36 決闘
――白銀が奔る。
美麗、そして流麗。
攻撃は、決して苛烈ではなく、激してもいない。
しかし、確実に、そして、正確に俺の急所を狙う剣撃。
「――っ」
幾合目の打ち合いか。
俺と騎士が地を蹴ってどれほど経った。
首を狙い振るわれる剣を、膝を曲げてしゃがみ躱す。
膝のばねを使って、懐に飛び込んで掌底を放った。
籠手を剣の柄で弾かれて軌道が逸れる。
突き出した腕が、騎士の頭を大きく外れて空を切る。
肩口を胸に叩き込まれて咳き込む、が体勢は崩さない。
崩せば即座に首が飛ぶ。
踏ん張って堪える。
脚を絡め、腕をつかみ、投げ飛ばす。
――大外刈り。
ぐるり、と世界が回る。
背中から地面にたたきつけられた。
(逆に、投げ飛ばされた……!?)
そう認識するのに一瞬。
しかし、騎士の判断はもっと速かった。
突きが心臓に向け放たれる。
咄嗟に、刀身を両手で掴む。
「ぐぅぁああ!!」
手のひらから血が噴き出る。
刃は胸スレスレで止まった。
剣が引かれ、振り下ろされる。
次は首。
転がって躱す。
立ち上がって、構え直す。
(……傷の治りが遅い)
手から血が流れる。
ぽたぽたと血が落ちて、白い床を赤く汚した。
騎士が剣を振り、こびりついた血を飛ばす。
そして剣を構え直した。
地を蹴る。
全身に魔力を通す。
騎士が、ゆるり、と剣先を足元まで下げて、横に構えた。
――間合いに入った。
剣が俺の左側面から斜めに振り上げられる。
スウェーで躱し、軸をずらして、懐に滑り込む。
体を捻り、一歩踏み込む。
――鉄山靠。
するりとした感触。
躱された――。
理解すると同時、軸足を回し遠心力を付けた回し蹴りを放つ。
躱される。
分かっていた。
遠心力を利用して、肘撃ち。
バックステップで距離をとられる。
開けられた間合いを即座に詰める。
剣の間合いで戦えば不利だ。
俺はひたすら懐に入り込む。
顎に向け、掌底。逸らされる。
ショートフック。躱される。
肘撃ち、をフェイクに掌底。躱される。
開いた体に、カウンター気味の突きが奔る。
チッ、と音を立てて、胸元が裂けた。
血しぶきが舞う。
突き出された腕をつかみ取り、間接と逆向きに体重をかける。
ゴキリ、と音を立てて、騎士の右腕をへし折った。
痛みが無いのか、それとも痛みをなんとも思わないのか――。
即座に剣を左手に持ち替え、距離をとる騎士。
するり、と踏み込みの予兆さえ感じさせない体捌き。
横薙ぎの一閃。
眼では追えない。
肌に感じる死の気配だけで攻撃を躱す。
くるり、と騎士が体を回す。もう一度横薙ぎ。
一歩踏み込み、騎士の腕に籠手の甲をぶつけることでそれを止めた。
甲冑と籠手が噛み合う。
腕一本で、俺の体が押し込まれる。
(なんて、膂力だ――!)
体をズラして、勢いを利用した腕がらみ投げを仕掛ける。
「が、はッ――!?」
胸に凄まじい衝撃。
なにをされたのか理解できぬまま、吹き飛ばされ、地面を転がる。
衝撃に刹那、意識が途切れた。
致命的な隙。
それを認識する前に――、ざん、という音。
直後――
「ぁァあああああアああッッッ!?」
――左肩に激痛。
俺の、左肩から先が、斬り飛ばされた。
肩を押さえ、地面をのたうちまわる。
血が飛び散り、地面を汚す。
目の前がチカチカする。
呼吸が出来ない。
思考が白熱する。
「ぐ、ゥウうう……!!」
唇を噛んで痛みをこらえて立ち上がる。
左腕のことは忘れろ。今は、今は――。
「はっァア……!」
飛び込む。
振るわれる剣。
躱す。
上段――躱す。
下段――躱す。
横薙ぎ――躱す。
振り上げ――躱す。
突き――躱す。
躱す、躱す、躱す、躱す。
意識が飛びそうだ。
俺は何をしている。
どう体を動かしている。
「ガッぁあああああああ!」
意味のない咆哮を上げる。
意識を保て。まだだ。まだ倒れられない。
躱す、躱す、躱しきれずに浅く足を切り裂かれる。
右肩に剣が突き込まれる。
何度躱し、何度斬られた。
何処が斬られた。治癒は。回復は――。
思考が渦巻き、意味を成さない。
だが、まだだ。
倒れるわけにはいかない。
幾合打ち合った。
へし折った右腕側に回り込む。
脚を狙った下段蹴り、出鼻を強烈な前蹴りで止められる。
だが、刹那。
たった一瞬、騎士の体が開いた。
永劫とも感じるその刹那。
届けとばかりに右腕を伸ばす。
――そして。
「ッ――アァッ!!」
――騎士の胸に、俺の貫手が突き刺さった。
届いた――。
肘まで突き刺さった右腕。
確実に、致命傷。
その魂ごと、相手を貫いた。そう確信した。
『――フフ』
どこか、嬉しそうに、騎士が笑う。
『――よろしい』
『――見事』
『――確かに』
『――貴様の強さ』
『――意思』
『――受け取った』
『――聖人よ。願わくば、人々に安寧を』
『――聖人レイジ、我らに平和を』
『我らが魂、これより貴方に』
「――ぁ……」
騎士が、膝をつく。
剣を捧げ、忠誠を誓うように。
そして最期に――
『――頼んだ』
とても穏やかな声色でそういって、光の粒になってかき消えた。
「……っ」
どさり、と前のめりに倒れ込む。
肩が痛い。
肩どころじゃない、そこら中が痛い。
腕は切り飛ばされたし、いろんなところ刺されたし、斬られたし……。
(しんど……かった……)
「レイジっ!」
「お兄ちゃん!」
「レイジー!」
最後まで何も言わずに見守っていてくれたのか……。
3人が駆け寄ってくる。
(あぁ……左腕、元に戻るかなあ……)
そんな思考を最後に、プツリと俺の意識は途切れた。
短いので、続きを1時間後にアップします。