33 迷宮探索Ⅹ
――人の迷宮第七十一(?)層――
光球に触れ、再び通路に戻って来た。
レイリィは俺の腕の中ですぅすぅと寝息を立てている。
丸一日起きないらしい。
やれやれ、と頭を振って、ミリィがテントの準備をするのをそのまま眺める。
「あの『スキル』を使うと丸一日寝る、か」
それはおいそれと使えないだろう。
その分恐ろしい威力だったが。
「できたなのー!」
ミリィがテントの設営を終える。
素晴らしい手際だった。
「ありがとうミリィ」
そう言って、テントの中にレイリィを運び、寝かせて毛布を掛けた。
テントを出ると、ミリィが焚火の準備を済ませた後だった。
素晴らしい手際だった。
「ごはんも作るなの?」
「ん、あぁ、頼む」
「はーい!」
『ほれー干し肉なのじゃー』
俺の影から、見慣れた干し肉が放り出される。
慣れた様子でミリィが空中で干し肉をキャッチして、火にかけた鍋に入れてゆく。
「……ミリィ」
「なぁに?」
てきぱきと野菜をナイフで切り分けて、鍋に入れる。
「なんか、ありがとうな」
「へ?なにがなの?」
こてん、と首をかしげるミリィ。
手はせわしなく食事の準備を続けている。
「いつも食事の準備とか、野営の準備とかさ。すごい助かってるから」
「うーん……ミリィはお兄ちゃんみたいに戦えないなの」
「うん」
「お姉ちゃんみたいにいろいろ知ってたりもしないの」
「うん」
「レイリィちゃんみたいに魔法も上手に使えないの」
「うん」
「だから、ミリィに出来ることはこのくらいなの」
気にしないでなの、と笑って、ミリィが食事の支度を終えた。
スープの入った器を受け取り、一口飲む。
いつもの味だ。
「でも、さ……危険な目に合わせてるだろ?」
「いつもお兄ちゃんが守ってくれるの。ミリィ、危なくないよ?」
「いや、どっちかって言ったらミリィをいつも守ってるのはレイリィだけどな」
俺は大体突っ込んでいってるし。
ミリィの傍にいて近寄る魔物を魔法で吹き飛ばしてるのはレイリィだ。
「うん」
にっこりと笑ってミリィがスープを飲む。
「みんなが、ミリィを守ってくれるの。だから、ミリィは危なくないよ」
「……そっか」
ぽん、と頭にてを置いてぐしぐしと撫でる。
わぁわぁと喜んで、されるがままになるミリィ。
髪の毛がくしゃくしゃになった。
ミリィには戦闘能力はない……と言っていいだろう。
時折盾を使って攻撃を防いでいるが、魔物が多く、強くなってくるとそうもいかない。
迷宮に連れて来たのは間違いだったのではないか。
そういう風に思ってしまう。
ゴブリンキングとの戦闘以来、特にその気持ちは大きくなっている。
「後悔とかしてないか?」
「なにをなの?」
こてん、と首をかしげるミリィ。
……その表情を見ていると、俺の中でくすぶっていた感情がすっと氷解していく気がした。
「いや、なんでもない。いつもありがとうな、ミリィ」
「大丈夫なの!」
そういって、ミリィは屈託なく笑った。
――――――
キャンプを設置してまる1日が経過した……と思う。
時間感覚はとうにない、が、レイリィがけだるそうに起きて来たから1日経ったのだろう。
「おはよう……」
「おう。おはよう」
「タオルー!」
「ありがと……」
ミリィから濡れタオルを受け取って、顔を拭くレイリィ。
すこしすっきりしたのか、ふぅ、と息を吐く。
「ここは……71層?」
「多分な。……おかげで鎧は倒せた……みたいだ」
消滅しちゃったからわからないけど。
「そう、よかったわ。聖銀製の鎧だったから……まぁ、アレなら平気ね」
「聖銀ってそんなに硬いのか……?」
アレを使わないといけないほどに。
「前にも言ったかもしれないけれど、折れず、曲がらず。よ」
ずず、とミリィの用意したお茶を飲みながらレイリィ。
「あなたが本気の本気で殴っても、きっと折れないし曲がらないし、砕けない」
「そんなにか……」
「だから"アレ"を使ったの。……まぁ、過剰だった気はするけど」
「……アレは、その……」
訊くのが憚れる。
それこそ、彼女の"とっておき"なのだろうから。
「ん、あの時も言ったけど、私の『スキル』よ。正確には『スキル』を使った魔法だけど」
あっけらかんとレイリィが言う。
特に秘密にしているわけでも無いようだった。
「とんでもない威力だったな」
「わたしが【魔導姫】と呼ばれる所以ね」
「まどうき……?」
「ん、二つ名みたいなものよ。恥ずかしいけれど」
「そんな風に呼ばれてるのか」
知らなかった。
「で、具体的には"アレ"なんなんだ?」
「んー……説明がちょっと難しいんだけれど」
そう言葉を切って、レイリィが顎に手を当てる。
「本来魔法は1度の詠唱で1種類しか発動できないの……それは知ってる?」
「知ってる」
というよりは察していた。
出来るなら『土障壁』を発動させて隙間からゴブリン軍を吹き飛ばしていただろうし。
「でも、わたしの『スキル』なら、4つ同時に、元素魔法なら発動させることが出来る」
「元素魔法とは?」
「魔法の形を取っていない……そうね、あなたがザインに向かう途中で練習していたような。魔力の塊を発生させる魔法」
「なるほど」
「うん。その元素魔法に魔力を注ぐだけ注いで、さらにその4つの魔法を束ねて……と、まぁそんな感じね」
わかるようなわからないような感じだった。
「とんでもない魔力を消費するから、魔力欠乏で丸一日は起きられない、とまぁ、そんな感じね」
「なるほど、な」
「……ゴブリンの時も使ったらよかったかしら」
「いや、あの時は……まぁ俺で何とかなったから、大丈夫だ」
「ん、そう言ってもらえると助かるわ」
首を竦めてレイリィが茶を啜る。
――使おうと思えば使えたのだろう。
使えばゴブリン300体など物の数ではない、それほどの威力があの魔法にはあった。
多分、だが、俺たちを信用しきれていなかったのだろう。『奥の手』を見せるほどには。
でも、あの時はそれを使ってくれた。
今はそのことに感謝しよう。
だから。
「ありがとな、レイリィ」
俺が言うべきは礼だった。
「な、なによ急に」
「いや、なんでもない」
そう言って笑った。
――人の迷宮第七十九(?)層――
そうして、俺たちは再び光球の前に到達していた。
79層、の筈だ。
「よし……いこう」
「ん」
「はーい!」
『ごーごー、なのじゃ』
三者三様の返事をもらい、俺は光球に触れた。
短いので、続けてもう一話投稿です。
1時間後に投稿します。