03 お嫁さんは吸血鬼(真祖)
「わし、眷属作っちゃったのじゃーーーー!?」
変な獣に襲われて死にかけたと思ったら、めちゃくちゃ怖いけどめちゃくちゃな美少女に血を吸われて、今度はその美少女がなんかわたわたし始めました。
……いや、俺も何を言ってるのかわかんないよ。
「作っちゃったの……?」
「作っちゃったのだ……! どうしよう……!」
「どう、しようね」
「ううううううう! 母上に眷属は心に決めたただ一人の人だけにしろって言われてたのに……!!!」
「そ、そうなんだ……ところで……」
「なんなのじゃ……」
「どういう状況?」
「……その」
「うん」
「お主の血がマズ過ぎて、血を吸うのを途中でやめちゃったのじゃ」
「うん」
あ、俺の血って不味いんだ……?
「じゃから、そのぅ……お前、わしの眷属になっちゃったのじゃ……」
「……え?」
突っ込みどころがいろいろありはするんだけど。
「つまり、俺、吸血鬼になっちゃった?」
「なっちゃったのじゃ……」
――とりあえず、そういうことらしい。
――――――
暫くして、半泣きでえぐえぐしていた少女が気を取り直したらしい。
俺の目の前に立つと、優雅にスカートの端を掴みお辞儀をしながら――
「御機嫌よう。われの名は――」
「いや、もう遅いからその感じ。もうダメな感じ見ちゃった後だから。その威厳のある感じ出さなくていいから」
――名乗ろうとしたのを、手を前に突き出して静止する。さっきまでぎゃあぎゃあと喚いていたのを見てしまった後なので色々と台無しだ。
「……そ、そうか」
「そうだ」
「えっと……わしの名は――」
「アリシア・フォン・ブラッドシュタインフェルトだろ」
「そ、そうなのじゃ……よく一回で覚えたの……」
「長い自覚はあるんだ」
「うっ……」
我ながらよく覚えられたと感心するが、それほどまでに彼女の名乗りは鮮烈だったのだ。
「それで……俺が吸血鬼になったって? 詳しく説明してくれ」
「そ、そうなのじゃ……。基本的に吸血鬼が血を飲むときは、血を残さず吸って相手を殺す時だけなのじゃ……。でも、お主の血まずかったんじゃもん……。だから半端になっちゃって、わしの血半分くらいはいっちゃったのじゃ……」
「血が半分くらい入ると吸血鬼になるってことか……? 吸血鬼になるとどうなる?」
「めちゃめちゃ強くなる」
凄くざっくりだった。
ていうか、語彙力。
「じゃあさっきボロボロにされたはずの体がなんともないのも?」
手足はちぎれかけていたし、直視こそしてなかったけど脇腹からは中身もこぼれていた気がする。
それがすっかり治っているし、流血も止まっている。
むしろ体の調子がいい。五感が研ぎ澄まされ、風の音、木々の濃い匂い、月に照らされた森の様子、その全てが先程までのそれとは全く異なった情報として俺の頭に入ってくる。
情報量が多すぎて少し頭がふらつくほどだ。
「吸血鬼の力なのじゃ……。灰にされない限り不死身なのじゃ……」
少女――アリシアが首肯する。
「灰にされない限り不死身……? 日光とか?」
「日光……? 日光はよくわからんのじゃが、聖銀の杭で心臓を貫かれでもせぬ限り死なん」
「日光は平気なのか。十字架は?」
「十字架……? 聖銀の十字架で心臓を貫かれたら死ぬのじゃ」
「つまりその、聖銀ってのが弱点ってことか?」
空想上ではよく聞く物質だが、こっちの世界では実在するのか。
思ったより弱点が少ない。
「そうなのじゃ……。ていうか喉がひりひりするのじゃ……。お主の血なんなのじゃ……お主普通の人間じゃないのじゃ……?」
……普通の人間じゃない、か。心当たりがあるといえばある……。
俺に噛みついて顎が焼け爛れたさっきの獣。
自称不死身の吸血鬼にすらダメージを与える俺の血。
つまり、リィンの言っていた女神の加護ってのは――
「俺の血、ってこと、か?」
「何がなのじゃ?」
「いや、実は――」
俺は、かくかくしかじか、と俺がこの森に来るまでのことをアリシアに話して聞かせた。
元居た世界で死んだこと。
死因を勘違いされてリィンとかいう女神に転生させられたこと。
その時に女神の加護とやらを授かったこと。
「――女神……の、加護……じゃと……? ちょ、ちょっと待つのじゃ……ちゃんと視る」
そう言ってアリシアは、人差し指と親指で円を作ると片目に当てて、もう片方の目を瞑って俺をじっくりと観察し始めた。
何そのポーズ可愛い。
「ぐぬぬ……わしの魔力と混じってよくわからないけど……よーく見ると……んぬぬぬ……!」
じぃいいっと俺の目を……いや、その奥の何かを見ている様子のアリシア。
大きく綺麗なその瞳に見つめられ、少し居心地の悪い感覚に襲われた。……こんな距離で女の子にじっと見つめられるとか、少し照れるのだ。
「――お主、聖人なのじゃ!? 聖人の血なんて飲んだら痛いに決まってるのじゃ!?」
「……聖人?」
「神に選ばれて、神の聖力を与えられた人間のことなのじゃ! 魔に連なるモノの天敵なのじゃ! 水と油なのじゃ!?」
「え、そうなの? 俺聖人なの? 法力とか使えるの?」
「そんなもんは使えん。選ばれただけなのじゃ。役割として存在してるだけなのじゃ」
「えっ? じゃあ特殊能力とかは……」
「特にないはずじゃ。まあ聖力が体中に流れてるから、血とか飲んだら普通の魔物じゃ爆発四散じゃが……」
え、なにそれこわい。
「でもさっきの狼みたいな魔物は爆発四散とかしなかったけど」
大層俺の血を飲んだと思うんだが。
なんせモツとか出るくらいの重症だったし。
「何を言っておるのじゃ。さっきのはただの狼なのじゃ。ただの動物にはさして効果なんてないのじゃ」
――まあ夜の動物じゃし、少しくらいは痛い思いするかもじゃが。とアリシアは付け加える。
「え、さっきの普通の動物なの!? 異世界の動物つよ!? こわ!?」
俺の知ってる狼の何倍もあったけど!?
っていうか特殊能力何もないの!? 女神の加護しょっぼ! 血出さないと魔物倒せないの!?
「とにかく、聖人の血なんて飲めたものじゃないのじゃ……」
「なんか、すまん……」
「眷属にしちゃうし……」
「それは何かマズいのか?」
個人的に、俺自身が人間を辞めることになってしまったことに関しては思うところが無いわけではないが、それは俺の都合であって、彼女には関係が無い気がする。
どうせあのままなら死んでいたのだし、むしろ命を拾えてめっけもん、てなもんだ。
「母上に眷属にする相手は心に決めたただ一人にしろって言われてたのじゃ……。眷属は生涯に一人しか作れないし、作ったら生涯ともにあらねばならぬ掟なのじゃ……つまり」
「つまり……?」
「わし、おぬしと添い遂げないとだめなのじゃ……」
どうやら異世界に来て数時間、俺にはのじゃロリ吸血鬼の嫁ができたらしかった。
……本当に、どうしてこんなことになったんだろう。