24 迷宮探索Ⅲ
――人の迷宮第三十五層――
迷宮探索4日目。
迷宮に入ってから4日が過ぎた。
俺たちは35層まで到達し、その日の探索を終了して野営をしていた。
ここまでアリスの言った通り、戦闘に問題はなかった。
しかし、ここにきて大きな問題が持ち上がっていた。
「んー……干し肉飽きたな」
「まぁ、仕方ないわよね。こればっかりは」
「今日は切ってスープに入れたなの!」
食事だった。
ミリィがアレコレと試行錯誤してはくれるが、そもそも素材が同じだ。
味はそう変わらない。
「オムレツ食べたいのじゃ……」
「ミリィもお兄ちゃんのオムレツ食べたいなの……」
「……レイジのオムレツってそんなにおいしいの?」
「いや、普通だと思うけど……」
「中にソースが入っていて美味いのじゃ!」
「そうなの! お肉のソース!」
「ミートソースな」
「あとチーズも入っているのじゃ。あれが最高に美味いのじゃ!」
「そうなの!」
大絶賛だった。満更でもない。
「話していたら食べたくなってきたのじゃ……」
「食べたくなってきたなの……」
「いや、それは自爆だろ……」
味気ないパンを干し肉の塩味がうすーく染み出たスープで流し込む。
「でもまあ、何か違うもの食べたいのも事実だな……。……魔物って食えるのか……?」
「何言ってるの……死にたいの?」
死にはしないだろうけど。
「駄目か……」
「うぅ、ミリィはゴブリンさんとかオーガさんは食べたくないなの……」
確かに、見た目めっちゃ悪いしな……。あとは鎧(無機物)とかしかいないし。
食事問題は深刻だった。
「しかたないのぅ」
「うん?」
「食べ物ではないがの。……ほれ」
そう言ってアリスが『収納空間』から、赤いビンを取り出した。
「そ、それは……」
瞬時、俺はあの夜を思い出し、赤面する。
「あら、お酒? いいわね!」
レイリィが喜んでる。イケる口らしい。
「俺は遠慮しとく……。ミリィもやめておこうな……」
俺はミリィを連れ立っていそいそとテントに入る。
「お兄ちゃん、お酒きらいなの?」
「いや、そういうわけじゃないけどな……」
毛布をかぶり、横になる。
「ミリィも寝るなの」
隣に横になると、ミリィも丸まって俺に身を寄せて来た。
ぽんぽんと頭を撫で、俺も目を瞑る。
眠りはすぐにやってきた。
――なのじゃ!!
――そうなのよね!! 男って、そうなのよ!!
――むすめ、なかなかわかっておるのじゃ!ほら、もっと飲むのじゃ!
――そろそろその娘ってのやめてよね!私にはレイシアって言う名前があるのよ。
騒がしい声で目を覚ます。
レイリィとアリスが何事かを話しているようだ。声がでかい。
というか、二人ともろれつがあやしい。端的に言って酔ってる。
はぁ、とため息を吐いて、遠見を展開した。
周囲に反応はない。
「レイリィって呼んで。わたしもアリスって呼ぶから」
「駄目じゃ駄目じゃー! わしをアリスと呼んでいいのは今はレイジだけなのじゃー!」
「ふぅん? じゃあアリシアって呼ぶわ。ブラッドシュタインフェルトって呼ぶの長いなって思ってたのよね」
「んむぅ……まあそれならばよいじゃろ……」
「それで? アリシアは、どうなの?」
「どうってなにがじゃ」
「レイジよ。どうなってるの? って」
「な、なななななにがじゃ???」
「ふぅん? その反応、ってことは、今はそこまでの関係じゃないってことね」
「そそ、そこまでの関係……ってなんじゃ……?」
「そりゃあ、男女の関係よ」
(ぶっ……!)
吹き出した。
「うぅん……?」
隣でミリィが身じろぎする。
が、数秒後には再びすぅすぅと寝息を立て始めた。
な、なにを話してるんだあいつら……!?
「だ、だだ、だんじょ……ち、ちがうのじゃ……っ!」
「ふぅん? あなたの城に行ったとき、旦那がどうとかって言ってなかった?」
「ぁー……そうなのじゃ。レイジはいずれわしの旦那になるのじゃ」
「それはどういう意味なの?」
「血を分けた眷属とは、生涯添い遂げるのが吸血鬼の掟なのじゃ」
「あー、そういう? じゃあレイジにそういう感情は持っていないってこと? 掟だから、って」
「そ、そうはいってないのじゃ……」
「じゃあ掟が無くてもレイジのことが好きって?」
「にゃ、にゃにおいっておるのかわからんのじゃ?」
「ふふふ、"あの"ブラッドシュタインフェルトの吸血鬼のそんなかわいらしい表情が見られるなんて思わなかったわ」
「うぬぬぬ……れ、レイシア……の方こそどうなのじゃ! あの勇者の小僧とか!」
「アレックス? ああ、彼は弟みたいなものよ。そういうんじゃないわ」
「むむむむ……。そういう相手はおらぬのじゃ?」
「そうね……。ま、そもそも私には恋愛の自由とかは無いしね。いずれしかるべき相手と結婚して、子を成すわ」
「ふむ……ニンゲンにもいろいろあるのじゃな」
「そりゃそうよ」
(……今日の話は、聞かなかったことにする、のが正解だよ、な?)
赤面しつつ、俺は毛布を頭の上まで引っ張った。
……余談。
翌日のレイリィは二日酔いで使い物にならなかった。
「酒は飲んでも呑まれるな」
「……はい……」
――人の迷宮第四十五層――
迷宮探索六日目。
50層も目前までやってきた。
いつも通り、会敵した魔物を蹴散らして、ふぅ、と一息ついているとき。
「ぁっ……んっ!」
と、突如レイリィが悩ましい声を上げた。
「えっ、なんだ、どうした?」
ドキドキしてしまう。男の子だから。
「……いえ、レベルが上がったの。この感覚、くすぐったいような、なんか、変な感じなのよ……」
はぁ、と息を吐きだすレイリィ。
「あぁ、そっか、大分魔物も倒してきたもんな……」
レベル、か。
自分の魂魄情報を確認する。
「あがってない……」
俺も大分魔物倒したと思うんだけど。
それこそ100単位で倒してるはずだ。やっぱり吸血鬼は上がりずらいのか。
「ミリィもいくつか上がってるなの」
「え、そうなの……。直接倒したりしなくても上がるものなのか」
ミリィは飛んでくる矢や投石を弾いてるだけだ。直接戦闘にかかわってはいない、が。
「そうね。その場にいて魂の情報を得られればレベルは上がるわ」
「へぇ……。どうだ? ミリィ、なんか強くなった感じするか?」
「んー、わからないなの。でも、ちょっとお兄ちゃんの動きが見えて来た、ような?」
「なるほど。そういう風に反映されるのか、レベルって」
動体視力とかも上がるらしい。
肉体のスペック全体が底上げされるような感覚だろうか。
それを考えると、吸血鬼なのにレベル25とかあるアリスにはどういう世界が見えているのだろう。
「もう大丈夫よ。進みましょ。50層までもう少しよ」
「あぁ、行こう」
――人の迷宮第48層――
いつものように階段を飛び降り、着地する。
二人を降ろし、歩き始めようとした、その時だった
「ッ!? なんだこの反応! レイリィ、何か来る!」
俺の『遠見』が、探知の範囲ギリギリ……1キロほど先から何かがものすごい勢いで迫ってきていることを俺に告げた。
「早いぞ! 800、600、400……来た!」
「っ!」
レイリィがミリィの腕を引き、自分の後ろに隠す。
正面から飛んできた黒い何かを籠手で弾き飛ばして、何かが向かってくる正面を注視する。
「なんだあれ……?」
ソレは黒い影だった。
平面かと錯覚するほどに黒く塗りつぶされた人の形をした影。
両手には短剣を携え、とんでもない速度で迫ってくる。
「シャドウアサシン!? しかもかなり"育ってる"!」
「なんだそれ!?」
影が投擲する黒い短剣を弾き飛ばしながらレイリィに尋ねる。
「影魔法の一つに『影従者』って魔法があ、る、ん、だけど!」
レイリィも飛んでくる短剣をなんとか躱しながら答える。
「自分の分身を作り出す魔法なの! その魔法を発動したまま術者が死んでも、作り出した分身はしばらくは消えないんだけどっ!」
短剣を弾く。今のところ投擲してくるだけで、距離を詰めてインファイトを仕掛けてくる様子はないが、今までの魔物とは比べ物にならないほどの速度と技術だ、レイリィを庇っているため、俺も距離を詰められない。
「その分身が迷宮の魔力で魔石を宿して魔物に為ったものよ! 当然だけど、術者が強ければ強いほど強くなるし、私たちと同じように魔物や人を殺せばレベルが上がって強くなるわ!」
「つまりあれは、大分レベルの高い魔物ってことだな!?」
「そう! えぇい、うっとうしい! レイジ、暫く私を護って! 『土よ、強く、硬く、――』」
レイリィが詠唱を始める。
「了解!」
投擲される短剣を弾き、逸らし、受け止め、つかみ取る。
際限がない。人間と違って所持上限とか無いんだろう。
「『護れ』! ――『土障壁』!」
詠唱が終わる。ゴガンッ! と迷宮の地面が音を立て、壁を成してレイリィとミリィの四方を囲んだ。
「これで大丈夫! やっちゃって!」
ギィン! とシャドウアサシンの投擲した短剣がレイリィの作り出した壁に阻まれる。大丈夫そうだ。
「任せろ!」
飛んできた短剣をつかみ取り、投げ返すと同時に駆けだす。
俺の投擲した短剣は何の抵抗もなく影をすり抜けた。
「もしかして物理無効とかか……?」
姿勢を低くし、這うようにして影の懐に入り込むと掬い上げるようにして掌底を放つ。
躱された。
「っと!?」
躱すと同時に頸を狙った短剣を放つ影。
食らっても死なないが、暫く動けなくなる。それは不味い。
影の手首に掌底を当て、軌道を逸らす。
「少なくとも魔力を纏わせれば触れるな……」
一度バックステップで距離を置く。
その間も3本の短剣が飛んできた。すべて叩き落す。
「触れるなら、殺せる……!」
ジグザグに走り短剣を躱しながら肉薄する。
脚を狙った水面蹴り。跳躍で躱され、脳天に短剣が振り下ろされる。腕をからめとり、一本背負いの要領で影を地面に叩きつける。
「おいおい、それアリか?」
何の手ごたえも感じず、そのまま影は地面に吸い込まれ、数十メートル先まで這っていくと、再び浮きあがり、実体をもった。
「影は影ってことね……」
どうやら魔力を使わないとダメージは入らないらしい。
「っし、行くぞ!」
気合を入れ直して、跳躍する。
空中で一回転して遠心力を乗せる。脳天を狙った踵落とし。躱される。
足首を刈り取らんと振るわれる短剣。
「んなくそォ!」
空中で無理やり体を捻り――ブチブチとどこかの筋線維がちぎれる音がするが、すぐに治癒した――、首に蹴りを放つ。体重が乗っておらずダメージにはならないだろうが、牽制にはなったみたいだ、バックステップで距離を置く影。短剣投擲のおまけつきだ。
「コイツの術者、大分強かったんじゃないか……?」
短剣を弾き飛ばしながらひとりごちる。
その辺の魔物とはまるで動きが違う。
俺の攻撃にしっかり反応してくる。
「仕方ない、ちょっとだけ本気出すぞ!」
魔力を体に漲らせる。
ごぅ、とあたりに強く風が吹き、魔力が唸りを上げる。
「ひゃあ!?」「わわわっ!?」
遠くで二人の驚く声が上がる。
その声を背後にステップを踏んで、一気に影との距離を詰めた。
鈍色の残像を残し、影の脇を抜ける。
魔力を使った移動、先ほどの身体能力にモノを言わせた移動ではない。
影は俺を見失ったかのように困惑する様子を見せる。
「ほら、うしろ、だ!」
急旋回、からの勢いをつけた回し蹴り。
魔力伝達を使って、影の背中に叩き込む。
魔力の残滓が弧状の軌跡を描いて、影の胴を真っ二つに引き裂いた。
――!?!?!?――
困惑の断末魔を上げ、影が爆発霧散した。
「ふぅ……。おーい、終わったぞー!」
防壁の向こうの二人に声をかける。
俺が踏み抜いた地面のクレーターが修復されていく。
「お、終わった?」
魔法を解いたレイリィが恐る恐る顔を出す。
「終わった。ちょっと魔力使ったからびっくりさせちゃったな。すまん」
「あ、あぁ、レイジの魔力だったのね……凄い魔力風が吹いたからびっくりしたわ」
「結構強かった。アレ結構いるのか?」
「いいえ、滅多には居ないわ。そもそも『影従者』を使える人があまりいないもの」
「へぇ……アリスは使える?」
『当り前じゃ。5体までは展開出来るのじゃ』
ふふんと自慢げなアリスの声が聞こえる。
あれが5体……あんまり考えたくない。
「魔石は……残ってないわね。どう倒したの?」
「蹴ったら爆発した」
「……そう。あそこまで育った魔物の魔石なら結構大きいはずだから回収出来たらしたかったのだけど」
「そうなのか……すまん。ミリィは?」
「貴方の魔力にあてられて伸びちゃったわよ……」
「……重ね重ね申し訳ない」
しゅんと、頭をさげる。
本気で魔力を使うのは控えよう。そう思う俺なのだった。