26 迷宮探索Ⅴ
ミノタウロスを倒し、一息ついていると。
「あんた……いや、助かった。ありがとう」
先ほどミノタウロスと戦っていた青年が、そう言いながら、脚を引きずってこちらに歩いてきた。
「あぁ。いや……」
俺は周りを見る。
そこに倒れ伏した人たちを見る。
……決して少なくない人たちが、死んでいた。
「すこし、遅かったみたいだ。……すまない」
頭を下げる。
もう少し早くここにきていれば、助けられたかもしれない人たちだ。
……人の死を眼前にして、少なからず動揺しているらしい。
手が震える。
そ、と震える俺の手にミリィの手が重なる。
「……お兄ちゃん」
「ああ……大丈夫。ありがとう」
ミリィの手を優しく握り返す。
「いや、俺の判断ミスだ。兄ちゃんが気にすることじゃない。兄ちゃんたちが来なきゃ、ここで全滅だった。……ありがとう」
「……あぁ」
深く頭を下げる青年に答える。
「俺はエルドレイン。探求者パーティ【暁の剣狼】のリーダーだ」
「俺は……えっと、レイジだ。ただのレイジ」
「同業なんだろ? そっちの姉ちゃんがそう言ってた。3人でこんなところまで潜って来たのか?」
「あぁ。ちょっとここに用があってな」
「……そうか。まあ兄ちゃんの強さなら簡単だろうな……俺はとっくにおっちんで夢でも見てるのかと思ったぜ……」
「いや……あんたたちはどうするんだ?俺たちは少しここに残るけど」
「あぁ……さすがに消耗が激しい。地上に戻るさ。……でも、俺たちが言うのもなんだが、大広間探しても何もないぞ。あの開かない扉があるだけだ」
「えーっと……あー、俺たちは……」
ちら、とレイリィを見る。助けて。
「……はぁ……」
ため息を吐いて、ぱさりとフードをとるレイリィ。
「私たちは大広間の調査に来たのよ。……はい」
そう言って、首にかけたペンダントのようなものを引っ張り出して青年――エルドレインに見せるレイリィ。
「っ! こりゃ……あぁ、そういことか……これは失礼しました」
姿勢を正し、胸に手を当てて礼の姿勢をとるエルドレイン。
「いいわ。気にしないで」
ペンダントを仕舞い、再びフードを被るレイリィ。
「何を見せたんだ?」
「王族の徽章よ。……ええと、エルドレインさん?」
「はっ」
「私たちがここに来たことは内密にお願いしますね」
「……は」
深く頭を下げる青年。
「おぉ……レイリィが偉い人っぽい」
「偉いのよ……。貴方たちといると忘れそうになるけどね」
「……そちらの少年は」
「貴方は何も見なかったし、何も聞かなかった。大広間でミノタウロスと遭遇。戦闘は起きず、命からがら逃げだして地上に戻って来た。分かるわね?」
「……は」
もう一度礼をし、こちらに視線をよこすエルドレイン。
「……レイジ。本当に助かった。ありがとう」
そういって、脚を引きずって遠ざかっていく。
彼の他の仲間たちが、倒れた仲間達の遺体から装備を外し、荷物に入れてゆく。
「……なにしてるんだ?」
「死んだ人たちの遺品を回収してるのよ」
「ん……? 遺体はどうするんだ。まさかそのままにしていくのか?」
腐ったりして大変だろう。
……そういえば、迷宮探索の間、遺骨とか見なかったな……。
「……? 遺体なんて残らないわよ。何言ってるの?」
「は? だって……」
言いかけて、目を見張った。
死んだ人たちの遺体が仄かに光り、粒子となって消えていく。
「……は? え?」
困惑していると、血と装備だけを残し、人々の遺体はきれいさっぱり消えていた。
「……こっちでは、人は死ぬとああなるのか」
「他にどうなるっていうのよ。人は死ねば魂の情報になって空に昇るのよ。常識でしょ?」
「……あぁ、そうだったな」
「??」
不思議そうなレイリィの表情を見て見ぬふりをして、俺は目を閉じ
(願わくば、安らかに)
そう祈った。
――――――
【暁の剣狼】のメンバーが去って暫く。
血生臭い魔物の死体を、レイリィが魔法で焼却処分するのをぼーっと眺める。
(魔物の死体は消えないんだな……)
『魂の持つ情報の量が違うからの』
(そういうものなのか……)
アリスに心を読まれたことに特に驚きもなく、心の中で答える。
『ショックなのじゃ?』
(あぁ……ショック、なんだと思う。散々魔物を殺しておいてなんだって思うかもしれないけど)
やっぱり、人の死を目の当たりにするのは、ショックだった。
『レイジにはどうにもできなかったことなのじゃ。探求者達は迷宮で死ぬことは覚悟の上の筈じゃ』
(まぁ、それもわかってるよ。……でも、やっぱり、な)
『レイジの住んでいた世界では、人の死はそれほど身近なものじゃなかったのじゃな』
(あぁ……死ぬにしても、病気とか……まぁ、何かと戦って死ぬなんてことはなかったと思うよ。少なくとも俺の住んでいた国では)
『ふむ……それが"ヘイワ"ってことなのじゃ?』
(すこし、平和とは違うかもしれないけど……)
でも、きっとこの世界では"アレ"は日常なんだろう。
血にまみれて斃れ、そして光の粒になって消えてゆく。
レイリィもミリィも、その光景を眉一つ動かさずに見ていた。
(やっぱり、あんな光景が日常だなんていうのは……あまり、気持ちのいいものじゃないな)
『ふむ……。でも、それをなんとかする為にレイジは今ここにおるのじゃろ?』
(あぁ。……多分、そうだ)
手を握りこむ。
そして、大広間の奥、静かに佇む大扉を見た。
「あれが『聖人の門』か」
「えぇ。そうよ」
焼却処分が終わったレイリィがふぅ、と息を吐きながら歩み寄ってくる。
「大魔法でも、剣や斧の衝撃でも傷1つつかなかったそうよ」
懐から青いビンを取り出すレイリィ。
口をぱきっと折ると中のドロリとした青い液体を一息で飲み干す。
「ん? なんだそれ」
「ポーションよ。魔力の回復を助ける薬。……凄い不味いけど」
「へぇ」
「さて、アレ、あなたなら何とか出来るのよね」
「その筈、だ、っと」
よいしょ、と立ち上がって奥に歩き始める。
後ろをレイリィがついてくる。
ミリィもぱたぱたとかけて来た。
門の前に立ち、そっと触れる。
巨大な扉だった。大広間の天井付近まで続いている。
両開きなのだろうか。中心に切れ目が走っている。
中心辺りに小さな文字で何かが書いてある。
「これ……」
「ん、古代語なのかしらね。考古学者やらいろんな人が解読を試してみたけど読めなかったみたい」
「……読める」
「え?」
「俺、読める、っていうか、これ……」
驚きに手が震える。
「日本語だ……」
指で書かれた文字をなぞる。
そこには
あなたは聖人ですか?
YESなら→ENTER
NOなら →LEAVE
アダルトサイトに入場する時のアレである。
聖人と成人を掛けた、死ぬほど下らない日本語のジョークが書かれていた。
本日はここまでです。
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作者のモチベーションが上がります。
明日は2話更新になります。19時と20時の二回です。よろしくお願いします。