32 迷宮探索Ⅸ
――人の迷宮第六十九(?)層――
あれから9つの階段を下りた。
つまりここは69層の筈だ
相変わらずの暗い通路。
こんな通路を作るなら直接10層ごと転移させてくれればいいのに。
ていうか50層までのギミック造りで飽きたんじゃないのか、あいつ……。
手抜きなんじゃないのか……。
そんなことを疑ってしまうくらいこの通路には何もなかった。
「さて……」
目の前の光球以外は。
「また、あるわね」
「まぁ、そういうことなんだろう」
俺の予想は当たっていたみたいだ。
これに触れればボス部屋だろう。
「みんな準備はいいか?」
「えぇ。わたしは大丈夫」
『わしも平気じゃ』
「ミリィも大丈夫なの!」
「ミリィは怪我しないように下がっててくれな」
「えー」
えー、じゃない。
「よし、行くぞ」
そういって、光球に触れた。
――人の迷宮第七十(?)層――
光が消え、地面の感触を感じる。
目を開けると――
「聖堂……?」
伽藍洞の大きな空間に、規則正しく石の柱が立ち並ぶ。
奥にはステンドグラスと何かの像。
俺の知っている聖堂とは少し違うが、おそらくそう呼んで差支えのない空間に出た。
「……アレだな」
「えぇ」
『遠見』を放つまでもない。
今回のボスは間違いなくアレだろう。
白銀に輝く剣を床に突き刺して杖にし、全身を白銀の鎧で覆った……いや、そうじゃないな。
その鎧そのものが、ボスだ。
「リビングアーマー……ね」
「それも……聖銀、だな」
自分の迂闊な発言を呪う。
見事なフラグ回収だった。
「……どうする、か」
幸い敵は一体だ。
……少なくとも目に見える範囲では。
何とかごり押しで……。
その時、がちゃり、と鎧が動いた。
ばね仕掛けの人形のように顔をハネ上げると、こちらをじっと空洞の奥の赤い瞳で見つめる。
鎧が剣を持ち上げ、構えた。
「――ここはわたしに任せて」
「……え?」
レイリィが背負っていたカバンを下ろす。
「アレ、全身聖銀よね。レイジの天敵、じゃないの?」
「いや、まぁそうなんだけど……」
「無理矢理突っ込んでいってもレイジの魔力は通らんのじゃ」
「え、そうなの?」
「中身がないからの。中身があれば中身を直接揺さぶったり、まぁ戦い方はあるのじゃが。ミスリルそのものが相手では、ちと分が悪いの」
「レイジの攻撃方法は打撃だしね」
「確かに……」
触ったら焼け爛れるし、あんまり触りたくないのも事実だ。
「まぁ、わたしも伊達に世界最強って呼ばれてるワケじゃない、ってところみせないとね」
そう言ってこちらにウィンクするレイリィ。
ばさりとフードを取り去って、地面をつま先でトン、と叩く。
「!?」
叩いた場所に魔力が渦巻き、何かが地面から現れた。
「……杖?」
「えぇ。わたしの武器」
そう言ってボロ布が巻かれた細長い杖に手をかざす。
ふわふわとレイリィの前で杖が浮遊している。
「聖銀を吹き飛ばすなら、これくらいしないと、ね」
がちゃり、鎧が動く。
剣を構え、ガシャガシャと耳障りな音をたてて、こちらに突進してくる。
――疾い。
「ッ!」
慌てて前に出る。
腰だめの位置から放たれた一閃を籠手で受ける。
ギィン!と高い音が響き、受けた籠手が削れた。
「う、っそだろ!?」
はがれた破片が宙を舞い、魔力の粒になって霧散する。
「あーっ! わしがせっかく作ったのに!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないぞ!」
鎧は俺を敵と認識したのか、中に人がいないことが信じられないほどの技術が籠った剣撃を繰り出してくる。
「ごめん、レイジ、少し時間を稼いで!」
「わかった!!」
紙一重で、縦に振るわれた剣を躱す。
籠手では受けられない。
これが壊されたら俺の身を守るものは何もない。
「さぁ、行くわよ……『四大元素限界突破』」
レイリィが呟いた瞬間、世界が色を変えた。
バチンッ! と高い音が響く。
「な、んだ……!?」
魔力が体の中で暴れるような感覚……いや、これは。
「魔力が、吸われてる……!?」
体の底から何かを引っこ抜かれているような感覚。
ずるずると俺が纏っている途方もない量の魔力が目減りしていく。
吸われる先は――
「『火よ、水よ、風よ、土よ――』」
――詠唱を始めたレイリィだ。
彼女の周りには4つの魔力の塊が浮いている。
赤・青・緑・茶。
レイリィを中心として、魔力が渦巻く。
いや、そんな生易しいものじゃない。
魔力が暴れている。
ギシ、と体が重くなる。
対面する鎧も同じように動きが鈍くなっている。
魔力で動いているからだろうか。
俺と同じように魔力を吸われているらしい。
ひゅん、とそれでもなお疾い斬撃が俺の頬を掠めて振るわれる。
ジュゥッ、と音を立てて、斬られた場所が焼ける。
「く、そ!」
鎧の胴体を蹴りつけて距離を置く。
靴越しなら大丈夫だ。俺にダメージはない。向こうにもないが。
「『――我が理、始まりの4つ、終わりの4つ、重ね、束ね、ひとつに』」
パンっ! と、浮遊していた魔力球を4つ全て巻き込んで、両手を合わせるレイリィ。
魔力風がさらに強くなった。
ごうごうと音を立て、彼女を中心に竜巻のように吹き荒れている。
地面の石畳が剥がれ、礫となって巻き上がる。
「下がって、レイジ! わたしの後ろに!」
「お、おう!」
さらに重くなった体を引きずって、レイリィの後ろに走る。
鎧はもはや動くことすら叶わないのか、剣を床に突き刺してギシギシと軋む音を立てている。
「……この状態でもそんなに早く動けるなんて、流石ね」
そう言って振り返るレイリィ。
あわされたままの両手の中心。途轍もない魔力を感じる。
「なに、した?」
「わたしの『スキル』よ。オリジナル魔法。周りの魔力を手当たり次第に食うの。だから滅多に使わないわ」
――味方も動けなくなるんじゃ、しょうがないしね。
そう言って、ゆっくりと合わせた両手を開く。
両手の間で、極彩色の球がバチバチと魔力を迸らせている。
それを見て、俺は驚きに目を見開いた。
「――これ」
――触れれば死ぬ。
直感した。
吸血鬼の不死身の肉体も、コレはどうしようもない。
きっと、アリスでさえも。
これは魔力なんてものじゃない。
死の塊だ。
「いくわよ――」
腰だめに両腕を構え――
「『滅びを』」
――詠唱と共に、レイリィが『死』を放った。
――閃光。
音すら光に塗りつぶされて、『死』が奔る。
一瞬の後。
レイリィの前には何も残っていなかった。
鎧も、聖堂も。
光の奔った空間が、黒い虚無に塗りつぶされている。
「へぇ……迷宮の壁の向こうはこう、なってる……の」
がく、と膝をつくレイリィ。
倒れる前にその体を受け止めた。
「レイリィ!?おい!?」
「この、『スキル』……ちょっと……問題、が……あって……」
迷宮の壁が、床が修復されていく。
「つかう、と……丸一日は……起きられ……ない……」
そう言って、俺の腕の中でレイリィが意識を失った。
「……つまり、一日寝るってこと、か?」
すぅすぅと、規則正しい寝息を立て始めたレイリィを抱えて呟いた。
「す、すごかったなの……。レイリィちゃん、大丈夫……?」
ひょい、と顔をのぞかせるミリィ。
「あぁ、寝てる……みたいだ」
思ったよりもあどけない顔で寝るのだな、なんて思った。
「アリス……さっきの、アレ」
「ふむ……わしも初めて見る魔法なのじゃ。……レイシアのオリジナルって言っておったの」
「……アレ、くらったらさすがに……」
「うむ。死ぬの。……ていうか消し飛ぶのじゃ。チリすら残らないならさすがに復活出来んのじゃ」
「とんでもない魔法だな……」
「うむ……」
珍しくアリスも戦々恐々としている。
ふわり、と例の光球が現れる。
すでに聖堂の修復は終わっている。
「ていうか……明らかにオーバーキルだよな……」
影すら残らず消滅した鎧の居た場所を振り返りそう言って、俺は光球に触れた。