25 迷宮探索Ⅳ
――人の迷宮第四十九層――
7日目。
当初の予定通り、俺たちは7日目の朝、49層に到達した。
49層、最奥。
50層に続く大階段の上、俺たちは遥か下方から聞こえる剣戟に足を止めた。
「……戦ってるな」
「ええ。50層の『聖人の門』の前、大広間と呼ばれている場所があるのだけれど……多分そこで探求者たちが戦っているわ」
「そうか……迂回するルートは?」
「ないわ。50層は大広間と『聖人の門』があるだけの階層だから、必ずここを下って大広間を通らないといけない」
「仕方ない……」
「そうね。行きましょう」
両脇にミリィとレイリィを抱える。
「行くぞ!」
そう言って俺は激しく響く剣戟に向かって身を躍らせた。
――――――
探求者パーティ【暁の剣狼】――。
総勢30名から成る、ザインでも有数の実力派パーティである。
「防御態勢ェ!! ミノタウロスが来るぞォ!! 盾持ちは前に!!」
そのリーダー、剣鬼・エルドレインが叫ぶ。
号令に合わせ、5人のタワーシールドを装備したメンバーが前に出る。
それぞれが盾の才能Lv1以上を持つ精鋭タンク達だ。
「土魔法だ! 強化をかけろォ!」
詠唱が響く。
一瞬遅れて轟音とともに、巨大な牛の頭を持った魔物――ミタウロスの戦斧が、並んだ盾に叩きつけられた。
衝撃を殺しきれず吹き飛ばされるタンク。
「詰めるぞォ!」
攻撃役達が各々武器を抜き、魔物に躍りかかる。
剣で斬り込み、斧を叩きつけ、矢が飛ぶ。
――――グォオオオオオオオオオ!
魔物が吠える。
咆哮が物理的衝撃と成って、駆け寄る探求者達を吹き飛ばした。
「くっ、そォ!」
エルドレインが歯を噛む。
先ほどからこの繰り返しだ。近付こうにもあの咆哮が厄介だ。
ミノタウロスの攻撃はタンク達が何とか抑えているが……。
「ぎゃぁあ!!」
悲鳴が上がる。
周りには数十匹のゴブリン、数十匹のリビングアーマー。
ミノタウロスの攻撃を防いでも、隙を縫って他の魔物の攻撃が、着実に仲間たちの身を、そして精神を削る。
振り向きざまに剣を振りぬき、こちらに迫っていたゴブリンの首を撥ねる。
(これで何体目だ……)
かれこれ戦闘は30分ほど続いている。消耗が激しい。――死人も出ている。
(せめて退路を……階段を上ればやつらは追ってこない)
大階段を見る。
「盾隊! 階段を確保しろ! 魔法隊が風穴を開けた道を死守しろォ! 殿は俺が受け持つ!」
指示を出した瞬間、魔法隊が詠唱を始める。
各々がエルドレインの意図を汲み、適切に行動を開始していた。
(いい仲間達だ……生かして帰してやりたい……が)
ちら、背後を見る。
戦闘能力のない探求者補佐達が、固まって震えていた。
「補佐達が先だ! 俺達でミノタウロスを抑えるぞォ!!」
オォオ! と雄叫びを上げ、駆ける攻撃役。
背後で魔力が炸裂し、魔物達の悲鳴が上がった。
(うまく道は作れたみたいだな……。あとは……)
「『挑発』ォ!!」
ミノタウロスを見上げ叫ぶ。
スキルが発動し、魔物の意識が一斉にエルドレインに向いた。
飛び掛かってくる魔物を斬り捨て、組み付く魔物に肩をぶつけて弾く。
何匹斬ったのか。あと何匹残ってる。
目が霞む。頭から流れた血が目に入ったようだ。
腕に激痛――何かが刺さっている。引き抜いて投げ捨てる。
剣を振るう。手ごたえが無い、空振った。
「リーダー!」
「エルドレインさん!」
仲間たちの声が遠い。
(ここまでか……)
地面に剣を突き立て、何とか倒れることは免れた。
(ちっ……俺が、欲かいちまった所為だな……すまねぇ、皆……)
諦め、目を閉じる。
その瞬間を受け入れるように。
――その時、背後から轟音、そして魔物達の叫び声。
「なん、だ……?」
霞む目で背後を見る。
そこには、黒い外套を纏い、腕に漆黒の籠手を着けた、少年が立っていた。
――――――
階段を飛び降り、轟音を響かせ――何匹か魔物を踏み潰したらしい――着地した。
大広間には、20人ほどの探求者達と、広間を埋め尽くさんばかりの魔物の群れ。
「おいおい、どうなってんだこれ、すごい数だぞ」
二人を降ろし、ミリィを背後に下がらせる。
「うそ……ミノタウロスじゃない。どうして……?」
「ん? あのデカい魔物か?」
「えぇ……一度討伐されてるはずよ。10層ごとに配置されてる特殊な魔物の一体」
「あぁ、エリアボスか……」
魔物を見る。
足元には、倒れ伏した何人かの人間。そして剣を地面に突き立て、今にも倒れそうな軽装の男がこちらを呆気にとられたような表情で見ていた。
魔物も、探求者達も突如現れた俺たちに意識を奪われている。
魔物達が我に返れば、すぐに蹂躙が始まるだろうことは予想に容易かった。
「……とりあえず、大分ピンチみたいだ。手前のゴブリンは頼む」
「任されたわ」
「よし」
ガツン、と両手の籠手をぶつける。
それを開戦の合図と受け取ったのか、瞬間、魔物たちが俺に殺到した。
「『炎よ』――『炎爆』!」
ボボン、と数匹のゴブリンが爆発して絶命する。
爆炎を避けるようにして地を這い、手近な鎧に掌底をぶつける。
崩れる前に鎧を蹴って跳躍し、ついでにその辺の転がっていた直剣を投擲、ゴブリンを一体仕留めた。
「レイリィ! ミリィは任せるぞ!」
「えぇ! 好きにやっちゃって! 『炎よ』ッ! ――『炎爆』!」
爆風を肌に感じながら駆ける。
手刀で、貫手で、蹴りで、拾った武器の投擲で――それぞれ一撃必殺で魔物を屠りながら走る。
四方八方から繰り出される剣・槍・斧。
逸らす。
躱す。
弾く――。
―――――――
――それはまるで、鈍色の暴風だった。
剣鬼、エルドレインは舌を巻く。
体の痛みも忘れ、突然乱入してきて戦闘を始めた少年を眺めていた。
「なんだよ、あれ……」
身一つで魔物の群れに飛び込んでいく少年。
彼が腕を、脚を振るうたびに魔物が大魔法でも食らったかのように"爆散"していく。
少年に殺到する魔物の攻撃はそれぞれが全て致死。
土台、迷宮の魔物は地上のそれとは比べ物にならぬほど早く、賢く、強いのだ。
50層付近ともなれば探求者のパーティが何組も徒党を組んで探索する深淵だ。
俺達のように。
それがあの数――おそらくすべて合わせれば100は軽く超えているだろう。その魔物の攻撃を、傷1つ貰うことなく躱している。
振り下ろされる斧の軌道を逸らし、貫手を放つ。
ゴブリンが胸を貫かれて絶命した。
横合いから叩きつけられるメイスをしゃがんで躱し、掌底を叩き込む。
鎧が魔石ごと爆散した。
幾本も同時に振り下ろされた剣と突き出された槍。
その場に既に彼は居ない。ゴブリンの背後に回り、手刀が閃く。ゴブリンの首が落ちた。
返す刀で裏拳を叩き込まれたゴブリンは、悲鳴を上げる間もなく肉塊へと変わった。
「凄いし強いけど……いちいち倒し方がエグいのよね……」
「グログロなのー……」
「ほら、大丈夫?ほかの人たちはもう階段付近に避難したわよ。あとはあなたと……死体だけ」
少年の戦いが何でもない事かのように悠々と、黒髪の少女と銀髪の少女がこちらに歩いてきた。
「あんた……達は?」
「同業者よ。ほら、あなたも早く。歩けるでしょ?」
「あ、あぁ……」
黒髪の少女に肩を借りてその場を離れる。
もう一度振り返る。
黒の外套が翻り、血しぶきが舞う。
鎧が砕け散り、ゴブリンが吹き飛ばされる。
少年の外套が、彼の魔力を受けて鈍色に光る。
響くのは断末魔と金属音。
「私の援護は要らなさそうね……」
黒髪の少女がそう呟いた時には、最後の鎧が灰となって消えるところだった。
「はは……こりゃ、現実か……?」
少年は、ふぅ、と息を吐いて残心を決めている。
――それはまさしく、鈍色の暴風だった。
――――――
「ふぅ……」
息をついて残心する。
辺りは血と臓物をミキサーにかけてぶちまけたかのようなありさまだ。
俺自身も返り血でひどい有様になっているだろう。
いったい何匹斃したのか。100はやっただろうか。途中から数えるのはやめた。
「さて……」
目の前の巨大な魔物を見上げる。
ミノタウロスは、周りの魔物が殺されていくのを身じろぎもせず、斧を担いだまま眺めていた。
今も不気味なほど静かに佇んでいる。
「まぁ見るからにボスって感じだよな……」
残心を解き、今一度構えをとる。
手のひらを上に向け、手招き。
挑発だ。
――――グォオオオオオオオオオオオ!!
伝わったのだろうか。
巨大な斧が振り下ろされる。
逸らすのは無理だ。
サイドステップで躱す。
そのまま足元に飛び込んで魔物の膝に前蹴りを入れる。
バキンッ! と甲高い音を立てて膝が粉砕された。
横合いから腕の一振り。
地面を踏みしめて真正面から掌底を合わせる。インパクトの瞬間、魔力を流す。
パァンッ! と鈍い音を立てて腕が爆ぜた。
飛んで宙返り、斧を伝って肩まで駆け上がる。
「そら、よ!」
横合いから顔面に魔力を込めた直突きを叩き込む。
衝撃を利用して後ろに跳躍して、魔物から距離を置き、着地した。
一瞬置いて、ミノタウロスの頭が爆散し、その巨体がゆっくりと倒れこんだ。
ズズン、迷宮が揺れた。
「よし、おわったな」
「お疲れ様なのー!」
「お疲れ様。『水よ』――『水流』」
近寄ってきたレイリィに水をぶっかけられる。
「うわぷっ!?」
「ひどい有様よ……」
「だろうな……ていうかレイリィ途中から援護やめただろ」
「えぇ。必要ないかと思って」
「いや、まぁ、なんとかなったけどさぁ……」
『ほれ』
影から差し出されたタオルで顔を拭う。べっとりと血のりが付着した。
もう使えないなこのタオル……。
迷宮に来てから何枚タオルを駄目にしたんだろうか……。
そう思ってため息を吐いた。