。

 脳天まで突き抜けるような痛みと感情の奔流に、心を手放しそうになる。


(でも……!)


 塗りつぶされない。

 こんな感情に流されない。

 アリスとつないだ手に、ぎゅ、と力を籠める。

 歯を食いしばる。


(――これ、は。きっと、表層の、部分だ……もっと、奥、だ)


 憎悪の海をかき分けていくようなイメージ。

 きっと、これは蓋だ。

 忘れさせたい感情に蓋をするように、負の感情で表層を埋め尽くしてるんだ。


 だったら、この奥には、きっと。


 ――なんで戦いなんて起きるの?

 ――どうして殺されなきゃならない?

 ――なぜ殺さなくてはいけない?


 憎悪の表層を抜けると、そこには疑問。


 ちがう、これじゃない。

 もっと奥……。


 ――『――』なら。

 ――『――』を。

 ――『――』の為に。

 ――『――』でありますように。


 願望。

 希望。

 切望。

 渇望。


「あった――」


 隠された感情に、そっと指で触れるようにして。


 憎しみに愛を、

 争いに赦しを、

 分裂に一致を、

 絶望に希望を、

 闇に光を、

 悲しみに喜びを――


 そっと、"書き加える"。


「――――ッは……」


 そして、『情報端末コンソール』から指を離した。


「おわ、った……?」

「……ん。わしにはわからぬが」


 気付けば、ひどく強くアリスの手を握っていたようだ。

 左腕に力がこもっていた。


「アリス……ごめん、痛かったか」

「なんでもないのじゃ」


 きゅ、と俺の手を一度握ってから、アリスが手を離す。

 俺は振り返る。


「レイリィ、どうだ、なにか……」


 ぎょっ、とした。

 レイリィが目を丸くして、その大きな金色の瞳から――


「……え……?なんで、どうして、わたし……?」


 ――とめどなく、涙を流していた。


「レイジ、が、それに触れて、何かしたのは、解ったの……そのあと、からっ……!むねの、お、奥が……すごく、あたたかくてっ……!……なん、で、だろ……わたし……」

「レイリィちゃん……」


 しゃくりあげながら、それでも、必死に言葉を紡いで。


「――なみだがっ、とまら、ないの」


 レイリィが何かに満たされたような、そんな、幸せそうな笑顔を浮かべた。


 そ、とミリィがレイリィの涙をタオルで拭く。


 それで何かが決壊したかのように、その場に座り込んで、レイリィが大声を上げて泣き始めた。


「レイジ……ずびっ……レイジぃー!あり……ぐすっ……あり、がとう、ありがとうー!うえええええええ!!」


 えぐえぐと泣き喚きながらレイリィが俺に礼を言う。

 鼻水もだばだばだ。

 そして、涙をぬぐうミリィをぎゅーっと抱きしめた。


「はは……王女様がしていい顔じゃないぞ、それ」


 俺はその光景を見て、そうか、これでよかったのか、と胸をなでおろす。


 嬉しいのだ、とそう言って泣くレイリィを見て。


(……あぁ、ここまで来てよかった。それだけで――俺は報われる)


 そう思う。


 そっと、隣に立つアリスの手を握る。

 俺が心を手放さぬように、優しくつなぎとめてくれていたその手を。


 きゅ、と俺の手が握り返された。


「――よかったね、レイジ」

「……ん」


 そう言って微笑みかけてくれたアリスに、頬が熱くなるのを感じながら、俺は泣きじゃくるレイリィをずっと見ていた。



 ――こうして俺は、迷宮の最奥で、人間族の心に、『平和』を取り戻した。

迷宮探索、おしまいです。

リザルト回を何話かはさんで、一章は終了になります。


次回も明日、同じ時間に。


気に入っていただけましたら、ブックマークや評価、よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ